37 / 65
第1部 第4章 最悪とハジメテ
⑦
しおりを挟む
「悪いね、騙すような真似をしてしまって」
シデリス殿下が申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
僕は慌てて手と首をぶんぶんと横に振る。謝罪をされるようなことではない。
(驚いたことに、間違いはないけど)
師匠は、このことを知っていたんだろうか?
小さな疑問を抱いたけど、師匠のことだ。知っていたとしてもしらを切るに違いない。
僕の中の師匠は、そういう人物なのだ。
僕は曖昧に笑う。シデリス殿下は僕を見て笑っていた。なんだろう。その笑みはちょっと可愛い。
(やっぱり、年上っていう感じはしないや)
などと失礼なことを思っていると、目の前に馬車が止まっていることに気が付いた。
行商人の馬車だろうか?
「なんだ、こんなところに馬車を止めるなど。不用心なことこの上ないな」
呆れたようにシデリス殿下がつぶやいて、馬車に視線を向ける。
「――というか、あれはデルリーン商会のものではないか」
が、続けられた言葉に僕の心臓がどくんと嫌な音を立てた。
――デルリーン商会。それは、僕の。
「っと、あれ、ジェリーの家名って――」
エカードさんが僕のほうを見て口を開いた。
マズイ、ヤバい。
焦りからか手汗がすごい。強く握った手を解くことが出来ない。
「は、はやく、行きましょう」
嫌な予感をかき消すように、僕はみんなに早く行こうと促す。
不自然な僕の言葉に、全員が顔を見合わせたのがわかった。ただ唯一。キリアンだけは「あぁ」と返事をくれる。
「ジェリーが嫌ならば、さっさと行こう」
キリアンが同意してくれたとき。
馬車の近くで遊んでいたのか、昨日の男の子がこちらに駆けてきた。
「昨日のお兄ちゃんだ!」
男の子は僕の側に寄ってきて、「昨日は、どうしていなくなっちゃったの?」と問いかけてくる。
どう、答えようか。
(まさかキミのお母さんが怖くて逃げたんだ……なんて、言えないよ)
目を伏せる。というか、デルリーン商会の馬車の近くにいたということは。
(この子は、デルリーン商会の関係者――?)
思考回路がその答えにたどり着くと、僕は息を呑んでいた。
幼馴染の子供。そのうえで、彼がデルリーン商会の関係者だとすると。
「お兄ちゃん?」
男の子が僕を見上げてきょとんとしている。
彼の目には心配の色が宿っていた。「大丈夫だよ」って言ってあげなくちゃ――と思うのに。
(無理だよ、怖いよ……)
胸が苦しくなって、喉がカラカラに渇いていく。
「――おい、ジェリー」
キリアンが僕の肩を抱き寄せた。そして、背中をゆっくりと撫でてくれる。
まるで、自分がついているから大丈夫だと言ってくれているようだった。
(困らせちゃった、心配かけちゃった……)
キリアンだけじゃない。エカードさんも、シデリス殿下も。困っているに決まっている。
だから、僕は平常を装わなくてはならない――のに。
「おい、あんまり遠くに行くな――」
馬車から誰かが降りてきたのがわかった。声からして男性だろうか。
僕の肩が跳ねる。そちらを恐る恐る見ると――そこには、小さな頃の面影がある一人の男性。
「――疫病神が」
男性がぽつりとつぶやいた。かと思えば、男の子を僕の側から引き離す。
「父さん?」
男の子が男性の顔を見上げていた。男性は男の子を背中に隠し、僕を強くにらみつける。
「どうしてここにいるのかは知らないが、こいつに手を出したらただじゃおかない」
地を這うような低い声。
僕の胸がきゅううっと締め付けられて、苦しくなった。呼吸がどんどん荒くなるのがわかる。
「――に、い」
「お前にそういう風に呼ばれると、反吐が出るんだよ!」
言葉を遮るように彼は叫んだ。誰もが肩をびくんと跳ねさせるほどの声量だった。
「大体、いきなりいなくなって、俺たちがどれだけ迷惑したと思っているんだ!」
「ご、ごめんな――」
「ただえさ役立たずの疫病神のくせに! 俺たちにどれだけ迷惑をかければ済むんだ!」
嫌悪感を丸出しにしたような声。
誰もが驚いている。キリアンも、エカードさんも、シデリス殿下も。
それでもなお、彼――セシル・デルリーンは口を止めない。僕の兄は、嫌悪感を孕んだ目で僕をにらみつけている。
シデリス殿下が申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
僕は慌てて手と首をぶんぶんと横に振る。謝罪をされるようなことではない。
(驚いたことに、間違いはないけど)
師匠は、このことを知っていたんだろうか?
小さな疑問を抱いたけど、師匠のことだ。知っていたとしてもしらを切るに違いない。
僕の中の師匠は、そういう人物なのだ。
僕は曖昧に笑う。シデリス殿下は僕を見て笑っていた。なんだろう。その笑みはちょっと可愛い。
(やっぱり、年上っていう感じはしないや)
などと失礼なことを思っていると、目の前に馬車が止まっていることに気が付いた。
行商人の馬車だろうか?
「なんだ、こんなところに馬車を止めるなど。不用心なことこの上ないな」
呆れたようにシデリス殿下がつぶやいて、馬車に視線を向ける。
「――というか、あれはデルリーン商会のものではないか」
が、続けられた言葉に僕の心臓がどくんと嫌な音を立てた。
――デルリーン商会。それは、僕の。
「っと、あれ、ジェリーの家名って――」
エカードさんが僕のほうを見て口を開いた。
マズイ、ヤバい。
焦りからか手汗がすごい。強く握った手を解くことが出来ない。
「は、はやく、行きましょう」
嫌な予感をかき消すように、僕はみんなに早く行こうと促す。
不自然な僕の言葉に、全員が顔を見合わせたのがわかった。ただ唯一。キリアンだけは「あぁ」と返事をくれる。
「ジェリーが嫌ならば、さっさと行こう」
キリアンが同意してくれたとき。
馬車の近くで遊んでいたのか、昨日の男の子がこちらに駆けてきた。
「昨日のお兄ちゃんだ!」
男の子は僕の側に寄ってきて、「昨日は、どうしていなくなっちゃったの?」と問いかけてくる。
どう、答えようか。
(まさかキミのお母さんが怖くて逃げたんだ……なんて、言えないよ)
目を伏せる。というか、デルリーン商会の馬車の近くにいたということは。
(この子は、デルリーン商会の関係者――?)
思考回路がその答えにたどり着くと、僕は息を呑んでいた。
幼馴染の子供。そのうえで、彼がデルリーン商会の関係者だとすると。
「お兄ちゃん?」
男の子が僕を見上げてきょとんとしている。
彼の目には心配の色が宿っていた。「大丈夫だよ」って言ってあげなくちゃ――と思うのに。
(無理だよ、怖いよ……)
胸が苦しくなって、喉がカラカラに渇いていく。
「――おい、ジェリー」
キリアンが僕の肩を抱き寄せた。そして、背中をゆっくりと撫でてくれる。
まるで、自分がついているから大丈夫だと言ってくれているようだった。
(困らせちゃった、心配かけちゃった……)
キリアンだけじゃない。エカードさんも、シデリス殿下も。困っているに決まっている。
だから、僕は平常を装わなくてはならない――のに。
「おい、あんまり遠くに行くな――」
馬車から誰かが降りてきたのがわかった。声からして男性だろうか。
僕の肩が跳ねる。そちらを恐る恐る見ると――そこには、小さな頃の面影がある一人の男性。
「――疫病神が」
男性がぽつりとつぶやいた。かと思えば、男の子を僕の側から引き離す。
「父さん?」
男の子が男性の顔を見上げていた。男性は男の子を背中に隠し、僕を強くにらみつける。
「どうしてここにいるのかは知らないが、こいつに手を出したらただじゃおかない」
地を這うような低い声。
僕の胸がきゅううっと締め付けられて、苦しくなった。呼吸がどんどん荒くなるのがわかる。
「――に、い」
「お前にそういう風に呼ばれると、反吐が出るんだよ!」
言葉を遮るように彼は叫んだ。誰もが肩をびくんと跳ねさせるほどの声量だった。
「大体、いきなりいなくなって、俺たちがどれだけ迷惑したと思っているんだ!」
「ご、ごめんな――」
「ただえさ役立たずの疫病神のくせに! 俺たちにどれだけ迷惑をかければ済むんだ!」
嫌悪感を丸出しにしたような声。
誰もが驚いている。キリアンも、エカードさんも、シデリス殿下も。
それでもなお、彼――セシル・デルリーンは口を止めない。僕の兄は、嫌悪感を孕んだ目で僕をにらみつけている。
132
お気に入りに追加
829
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる