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第1部 第2章 異世界での生活は戸惑いばかり

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「アマトは隣国から遊びに来ていた貴族令息ということにする」
「あ、はい」
「隣国と言っておいたほうが、この国の文化に不慣れなのも誤魔化せるだろう」

 ナイトハルトの言葉は間違いない。

(俺としてもこっちのほうがありがたいし)

 この国の文化をいきなり今から頭に叩き込めと言われても無理だ。天翔の頭がパンクしてしまう未来しか見えない。

「そして、俺が王弟という身分である以上、婚約披露を行う必要もある」
「こ、んやく、ひろう?」

 天翔にとって聞き馴染みのない言葉だ。ナイトハルトは天翔のつぶやきに大きく頷く。

「いわばお披露目会だな。俺がどんな輩と婚約したのかを知りたい野次馬たちの見物会」
「言い過ぎでは?」

 と言うものの、天翔には彼の表現が正しい表現であることを理解していた。

 人間の野次馬本能は舐めないほうがいい。

(日本でいうと芸能人の婚約発表とか。そういうやつと似てるんだろうな)

 だったら、やはり正しい表現だ。

「そこでもアマトが異世界からの転移者だということは絶対に伏せてもらう」

 今まで以上に真剣な面持ちでナイトハルトが言い切る。

 どうして彼はここまで必死なのか。天翔がナイトハルトの真意がわからないでいると、彼は「アマトのためだ」と続けた。

「今は詳しくは話せないが、異世界の人間は狙われやすい。変な輩に攫われたりしたくなければ、黙っていろ」
「……はい」

 脅しに近い言葉に天翔は頷くことしか出来ない。それに、天翔に誘拐願望はない。

「それでいい」

 ナイトハルトは天翔が納得したのを理解し、フランスパンらしき硬めのパンを千切った。流れるような動きで口にパンを運ぶナイトハルトは、やはり絵になるほどに美しい。

「なにか困ったことが起きた場合、テオに相談しろ」
「テオさんに?」

 側に控えるテオに天翔が視線を送ると、彼が深々と頭を下げる。

 彼の態度に天翔は戸惑い、「よろしく、お願いします」と小さな声であいさつをすることしか出来ない。

「後ほどもう一人信頼のおけるやつを紹介する。そいつは俺の悪友だから、信頼できるぞ」
「悪友、ですか?」
「あぁ、学友であり悪友だ」

 なんだろうか。無性に嫌な予感がする――。

 身を震わせてしまう天翔だが、ナイトハルトが気に留めることはない。言葉を続けていく。

「俺はこの後王城に向かい、兄にあいさつをしてくる。アマトはこの邸宅の中を自由に動き回っていてくれ。ただし、外には出ないこと」
「それって、先ほどの攫われるっていうことに関係しています?」
「そうだな」

 ならば、従うしかない。

(変な輩に誘拐されたら、売られそうだしな)

 異世界で売られてしまう未来は絶対に避けたい。

「というわけだ。テオ、アマトのことをよろしく頼む」
「かしこまりました」

 ナイトハルトの言葉を聞き、テオがまた一礼をする。その際に彼のさらりとした髪が揺れ、天翔の中に「きれいだなぁ」という感想が芽生えていた。

「アマトの要望を叶えるかどうかはテオの判断に任せる。くれぐれも、丁寧に扱えよ」

 彼は淡々と言葉をつむいでいくが、内容は過保護なことばかり。もしかしたら、ナイトハルトは案外心配性なのだろうか?

(いや、違うか。俺が異世界からの転移者だからってだけ)

 だが、すぐにその考えは捨てた。期待を寄せることはまだ出来そうにない。

(この国で、これから暮らすのか)

 正直、この国で暮らす覚悟を天翔はまだ決めることが出来ていない。

 もちろん、いずれは決める必要があると理解している。

(少しでも早く覚悟を決めるために必要なのは――勉強、だろうな)

 国の文化や歴史、マナー。近隣国との関係など。学ぼうとするときりがなさそうだ。

(せめて、ナイトハルトさんの手を煩わせない程度にはなろう)

 天翔は決意を固め、手のひらをぐっと握った。
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