上 下
16 / 65
第1部 第2章 旅の始まり、変化する関係

しおりを挟む
(これは一体どういう展開!?)

 僕は命を粗末にする彼の態度に怒っただけなのに……。

 どうして、僕はキリアンにある意味迫られているのだろうか。

「な、ジェリー。俺に命じろって」

 とろけるような甘い声に、鼓動がさらに大きくなった。

 もしかしたら、キリアンに聞こえているかも――と思ったら、いたたまれない。

「む、無理、です。そんなの、僕には……」

 そもそも、キリアンはお貴族さまだという。対する僕は庶民。

 命じるなんてこと、僕には出来ない。

「本当にジェリーは自己評価が低すぎる。俺は周りにもお前を正当に評価してもらいたい」
「そ、そそそそんなのはいらないです」

 僕は平穏に毎日を過ごし、平和な日常が欲しいだけだ。

 言っておくけど、称賛とかが欲しいわけじゃない。師匠に認めてもらうことができれば、それでいい。

「僕、僕は――」

 開いた僕の唇に、気が付いたら温かいものが触れていた。

 驚いて目を見開いた。すぐそばにあるキリアンの精悍な顔。少しして離れていく彼の顔。

(く、口づけられた――!?)

 気が付いて、僕は慌てて自分の口元を手で覆った。キリアンが僕の様子を見て、肩を揺らして笑う。

「なんだ。本当にキスの一つも経験がないのか」
「ないです! 恋人がいたことないって、言ったじゃないですか!」

 あれ、言ったっけ?

 エカードさんには言ったような気がするけど、キリアンがそれを聞いていたかどうかは定かじゃない。

 僕は純粋な乙女じゃないから、ファーストキスに夢など見ていない。いきなり奪われたから戸惑っているっていうだけ。

 視線をさまよわせて周囲を見渡す僕。キリアンは喉を鳴らして笑い続ける。

 かと思えば、彼の腕が僕の腰をまた抱き寄せた。

「な、命じろ。――自分のために生きろって」

 繰り返された言葉。

 低い声には確かな甘さが含まれていて、胸焼けしてしまいそうだった。

「お前に命じられるなら、悪くない。俺に生きていてほしいんだろ?」

 それはそうなんだけど――。

「だったら、きちんと命じないと。俺はまたいつ命を投げ出そうとするか、わからないぞ」

 どういう脅しなんだろうか、それは。

 むしろ、この状況の意味さえ理解できていない。

 これって怒ったら懐かれてしまったとか、そういうことなのだろうか?

 頭の中がぐるぐると回って、混乱して。僕が身体の力を抜くと、キリアンさんが自身の膝の上に僕を座らせた。

 向かい合わせになり、キリアンの手が僕の後頭部に回る。

「ジェリー」

 今まで幾度となく呼ばれた名前。

 まさか、自分の名前がこんなにも甘ったるく感じる日が来るなんて、想像もしていなかった。

「き、きり、あん……」
「あぁ」

 間違いなく、僕が言わないと終わらない。

 少なくともそれだけはわかるのに、どうしても命じることが出来ない。ぎゅっと手を握って、僕はキリアンの顔を上目遣いに見つめた。

「僕のために生きて……くだ、さい」

 小心者の僕にはこれが限界だった。

 僕の言葉を聞いたキリアンはぽかんとする。けど、すぐに声を上げて笑い始める。

「なんだそれは。命令じゃなく、お願いだろ」
「う。そ、それはそう、ですけど!」
「まぁいい。これで、俺の命はお前に預けたも同然だ」

 やっぱり、逆なんじゃないだろうか。

 勇者の命を握る魔法使いがいていいはずがない。

 混乱の渦に落ちていく僕をよそに、キリアンが僕の心臓の部分をこぶしでたたいた。大きく音を鳴らす心臓が、今は憎たらしい。

「ジェリー、俺を生かし続けろ」

 僕の腰を抱き寄せ、自身と身体を密着させて。キリアンが囁く。

「――俺には、お前さえいればいいよ」

 キリアンがつぶやいた言葉の真意を僕が知るのは――もっともっと、先のことだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

処理中です...