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第1部 第3章 優しい人、不思議な気持ち

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「こ、ここここれは僕の師匠のせいで……!」

 あぁ、僕は一体なにを言ってしまったんだろうか。慌てて弁解する僕を見つめるキリアンの目は、温かい。

 なんだか、気まずい。

「俺は別にいいけどな」
「ほぇ?」
「ジェリーに付き添ってもらっても」

 彼が唇の端をにんまりと上げて、言う。

 その表情があまりにも魅力的で、艶めかしくて。僕は頬に熱が溜まるのを実感して、そっと視線を逸らした。

「俺は基本的に医者にはかからないが、いざというときはジェリーに引っ張って行ってもらうか」

 それはそれで、荷が重いような気がする。

 でも、必要なときは僕がしっかりと引っ張って行こうと心に決めた。

「う、うん。そのときは、僕がひ弱な力で連れていきます」

 ぐっとこぶしを握って宣言すると、キリアンは「はっ」と声を上げて笑う。

 なんだろうか。少し、僕たちは打ち解けたような気がする。

「……楽しみに、してる」

 かといって、それを楽しみにしないでほしい。

 困ってしまう僕をよそに笑うキリアン。彼を軽く睨みつけていると、エカードさんが戻って来た。

「おうおう、二人して楽しそうだな」

 彼がけらけらと笑って言う。楽しい、のかな?

(ううん、間違いなく楽しい。キリアンとそれなりに仲良くなれて、嬉しい――!)

 今まで同年代の友人なんていなかったし、人と関わることも極力避けていた。

 そんな僕が、キリアンとそれなりとはいえ仲良くなれたのだ。これは大きな一歩、前進したと言っても過言ではないだろう。

「俺も混ぜてくれるか?」

 エカードさんがキリアンの肩に肘を置いて、問いかける。

 キリアンは鬱陶しそうにエカードさんの手を振り払う。

「嫌だな。お前は無理だ」

 顔をぷいっと背けるキリアン。もしかしたら、また邪険な空気になってしまうかも……と思って、僕は慌ててしまいそうになる。が、エカードさんは「さみしいなぁ」とわざとらしい言葉を発するだけだ。あ、これ別に傷ついていないやつだ。

「大体、いつの間にかジェリーはキリアンのことだけ呼び捨てになってるし。……俺、独りぼっちじゃん」
「え、えっと」
「恋人に振られたばかりの傷心の男を独りぼっちにするって、ひどいと思わないか?」

 た、確かにそれはそうかもしれない。

 思案する僕を見て、キリアンが口を開いた。

「気遣いはいらない。この男は甘やかすとすぐに調子に乗る」
「別に調子に乗ってるつもりはないんだけど」
「ジェリーと仲良くならなくていい。こいつと仲良くなるのは、俺だけでいい」

 当然のようにつむがれたキリアンの言葉に、僕は自身の頬に熱が溜まるのを実感した。

(こ、これが嫉妬、独占欲!)

 主に恋人間である感情なんだろうけど、友人にも適応されるはずだ。だって、キリアンがそうだもん。

「って、お前らマジでいつの間にそこまで仲良くなってんだよ」

 歓喜に満ちあふれている僕を見て、エカードさんが額に手を当てた。

 どこか疲れているみたいだ。疲労回復のお茶でも淹れたほうがいいだろうか?

「と、まぁ。こんなふざけた話はおいておくとして」

 エカードさんが一瞬で表情をきりりとさせ、僕とキリアンを交互に見る。

 真剣な空気におされ、僕は息を呑んだ。キリアンはテーブルの上に頬杖を突いている。まるで、大したことはないとでも言いたげだ。

「諸々の件について、連絡は入れておいた。明日、このクリムシュに王家からの伝達係がやってくるそうだ。その伝達係の話を聞いて、旅の方針を考え直せということらしい」
「伝達係、ですか?」
「国王陛下や宰相、ほか大臣の意向などを伝えさせるために用意した役割だそうだ」

 それって、言っちゃあなんだけど雑用じゃあ……。

「どう頑張っても伝達係が到着するのは明日になる。今夜は旅の立て直しと療養に専念しよう」

 エカードさんは言葉を締めくくった。どうやらこの話はこれでおしまいらしい。

 僕は首を縦に振る。キリアンに視線を向けると、彼はどこか遠くを見つめていた。

 その目は美しいのに。どこか不安を煽るような目をしている風にも見えてしまった。
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