【R18】気弱魔法使いはこのたび激重勇者に捕獲されました~最強の勇者さんは僕を愛してやみません~

すめらぎかなめ(夏琳トウ)

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第1部 第1章 出逢う

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 ステパット王国の辺境は冬になると寒さが厳しい。雪も多く、場所によっては孤立してしまう地域もあるほどだ。

 窓の外では雪が少し降っていて、僕は寒さから自然と息を吐いた。

 室内にある暖炉の火はぱちぱちと音を鳴らしている。一瞥すると、そろそろ薪をくべなくてはならないことに気が付く。

(薪は、ええっと)

 僕が行動するよりも早く、宙を薪がふわっと移動した。

 引き寄せられるかのように暖炉の火の中に吸い込まれていく薪。新しい薪が入った暖炉の火は、勢いが強くなっていく。

 僕は入り口のほうに視線を向けた。

「全く、キミの倹約っぷりにはいつも驚かされる。八年も一緒にいるのに、キミはいつも私の想像を超えてくるな」

 入り口の扉の前に立つ真っ赤な髪の男性が、僕に向かって言葉を吐いた。そして僕の側を通り抜けて、ソファーに腰掛けたかと思うと、流れるような動きで横になる。

「――師匠、お帰りなさい」

 彼が聞いているかはわからないけど、出迎えの言葉を口にする。彼はしばらくして「あぁ」とだけ返してくる。

 僕が見つめていると、彼はソファーの背もたれにかけてある毛布を頭からかぶった。

 毛布をかぶった彼はもごもごと動く。この動きは芋虫に近い――と思う。あいにく僕は芋虫の生態には興味がないから、よく知らないのだけど。

「師匠。お着替えいいんですか?」

 小さな声で問いかけると、師匠は毛布から顔だけを出し僕を見つめた。

 彼の目が僕を責めているような色を宿している。

「着替えるもなにも、この寒い中では凍死してしまうだろうに。私は寒さに弱いんだ」
「し、知ってます。僕一人だから大丈夫かなって思っただけで――。帰宅時期がわかっているのならば、室内くらい温めておきました」

 そうだ。寒がりの師匠が帰ってくるとわかっていたら、僕だって室内を適温にしておいた。

「私は普段のキミの姿が知りたいんだ。時折抜き打ちチェックくらいするだろう」
「そんなの、大げさです」
「全く大げさなものか。キミの倹約っぷりは常軌を逸している」

 師匠は僕のことを『常軌を逸した倹約家』なんていうけど、僕と師匠は思考の根本が違うのだ。

 王家からの信頼も厚い魔法使いの師匠と、小さな商家の息子である僕。価値観も金銭感覚も合うはずがない。

 師匠だって、それくらいはわかっているはずなんだけど――。

「ただでさえ面倒なことを押し付けられ、苛立っているというのに。そのうえキミまでこの調子では、私は憤死してしまうだろう」
「面倒なこと――ですか?」
「そうだ。クソ国王め。私をこき使うことしか考えのない男だ」

 国王陛下のことを軽々しく「クソ」なんて言えるのは、間違いなくこの世の中で師匠だけだろう。

 僕はそう考えるけど、なんだかちょっとおかしいなって。

(確かに師匠は王城に呼び出されると機嫌が悪くなるけど、今日はもっとひどいというか)

 普段から国王陛下のことを「バカ」だの「アホ」だの。挙句の果てには「顔だけの男」と言ってはいる。

 ただ、「クソ」とまで言っているのは初めてだった。

「大体私ももう年だ。三十路を過ぎているんだ。二十代の頃のように動き回れるはずもないだろうに!」
「師匠って、割と元気――」
「そういう問題ではない。三十を過ぎれば、人間の身体というものはがくっと衰えるものさ。キミもいずれわかる!」

 僕をジト目で見つめ、師匠が早口で言葉をつむぐ。かと思うと、起き上がってソファーに腰掛けた。彼の手が僕を招く。

「ジェリー、キミは元気かい?」
「師匠、今更なにを言っているんですか?」
「そういう意味じゃない。長旅に耐えることが可能なほど、身体は元気で丈夫かと聞いているんだ」

 表情を整えた師匠が問いかけてくる。彼の真剣な表情は、権力者と渡り合うための武器である。

 この人は過去には王家のお抱え魔法使いという名誉を持っていた人。今ではすっかり辺境の主となり、定例報告以外ではほとんど王都に寄り付かない。でも、過去には王城の権力者とやり合っていたという。結果、国王陛下からの信頼も勝ち取った。

「そりゃあ。僕はまだ若いですから」
「キミは私に皮肉を言うのが好きだな。まぁいい。私からキミに試練を与えよう」

 人差し指を立てた師匠が僕のことをじっと見つめる。背中に嫌な汗が伝って、本能的に足を引いた。

「ジェリー・デルリーン。キミに私の代役を命じる。今から三ヶ月後、勇者の旅に同行し魔物退治をしてきなさい」

 師匠の言葉をすぐには理解できなかった。

 しばらく呆然と師匠を見つめた。必死に言葉をかみ砕き、理解しようとする。

 ようやく意味が分かった頃、僕は口をあんぐりと開けて――。

「え、えぇっ!?」

 大絶叫。部屋中に響き渡る僕の声に、師匠は自身の耳を両手でふさいでいた。

 まるでうるさいとばかりに。
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