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第1章
③
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だから俺は思った。
大切なものは少ないほうがいい。誰かを本気で愛したくもない。愛したところで、裏切られてしまうだろうから。
そんな俺にとってルーの存在はとても便利だった。
人に対して便利という言葉は使うものではないとわかっている。けど、あっちだって俺のことを便利だと思っているはず。どっちもどっちだ。
店の控室で着替え、俺はアパートまでの道のりを歩いた。
途中食料品店に寄り道をし、つまみを購入。いつの間にか俺がつまみを用意し、ルーが酒を持ってくるのが定番化していた。
(ルーはチーズが好きなんだよな)
そのため、つまみは自然とチーズが多くなる。俺もチーズは好きだから問題ないし。
少し暗くなった道を歩きつつ、住宅が立ち並ぶ通りへ。住宅街の隅っこにある一人暮らし用のアパート、二階の角部屋。ここが俺の住んでいる場所。
ドアノブに手をかけ回すと、鍵は開いていた。出ていくときに施錠した覚えはあるので、ルーが来ている証拠だ。
「ルー、今帰った」
少し大きな声を出すと、中からゆっくりと男が一人歩いてくる。やつはきれいな赤毛を気怠そうに掻き上げ、「おー」と返事をする。彼の仕草は妙に色っぽくて、未だに慣れていない。
「つーかさぁ、お前、今日早いな」
玄関まで来たルーは、俺が持つ袋を奪い取った。中身を覗き込むと「おっ、好きなやつだ」とつぶやく。
「ナイムさんが早く帰っていいって言ってくれたんだよ。なに、迷惑だった?」
ちらりとルーに視線を送り問いかけてみると、ルーは首を横に振る。
「全然。むしろありがたいな。一緒にいる時間が増えるわけだし」
ルーの腕が俺の肩を抱き寄せ、額にちゅっと音を立てて口づける。やつの動きはとても滑らかで、普段からこうしているのだろう。
(と思っても、訊くのはタブーなんだよな)
俺たちは『利害の一致』からこの関係を続けている。一線を越えるわけにはいかない。
「ははっ、ルーったら。そういう冗談はほかのやつに言えよ。きっと、嬉しく思うぞ」
けらけらと笑って、俺もルーの頬に口づける。世にいうじゃれ合いだ。
恋人じゃないからこそ、こんなことを恥ずかしげもなく出来るという部分もあるだろう。
「俺がこんなことを言うのは、ユーグにだけだよ」
「――本当、お前は口が上手いな」
ルーのことだ。俺以外にもセフレはいて、その人たち全員にこう囁いているのだろう。簡単に想像がつく。
「いつも思うんだけどさ、ユーグはこういう言葉が嫌いか?」
俺の耳元に唇を寄せ、ルーが甘く囁きかけてくる。
好きとか嫌いとか。そういう問題ではない。
「別に嫌いじゃないよ。むしろ、好き」
一時的な愛の言葉は、俺のことをなによりも満たす存在。甘い言葉もストレートな「愛してる」って言葉も、好き。
(いつから、こんな風になっちゃったんだろ)
頭の中によぎった疑問を、必死にかき消した。
「ルーのこと、俺は好きだよ。一時的にでも俺のことを愛してくれるから」
やつのたくましい胸に頭を預けて、ルーにもたれかかった。
どうやら今日の俺は疲れているらしい。酒を飲む前からこんな調子で、大丈夫なんだろうか。自分でも心配だ。
「そっか。じゃあ、奥に行くか。今日も酒用意してるぞ」
「ありがと」
端的に礼を告げると、ルーは俺の膝裏に手を入れ、抱き上げる。世間一般でいうお姫さま抱っこというものだ。
抱っこされているのが男である俺ではなかったら、絵になるんだろうな。
「ルー」
「なんだ」
「俺、ルーとこういう関係になって幸せだよ」
兄さんがいなくなってから、ずっと独りぼっちだった。
ルーは孤独な俺に一時的にでも愛されているという夢を見せて、与えてくれる。
俺にとってもはやルーはなくてはならない存在。
「いつかルーが俺を捨てるまで、俺はルーに縋るから」
本当に迷惑なことを言っている自覚はある。本心では捨てられたくないと思っている。
ただそれだけは言葉にしない。言葉にしたら、ルーが俺を捨てる確率が上がるだろうから。俺たちの関係を俺の身勝手な気持ちで壊したくないのだ。
大切なものは少ないほうがいい。誰かを本気で愛したくもない。愛したところで、裏切られてしまうだろうから。
そんな俺にとってルーの存在はとても便利だった。
人に対して便利という言葉は使うものではないとわかっている。けど、あっちだって俺のことを便利だと思っているはず。どっちもどっちだ。
店の控室で着替え、俺はアパートまでの道のりを歩いた。
途中食料品店に寄り道をし、つまみを購入。いつの間にか俺がつまみを用意し、ルーが酒を持ってくるのが定番化していた。
(ルーはチーズが好きなんだよな)
そのため、つまみは自然とチーズが多くなる。俺もチーズは好きだから問題ないし。
少し暗くなった道を歩きつつ、住宅が立ち並ぶ通りへ。住宅街の隅っこにある一人暮らし用のアパート、二階の角部屋。ここが俺の住んでいる場所。
ドアノブに手をかけ回すと、鍵は開いていた。出ていくときに施錠した覚えはあるので、ルーが来ている証拠だ。
「ルー、今帰った」
少し大きな声を出すと、中からゆっくりと男が一人歩いてくる。やつはきれいな赤毛を気怠そうに掻き上げ、「おー」と返事をする。彼の仕草は妙に色っぽくて、未だに慣れていない。
「つーかさぁ、お前、今日早いな」
玄関まで来たルーは、俺が持つ袋を奪い取った。中身を覗き込むと「おっ、好きなやつだ」とつぶやく。
「ナイムさんが早く帰っていいって言ってくれたんだよ。なに、迷惑だった?」
ちらりとルーに視線を送り問いかけてみると、ルーは首を横に振る。
「全然。むしろありがたいな。一緒にいる時間が増えるわけだし」
ルーの腕が俺の肩を抱き寄せ、額にちゅっと音を立てて口づける。やつの動きはとても滑らかで、普段からこうしているのだろう。
(と思っても、訊くのはタブーなんだよな)
俺たちは『利害の一致』からこの関係を続けている。一線を越えるわけにはいかない。
「ははっ、ルーったら。そういう冗談はほかのやつに言えよ。きっと、嬉しく思うぞ」
けらけらと笑って、俺もルーの頬に口づける。世にいうじゃれ合いだ。
恋人じゃないからこそ、こんなことを恥ずかしげもなく出来るという部分もあるだろう。
「俺がこんなことを言うのは、ユーグにだけだよ」
「――本当、お前は口が上手いな」
ルーのことだ。俺以外にもセフレはいて、その人たち全員にこう囁いているのだろう。簡単に想像がつく。
「いつも思うんだけどさ、ユーグはこういう言葉が嫌いか?」
俺の耳元に唇を寄せ、ルーが甘く囁きかけてくる。
好きとか嫌いとか。そういう問題ではない。
「別に嫌いじゃないよ。むしろ、好き」
一時的な愛の言葉は、俺のことをなによりも満たす存在。甘い言葉もストレートな「愛してる」って言葉も、好き。
(いつから、こんな風になっちゃったんだろ)
頭の中によぎった疑問を、必死にかき消した。
「ルーのこと、俺は好きだよ。一時的にでも俺のことを愛してくれるから」
やつのたくましい胸に頭を預けて、ルーにもたれかかった。
どうやら今日の俺は疲れているらしい。酒を飲む前からこんな調子で、大丈夫なんだろうか。自分でも心配だ。
「そっか。じゃあ、奥に行くか。今日も酒用意してるぞ」
「ありがと」
端的に礼を告げると、ルーは俺の膝裏に手を入れ、抱き上げる。世間一般でいうお姫さま抱っこというものだ。
抱っこされているのが男である俺ではなかったら、絵になるんだろうな。
「ルー」
「なんだ」
「俺、ルーとこういう関係になって幸せだよ」
兄さんがいなくなってから、ずっと独りぼっちだった。
ルーは孤独な俺に一時的にでも愛されているという夢を見せて、与えてくれる。
俺にとってもはやルーはなくてはならない存在。
「いつかルーが俺を捨てるまで、俺はルーに縋るから」
本当に迷惑なことを言っている自覚はある。本心では捨てられたくないと思っている。
ただそれだけは言葉にしない。言葉にしたら、ルーが俺を捨てる確率が上がるだろうから。俺たちの関係を俺の身勝手な気持ちで壊したくないのだ。
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