上 下
58 / 65
第1部 第5章 違和感と謎の人

しおりを挟む
 時間が止まったかのような感覚だった。

 僕はトリスタンさんの言葉を理解することができなかった。もちろん、キリアンもだと思う。

「ジェリーからは魔族の血の香りがする。全部ではない。半分というところか」

 ――嘘を言わないでください。

 と言いたかったのに、言えなかった。

「人間と魔族のハーフが、まさか本当にいるとはな」

 トリスタンさんの言葉が右から左に抜けていく。

 いやだ。理解したくない。理解したら、全部壊れてしまう気がしたんだ。

「……う、そ」

 小さくもれた言葉。トリスタンさんが僕を見る。まるで痛ましいものを見るような目に、心臓がナイフで突き刺されたかのような感覚だった。

「嘘、嘘だよ。僕は普通の人間で――」

 ――本当に?

 頭の中で誰かがささやく。

 僕は体質的に毒が効かない。人よりも高度な魔法が扱えるらしい。

 それは、僕の中に人間ではない存在の血が混じっているからではないのか?

 そして、師匠はもしかしたらこれに気が付いていたんじゃないか――。

(だから、僕には外で本気を出すなって)

 もしも、僕に魔族の血が本当に流れているのだとすると。

 いろいろなことの辻褄があってしまう。合ってほしくないのに。

「心当たりがキミにもあるんだろう?」

 言葉が出ない。認めたら、全部終わってしまうような気がする。

「いいか? キミは人間からしても、魔族からしても。異質な存在だ。私のような強者が守らなくて、生き延びることはできない」

 人間は魔族が大嫌いで、魔族も人間を疎んでいる。

 二つの種族は互いを認めることをせず、深くかかわろうともしなかった。

 そんな中、二つの種族のハーフがいるとわかったら。

(僕は、殺されてしまうんだろう)

 簡単に想像できてしまう。僕は二つの種族にとって――嫌悪するべき存在だ。

「私はなにがなんでもジェリーを守る。だから、どうか私の手を取ってほしい。――また、迎えに来よう」

 言葉を残して、トリスタンさんは場を立ち去った。彼の後ろ姿をぼうっと見つめて、僕はぐっと唇を噛む。

 彼の言葉が嘘の可能性だって否定できない。勇者一行を分断するための方法だとも考えることができる。

 ただ、あまりにも心当たりがありすぎて、僕は嘘だと蹴り飛ばせない。

(キリアンは僕のことを、どう思うんだろう)

 キリアンは僕のことを愛するとか好きとか、言ってくれていた。

 けど、僕が魔族の血を引いているともなると、愛せないと言われるかもしれない。

 言葉を重ねて、キスをして。身体だって重ねた。

 僕は簡単に気持ちを捨てることができない。だけど、誰もが僕と一緒ではない。

 もしかしたらキリアンは、僕とは違って――。

「――キリアン」

 だったら、こっちから関係を終わりにしたいと言うべきだ。

 告げられるよりも、告げたほうが少しは楽だろうから。

「ねぇ、もしも僕が本当に魔族と人間のハーフだったら。――僕のことを、殺す?」

 彼の目をじっと見て、問いかけていた。

 本当は問いかけたくなかった。答えなんていらない。

 問いかけておいて、答えないでって気持ちがむくむくと膨れ上がる。

 目をぎゅっとつむると、頭を軽くたたかれた。

「――殺さない」

 耳に届いたのは温かいいつも通りの声音。

「俺はなにがあってもジェリーを殺したりしない。そして、誰かがジェリーを殺そうとするのなら、俺が全力で守る」

 彼の言葉に僕の目に涙が浮かんだ。視界が歪む。

「世界中がジェリーを狙うなら、俺と一緒に逃避行しよう。見つかったら逃げてを繰り返す」

 キリアンの腕が僕の背中に回って、ぎゅうっと抱きしめる。

「俺はお前なしじゃ生きていけない。今更ジェリーのいない生活なんて、考えられない」

 熱烈な愛の言葉。僕の心臓がどくんと大きく音を立てた。

 キリアンの分厚い胸に顔を押し付ける。この心臓の音は、どっちのものなんだろうか。

「僕も、一緒――」

 僕もキリアンがいないと生きていけない。

 こんなにも僕みたいな存在を愛してくれる人は、後にも先にもキリアンだけだって。

 わかったから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

処理中です...