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第1部 第5章 違和感と謎の人
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時間が止まったかのような感覚だった。
僕はトリスタンさんの言葉を理解することができなかった。もちろん、キリアンもだと思う。
「ジェリーからは魔族の血の香りがする。全部ではない。半分というところか」
――嘘を言わないでください。
と言いたかったのに、言えなかった。
「人間と魔族のハーフが、まさか本当にいるとはな」
トリスタンさんの言葉が右から左に抜けていく。
いやだ。理解したくない。理解したら、全部壊れてしまう気がしたんだ。
「……う、そ」
小さくもれた言葉。トリスタンさんが僕を見る。まるで痛ましいものを見るような目に、心臓がナイフで突き刺されたかのような感覚だった。
「嘘、嘘だよ。僕は普通の人間で――」
――本当に?
頭の中で誰かがささやく。
僕は体質的に毒が効かない。人よりも高度な魔法が扱えるらしい。
それは、僕の中に人間ではない存在の血が混じっているからではないのか?
そして、師匠はもしかしたらこれに気が付いていたんじゃないか――。
(だから、僕には外で本気を出すなって)
もしも、僕に魔族の血が本当に流れているのだとすると。
いろいろなことの辻褄があってしまう。合ってほしくないのに。
「心当たりがキミにもあるんだろう?」
言葉が出ない。認めたら、全部終わってしまうような気がする。
「いいか? キミは人間からしても、魔族からしても。異質な存在だ。私のような強者が守らなくて、生き延びることはできない」
人間は魔族が大嫌いで、魔族も人間を疎んでいる。
二つの種族は互いを認めることをせず、深くかかわろうともしなかった。
そんな中、二つの種族のハーフがいるとわかったら。
(僕は、殺されてしまうんだろう)
簡単に想像できてしまう。僕は二つの種族にとって――嫌悪するべき存在だ。
「私はなにがなんでもジェリーを守る。だから、どうか私の手を取ってほしい。――また、迎えに来よう」
言葉を残して、トリスタンさんは場を立ち去った。彼の後ろ姿をぼうっと見つめて、僕はぐっと唇を噛む。
彼の言葉が嘘の可能性だって否定できない。勇者一行を分断するための方法だとも考えることができる。
ただ、あまりにも心当たりがありすぎて、僕は嘘だと蹴り飛ばせない。
(キリアンは僕のことを、どう思うんだろう)
キリアンは僕のことを愛するとか好きとか、言ってくれていた。
けど、僕が魔族の血を引いているともなると、愛せないと言われるかもしれない。
言葉を重ねて、キスをして。身体だって重ねた。
僕は簡単に気持ちを捨てることができない。だけど、誰もが僕と一緒ではない。
もしかしたらキリアンは、僕とは違って――。
「――キリアン」
だったら、こっちから関係を終わりにしたいと言うべきだ。
告げられるよりも、告げたほうが少しは楽だろうから。
「ねぇ、もしも僕が本当に魔族と人間のハーフだったら。――僕のことを、殺す?」
彼の目をじっと見て、問いかけていた。
本当は問いかけたくなかった。答えなんていらない。
問いかけておいて、答えないでって気持ちがむくむくと膨れ上がる。
目をぎゅっとつむると、頭を軽くたたかれた。
「――殺さない」
耳に届いたのは温かいいつも通りの声音。
「俺はなにがあってもジェリーを殺したりしない。そして、誰かがジェリーを殺そうとするのなら、俺が全力で守る」
彼の言葉に僕の目に涙が浮かんだ。視界が歪む。
「世界中がジェリーを狙うなら、俺と一緒に逃避行しよう。見つかったら逃げてを繰り返す」
キリアンの腕が僕の背中に回って、ぎゅうっと抱きしめる。
「俺はお前なしじゃ生きていけない。今更ジェリーのいない生活なんて、考えられない」
熱烈な愛の言葉。僕の心臓がどくんと大きく音を立てた。
キリアンの分厚い胸に顔を押し付ける。この心臓の音は、どっちのものなんだろうか。
「僕も、一緒――」
僕もキリアンがいないと生きていけない。
こんなにも僕みたいな存在を愛してくれる人は、後にも先にもキリアンだけだって。
わかったから。
僕はトリスタンさんの言葉を理解することができなかった。もちろん、キリアンもだと思う。
「ジェリーからは魔族の血の香りがする。全部ではない。半分というところか」
――嘘を言わないでください。
と言いたかったのに、言えなかった。
「人間と魔族のハーフが、まさか本当にいるとはな」
トリスタンさんの言葉が右から左に抜けていく。
いやだ。理解したくない。理解したら、全部壊れてしまう気がしたんだ。
「……う、そ」
小さくもれた言葉。トリスタンさんが僕を見る。まるで痛ましいものを見るような目に、心臓がナイフで突き刺されたかのような感覚だった。
「嘘、嘘だよ。僕は普通の人間で――」
――本当に?
頭の中で誰かがささやく。
僕は体質的に毒が効かない。人よりも高度な魔法が扱えるらしい。
それは、僕の中に人間ではない存在の血が混じっているからではないのか?
そして、師匠はもしかしたらこれに気が付いていたんじゃないか――。
(だから、僕には外で本気を出すなって)
もしも、僕に魔族の血が本当に流れているのだとすると。
いろいろなことの辻褄があってしまう。合ってほしくないのに。
「心当たりがキミにもあるんだろう?」
言葉が出ない。認めたら、全部終わってしまうような気がする。
「いいか? キミは人間からしても、魔族からしても。異質な存在だ。私のような強者が守らなくて、生き延びることはできない」
人間は魔族が大嫌いで、魔族も人間を疎んでいる。
二つの種族は互いを認めることをせず、深くかかわろうともしなかった。
そんな中、二つの種族のハーフがいるとわかったら。
(僕は、殺されてしまうんだろう)
簡単に想像できてしまう。僕は二つの種族にとって――嫌悪するべき存在だ。
「私はなにがなんでもジェリーを守る。だから、どうか私の手を取ってほしい。――また、迎えに来よう」
言葉を残して、トリスタンさんは場を立ち去った。彼の後ろ姿をぼうっと見つめて、僕はぐっと唇を噛む。
彼の言葉が嘘の可能性だって否定できない。勇者一行を分断するための方法だとも考えることができる。
ただ、あまりにも心当たりがありすぎて、僕は嘘だと蹴り飛ばせない。
(キリアンは僕のことを、どう思うんだろう)
キリアンは僕のことを愛するとか好きとか、言ってくれていた。
けど、僕が魔族の血を引いているともなると、愛せないと言われるかもしれない。
言葉を重ねて、キスをして。身体だって重ねた。
僕は簡単に気持ちを捨てることができない。だけど、誰もが僕と一緒ではない。
もしかしたらキリアンは、僕とは違って――。
「――キリアン」
だったら、こっちから関係を終わりにしたいと言うべきだ。
告げられるよりも、告げたほうが少しは楽だろうから。
「ねぇ、もしも僕が本当に魔族と人間のハーフだったら。――僕のことを、殺す?」
彼の目をじっと見て、問いかけていた。
本当は問いかけたくなかった。答えなんていらない。
問いかけておいて、答えないでって気持ちがむくむくと膨れ上がる。
目をぎゅっとつむると、頭を軽くたたかれた。
「――殺さない」
耳に届いたのは温かいいつも通りの声音。
「俺はなにがあってもジェリーを殺したりしない。そして、誰かがジェリーを殺そうとするのなら、俺が全力で守る」
彼の言葉に僕の目に涙が浮かんだ。視界が歪む。
「世界中がジェリーを狙うなら、俺と一緒に逃避行しよう。見つかったら逃げてを繰り返す」
キリアンの腕が僕の背中に回って、ぎゅうっと抱きしめる。
「俺はお前なしじゃ生きていけない。今更ジェリーのいない生活なんて、考えられない」
熱烈な愛の言葉。僕の心臓がどくんと大きく音を立てた。
キリアンの分厚い胸に顔を押し付ける。この心臓の音は、どっちのものなんだろうか。
「僕も、一緒――」
僕もキリアンがいないと生きていけない。
こんなにも僕みたいな存在を愛してくれる人は、後にも先にもキリアンだけだって。
わかったから。
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