【完結】【R18】跡継ぎが生まれたら即・離縁! なのに訳あり女嫌い伯爵さまが甘すぎます!

すめらぎかなめ(夏琳トウ)

文字の大きさ
上 下
43 / 56
第5章

予想だにしないこと 2

しおりを挟む
 二人の間に、微妙な沈黙が流れた。けれど、すぐにハイケがローゼのほうに近づいてくる。

 彼女は、ローゼの手を力強く握った。

「奥様、おめでとうございます!」

 ハイケが、心底嬉しそうな表情を浮かべながら祝福を述べてくれる。

 ……その言葉に、ローゼの胸がちくりと痛む。

(この関係が、終わってしまう)

 心の中に小さなそんなとげが突き刺さって、ローゼは視線を下げた。

(しっかりと喜べなくて、ごめんなさい)

 自身の腹を撫でながら、ローゼは心の中でそう謝罪する。お腹の中の子のことを、上手く祝福出来ない。

 そんなことを思って、ローゼが眉を下げる。

「奥様……たくさん、不安ですよね」

 ハイケはどうやらローゼの浮かない表情が、今後への不安だと感じ取ったらしい。

 確かにそれもある。完全な嘘じゃない。自分自身にそう言い聞かせて、ローゼは顔を上げる。

「ハイケ。……イグナーツ様には、その、私からお伝えしたいのだけれど」

 ヴェロニカからでもなく、ハイケからでもなく。執事からでもない。……ローゼ自身の口から、このことはイグナーツに伝えたかった。

 ローゼのその気持ちを汲み取ってくれたのか、ハイケは力強く頷く。

「そうでございますね。奥様からお話しされたほうが、いいかと思いますわ」

 どうやら、彼女も同じ気持ちだったらしい。

 それにほっと胸をなでおろしていれば、寝室の扉が軽くノックされる。……誰だろうか?

「奥様、ハイケ。旦那様が、お戻りになられましたよ」

 低い男性の声だった。この声は、間違いなくこの屋敷の執事のものだ。

「……奥様」

 ハイケがローゼの指示を仰ぐ。なので、ローゼは笑った。

「こちらに、お呼びして頂戴」

 静かな声でそう言えば、ハイケがこくんと首を縦に振って移動する。

 ローゼは、寝台から起き上がる。そして、寝台の端にちょんと腰かけた。

(……私が、妊娠)

 寝室の外からは執事とハイケの話し声が聞こえてくる。

 普段ならば気になるだろうに、今はなんだか気にならない。それどころか、ほかに思うことがたくさんあって。

 ……まったく、彼女たちに気が向かなかった。

「嬉しいこと、なのよね」

 貴族の妻の一番の務めは、跡継ぎを産むことだ。すなわち、妊娠は最も喜ばれることのはず。

 ……でも、素直に喜べない。だって、そうじゃないか。

「――この関係が、終わってしまう」

 イグナーツとローゼの関係が、終わってしまうのだから。もちろん、終わらないで済む方法だってある。彼はローゼを手放すつもりはないので、ローゼが離縁を切り出さなければ夫婦関係は続行されるはず。

 ただ……二人の関係が変わるのだけは、確実だった。

「私が望まなければ、終わりはこない。でも、否応なしに変わってしまう」

 ぽつりとローゼの口からそんな言葉が零れた。

 自分のつぶやきが、脳内に反復する。……こういうとき、どうすればいいのだろうか?

「……エリーのことのも、あるのに」

 エリーのことがある以上、つわりとはいえ寝込んでなんていられない。

 そう思っても、何とも言えない気分の悪さがこみあげてきて。ローゼは、思わず涙を流してしまった。

「……辛い」

 エリーのこと。イグナーツとの関係のこと。そして、なによりも――つわりによる、不調。

 精神状態がぐちゃぐちゃになって、めちゃくちゃになって。……もう、おかしくなってしまいそうだった。

「……ダメよ。こんな調子だと、心配をかけてしまう」

 ボソッとそう言葉を零すとほぼ同時に、寝室の扉がノックされた。外から「ローゼ」と声をかけられる。

 この声は間違いなく、イグナーツのものだ。

「……入ってもいいか?」

 彼の声は、ほんの少し震えているだろうか。

 そう思いながら、ローゼは「どうぞ」と返事をする。そうすれば、寝室の扉が開いた。

「ローゼ!」

 イグナーツがローゼのほうに一目散に駆けてくる。彼のその目は不安そうに揺れており、相当心配していたのだろう。

「ローゼ、大丈夫か? 倒れたそうだな。……どこが悪いんだ? 倒れた際にけがなんて、していないな?」

 早口にそう問いかけてくるイグナーツは、その身をローゼのほうに乗り出してきた。

 なので、ローゼは彼の胸を押す。

「倒れましたが、大したことじゃありません。それに、倒れた際にけがはしておりません」
「……そう、か」

 彼が胸をなでおろしたのがわかった。彼は本気でローゼの心配をしてくれているのだ。

 ……それに気が付いて、心の中がぽかぽかと温かくなるような感覚だった。

「……あの、イグナーツ様」

 呼吸を整えているイグナーツのことを上目遣いで見つめつつ、ローゼは声をかける。

 すると、彼はローゼを安心させるように笑いかけてきた。……普段は無表情な彼のこんな表情は、珍しい。

「一つ、お話が」
「……あぁ」
「そ、その、大変申し上げにくいのですが……」

 俯いて、身を縮めて。ローゼは言葉を探す。なんと言おうか。直球に「妊娠しました」でいいのだろうか?

(きちんと、言わなくちゃ)

 ぎゅっと手のひらを握って、顔を上げる。イグナーツは、真剣な眼差しでローゼのことを見つめていた。

 その顔を見ると、何だろうか。安心できた。そのため、ゆっくりと口を開く。

「私……その、お腹に、赤ちゃんがいる、そうなのです」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...