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第6章
行方、くらます 2
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カタカタと走る馬車。窓から外を見渡せば、エリーがよく買い物に来る街が見えた。
なので、ローゼは窓から注意深く外を見渡す。思わず前のめりになっていたらしく、イグナーツに身体を馬車の中に戻されてしまう。
「ローゼ」
「……申し訳、ございません」
ローゼはそれしか言えなかった。
その後、街の中に馬車が入る。大通りを走りながら、エリーのことを捜す。
(……そういえば)
ふと思い出して、ローゼは馬車を止めてもらう。
馬車のすぐそばには、狭い脇道。
「その……その脇道の先に、エリーの行きつけの本屋がありまして」
「そうか。じゃあ、行ってみよう」
イグナーツがそう言って、颯爽と馬車を降りていく。
ローゼも一緒に降りようとしたものの、イグナーツに止められてしまった。彼曰く、すれ違いにならないようにここで見ていてほしいということだった。
それが、イグナーツなりの気遣いだとわからないわけもなく。ローゼは、小さくお礼を口にすることしか出来なくて。
(どうか、間に合って――)
神様にでも祈るような気持ちで、ローゼが周囲を見渡す。すると、遠くから女の人の悲鳴が聞こえてきた。
……これは、エリーのものだ。
「……エリーっ!」
身体が先に出た。止める御者も振り払って、ローゼは脇道に入っていく。
(しりもちをつくようなことがあれば、咄嗟にこれを敷けばいい)
心の中でそう思って、クッションも持ってきた。というのは後付けで、実際はついつい持ってきただけなのだが。
「……エリー嬢を、放してもらおうか」
遠くからイグナーツのそんな声が聞こえてきた。恐る恐る、そちらを窺う。
すると、そこにはエクムントとエリーがいた。
エリーの首元には、きらりと光る短剣。その短剣を持っているのは――ほかでもない、エクムント。
「うるさい! さっさと金を用意すれば、こんなまどろっこしいことをしなくて済んだのに!」
エクムントが、そう叫んでいる。
「え、くむんと、さま?」
「しゃべるな。大体、お前のような地味な女、本気になるわけがないだろ!」
戸惑うようなエリーの声と、エクムントのひどい言葉。ついつい、ローゼの頭に血が上る。
(でも、無理をしてはいけない……。ここは、イグナーツ様に任せなくては)
何があっても、お腹の子に危害を加えさせるわけにはいかなかった。
だから、ローゼはその場に隠れる。
そっと顔だけを出せば、エリーの顔は青ざめていた。……そりゃそうだ。
(本気で慕っていた相手が実は自分を騙していたなんて知ったら、少なからずショックを受けるわ)
そう心の中だけで呟いて、ローゼはほんの少しずつだが移動する。……できれば、エクムントに気が付かれないように。
「……そうか」
イグナーツのそんな声が、ローゼの耳に届いた。彼の声音は普段通りに聞こえるが、言葉の節々には確かな怒りが含まれている。
「では、一つだけ訊こう。……お前は、どうしてエリー嬢から手を引かなかった?」
「……何を、言っている」
「大体、金にならないと知ればさっさと捨てればいいだろう」
エクムントが息を呑んだのが、ローゼにもわかった。
「俺がさっさと金を払わない時点で、あきらめればよかったものを」
「……うるさい!」
エクムントが、今度は叫ぶ。
「多分だが、お前は引くに引けなかったんだろうな。……このまま引けば、結婚詐欺がバレてしまう。あとは、お前の仲間の所為か。……賭けが行われている以上、中断はお前にとってデメリットが多い」
淡々と。イグナーツが、そんなことを言う。
その言葉を聞いて、ローゼは心の奥底から今まで感じたことのないほどの強い怒りを、感じた。
「合わせ、このままだと訴えられる可能性だってある」
「うるさい、うるさいっ!」
「きゃぁっ!」
エクムントが、短剣を振り回し始めた。エリーを突き飛ばし、その上に覆いかぶさる。
「大体、お前がさっさと金を払えば! 払えばこんなことにはっ――……!」
そんなの、完全にとばっちりじゃないか。
「エリー嬢! 逃げろ!」
イグナーツが大きな声でそう言う。が、気が動転しているのか、エリーは動けない。
「死ね!」
確かな殺気を孕んだ、エクムントの声。イグナーツがエリーのほうに駆け寄るのがわかる。
でも……間に合いそうにない。
(……だったらっ!)
ローゼの頭の中に、一つの対処法が浮かんだ。
だからこそ、ローゼは自身が持っているクッションを持ち直す。
(目標はエクムント様。……とにかくこれを、ぶん投げる!)
瞬時にターゲットと勢いを計算し――ローゼは、思いきりクッションをエクムント目掛けて、ぶん投げた。
「――っ!」
クッションはとんでもない速さで、飛んでいく。
そして――エクムントの頬に、当たった。
「っつ!」
その衝撃からか、ぽろりと彼の手から落ちた短剣。それに気が付いたイグナーツが、短剣を蹴り飛ばしエクムントの手の届かない場所まで蹴り飛ばす。
それから、彼はエクムントの腕をつかんで締め上げていた。
「エクムント・シーレンベック。……お前を、殺人未遂の罪で捕らえる。……いいな?」
「……クソッ!」
イグナーツのそんな声が、脇道を抜けた先のこじんまりとした場に響いた。
なので、ローゼは窓から注意深く外を見渡す。思わず前のめりになっていたらしく、イグナーツに身体を馬車の中に戻されてしまう。
「ローゼ」
「……申し訳、ございません」
ローゼはそれしか言えなかった。
その後、街の中に馬車が入る。大通りを走りながら、エリーのことを捜す。
(……そういえば)
ふと思い出して、ローゼは馬車を止めてもらう。
馬車のすぐそばには、狭い脇道。
「その……その脇道の先に、エリーの行きつけの本屋がありまして」
「そうか。じゃあ、行ってみよう」
イグナーツがそう言って、颯爽と馬車を降りていく。
ローゼも一緒に降りようとしたものの、イグナーツに止められてしまった。彼曰く、すれ違いにならないようにここで見ていてほしいということだった。
それが、イグナーツなりの気遣いだとわからないわけもなく。ローゼは、小さくお礼を口にすることしか出来なくて。
(どうか、間に合って――)
神様にでも祈るような気持ちで、ローゼが周囲を見渡す。すると、遠くから女の人の悲鳴が聞こえてきた。
……これは、エリーのものだ。
「……エリーっ!」
身体が先に出た。止める御者も振り払って、ローゼは脇道に入っていく。
(しりもちをつくようなことがあれば、咄嗟にこれを敷けばいい)
心の中でそう思って、クッションも持ってきた。というのは後付けで、実際はついつい持ってきただけなのだが。
「……エリー嬢を、放してもらおうか」
遠くからイグナーツのそんな声が聞こえてきた。恐る恐る、そちらを窺う。
すると、そこにはエクムントとエリーがいた。
エリーの首元には、きらりと光る短剣。その短剣を持っているのは――ほかでもない、エクムント。
「うるさい! さっさと金を用意すれば、こんなまどろっこしいことをしなくて済んだのに!」
エクムントが、そう叫んでいる。
「え、くむんと、さま?」
「しゃべるな。大体、お前のような地味な女、本気になるわけがないだろ!」
戸惑うようなエリーの声と、エクムントのひどい言葉。ついつい、ローゼの頭に血が上る。
(でも、無理をしてはいけない……。ここは、イグナーツ様に任せなくては)
何があっても、お腹の子に危害を加えさせるわけにはいかなかった。
だから、ローゼはその場に隠れる。
そっと顔だけを出せば、エリーの顔は青ざめていた。……そりゃそうだ。
(本気で慕っていた相手が実は自分を騙していたなんて知ったら、少なからずショックを受けるわ)
そう心の中だけで呟いて、ローゼはほんの少しずつだが移動する。……できれば、エクムントに気が付かれないように。
「……そうか」
イグナーツのそんな声が、ローゼの耳に届いた。彼の声音は普段通りに聞こえるが、言葉の節々には確かな怒りが含まれている。
「では、一つだけ訊こう。……お前は、どうしてエリー嬢から手を引かなかった?」
「……何を、言っている」
「大体、金にならないと知ればさっさと捨てればいいだろう」
エクムントが息を呑んだのが、ローゼにもわかった。
「俺がさっさと金を払わない時点で、あきらめればよかったものを」
「……うるさい!」
エクムントが、今度は叫ぶ。
「多分だが、お前は引くに引けなかったんだろうな。……このまま引けば、結婚詐欺がバレてしまう。あとは、お前の仲間の所為か。……賭けが行われている以上、中断はお前にとってデメリットが多い」
淡々と。イグナーツが、そんなことを言う。
その言葉を聞いて、ローゼは心の奥底から今まで感じたことのないほどの強い怒りを、感じた。
「合わせ、このままだと訴えられる可能性だってある」
「うるさい、うるさいっ!」
「きゃぁっ!」
エクムントが、短剣を振り回し始めた。エリーを突き飛ばし、その上に覆いかぶさる。
「大体、お前がさっさと金を払えば! 払えばこんなことにはっ――……!」
そんなの、完全にとばっちりじゃないか。
「エリー嬢! 逃げろ!」
イグナーツが大きな声でそう言う。が、気が動転しているのか、エリーは動けない。
「死ね!」
確かな殺気を孕んだ、エクムントの声。イグナーツがエリーのほうに駆け寄るのがわかる。
でも……間に合いそうにない。
(……だったらっ!)
ローゼの頭の中に、一つの対処法が浮かんだ。
だからこそ、ローゼは自身が持っているクッションを持ち直す。
(目標はエクムント様。……とにかくこれを、ぶん投げる!)
瞬時にターゲットと勢いを計算し――ローゼは、思いきりクッションをエクムント目掛けて、ぶん投げた。
「――っ!」
クッションはとんでもない速さで、飛んでいく。
そして――エクムントの頬に、当たった。
「っつ!」
その衝撃からか、ぽろりと彼の手から落ちた短剣。それに気が付いたイグナーツが、短剣を蹴り飛ばしエクムントの手の届かない場所まで蹴り飛ばす。
それから、彼はエクムントの腕をつかんで締め上げていた。
「エクムント・シーレンベック。……お前を、殺人未遂の罪で捕らえる。……いいな?」
「……クソッ!」
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