上 下
4 / 36
第1章

しおりを挟む
 だから俺は思った。

 大切なものは少ないほうがいい。誰かを本気で愛したくもない。愛したところで、裏切られてしまうだろうから。

 そんな俺にとってルーの存在はとても便利だった。

 人に対して便利という言葉は使うものではないとわかっている。けど、あっちだって俺のことを便利だと思っているはず。どっちもどっちだ。

 店の控室で着替え、俺はアパートまでの道のりを歩いた。

 途中食料品店に寄り道をし、つまみを購入。いつの間にか俺がつまみを用意し、ルーが酒を持ってくるのが定番化していた。

(ルーはチーズが好きなんだよな)

 そのため、つまみは自然とチーズが多くなる。俺もチーズは好きだから問題ないし。

 少し暗くなった道を歩きつつ、住宅が立ち並ぶ通りへ。住宅街の隅っこにある一人暮らし用のアパート、二階の角部屋。ここが俺の住んでいる場所。

 ドアノブに手をかけ回すと、鍵は開いていた。出ていくときに施錠した覚えはあるので、ルーが来ている証拠だ。

「ルー、今帰った」

 少し大きな声を出すと、中からゆっくりと男が一人歩いてくる。やつはきれいな赤毛を気怠そうに掻き上げ、「おー」と返事をする。彼の仕草は妙に色っぽくて、未だに慣れていない。

「つーかさぁ、お前、今日早いな」

 玄関まで来たルーは、俺が持つ袋を奪い取った。中身を覗き込むと「おっ、好きなやつだ」とつぶやく。

「ナイムさんが早く帰っていいって言ってくれたんだよ。なに、迷惑だった?」

 ちらりとルーに視線を送り問いかけてみると、ルーは首を横に振る。

「全然。むしろありがたいな。一緒にいる時間が増えるわけだし」

 ルーの腕が俺の肩を抱き寄せ、額にちゅっと音を立てて口づける。やつの動きはとても滑らかで、普段からこうしているのだろう。

(と思っても、訊くのはタブーなんだよな)

 俺たちは『利害の一致』からこの関係を続けている。一線を越えるわけにはいかない。

「ははっ、ルーったら。そういう冗談はほかのやつに言えよ。きっと、嬉しく思うぞ」

 けらけらと笑って、俺もルーの頬に口づける。世にいうじゃれ合いだ。

 恋人じゃないからこそ、こんなことを恥ずかしげもなく出来るという部分もあるだろう。

「俺がこんなことを言うのは、ユーグにだけだよ」
「――本当、お前は口が上手いな」

 ルーのことだ。俺以外にもセフレはいて、その人たち全員にこう囁いているのだろう。簡単に想像がつく。

「いつも思うんだけどさ、ユーグはこういう言葉が嫌いか?」

 俺の耳元に唇を寄せ、ルーが甘く囁きかけてくる。

 好きとか嫌いとか。そういう問題ではない。

「別に嫌いじゃないよ。むしろ、好き」

 一時的な愛の言葉は、俺のことをなによりも満たす存在。甘い言葉もストレートな「愛してる」って言葉も、好き。

(いつから、こんな風になっちゃったんだろ)

 頭の中によぎった疑問を、必死にかき消した。

「ルーのこと、俺は好きだよ。一時的にでも俺のことを愛してくれるから」

 やつのたくましい胸に頭を預けて、ルーにもたれかかった。

 どうやら今日の俺は疲れているらしい。酒を飲む前からこんな調子で、大丈夫なんだろうか。自分でも心配だ。

「そっか。じゃあ、奥に行くか。今日も酒用意してるぞ」
「ありがと」

 端的に礼を告げると、ルーは俺の膝裏に手を入れ、抱き上げる。世間一般でいうお姫さま抱っこというものだ。

 抱っこされているのが男である俺ではなかったら、絵になるんだろうな。

「ルー」
「なんだ」
「俺、ルーとこういう関係になって幸せだよ」

 兄さんがいなくなってから、ずっと独りぼっちだった。

 ルーは孤独な俺に一時的にでも愛されているという夢を見せて、与えてくれる。

 俺にとってもはやルーはなくてはならない存在。

「いつかルーが俺を捨てるまで、俺はルーに縋るから」

 本当に迷惑なことを言っている自覚はある。本心では捨てられたくないと思っている。

 ただそれだけは言葉にしない。言葉にしたら、ルーが俺を捨てる確率が上がるだろうから。俺たちの関係を俺の身勝手な気持ちで壊したくないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に落っこちたら溺愛された

PP2K
BL
僕は 鳳 旭(おおとり あさひ)18歳。 高校最後の卒業式の帰り道で居眠り運転のトラックに突っ込まれ死んだ…はずだった。 目が覚めるとそこは見ず知らずの森。 訳が分からなすぎて1周まわってなんか冷静になっている自分がいる。 このままここに居てもなにも始まらないと思い僕は歩き出そうと思っていたら…。 「ガルルルゥ…」 「あ、これ死んだ…」 目の前にはヨダレをだらだら垂らした腕が4本あるバカでかいツノの生えた熊がいた。 死を覚悟して目をギュッと閉じたら…!? 騎士団長×異世界人の溺愛BLストーリー 文武両道、家柄よし・顔よし・性格よしの パーフェクト団長 ちょっと抜けてるお人好し流され系異世界人 ⚠️男性妊娠できる世界線️ 初投稿で拙い文章ですがお付き合い下さい ゆっくり投稿していきます。誤字脱字ご了承くださいm(*_ _)m

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

一妻多夫の奥様は悩み多し

たまりん
BL
男性しかいない一妻多夫の世界が舞台で主人公が奮闘して奥さまとして成長する話にするつもりです。

根が社畜の俺、取り急ぎ悪役令息やってみます

木野真夏
BL
プログラマーとして働く社畜の俺が転生した先は、美麗なお金持ちの令息の体だった。だが、俺は思う。これは神様プログラムの一種のエラーなのではないか、と。それが元に戻るまでは、とりあえずこの体で生き抜いてはみるが──……って、え? 男同士で結婚するんですか!? あ、そういう世界観なんですね……。しかもお相手はなぜか俺に対して冷たいし。なんなら周りの視線も痛いんですが。 ★そんなに長くはならない予定。 ★ツンデレ攻め(ツン多め)×鈍感受け。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

悪役令嬢のペットは殿下に囲われ溺愛される

白霧雪。
BL
旧題:悪役令嬢のポチは第一王子に囲われて溺愛されてます!? 愛される喜びを知ってしまった―― 公爵令嬢ベアトリーチェの幼馴染兼従者として生まれ育ったヴィンセント。ベアトリーチェの婚約者が他の女に現を抜かすため、彼女が不幸な結婚をする前に何とか婚約を解消できないかと考えていると、彼女の婚約者の兄であり第一王子であるエドワードが現れる。「自分がベアトリーチェの婚約について、『ベアトリーチェにとって不幸な結末』にならないよう取り計らう」「その代わり、ヴィンセントが欲しい」と取引を持ち掛けられ、不審に思いつつも受け入れることに。警戒を解かないヴィンセントに対し、エドワードは甘く溺愛してきて…… ❁❀花籠の泥人形編 更新中✿ 残4話予定✾ ❀小話を番外編にまとめました❀ ✿背後注意話✿ ✾Twitter → @yuki_cat8 (作業過程や裏話など) ❀書籍化記念IFSSを番外編に追加しました!(23.1.11)❀

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)

てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。 言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち――― 大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡) 20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!

処理中です...