51 / 65
第1部 第5章 違和感と謎の人
⑤
しおりを挟む
キリアンが予約をしたという宿は、小さなところだった。
部屋は当然のように一緒。この間と違うのは、きちんとした寝台が二つあることだろうか。
宿の女将さんが作ってくれた夕飯を食べて、僕たちは部屋でくつろいでいた。
「ねぇ、キリアン。星がすっごくきれいだよ」
僕は窓の外を見つめて、寝台で横になっていたキリアンに声をかけてみる。彼は起き上がって僕のほうに来てくれた。
「王都じゃこうはいかないな」
キリアンがつぶやいた。確かにそれはそうかも。
「僕が住んでたのは辺境だったんだけど、そこよりもずっときれいだよ」
というか、師匠と僕の住んでいた場所は木々が生い茂っていたから、ここまで星がきれいには見えなかった。
今思えば、あそこは辺境の中でも屈指の辺境だった。
「師匠、元気かな……」
ついついぼそっと零してしまった。
師匠は生活能力が皆無だ。弟子入り当初から僕は師匠の身の回りの世話をしていた。
……師匠、きちんと生活出来ていたらいいなぁって。
「なぁ、ジェリー」
僕を後ろから抱きしめたキリアンが、声をかけてくる。
「お前の師匠は、どういう人物だったんだ?」
「ほぇ?」
「そういや、聞いたことなかったなって」
キリアンが問いかけてくる。話したことなかったっけ?
「師匠は元々王家お抱えの魔法使いだったんだ。けど、ずっと前に引退して今は辺境の主をしてるよ」
師匠は王家お抱えの魔法使いをしていた際に、たんまりとお金をもらったと言っていた。
だから、今は働く必要もなく、のんびりと好きなことを研究して暮らしているのだとも。
「引退理由って?」
「権力争いに疲れたんだって。多分、表向きだけど」
星空に視線を向けたまま、僕はキリアンに師匠のことを話す。
いかにすごい魔法使いだったか。比べ生活能力は皆無で、人との関わることが苦手。むしろ、嫌いの域に足を突っ込んでいるとか。
「師匠はね、王都が嫌いなの。……なにか、あったんだろうね」
王都に報告に行く師匠は、嫌悪感を丸出しにしている。ただ、それ以上に寂しそうだった。
「ふぅん、そうか」
キリアンは興味なさそうだった。じゃあ、どうして聞いたんだって話なんだけど。
「ねぇ、キリアン。師匠のことに興味ないなら、どうして聞いたの?」
背中に体温を感じつつ、尋ねてみる。キリアンは「嫉妬してるから」と答えた。
「ジェリーに心配してもらえて、うらやましいなって」
「なにそれ」
彼は想像以上に嫉妬深かった。……なのに、彼の嫉妬がうれしいって思っちゃう僕も大概だ。
「ジェリーは、師匠が好きか――?」
「好き、だよ」
師匠のことは大好き。
「でもね、師匠に対する好きは……その。親愛みたいなものなんだ」
恋愛感情じゃない。だって、師匠のことを思ってもドキドキなんてしないから。
(僕がドキドキするのは、キリアンだけなんだよ)
と、言えるわけもなく。
言えないのは僕自身もこの感情をうまく理解できていないから。キスとかえっちしたから好きだって思っているんじゃないかって、考えちゃう。
(そうだったとしたら、この感情は錯覚だもんね)
もしも、それが正しかったら。
――キリアンに伝えるわけにはいかない。
「そうか」
キリアンは僕の言葉に短く返事をしてくれた。
「じゃあ、全然構わない。ジェリーの師匠――えっと、名前は」
「師匠はアクセルっていう名前だよ。アクセル・ヴァルスっていうの」
なんてことない風に師匠の名前を口にすると、キリアンが固まったのがわかった。
「アクセル・ヴァルス――?」
キリアンが師匠の名前を繰り返す。僕はうなずいた。
「え、なにか、あるの?」
「あぁ。元々王家のお抱え魔法使いのアクセル・ヴァルスだろ?」
どうしてそこまで確認するんだろうか。僕はもう一度うなずく。
「師匠って、なにかあるの?」
僕の問いかけに少し黙って、キリアンは口を開いた。
「お前、アクセル・ヴァルスといえば現国王陛下の元恋人だって貴族の世界じゃ有名なんだよ」
部屋は当然のように一緒。この間と違うのは、きちんとした寝台が二つあることだろうか。
宿の女将さんが作ってくれた夕飯を食べて、僕たちは部屋でくつろいでいた。
「ねぇ、キリアン。星がすっごくきれいだよ」
僕は窓の外を見つめて、寝台で横になっていたキリアンに声をかけてみる。彼は起き上がって僕のほうに来てくれた。
「王都じゃこうはいかないな」
キリアンがつぶやいた。確かにそれはそうかも。
「僕が住んでたのは辺境だったんだけど、そこよりもずっときれいだよ」
というか、師匠と僕の住んでいた場所は木々が生い茂っていたから、ここまで星がきれいには見えなかった。
今思えば、あそこは辺境の中でも屈指の辺境だった。
「師匠、元気かな……」
ついついぼそっと零してしまった。
師匠は生活能力が皆無だ。弟子入り当初から僕は師匠の身の回りの世話をしていた。
……師匠、きちんと生活出来ていたらいいなぁって。
「なぁ、ジェリー」
僕を後ろから抱きしめたキリアンが、声をかけてくる。
「お前の師匠は、どういう人物だったんだ?」
「ほぇ?」
「そういや、聞いたことなかったなって」
キリアンが問いかけてくる。話したことなかったっけ?
「師匠は元々王家お抱えの魔法使いだったんだ。けど、ずっと前に引退して今は辺境の主をしてるよ」
師匠は王家お抱えの魔法使いをしていた際に、たんまりとお金をもらったと言っていた。
だから、今は働く必要もなく、のんびりと好きなことを研究して暮らしているのだとも。
「引退理由って?」
「権力争いに疲れたんだって。多分、表向きだけど」
星空に視線を向けたまま、僕はキリアンに師匠のことを話す。
いかにすごい魔法使いだったか。比べ生活能力は皆無で、人との関わることが苦手。むしろ、嫌いの域に足を突っ込んでいるとか。
「師匠はね、王都が嫌いなの。……なにか、あったんだろうね」
王都に報告に行く師匠は、嫌悪感を丸出しにしている。ただ、それ以上に寂しそうだった。
「ふぅん、そうか」
キリアンは興味なさそうだった。じゃあ、どうして聞いたんだって話なんだけど。
「ねぇ、キリアン。師匠のことに興味ないなら、どうして聞いたの?」
背中に体温を感じつつ、尋ねてみる。キリアンは「嫉妬してるから」と答えた。
「ジェリーに心配してもらえて、うらやましいなって」
「なにそれ」
彼は想像以上に嫉妬深かった。……なのに、彼の嫉妬がうれしいって思っちゃう僕も大概だ。
「ジェリーは、師匠が好きか――?」
「好き、だよ」
師匠のことは大好き。
「でもね、師匠に対する好きは……その。親愛みたいなものなんだ」
恋愛感情じゃない。だって、師匠のことを思ってもドキドキなんてしないから。
(僕がドキドキするのは、キリアンだけなんだよ)
と、言えるわけもなく。
言えないのは僕自身もこの感情をうまく理解できていないから。キスとかえっちしたから好きだって思っているんじゃないかって、考えちゃう。
(そうだったとしたら、この感情は錯覚だもんね)
もしも、それが正しかったら。
――キリアンに伝えるわけにはいかない。
「そうか」
キリアンは僕の言葉に短く返事をしてくれた。
「じゃあ、全然構わない。ジェリーの師匠――えっと、名前は」
「師匠はアクセルっていう名前だよ。アクセル・ヴァルスっていうの」
なんてことない風に師匠の名前を口にすると、キリアンが固まったのがわかった。
「アクセル・ヴァルス――?」
キリアンが師匠の名前を繰り返す。僕はうなずいた。
「え、なにか、あるの?」
「あぁ。元々王家のお抱え魔法使いのアクセル・ヴァルスだろ?」
どうしてそこまで確認するんだろうか。僕はもう一度うなずく。
「師匠って、なにかあるの?」
僕の問いかけに少し黙って、キリアンは口を開いた。
「お前、アクセル・ヴァルスといえば現国王陛下の元恋人だって貴族の世界じゃ有名なんだよ」
139
お気に入りに追加
829
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる