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第6章

行方、くらます 1

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 その後、ローゼとイグナーツは乗ってきた馬車にもう一度乗り込む。

 御者に行き先を伝えれば、馬車がゆっくりと走り出した。

「……エリー」

 窓の外を見つめて、ローゼがぽつりと言葉を零した。そんな姿を見てか、イグナーツが息を呑んだのがローゼにもわかってしまう。

「……ローゼ、あのな」

 それからしばらくして、彼がそう声をかけてきた。そのため、彼のほうに視線を向ける。

 彼は、何とも言えないような表情を浮かべていた。

「俺が聞いた感じだと、なんだが……」
「……はい」
「エリー嬢は、多分そこまでローゼのことを嫌っているわけではないだろう」

 イグナーツがなんてことない風に、そう言う。

 その言葉に、ローゼはただ目を真ん丸にした。

 だって、そうじゃないか。エリーは思いきりローゼに「嫌い」だと言い切ったのだから。何のためらいもなく……。

「で、ですが……」
「多分、妬ましかったのは本当だと思う。だが、嫉妬が必ずしも嫌悪につながるとは限らない」

 ゆるゆると首を横に振ったイグナーツが、そう言った。

「嫉妬していても、好きということはあるんだ」

 はっきりと。しっかりと。イグナーツがそう言ったのを聞いて……ローゼの頬に涙が伝う。

「ご、ごめんなさい。なんだか、妊娠してから涙もろくて……」

 自分の頬を伝う涙を拭いながら、ローゼは誤魔化すようにそう言った。

 だが、イグナーツはそんなローゼを見ても特別な反応は示さなかった。それが、せめてもの救いだろうか。

「いや、いい。……ところで、街に行くのはいいが、何処ら辺かは検討がついているのか?」
「はい。それは……」

 エリーの行く店は、とある通りに固まっている。つまり、そこ目掛けて行けば見つかる可能性は高いと思う。

 ローゼのその言葉を聞いたイグナーツは、力強く頷いた。

「俺が御者に指示を出す。ローゼは、詳しい場所を教えてくれ」
「は、はい」

 正直ローゼが指示を出したほうが早いとは思う。でも、イグナーツはローゼの身体を労わってそう言ってくれているのだ。

 御者に通じる窓から顔を出すことも、今のローゼにとっては重労働だから。

(エリー……)

 目を瞑れば、エリーに嫌いだと言われたときのことが、鮮明に思い出せる。

 ずっと妬ましかったと。彼女ははっきりとそう言った。

(私は、エリーにしっかりと向き合えていなかったのね)

 もしも、もっと早くにエリーの気持ちに気が付いていれば……なんて、考えても辛いだけだ。

 そう思っていれば、ローゼの手にイグナーツが手を重ねてくれた。程よい力で握ってくれるのは、まるで「大丈夫だ」と言ってくれているようだ。……口下手な彼らしい、励ましかもしれない。

「大丈夫、だからな」

 ローゼを落ち着かせるように、イグナーツがそう声をかけてくれた。

 なので、ローゼはこくんと首を縦に振る。

「きっと、間に合う。いや――間に合わせなくちゃ、ならないんだ」

 イグナーツのその言葉を聞いて、ローゼは本当にありがたいと思う。

 だって、そうじゃないか。エリーは所詮、イグナーツにとっては義妹でしかないというのに。

(けれど、イグナーツ様は義妹でしかないエリーのために、こんなにも動いてくれている。……本当に、結婚してよかった)

 彼とならば、幸せな家庭が築ける。ローゼの心の中には、確かにそんな感情がある。

 だから、ローゼはイグナーツに握ってもらった手に、力を込める。指を絡めて、ぎゅっと握り返した。

「大丈夫、だと思います」
「……ローゼ」
「私、なんとしてでもエリーの目を覚まさせなくちゃ、ならない」

 恋は盲目とは、よく言ったものだな。

(それに、もしかしたらレーヴェン家はそういう血筋なのかもしれないわ)

 隣でローゼを支えてくれるイグナーツの顔を見て、ローゼはそう思った。

 多分、ローゼもイグナーツのことが本気で好きなのだ。……だから、こんなにも彼に感謝出来る。

 そのうえで、ローゼは彼を盲目的に愛しているのかもしれない。ちょっとした欠点も、愛おしく思えるほどなのだから。

「……ローゼ?」
「いえ、何でもありません」

 が、この気持ちは伝えない。伝えるとしても、エリーを救ってからだ。

(どうか、神様――)

 ――エリーを、これ以上苦しめないでください。

 今のローゼには、馬車に揺られながらそう祈ることしか、出来なかった。
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