上 下
5 / 39
第1章

しおりを挟む
「――俺がユーグを捨てることなんてない」

 俺の気持ちなんて知りもしないルーは、かみしめるように言った。これも、口説き文句の一種なんだろうか。

 頭の片隅に浮かんだ考えを振り払う。今はそんなことよりも。

「そう言ってくれて、嬉しいよ。でも今は酒飲もうよ」
「……あぁ」

 反応しておいて、笑みを作って誤魔化した。

 本当は期待させるようなことを言わないでほしいという気持ちもある。ただ、ルーとの時間だけは夢のように幸せだ。この時間が永遠に続けばいいと思ってしまうほどに。

 俺を抱っこしたままルーが部屋に入る。俺の身体を寝台に腰掛けさせて、自身もすぐ隣に腰掛ける。

 テーブルは寝台のすぐ側まで移動していて、準備万端だ。

「チーズ食う? とはいってもユーグの買ってきたものだけどさ」

 ルーがチーズの袋を開け、中身を取り出す。迷いなくチーズを俺の口元に押し付けてくる。問いかけておいて、拒否は許さないらしい。まぁ、食べるけど。

「んっ」

 チーズをかじる。

 すごく美味しい。仕事終わりで腹が減っているから、余計に美味しく感じるのかも。

「なんていうか、餌付けしてる気分だよ」

 俺がまた一口チーズをかじるのを見つめ、ルーがぽつりとつぶやいた。餌付けって。

「否定できないよ」

 ルーが持ってくる酒は、すごく美味しい。今だから白状するけど、初めはルーの持ってくる酒が目当てだった――とも、言える。本人には死んでも言えない真実だ。

「そうか。ほら、酒」

 酒がなみなみと注がれたグラスを、ルーが俺に差し出す。俺はグラスを受け取って、ルーと軽くぶつけた。

「じゃ、今日も――たくさん楽しもうな」

 口元を艶めかしく歪めたルーが囁いた。やつは人の視線を奪い、くぎ付けにする天才かもしれない。

(本当、色っぽい)

 グラスを口に運び、勢いよく飲むルーは目に毒だ。

 色っぽくて、艶めかしくて。こっちがおかしくなりそうという意味。

 全身が人の欲情を煽るという言葉が正しいのかも。嚥下する喉。男らしい顔つきと身体つき。全部、全部俺をおかしくする。

 「本当、美味いよ。ユーグは飲まないのか?」

 ほうっとルーを見つめていると、顔を覗き込まれた。彼に目を見つめられて、俺はハッとする。慌てて酒をごくりと飲んだ。

 ほんのりと甘い果実の酒。ごくごくと飲めるけど、アルコール度数は高いので飲みすぎに注意しないと。

「本当、お前は酒に弱いよなぁ」

 空っぽのグラスにもう一度酒を注ぎ、ルーが笑いながら言う。

 別に俺が酒に弱いわけじゃない。ルーが強すぎるだけ。

「おかしいのは俺じゃなくてルーだよ。強すぎる」
「そうかぁ?」

 ルーの漆黒色の目がこちらを射貫いた。じっと見つめられて、心臓が破裂しそうなほどに大きく音を鳴らす。

 俺の喉が鳴ったとき、ルーの空いている手が俺の頬に触れてくる。

「一口飲んで、こんなに顔赤くして。それに目だってとろんとしてる」
「そ、れは」
「ほら、否定できないだろ?」

 ニヤッと笑ったルーが俺の唇を親指で撫でた。

 俺はまだ酔っていない。そもそも、俺が一口で酔うわけがない。ルーだって知っているはずだ。

(つまり、からかわれてるっていうことか)

 ルーの考えが読めた。

「違うよ。ルーの顔を見てるから、こうなってる」

 唇を撫でるルーの親指を掴む。そのまま口に含んで、チロチロと舌で舐めていく。ルーの目が明らかに欲情していく。

 今日は不思議だった。まるで早く繋がりたいと身体が主張をしているみたい。お互いさまか。

「煽ってんのか?」
「そうだよ。ルーのことを煽ってる」
「へぇ」

 ルーは短くつぶやくと、グラスをテーブルの上に戻す。

 空いた手で俺の手の中のグラスを取り上げ、口をつけた。まだ半分以上残っていた酒はルーによって消えていく。ごくごくと音を立てて飲み干し、空のグラスをテーブルに置いた。

「なんだろな。今日は互いに余裕がないな」
「……そうかも」

 普段だったら一時間から二時間ほど酒を飲みながら話をする。行為に移るのは決まってその後だった。

 なのに、今日は不思議と人肌恋しい。多分ルーも同じ。

「――ユーグ」

 ルーの顔が俺に近づいてくる。視界いっぱいにルーのきれいな顔が広がる。目を瞑った。

「んっ」

 唇が触れ合った。ちゅっと音を立てて、ついばむようなキス。

「ルー」

 瞼を上げた俺がルーのことを呼び、見つめる。ごくりとルーの喉が鳴る。

「なぁ、もっといっぱいキスしよ」

 そこまで言った俺の視界がぐるりと移動する。そして、口づけの雨が降ってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

オメガに転化したアルファ騎士は王の寵愛に戸惑う

hina
BL
国王を護るαの護衛騎士ルカは最近続く体調不良に悩まされていた。 それはビッチングによるものだった。 幼い頃から共に育ってきたαの国王イゼフといつからか身体の関係を持っていたが、それが原因とは思ってもみなかった。 国王から寵愛され戸惑うルカの行方は。 ※不定期更新になります。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...