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第5章
予想だにしないこと 1
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ゆっくりと瞼を開ける。なんだか身体が重くて怠い。
そう思いつつ、ローゼは周囲を見渡した。すっかり見慣れた夫婦の寝室の天井が、視界に映る。
「……わた、し」
そこまで呟いて、ローゼは倒れる前の記憶を引っ張り出す。
「そうだわ、エリーはっ……!」
勢いよく寝台から起き上がると、少し離れたところから「奥様!」という声が聞こえてきた。
声のほうに視線を向けると、そこにはハイケがいる。彼女はローゼが起きたことに関してなのだろう、ほっと胸をなでおろしていた。
「……奥様。まだ、安静にしていてくださいませ」
彼女はローゼの身体を寝台に戻しつつ、そう言う。
確かにまだ、少し頭がふらふらとする。そう思ったので、ローゼは大人しく寝台に横になった。
「今、従者が旦那様の元に行っておりますので」
「……迷惑、かけてしまったわね」
毛布を口元まで押し上げてそう言えば、ハイケはぶんぶんと首を横に振った。
「いえ、問題ありません。こちらこそ、奥様の体調の変化に気が付けず、申し訳なく思っているのです」
「……それ、は」
ローゼは口ごもる。
(体調が悪いのは、出来る限り隠していたものね……)
迷惑をかけたくない。その一心で、ローゼは最近体調があまり優れないことを隠していた。
(でも、よく考えれば、今の私は伯爵夫人。……倒れると、今まで以上に心配をかけてしまう)
今更ながらにそこまで考えた至り、ローゼは反省する。
「……でも、よろしゅうございました」
けれど、ハイケが嬉しそうな声でそう言うので、ローゼは目を真ん丸にした。
(私が目覚めたことが、よかったということかしら……?)
そう思ったものの、なんだか違うような気がする。
心の中でそう思い、頭の中で疑問符を浮かべる。すると、ハイケはハッとしていた。
「今、お医者様を呼びますね」
「……え、えぇ」
どうやら、使用人たちは医者まで呼んでいたらしい。
全く、大げさだと思うが、やはり伯爵夫人ともなればここまで手厚くされるのが普通なのだろう。
その後、寝室に入ってきたのはきれいな女性だった。
「初めまして」
彼女はローゼを安心させるようににっこりと笑って挨拶をする。なので、ローゼはこくんと首を縦に振る。
「私はヴェロニカと言います。……一応、医者をやっているの」
「……そう、なのですか」
どうやら彼女は女医らしい。最近では女医も徐々に数が増えているが、やはりまだまだ珍しい存在だ。
ローゼも、女医だという人間に会ったのは初めてである。
「奥様が倒れている間に、一応いろいろと診させていただきました」
「……はい」
ヴェロニカの言葉に、ローゼが頷く。多分だが、ハイケは一足先に診断を聞いているのだろう。
そうじゃないと、適切な対応が出来ないから。
「奥様の専属侍女の方には先にお話ししておきました。……今後のことも、ありますので」
やはり、ローゼの予想は正しかったらしい。
心の中でそう思いつつ、ローゼは彼女の言葉の続きを待つ。
(もしも、重い病気だったらどうしようかしら……)
そうなれば、イグナーツとの結婚生活どころの騒ぎじゃない。そもそも、跡継ぎが産めないのならばローゼがここにいる意味はないだろうに。
ローゼがいろいろな不安を抱いていれば、ヴェロニカは笑った。
「おめでとうございます」
「……え」
一体、彼女はなんと言ったのだろうか? ローゼの頭が混乱して、上手く働かない。
(お、おめでとう? それって、どういう――)
そこまで思って、ハッとする。ローゼが自身の腹を撫でれば、ヴェロニカはこくんと首を縦に振ってくれた。
「妊娠されていますよ。……六週目、というところでしょうか」
「……じゃあ」
「体調不良はつわりだと思われます」
「……そ、そうなの、ね」
ローゼはそれしか言えなかった。
(確かに、月のものは来ていなかったけれど……)
でも、まさかこんなにも早く妊娠するなんて。予想外で、心の整理がついていない。
「つわりには個人差がありますので、始まる時期もまばらなのです。奥様は少々早いほうでしょうか」
「……そう、だったの」
まだ混乱する頭は、上手く状況を呑み込めない。
そんなローゼを見て、ヴェロニカはローゼの手を握って安心させるように笑う。
「出産には、私が立ち会おうと思います。あと、定期健診のほうも、私がさせていただこうかと」
「……こちらこそ、お願い、します」
こういうときに、女医は本当に頼りになる。
ローゼの冷静な部分はそう思うが、やはりまだまだ混乱している。
「何か、不安なことなどはございますか?」
そう問いかけられても、なにが不安なのかなにがわからないのか。そこが、まず、わからない。
「あ、あの、まだ、ちょっと混乱していて……その、何がわからないか、わからないのです……」
今にも消え入りそうなほど小さな声でそう言えば、ヴェロニカは「でしょうね」と言ってくれた。
「では、なにか不安なことがありましたら私に手紙をくださいませ。出来る限り早くに回答を出しますので」
「……はい」
「もしくは、定期健診のときに聞いてくださっても構いませんよ」
ヴェロニカのその言葉に、ローゼはただ頷いた。
そうすれば、ヴェロニカは使用人たちに今後注意することを話してくると言って、部屋を出ていく。
残されたのは、ハイケとローゼの二人だった。
そう思いつつ、ローゼは周囲を見渡した。すっかり見慣れた夫婦の寝室の天井が、視界に映る。
「……わた、し」
そこまで呟いて、ローゼは倒れる前の記憶を引っ張り出す。
「そうだわ、エリーはっ……!」
勢いよく寝台から起き上がると、少し離れたところから「奥様!」という声が聞こえてきた。
声のほうに視線を向けると、そこにはハイケがいる。彼女はローゼが起きたことに関してなのだろう、ほっと胸をなでおろしていた。
「……奥様。まだ、安静にしていてくださいませ」
彼女はローゼの身体を寝台に戻しつつ、そう言う。
確かにまだ、少し頭がふらふらとする。そう思ったので、ローゼは大人しく寝台に横になった。
「今、従者が旦那様の元に行っておりますので」
「……迷惑、かけてしまったわね」
毛布を口元まで押し上げてそう言えば、ハイケはぶんぶんと首を横に振った。
「いえ、問題ありません。こちらこそ、奥様の体調の変化に気が付けず、申し訳なく思っているのです」
「……それ、は」
ローゼは口ごもる。
(体調が悪いのは、出来る限り隠していたものね……)
迷惑をかけたくない。その一心で、ローゼは最近体調があまり優れないことを隠していた。
(でも、よく考えれば、今の私は伯爵夫人。……倒れると、今まで以上に心配をかけてしまう)
今更ながらにそこまで考えた至り、ローゼは反省する。
「……でも、よろしゅうございました」
けれど、ハイケが嬉しそうな声でそう言うので、ローゼは目を真ん丸にした。
(私が目覚めたことが、よかったということかしら……?)
そう思ったものの、なんだか違うような気がする。
心の中でそう思い、頭の中で疑問符を浮かべる。すると、ハイケはハッとしていた。
「今、お医者様を呼びますね」
「……え、えぇ」
どうやら、使用人たちは医者まで呼んでいたらしい。
全く、大げさだと思うが、やはり伯爵夫人ともなればここまで手厚くされるのが普通なのだろう。
その後、寝室に入ってきたのはきれいな女性だった。
「初めまして」
彼女はローゼを安心させるようににっこりと笑って挨拶をする。なので、ローゼはこくんと首を縦に振る。
「私はヴェロニカと言います。……一応、医者をやっているの」
「……そう、なのですか」
どうやら彼女は女医らしい。最近では女医も徐々に数が増えているが、やはりまだまだ珍しい存在だ。
ローゼも、女医だという人間に会ったのは初めてである。
「奥様が倒れている間に、一応いろいろと診させていただきました」
「……はい」
ヴェロニカの言葉に、ローゼが頷く。多分だが、ハイケは一足先に診断を聞いているのだろう。
そうじゃないと、適切な対応が出来ないから。
「奥様の専属侍女の方には先にお話ししておきました。……今後のことも、ありますので」
やはり、ローゼの予想は正しかったらしい。
心の中でそう思いつつ、ローゼは彼女の言葉の続きを待つ。
(もしも、重い病気だったらどうしようかしら……)
そうなれば、イグナーツとの結婚生活どころの騒ぎじゃない。そもそも、跡継ぎが産めないのならばローゼがここにいる意味はないだろうに。
ローゼがいろいろな不安を抱いていれば、ヴェロニカは笑った。
「おめでとうございます」
「……え」
一体、彼女はなんと言ったのだろうか? ローゼの頭が混乱して、上手く働かない。
(お、おめでとう? それって、どういう――)
そこまで思って、ハッとする。ローゼが自身の腹を撫でれば、ヴェロニカはこくんと首を縦に振ってくれた。
「妊娠されていますよ。……六週目、というところでしょうか」
「……じゃあ」
「体調不良はつわりだと思われます」
「……そ、そうなの、ね」
ローゼはそれしか言えなかった。
(確かに、月のものは来ていなかったけれど……)
でも、まさかこんなにも早く妊娠するなんて。予想外で、心の整理がついていない。
「つわりには個人差がありますので、始まる時期もまばらなのです。奥様は少々早いほうでしょうか」
「……そう、だったの」
まだ混乱する頭は、上手く状況を呑み込めない。
そんなローゼを見て、ヴェロニカはローゼの手を握って安心させるように笑う。
「出産には、私が立ち会おうと思います。あと、定期健診のほうも、私がさせていただこうかと」
「……こちらこそ、お願い、します」
こういうときに、女医は本当に頼りになる。
ローゼの冷静な部分はそう思うが、やはりまだまだ混乱している。
「何か、不安なことなどはございますか?」
そう問いかけられても、なにが不安なのかなにがわからないのか。そこが、まず、わからない。
「あ、あの、まだ、ちょっと混乱していて……その、何がわからないか、わからないのです……」
今にも消え入りそうなほど小さな声でそう言えば、ヴェロニカは「でしょうね」と言ってくれた。
「では、なにか不安なことがありましたら私に手紙をくださいませ。出来る限り早くに回答を出しますので」
「……はい」
「もしくは、定期健診のときに聞いてくださっても構いませんよ」
ヴェロニカのその言葉に、ローゼはただ頷いた。
そうすれば、ヴェロニカは使用人たちに今後注意することを話してくると言って、部屋を出ていく。
残されたのは、ハイケとローゼの二人だった。
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