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第1部 第6章 嘘と傷痕、そして墓標
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「この街には魔物の巣窟が近い。けど、人々は平和に暮らしています。焦る様子も恐れる様子もない」
魔物の活性化は人間にとって大変な事態だ。のほほんと暮らすことあり得ない。
「だから、僕はクレメンスさん、もしくはその部下の方が虚偽の報告をしていると思います」
手のひらをぎゅうっと握って、自分の意見を口にした。
わずかな沈黙を経て、シデリス殿下が「ふぅ」と息を吐く。
「僕も同意見だ。ブレストリッチの様子を見て、確信した。――クレメンスは嘘をついている」
シデリス殿下の双眸に厳しい色が宿った。エメラルド色が深くなっているように見える。
「このことを僕は陛下に報告しよう。キミたちはしばらくここに滞在していてほしい」
僕たちの顔をシデリス殿下がぐるっと見渡した。
「僕が陛下からの伝言をもらってくるまで、変な動きはしないでほしい。……いいな?」
丁寧な言葉には確かな威厳がこもっていた。
これは命令なのだと伝わってくる。
「一刻も早く陛下からの伝言を貰い、戻ってくることを約束しよう」
僕の目が不安で揺れていたことに、シデリス殿下は気がついていた。じっと見つめ、僕に向かって口元を緩めた。
「ジェリーは僕にも意味があると言ってくれた。とても、嬉しかった」
シデリス殿下の目元が緩んだ。
「キミにはいろいろと思うことがあるみたいだ。けど、キミの言葉で救われた人間がいるんだ」
「……殿下」
「それは僕だけじゃない。キリアンもだろう?」
キリアンは話を振られて後頭部を掻いていた。でも、すぐにうなずく。
「そうだな。だから、俺はジェリーに生きろと言われる限り生きる。死ねと言われたら、死ぬ覚悟だ」
「……さすがにそれは言わないよ」
自然と眉を下げてしまった。僕の表情にキリアンがハッとしている。
「言葉の綾だ。忘れてくれ」
僕の頬を両手で挟んだキリアンは、こつんと額を合わせてくる。
「――知ってる」
キリアンは僕のことを信じている。そして、僕もまた――キリアンを信じている。キリアンのことが好きでたまらない。
「キリアンは僕を理解してくれてるもんね」
「……あぁ」
キリアンの目が僕を射貫いている。じぃっと見つめ合っていると、なんだかキスをする寸前みたいだ。
唇が重なるのか、重ならないのか。僕の心臓は大きく音を鳴らす。心臓の音がキリアンに聞こえてしまうんじゃないかって不安だった。
「ジェリー、好きだ」
まっすぐに伝えられた愛の言葉に、僕はふにゃりと笑っていた。
「その顔も最高に可愛い。愛おしくてたまらない――」
「――ちょっと待て!」
キリアンの唇が僕の唇をふさごうとしたとき、鋭い声が聞こえた。
……そうだった。ここは人前。しかも、シデリス殿下とエカードさんもいる。
「ちっ、エカード。お前は何様のつもりだ」
「何様のつもりだってのはこっちのセリフだよ!」
テーブルをバンっと力いっぱいたたいて、エカードさんがキリアンを睨みつけている。
「ここは人前だぞ!? 知り合いのいちゃつきシーンなんてこっちは見たかねぇんだよ!」
「……そういえば、エカードは失恋したばっかりだったか」
明らかに笑いをこらえた表情でシデリス殿下がエカードさんの肩をたたいた。
彼がにやついているのは僕の気のせいではないはずだ。
「失恋したてにあの光景は辛いだろうな。――僕でよかったら、相手になってやろうか?」
「お断りしますよ!」
「ふぅむ、残念だ」
なんだろう。エカードさんとシデリス殿下も仲良くなっているような気が……?
「ま、キミだったらいつでも歓迎してあげるよ。僕のことを愛してくれたまえ」
「……この場にはヤバいやつしかいないのか?」
エカードさんの気の抜けた言葉が僕の耳に届いた。
……なんだか、楽しい空間だ。この空間を守るためにも、僕たちがするべきことは――。
(きちんと、真実を確かめなくちゃ)
今はそうすることしかできないから。
魔物の活性化は人間にとって大変な事態だ。のほほんと暮らすことあり得ない。
「だから、僕はクレメンスさん、もしくはその部下の方が虚偽の報告をしていると思います」
手のひらをぎゅうっと握って、自分の意見を口にした。
わずかな沈黙を経て、シデリス殿下が「ふぅ」と息を吐く。
「僕も同意見だ。ブレストリッチの様子を見て、確信した。――クレメンスは嘘をついている」
シデリス殿下の双眸に厳しい色が宿った。エメラルド色が深くなっているように見える。
「このことを僕は陛下に報告しよう。キミたちはしばらくここに滞在していてほしい」
僕たちの顔をシデリス殿下がぐるっと見渡した。
「僕が陛下からの伝言をもらってくるまで、変な動きはしないでほしい。……いいな?」
丁寧な言葉には確かな威厳がこもっていた。
これは命令なのだと伝わってくる。
「一刻も早く陛下からの伝言を貰い、戻ってくることを約束しよう」
僕の目が不安で揺れていたことに、シデリス殿下は気がついていた。じっと見つめ、僕に向かって口元を緩めた。
「ジェリーは僕にも意味があると言ってくれた。とても、嬉しかった」
シデリス殿下の目元が緩んだ。
「キミにはいろいろと思うことがあるみたいだ。けど、キミの言葉で救われた人間がいるんだ」
「……殿下」
「それは僕だけじゃない。キリアンもだろう?」
キリアンは話を振られて後頭部を掻いていた。でも、すぐにうなずく。
「そうだな。だから、俺はジェリーに生きろと言われる限り生きる。死ねと言われたら、死ぬ覚悟だ」
「……さすがにそれは言わないよ」
自然と眉を下げてしまった。僕の表情にキリアンがハッとしている。
「言葉の綾だ。忘れてくれ」
僕の頬を両手で挟んだキリアンは、こつんと額を合わせてくる。
「――知ってる」
キリアンは僕のことを信じている。そして、僕もまた――キリアンを信じている。キリアンのことが好きでたまらない。
「キリアンは僕を理解してくれてるもんね」
「……あぁ」
キリアンの目が僕を射貫いている。じぃっと見つめ合っていると、なんだかキスをする寸前みたいだ。
唇が重なるのか、重ならないのか。僕の心臓は大きく音を鳴らす。心臓の音がキリアンに聞こえてしまうんじゃないかって不安だった。
「ジェリー、好きだ」
まっすぐに伝えられた愛の言葉に、僕はふにゃりと笑っていた。
「その顔も最高に可愛い。愛おしくてたまらない――」
「――ちょっと待て!」
キリアンの唇が僕の唇をふさごうとしたとき、鋭い声が聞こえた。
……そうだった。ここは人前。しかも、シデリス殿下とエカードさんもいる。
「ちっ、エカード。お前は何様のつもりだ」
「何様のつもりだってのはこっちのセリフだよ!」
テーブルをバンっと力いっぱいたたいて、エカードさんがキリアンを睨みつけている。
「ここは人前だぞ!? 知り合いのいちゃつきシーンなんてこっちは見たかねぇんだよ!」
「……そういえば、エカードは失恋したばっかりだったか」
明らかに笑いをこらえた表情でシデリス殿下がエカードさんの肩をたたいた。
彼がにやついているのは僕の気のせいではないはずだ。
「失恋したてにあの光景は辛いだろうな。――僕でよかったら、相手になってやろうか?」
「お断りしますよ!」
「ふぅむ、残念だ」
なんだろう。エカードさんとシデリス殿下も仲良くなっているような気が……?
「ま、キミだったらいつでも歓迎してあげるよ。僕のことを愛してくれたまえ」
「……この場にはヤバいやつしかいないのか?」
エカードさんの気の抜けた言葉が僕の耳に届いた。
……なんだか、楽しい空間だ。この空間を守るためにも、僕たちがするべきことは――。
(きちんと、真実を確かめなくちゃ)
今はそうすることしかできないから。
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