7 / 67
第1部 第1章 出逢う
⑦
しおりを挟む
◇◇◇
あれからあっという間に時間は過ぎて。夕方には一度解散ということになった。
旅に出るのは二週間後ということになり、僕は辺境にある住処に戻ることに。もちろん、移動手段は転移魔法だ。
どうやら師匠は『用事が住んだらジェリーを送ってほしい』と頼んでいたらしい。それも――ほかでもない、国王陛下に。
陛下から話を聞いたとき、僕は卒倒しそうだった。不敬罪にもほどがあるでしょ! と叫びたい衝動を抑えていると、陛下は「アイツらしいだろ」と笑っていて。本人たちが納得しているのならば、問題ないかもだけど――。
「では、アクセルのやつによろしくな」
僕に向かって陛下が軽く手を挙げ、師匠への伝言を頼む。
正直、師匠にこのお言葉を伝えたところで、ろくに反応をくれることはないと思う。うん。
王城のほうで用意してもらった転移魔法――いわゆるワープホール――をくぐる。すると、一瞬で見知った一軒家の前に出る。
僕は「よっと」と声を上げて、地面に足をつけた。ワープホールは僕が出たことを確認すると、跡形もなく消えていく。
「ただいま、帰りました」
随分と久々に感じる帰宅に、僕は少しびくびくとする。
本当は一日も出ていないし、なんなら半日も出ていない。ただ、怖かったから仕方がないのだ。
「あぁ、戻って来たのか」
師匠は自室にいた。扉を開いた瞬間、香ってくる上手く言葉に出来ない強烈なにおいに、僕は顔をしかめる。
「師匠、なにをしてるんですか……?」
家の窓をすべて開け放ちたい衝動にかられつつ、僕は小首をかしげて師匠に問いかける。
師匠は僕の問いかけに、手に持っていた分厚い本を閉じた。本の表紙には『魔族』という文字が見える。あいにく、タイトルの全てを見る前に師匠が本をテーブルに置いた。
「魔法薬の一種を作ってみている。ま、実験で失敗したようだがな」
「このにおい、強烈ですよ」
鼻をつまんで抗議すると、師匠は笑う。
この人の鼻は詰まっているんじゃないだろうか。この状況で笑うなんて、異常だ。
なんて考えてしまうほどの強烈なにおいに、僕は気分が悪くなってしまいそうだった。今すぐにでも、外に出たい。
「そうか。やはり、キミにはこのにおいがわかるのか」
「え?」
師匠のつぶやきが耳に届いて、僕はぽかんとする。
このにおい、もしかして特殊なものなの?
「いや、なんでもない。これは完成形ではないからな。今のところはなんともいえない」
僕の様子を見た師匠は首を横に振って言う。
これ以上は聞くなという雰囲気を感じ取って、僕は口を閉ざした。
「こんなことをしている場合ではない。キミの報告を聞くのが先だな」
「あの、片付けは」
「そんなもの後でいいだろう。ただ、キミが臭いというのならば、別室で話をしよう」
師匠が僕の隣を通り抜け、リビングのほうへと向かう。僕は早足で師匠の後を追う。
ソファーに腰を下ろした師匠はテーブルの上に手のひらをかざす。するとティーセットがぽふんと音を立てて出てきた。アンティークもののカップとポットは師匠のお気に入りだ。
「キミも飲むんだろう。そこに座れ」
「はい」
ティーポットから紅茶を注ぐ師匠。
鼻腔に届くのはいい香り。あぁ、先ほどの鼻が曲がりそうなほどに強烈なにおいよりもずーっといい。
いつもの場所に腰を下ろすと、僕は眉をひそめてしまう。
「……硬い」
王城のソファーはふかふかで、快適だったのにな――。
僕の様子を見た師匠が、けらけらと声を上げて笑った。
「間違ってもあそこと一緒になどしてくれるなよ。ここはあくまでも一般的な家だ」
「それはそうですけど。あ、僕がソファーを買い替えてもいいですか?」
これでも貯金は結構ある。師匠がたまにくれるお小遣いを貯めていたらかなりの金額になったのだ。
一人掛けのソファーくらいなら、購入することが出来ると思うんだけど――。
「やめておくんだね。どうせ、キミは使わないさ」
師匠は紅茶を飲みながら言う。使わないって、どういうことなんだろうか。僕が使うために買うはずなんだけど。
「ソファーの話を聞きたいわけじゃない。キミの話が聞きたい。生まれて初めての王城はどうだったかい?」
脚を組み、その上で手を組んで師匠が問いかけてくる。恐怖を覚えてしまいそうなほどに美しい師匠を見て、僕はゆっくりと口を開いた。
あれからあっという間に時間は過ぎて。夕方には一度解散ということになった。
旅に出るのは二週間後ということになり、僕は辺境にある住処に戻ることに。もちろん、移動手段は転移魔法だ。
どうやら師匠は『用事が住んだらジェリーを送ってほしい』と頼んでいたらしい。それも――ほかでもない、国王陛下に。
陛下から話を聞いたとき、僕は卒倒しそうだった。不敬罪にもほどがあるでしょ! と叫びたい衝動を抑えていると、陛下は「アイツらしいだろ」と笑っていて。本人たちが納得しているのならば、問題ないかもだけど――。
「では、アクセルのやつによろしくな」
僕に向かって陛下が軽く手を挙げ、師匠への伝言を頼む。
正直、師匠にこのお言葉を伝えたところで、ろくに反応をくれることはないと思う。うん。
王城のほうで用意してもらった転移魔法――いわゆるワープホール――をくぐる。すると、一瞬で見知った一軒家の前に出る。
僕は「よっと」と声を上げて、地面に足をつけた。ワープホールは僕が出たことを確認すると、跡形もなく消えていく。
「ただいま、帰りました」
随分と久々に感じる帰宅に、僕は少しびくびくとする。
本当は一日も出ていないし、なんなら半日も出ていない。ただ、怖かったから仕方がないのだ。
「あぁ、戻って来たのか」
師匠は自室にいた。扉を開いた瞬間、香ってくる上手く言葉に出来ない強烈なにおいに、僕は顔をしかめる。
「師匠、なにをしてるんですか……?」
家の窓をすべて開け放ちたい衝動にかられつつ、僕は小首をかしげて師匠に問いかける。
師匠は僕の問いかけに、手に持っていた分厚い本を閉じた。本の表紙には『魔族』という文字が見える。あいにく、タイトルの全てを見る前に師匠が本をテーブルに置いた。
「魔法薬の一種を作ってみている。ま、実験で失敗したようだがな」
「このにおい、強烈ですよ」
鼻をつまんで抗議すると、師匠は笑う。
この人の鼻は詰まっているんじゃないだろうか。この状況で笑うなんて、異常だ。
なんて考えてしまうほどの強烈なにおいに、僕は気分が悪くなってしまいそうだった。今すぐにでも、外に出たい。
「そうか。やはり、キミにはこのにおいがわかるのか」
「え?」
師匠のつぶやきが耳に届いて、僕はぽかんとする。
このにおい、もしかして特殊なものなの?
「いや、なんでもない。これは完成形ではないからな。今のところはなんともいえない」
僕の様子を見た師匠は首を横に振って言う。
これ以上は聞くなという雰囲気を感じ取って、僕は口を閉ざした。
「こんなことをしている場合ではない。キミの報告を聞くのが先だな」
「あの、片付けは」
「そんなもの後でいいだろう。ただ、キミが臭いというのならば、別室で話をしよう」
師匠が僕の隣を通り抜け、リビングのほうへと向かう。僕は早足で師匠の後を追う。
ソファーに腰を下ろした師匠はテーブルの上に手のひらをかざす。するとティーセットがぽふんと音を立てて出てきた。アンティークもののカップとポットは師匠のお気に入りだ。
「キミも飲むんだろう。そこに座れ」
「はい」
ティーポットから紅茶を注ぐ師匠。
鼻腔に届くのはいい香り。あぁ、先ほどの鼻が曲がりそうなほどに強烈なにおいよりもずーっといい。
いつもの場所に腰を下ろすと、僕は眉をひそめてしまう。
「……硬い」
王城のソファーはふかふかで、快適だったのにな――。
僕の様子を見た師匠が、けらけらと声を上げて笑った。
「間違ってもあそこと一緒になどしてくれるなよ。ここはあくまでも一般的な家だ」
「それはそうですけど。あ、僕がソファーを買い替えてもいいですか?」
これでも貯金は結構ある。師匠がたまにくれるお小遣いを貯めていたらかなりの金額になったのだ。
一人掛けのソファーくらいなら、購入することが出来ると思うんだけど――。
「やめておくんだね。どうせ、キミは使わないさ」
師匠は紅茶を飲みながら言う。使わないって、どういうことなんだろうか。僕が使うために買うはずなんだけど。
「ソファーの話を聞きたいわけじゃない。キミの話が聞きたい。生まれて初めての王城はどうだったかい?」
脚を組み、その上で手を組んで師匠が問いかけてくる。恐怖を覚えてしまいそうなほどに美しい師匠を見て、僕はゆっくりと口を開いた。
235
お気に入りに追加
838
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
発情薬
寺蔵
BL
【完結!漫画もUPしてます】攻めの匂いをかぐだけで発情して動けなくなってしまう受けの話です。
製薬会社で開発された、通称『発情薬』。
業務として治験に選ばれ、投薬を受けた新人社員が、先輩の匂いをかぐだけで発情して動けなくなったりします。
社会人。腹黒30歳×寂しがりわんこ系23歳。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・話の流れが遅い
・作者が話の進行悩み過ぎてる
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
王道学園なのに、王道じゃない!!
主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。
レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる