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第1部 第1章 失恋したら異世界に転移しました
①
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六月の花嫁は幸せになれるらしい。
姉はソファーに腰掛け、嬉しそうに語る。隣にいるのは世にいう美形の部類に入るであろう男。
その男を天翔はよく知っている。幼馴染で初恋相手。天翔の心を常に支配し、ずっと心に住み着いている人。
「天翔。私たち結婚することになったのよ」
どこか恥じらうようにもじもじとして、天翔の姉翔子がはにかんだ。
彼女の隣に視線を向ければ、男も頷いた。彼の手が伸びて、姉の華奢な肩を抱き寄せる。大切に包み込むように触れる手に天翔の視線がくぎ付けになった。
愛おしいと言いたげな彼の視線が向いている。天翔は姉が羨ましくてたまらない。彼の視線を独り占めできる権利がある。天翔がずっと欲しいのに、手に入れることが許されないものをいとも簡単に手に入れていく。
「そ、っか。おめでとう。姉さん、響也くん」
天翔はこのとき自分が上手く笑えているかわからなかった。
唯一膝の上に置いた手が震えていることだけはわかった。このとき以上に手が震えたことは未だかつてないと天翔は思う。
(俺は響也くんと結婚できないから……)
天翔と響也は交際していたわけではない。関係は幼馴染でしかなく、どこまでも天翔の一方通行の感情だった。
せめて告白くらいすればよかった。
後悔先に立たずという言葉があるのだから、当たって砕ける精神で「好きです」ということだってできたはずだ。
出来なかったのは関係を壊すのが怖かったというのが一番。もう一つは「気持ち悪い」と突き放されてしまうのが怖かったということ。
天翔は男だ。もちろん、響也も。
同性からの告白など、困るに決まっている。少なくとも、天翔はそうだ。
響也以外の男性から「好き」と言われたとしても、頷こうと思うことはないだろうから。
◇◇◇
梅雨真っ只中の六月の下旬。一昨日まで降り続いていた雨はすっかり上がり、今日は雲一つない快晴。場所は小さなチャペル。
純白のウエディングドレスを身にまとった翔子は、学生時代の友人と楽しそうに話をしている。
高校を卒業してすぐに髪の毛を茶色に染めた天翔とは違い、翔子はずっと髪の毛を染めていない。彼女の黒髪は痛みが少なく、日の光を浴びて艶やかさが際立っていた。ハーフアップに結い上げた髪の毛には、白い髪飾りがとてもよく映えている。
(……悔しいけれど、お似合いだ)
天翔は礼服に身を包み、少し離れたところから新郎新婦を眺める。
翔子は学生時代から知的な美人として異性からの人気が高かった。
凛とした美しさがあり、立ち振る舞いも美しい。頭脳明晰、運動神経は少し悪いが、そこも愛嬌になる。
老若男女問わず憧れを抱き、虜になる。まさに高嶺の花。
ほんの少し口調がきついが、家族想いで友人を大切にする。
まさに類は友を呼ぶなのだろうか。翔子の回りには似たような性格の人たちが集まってくる。翔子は友人たちを大切にしていて、友人たちもまた翔子を大切にしている。友人たちの祝福の表情は良好な関係を伝えるようだった。
「翔子。あんまりはしゃぎすぎるなよ」
翔子の隣に一人の男性が立った。背丈は高く、すらりとした身体つき。
ぴんと背筋を伸ばして歩く彼は、翔子に笑みを向けた。
(響也くん)
彼、雨森 響也は純白のタキシードを身にまとっている。
祝いの場だというのに、彼の姿を見ると天翔の胸がずきんと痛んだように錯覚してしまった。
(今日はきちんとお祝いしなくちゃ。今日くらい、俺は)
響也を見つめて自然と唇をかみしめてしまった。身体の横に垂らした手に力がこもる。
響也は大企業に勤めるエリート会社員だ。知的なイケメンといった容貌の彼は、まさに仕事のできる男。
唯一欠点があるとした場合、私生活面がだらしないということしか上げられない。
天翔にとって、生まれて初めての恋の相手で今もなお気持ちを振り切ることが出来ない相手。
「わかっているわよ。響也くんに心配はかけません」
「全く。どうだかな」
二人はまさに相思相愛のようだった。微笑み合う二人が天翔には別世界の住民のようにしか思えない。
今度は間違いなく胸にずきんと痛みが走った。
羨ましくてたまらない。響也に愛される翔子が。響也と結婚できる翔子が。
周りから祝福されて結婚することが出来る二人のことが。
(俺じゃダメだって、思い知らされているみたいだ)
頭がぼうっとしてしまう。心ここにあらずの状態の天翔の視線が、ほかでもない響也と絡み合う。
天翔が反応するよりも早くに、響也がこちらにやって来た。
「天翔。どうしたんだ?」
彼の目はまるで憂いを帯びているかのように見える。
自分のせいで響也は今日というめでたい日を心の底から楽しめていないのだろう。
「ううん、なんでもない。少し人に酔っただけ」
「そうなのか」
「そうそう」
引きつった笑顔を張り付けた。
胸の奥底からマグマのように妬ましいと思う感情が湧き上がってくる。
どんどん惨めになるようだ。このままでは、自分を嫌いになってしまうのも時間の問題のような気がする。
(俺はいつからこんなにも心の狭い人間になっちゃったんだろう)
せめて表向きだけでも祝福したいという気持ちはあるはずなのに……。
「っていうか、姉さんのほうに戻りなよ。……俺のことなんて気にしないで」
気を緩めてしまったら、声が震えてしまう。
彼に心配をかけないためにも、早く彼の側から離れたい。
このままでは取り返しのつかないことになる……。
「そう、だな。だが天翔。一つだけ言わせてくれ」
「なに?」
「俺は翔子のことが大切だが、天翔のことも大切なんだ。大事な幼馴染で義弟だからな」
彼の言葉の『義弟』という部分が、しつこく頭の中でループする。
当然のことだとわかってはいる。彼の言葉は正しい。
(響也くんにとってはそうでも、俺は響也くんの最愛になりたかったんだよ)
義弟や幼馴染じゃない。二番手ではなく、一番手になりたかった。
響也からの恋愛感情が喉から手が出るほどに欲しかった。
「そう言ってくれて嬉しい。これからよろしくね、義兄さん」
理解を拒む頭とは裏腹に、まるで口に意思があるかのように言葉がすらすらと出てくる。
(俺は決別する。響也くんへの恋心なんて、捨ててやる)
この恋心は捨て去って、前に進みたい。間違いなくその気持ちはあるはずなのに。
(なんでこんなに胸が痛むんだろ)
まるで胸を締め付けられるかのような息苦しさと苦しみ。
この苦しみはまるで失恋を身体に刻み込ませるかのようなものに思えた。
姉はソファーに腰掛け、嬉しそうに語る。隣にいるのは世にいう美形の部類に入るであろう男。
その男を天翔はよく知っている。幼馴染で初恋相手。天翔の心を常に支配し、ずっと心に住み着いている人。
「天翔。私たち結婚することになったのよ」
どこか恥じらうようにもじもじとして、天翔の姉翔子がはにかんだ。
彼女の隣に視線を向ければ、男も頷いた。彼の手が伸びて、姉の華奢な肩を抱き寄せる。大切に包み込むように触れる手に天翔の視線がくぎ付けになった。
愛おしいと言いたげな彼の視線が向いている。天翔は姉が羨ましくてたまらない。彼の視線を独り占めできる権利がある。天翔がずっと欲しいのに、手に入れることが許されないものをいとも簡単に手に入れていく。
「そ、っか。おめでとう。姉さん、響也くん」
天翔はこのとき自分が上手く笑えているかわからなかった。
唯一膝の上に置いた手が震えていることだけはわかった。このとき以上に手が震えたことは未だかつてないと天翔は思う。
(俺は響也くんと結婚できないから……)
天翔と響也は交際していたわけではない。関係は幼馴染でしかなく、どこまでも天翔の一方通行の感情だった。
せめて告白くらいすればよかった。
後悔先に立たずという言葉があるのだから、当たって砕ける精神で「好きです」ということだってできたはずだ。
出来なかったのは関係を壊すのが怖かったというのが一番。もう一つは「気持ち悪い」と突き放されてしまうのが怖かったということ。
天翔は男だ。もちろん、響也も。
同性からの告白など、困るに決まっている。少なくとも、天翔はそうだ。
響也以外の男性から「好き」と言われたとしても、頷こうと思うことはないだろうから。
◇◇◇
梅雨真っ只中の六月の下旬。一昨日まで降り続いていた雨はすっかり上がり、今日は雲一つない快晴。場所は小さなチャペル。
純白のウエディングドレスを身にまとった翔子は、学生時代の友人と楽しそうに話をしている。
高校を卒業してすぐに髪の毛を茶色に染めた天翔とは違い、翔子はずっと髪の毛を染めていない。彼女の黒髪は痛みが少なく、日の光を浴びて艶やかさが際立っていた。ハーフアップに結い上げた髪の毛には、白い髪飾りがとてもよく映えている。
(……悔しいけれど、お似合いだ)
天翔は礼服に身を包み、少し離れたところから新郎新婦を眺める。
翔子は学生時代から知的な美人として異性からの人気が高かった。
凛とした美しさがあり、立ち振る舞いも美しい。頭脳明晰、運動神経は少し悪いが、そこも愛嬌になる。
老若男女問わず憧れを抱き、虜になる。まさに高嶺の花。
ほんの少し口調がきついが、家族想いで友人を大切にする。
まさに類は友を呼ぶなのだろうか。翔子の回りには似たような性格の人たちが集まってくる。翔子は友人たちを大切にしていて、友人たちもまた翔子を大切にしている。友人たちの祝福の表情は良好な関係を伝えるようだった。
「翔子。あんまりはしゃぎすぎるなよ」
翔子の隣に一人の男性が立った。背丈は高く、すらりとした身体つき。
ぴんと背筋を伸ばして歩く彼は、翔子に笑みを向けた。
(響也くん)
彼、雨森 響也は純白のタキシードを身にまとっている。
祝いの場だというのに、彼の姿を見ると天翔の胸がずきんと痛んだように錯覚してしまった。
(今日はきちんとお祝いしなくちゃ。今日くらい、俺は)
響也を見つめて自然と唇をかみしめてしまった。身体の横に垂らした手に力がこもる。
響也は大企業に勤めるエリート会社員だ。知的なイケメンといった容貌の彼は、まさに仕事のできる男。
唯一欠点があるとした場合、私生活面がだらしないということしか上げられない。
天翔にとって、生まれて初めての恋の相手で今もなお気持ちを振り切ることが出来ない相手。
「わかっているわよ。響也くんに心配はかけません」
「全く。どうだかな」
二人はまさに相思相愛のようだった。微笑み合う二人が天翔には別世界の住民のようにしか思えない。
今度は間違いなく胸にずきんと痛みが走った。
羨ましくてたまらない。響也に愛される翔子が。響也と結婚できる翔子が。
周りから祝福されて結婚することが出来る二人のことが。
(俺じゃダメだって、思い知らされているみたいだ)
頭がぼうっとしてしまう。心ここにあらずの状態の天翔の視線が、ほかでもない響也と絡み合う。
天翔が反応するよりも早くに、響也がこちらにやって来た。
「天翔。どうしたんだ?」
彼の目はまるで憂いを帯びているかのように見える。
自分のせいで響也は今日というめでたい日を心の底から楽しめていないのだろう。
「ううん、なんでもない。少し人に酔っただけ」
「そうなのか」
「そうそう」
引きつった笑顔を張り付けた。
胸の奥底からマグマのように妬ましいと思う感情が湧き上がってくる。
どんどん惨めになるようだ。このままでは、自分を嫌いになってしまうのも時間の問題のような気がする。
(俺はいつからこんなにも心の狭い人間になっちゃったんだろう)
せめて表向きだけでも祝福したいという気持ちはあるはずなのに……。
「っていうか、姉さんのほうに戻りなよ。……俺のことなんて気にしないで」
気を緩めてしまったら、声が震えてしまう。
彼に心配をかけないためにも、早く彼の側から離れたい。
このままでは取り返しのつかないことになる……。
「そう、だな。だが天翔。一つだけ言わせてくれ」
「なに?」
「俺は翔子のことが大切だが、天翔のことも大切なんだ。大事な幼馴染で義弟だからな」
彼の言葉の『義弟』という部分が、しつこく頭の中でループする。
当然のことだとわかってはいる。彼の言葉は正しい。
(響也くんにとってはそうでも、俺は響也くんの最愛になりたかったんだよ)
義弟や幼馴染じゃない。二番手ではなく、一番手になりたかった。
響也からの恋愛感情が喉から手が出るほどに欲しかった。
「そう言ってくれて嬉しい。これからよろしくね、義兄さん」
理解を拒む頭とは裏腹に、まるで口に意思があるかのように言葉がすらすらと出てくる。
(俺は決別する。響也くんへの恋心なんて、捨ててやる)
この恋心は捨て去って、前に進みたい。間違いなくその気持ちはあるはずなのに。
(なんでこんなに胸が痛むんだろ)
まるで胸を締め付けられるかのような息苦しさと苦しみ。
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