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第2章
⑨
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あれから数日。ルーからのアクションはない。
アパートに来ることもなく、店に来ることもない。そのせいか、俺の心はぽっかりと大きな穴が空いたみたいだった。
「ユーグくん。これ、お願いできる?」
「あ……はい」
ナイムさんに声をかけられ、ハッとする。
いけない。仕事中にルーのことばかり考えていたら、ミスを連発してしまいそうだ。
頬をパンっとたたいて、気を引き締める。
それからナイムさんから受け取った花たちを束にしていく。
花束にする過程で、リボンを結ぶ。きれいにリボンを結ぶけど、そのリボンが赤いせいでまたルーのことを思い出してしまった。
これじゃあ、まるで初恋相手に縋っているみたいでみっともない。なのに、頭の中にルーのことが浮かんでばかりで消えてくれない。
(消えてくれたらいいのに)
カレンダーに視線を向けた。
三日後の日付には丸が付けられている。『配達・騎士団本部』と綴られた文字が今の俺の心を余計に乱した。
配達は俺の仕事だ。つまり、騎士団の本部に行くのも俺の仕事。――気が乗らない。
(かといって、仕事を断るわけにもいかないし)
どうしようか。
悶々としていると、不意に指先に鋭い痛みが走る。驚いて視線を落とすと、指先からは血がにじんでいた。バラを弄っていたから、棘が刺さってしまったらしい。
深い傷でもないみたいだから、放っておいてもいいだろう。だが、商品に血がつくのはいけないので拭うくらいはしなくては。
俺は身に着けていたエプロンで指先を拭った。
「うわぁ、全然止まらない……」
しかし、どうやら予想よりもかなり深く刺してしまったようだ。
やっぱり、ぼうっとしながら仕事をするのはやめたほうがいい。
自分自身に注意をしつつ、俺は店の隅にある救急箱に手を伸ばした。花屋の仕事は割と怪我が多いので、すぐに治療できるようにある程度の道具はそろっている。
「ユーグくん? どうかした?」
「いえ、少し棘で指を刺してしまって」
覗き込んできたナイムさんに言葉を返すと、彼は「らしくないね」と言葉をくれた。
「ユーグくんがこういうミスをすることはほとんどないのに」
「いや、俺が悪いんです。ちょっと考え事をしていて――」
「――それって、いつもの常連さんが来ないこと?」
心臓がどくんと跳ねた。ナイムさんのいう常連さんとは、ルーのことだろうから。
「そ、そういえば、最近いらっしゃってませんね……」
視線をさまよわせる。合わせ、俺の声は上ずっていた。
……嘘をついているのがバレバレだ。それに、そもそも俺は嘘が下手だ。
「ユーグくん」
「……すみません」
うつむいて、謝った。
痛いわけでもないのに、指先が震える。唇をぎゅっと噛むと、ナイムさんが俺の頭に手を置いた。
しわくちゃな手。だけど、どんな手よりも温かい。
「全部、話してほしいわけではないんだ。ただ、キミが辛そうなしているのを見たくないだけ」
「……そん、なの」
「今、キミはとても辛そうな顔をしているよ? もしかして、なにか辛いことでもあったんじゃないの?」
図星だ。けど、ナイムさんに言えるわけがない。
まさか、セフレが騎士団長で、挙句一方的に喧嘩別れみたいなことをしてしまっただなんて――。
「お、れ」
「うん」
「唯一の友人と、喧嘩したんです」
ルーのことは友人と偽ることにした。ナイムさんがなにも言わずに言葉の続きを促す。
「互いにいろいろと詮索しなくて、心地いい関係だった。でも、あいつ、俺に大切なことを黙ってて」
「うん」
「そりゃあ、詮索しないと決めたのは俺です。けど、なんだろ。悲しいなって、虚しいなって」
言葉にしていくと、少しずつだが自分の気持ちを整理できていくような気がした。
そして、気が付く。
俺はルーにセフレ以上の気持ちを抱き始めていたんだって。
アパートに来ることもなく、店に来ることもない。そのせいか、俺の心はぽっかりと大きな穴が空いたみたいだった。
「ユーグくん。これ、お願いできる?」
「あ……はい」
ナイムさんに声をかけられ、ハッとする。
いけない。仕事中にルーのことばかり考えていたら、ミスを連発してしまいそうだ。
頬をパンっとたたいて、気を引き締める。
それからナイムさんから受け取った花たちを束にしていく。
花束にする過程で、リボンを結ぶ。きれいにリボンを結ぶけど、そのリボンが赤いせいでまたルーのことを思い出してしまった。
これじゃあ、まるで初恋相手に縋っているみたいでみっともない。なのに、頭の中にルーのことが浮かんでばかりで消えてくれない。
(消えてくれたらいいのに)
カレンダーに視線を向けた。
三日後の日付には丸が付けられている。『配達・騎士団本部』と綴られた文字が今の俺の心を余計に乱した。
配達は俺の仕事だ。つまり、騎士団の本部に行くのも俺の仕事。――気が乗らない。
(かといって、仕事を断るわけにもいかないし)
どうしようか。
悶々としていると、不意に指先に鋭い痛みが走る。驚いて視線を落とすと、指先からは血がにじんでいた。バラを弄っていたから、棘が刺さってしまったらしい。
深い傷でもないみたいだから、放っておいてもいいだろう。だが、商品に血がつくのはいけないので拭うくらいはしなくては。
俺は身に着けていたエプロンで指先を拭った。
「うわぁ、全然止まらない……」
しかし、どうやら予想よりもかなり深く刺してしまったようだ。
やっぱり、ぼうっとしながら仕事をするのはやめたほうがいい。
自分自身に注意をしつつ、俺は店の隅にある救急箱に手を伸ばした。花屋の仕事は割と怪我が多いので、すぐに治療できるようにある程度の道具はそろっている。
「ユーグくん? どうかした?」
「いえ、少し棘で指を刺してしまって」
覗き込んできたナイムさんに言葉を返すと、彼は「らしくないね」と言葉をくれた。
「ユーグくんがこういうミスをすることはほとんどないのに」
「いや、俺が悪いんです。ちょっと考え事をしていて――」
「――それって、いつもの常連さんが来ないこと?」
心臓がどくんと跳ねた。ナイムさんのいう常連さんとは、ルーのことだろうから。
「そ、そういえば、最近いらっしゃってませんね……」
視線をさまよわせる。合わせ、俺の声は上ずっていた。
……嘘をついているのがバレバレだ。それに、そもそも俺は嘘が下手だ。
「ユーグくん」
「……すみません」
うつむいて、謝った。
痛いわけでもないのに、指先が震える。唇をぎゅっと噛むと、ナイムさんが俺の頭に手を置いた。
しわくちゃな手。だけど、どんな手よりも温かい。
「全部、話してほしいわけではないんだ。ただ、キミが辛そうなしているのを見たくないだけ」
「……そん、なの」
「今、キミはとても辛そうな顔をしているよ? もしかして、なにか辛いことでもあったんじゃないの?」
図星だ。けど、ナイムさんに言えるわけがない。
まさか、セフレが騎士団長で、挙句一方的に喧嘩別れみたいなことをしてしまっただなんて――。
「お、れ」
「うん」
「唯一の友人と、喧嘩したんです」
ルーのことは友人と偽ることにした。ナイムさんがなにも言わずに言葉の続きを促す。
「互いにいろいろと詮索しなくて、心地いい関係だった。でも、あいつ、俺に大切なことを黙ってて」
「うん」
「そりゃあ、詮索しないと決めたのは俺です。けど、なんだろ。悲しいなって、虚しいなって」
言葉にしていくと、少しずつだが自分の気持ちを整理できていくような気がした。
そして、気が付く。
俺はルーにセフレ以上の気持ちを抱き始めていたんだって。
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