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第1部 第3章 優しい人、不思議な気持ち

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 その後、僕たちは夕食を摂って、予約していた宿屋に戻った――のだけど。

 そこで、ちょっとしたトラブルが起きていた。

「キリアン、ジェリー、ちょっと来てくれ」

 受付の前に立っていたエカードさんが、戻って来た僕たちを見て手招きをする。

 キリアンと僕は一度顔を見合わせて、エカードさんのほうに向かった。

「なにか、あったんですか――?」

 僕が尋ねると、受付の女性が深々と頭を下げた。

「申し訳ございません――!」

 突然謝罪をされて、僕はぽかんとすることしか出来ない。

 僕の様子を見て、エカードさんが髪の毛をガシガシと掻いて訳を教えてくれた。

 どうやら宿屋側の手違いで、お部屋が二つしか予約できていなかったらしい。

「しかも、この時期は観光にぴったりだとかで、宿の部屋に空きがないらしい。ほかの宿も似たようなものだな」

 確かに、観光客はとっても多かったもんね。

 と、一人納得する僕だけど、これはある意味大事件じゃないだろうか?

(これってもしかして、一人は野宿――?)

 嫌な想像をしたせいで、顔からサーっと血の気が引くような感覚に襲われた。

 けど、僕の態度を見たキリアンが頭を小突く。

「誰かが相部屋になればいいだろ。寝台とかは、運んでくれるんだよな?」
「も、もちろんでございます!」

 受付の人がキリアンの問いかけに首を縦に振り続ける。

「というわけらしい。俺とジェリーが相部屋になる」
「ほぇ?」

 だけど、いきなりの言葉に僕は口を開けて固まってしまう。

 え、キリアン。今、なんて言った――?

「あ、あの、キリアン?」

 僕がキリアンの服の袖をつかむと、彼は僕に視線を向ける。いや、この場合見下ろしているといったほうが正しいのかもしれない。

「俺はエカードと相部屋なんて絶対に嫌だからな」
「あ、そう、なんだ」

 あまりにも当然のように言われたから、僕は納得するしか出来なかった。

「かといって、ジェリーとエカードを一緒にするわけにはいかない。つまり、妥協案だ」
「――妥協案」

 まぁ、僕もエカードさんと相部屋よりは、キリアンと相部屋のほうがいいかな。だって、まだ気心をが知れているから。

「というわけで、そうする。エカードは一人で悠々自適に部屋を使え」

 キリアンは言葉を残して、受付の人から部屋の鍵をもらい、宿泊フロアのほうへと歩き始めた。

 僕とエカードさんはなにも言わずに彼を見送ることしか出来ない。

(キリアン、気を遣ってくれたのかな?)

 誰だって一人部屋になりたいと思うはずだ。なのに、僕と相部屋でいいなんて。

「――おい、ジェリー」

 不意にエカードさんに声をかけられた。僕が彼に視線を向けると、彼は「あー」と声を上げていた。なにが言いたいんだろうか?

「こういうときな、真っ先に一人部屋を選ぶのがキリアンだよ」
「はぇ?」

 エカードさんの言っていることの意味がすぐには分からなかった。

「なのに、どういう風の吹き回しなんだろうな。まさか、相部屋が良いなんて――」
「え、えっと」

 もしかしたらエカードさんは勘違いをしているのかもしれない。キリアンは僕に気を遣ってくれただけなんだ。

「僕に気を遣ってくれたんじゃ、ないですかね?」

 小さな声で言うと、エカードさんが僕のことをじっと見つめる。

 彼は納得が出来ていないみたいだった。

「それだけだったら、いいんだけどな。――ま、気を付けろよ」
「気を付ける?」
「アイツに襲われないようにってこと」

 エカードさんの突拍子もない言葉に僕はせき込んだ。

 襲われる? この僕が?

(ないないない!)

 すぐに否定したけど、昼間にキリアンに口づけをされたことを思い出した。

 顔に一瞬で熱が溜まる。

(襲うとか、そういうのは……違う、はず)

 うん、そうだ。自分自身に必死に言い聞かせて、僕は部屋番号を聞いてキリアンの後を追うことにした。

 顔はずっと熱くて、火照っていた。
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