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第5章
妹との久々の対面 2
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ローゼがエリーと会うことが出来たのは、手紙を出した五日後だった。
「うわぁ、姉さんはこんな立派なおうちの奥様をしているのね!」
エリーがそう声を上げる。せっかくだからと、ローゼはマッテス伯爵邸にエリーを招待した。
もちろん、イグナーツに許可は得ている。
(イグナーツ様は好きにしていいとおっしゃっていたけれど……)
本来ならばイグナーツもエリーに会って説明をしたいと言ってくれていた。が、生憎騎士団のほうでトラブルが発生し、彼はその始末に駆り出されてしまった。騎士団長も、大変である。
「こっちには、噴水もあるのよ」
「……ほぇ」
「今日は、庭園でお茶をしましょう」
そう声をかけて、ローゼは歩き出す。マッテス伯爵邸にある庭園は、お茶会を開くことを想定されて広々と造られている。
一流の庭師たちが、日々手入れを欠かさない庭は大層美しい。
お茶会用のテーブルに向かう。テーブルの上には、色とりどりのお菓子が並べられていた。
日差しを遮る日傘の色は、白だ。
ローゼとエリーが椅子に腰を下ろせば、侍女たちが素早くお茶を淹れてくれた。
「……なんだか、別世界みたい」
ボソッと、エリーがそんな言葉を零した。
「なんだろ。……なんていうか」
「うん」
「こんなおうち、今まで私たちには縁遠かったのに」
苦笑を浮かべて、エリーはそう言った。だからこそ、ローゼは頷いた。
「私も、まさか伯爵家に嫁ぐことになるとは、思わなかったわ」
とはいっても、これはまだまだ契約結婚なのだけれど。
心の中でそう付け足して、ローゼはエリーを見つめる。彼女は、俯いた。
「なんていうか、伯爵家って大変なのね。……私、上手く伯爵夫人になれるかしら?」
エリーのその言葉に、ローゼの胸がちくりとした。……今から自分は、エリーに現実を教えてしまうのだ。
(こんなにも健気に、エクムント様のことを思っているのね……)
それを再認識すると、なんだか言いにくい。かといって、言わないという選択肢はない。
だって、遅くなればなるほど、傷つくのはほかでもないエリーなのだから。
「……姉さんは、さ」
どう話を切り出そうか。そう迷うローゼに、エリーが先に声をかけてきた。なので、ローゼはにっこりと笑う。
「この家に嫁いで、幸せ?」
その問いかけに、ローゼは俯く。
「……姉さん?」
エリーが戸惑ったような声音でそう言う。……幸せ。幸せじゃない。
(私は、すごく幸せなの)
毎日毎日求められて、可愛いとか好きだとか愛しているとか言われて。本当に大切にされているのが、嫌というほどに伝わってくる。
でも、だから。……このままじゃ、ダメだと思っている。
自然と、カップを持つ手に力が入った。
「……エリー」
「ごめんね、変なこと聞いちゃった」
ローゼの様子を見てか、エリーがそう言ってくる。
「姉さんは、私のためにこの家に嫁いでくれたんだよね。……好きでもない人に、嫁いだんだよね」
目を伏せてエリーがそう告げてくる。その所為なのだろう、ローゼの口からは自然と「違う」という言葉が零れていた。
「……姉さん?」
「私は、エリーのためだけに嫁いだんじゃないの」
唇がそんな言葉を紡ぐ。
「確かに、イグナーツ様のことをどう思っているか。それは、未だによくわからないわ」
尊敬できる上司とか、そういう感情はずっと前から抱いていた。何を考えているのかわからないとも。
けれど。
「私は、私にもメリットがあると思って、このマッテス伯爵家に嫁いだの」
その言葉は、少し違うかもしれない。ただ、家のためだけに嫁いだ。
だけど、家のためというのはローゼにとって多大なるメリットだった。……それは、間違いない。
「それに、私は今、幸せ……なのだと、思うの」
言葉がしぼんでいく。だけど、しっかりと言わなくちゃ。その一心だった。
「イグナーツ様は、とても素敵なお方よ。優しいし、しっかりとされているし、正義感も強いし」
多少なりともローゼを好きすぎることが、欠点というべきなのか。
心の中でそう付け足しながら、ローゼは紅茶を一口飲んでカップをテーブルの上に戻した。
「だから、私は今、とても幸せよ。……この家に嫁げて、幸運だと思っている」
勘違いなんて、されたくなかった。たとえ妹だったとしても。……ローゼの気持ちを勝手に決めつけるのは、許せそうにない。
それに、なによりも。……イグナーツと一緒にいる自分が幸せだと、わかってほしかったのかもしれない。
(イグナーツ様のことが恋愛感情で好きなのかは、まだまだわかりそうにない。でも、勘違いしてほしくない)
それだけが、ローゼの気持ちなのだ。
「……そっか」
エリーは、それしか言わなかった。
その後、彼女は手元に視線を落とし、フォークを手に取る。目の前にあったチーズケーキを、口に運んだ。
「……あのね、姉さん」
「……うん」
「私、ずっと姉さんが妬ましかった」
「……え」
エリーのその言葉に、ローゼが目を見開く。
「……ねた、ましい?」
予想だにしていなかった言葉だと、ローゼは思う。
「だって、姉さんは何でもできたもの。……私とは、違った」
エリーのその声は、露骨に震えていた。
「うわぁ、姉さんはこんな立派なおうちの奥様をしているのね!」
エリーがそう声を上げる。せっかくだからと、ローゼはマッテス伯爵邸にエリーを招待した。
もちろん、イグナーツに許可は得ている。
(イグナーツ様は好きにしていいとおっしゃっていたけれど……)
本来ならばイグナーツもエリーに会って説明をしたいと言ってくれていた。が、生憎騎士団のほうでトラブルが発生し、彼はその始末に駆り出されてしまった。騎士団長も、大変である。
「こっちには、噴水もあるのよ」
「……ほぇ」
「今日は、庭園でお茶をしましょう」
そう声をかけて、ローゼは歩き出す。マッテス伯爵邸にある庭園は、お茶会を開くことを想定されて広々と造られている。
一流の庭師たちが、日々手入れを欠かさない庭は大層美しい。
お茶会用のテーブルに向かう。テーブルの上には、色とりどりのお菓子が並べられていた。
日差しを遮る日傘の色は、白だ。
ローゼとエリーが椅子に腰を下ろせば、侍女たちが素早くお茶を淹れてくれた。
「……なんだか、別世界みたい」
ボソッと、エリーがそんな言葉を零した。
「なんだろ。……なんていうか」
「うん」
「こんなおうち、今まで私たちには縁遠かったのに」
苦笑を浮かべて、エリーはそう言った。だからこそ、ローゼは頷いた。
「私も、まさか伯爵家に嫁ぐことになるとは、思わなかったわ」
とはいっても、これはまだまだ契約結婚なのだけれど。
心の中でそう付け足して、ローゼはエリーを見つめる。彼女は、俯いた。
「なんていうか、伯爵家って大変なのね。……私、上手く伯爵夫人になれるかしら?」
エリーのその言葉に、ローゼの胸がちくりとした。……今から自分は、エリーに現実を教えてしまうのだ。
(こんなにも健気に、エクムント様のことを思っているのね……)
それを再認識すると、なんだか言いにくい。かといって、言わないという選択肢はない。
だって、遅くなればなるほど、傷つくのはほかでもないエリーなのだから。
「……姉さんは、さ」
どう話を切り出そうか。そう迷うローゼに、エリーが先に声をかけてきた。なので、ローゼはにっこりと笑う。
「この家に嫁いで、幸せ?」
その問いかけに、ローゼは俯く。
「……姉さん?」
エリーが戸惑ったような声音でそう言う。……幸せ。幸せじゃない。
(私は、すごく幸せなの)
毎日毎日求められて、可愛いとか好きだとか愛しているとか言われて。本当に大切にされているのが、嫌というほどに伝わってくる。
でも、だから。……このままじゃ、ダメだと思っている。
自然と、カップを持つ手に力が入った。
「……エリー」
「ごめんね、変なこと聞いちゃった」
ローゼの様子を見てか、エリーがそう言ってくる。
「姉さんは、私のためにこの家に嫁いでくれたんだよね。……好きでもない人に、嫁いだんだよね」
目を伏せてエリーがそう告げてくる。その所為なのだろう、ローゼの口からは自然と「違う」という言葉が零れていた。
「……姉さん?」
「私は、エリーのためだけに嫁いだんじゃないの」
唇がそんな言葉を紡ぐ。
「確かに、イグナーツ様のことをどう思っているか。それは、未だによくわからないわ」
尊敬できる上司とか、そういう感情はずっと前から抱いていた。何を考えているのかわからないとも。
けれど。
「私は、私にもメリットがあると思って、このマッテス伯爵家に嫁いだの」
その言葉は、少し違うかもしれない。ただ、家のためだけに嫁いだ。
だけど、家のためというのはローゼにとって多大なるメリットだった。……それは、間違いない。
「それに、私は今、幸せ……なのだと、思うの」
言葉がしぼんでいく。だけど、しっかりと言わなくちゃ。その一心だった。
「イグナーツ様は、とても素敵なお方よ。優しいし、しっかりとされているし、正義感も強いし」
多少なりともローゼを好きすぎることが、欠点というべきなのか。
心の中でそう付け足しながら、ローゼは紅茶を一口飲んでカップをテーブルの上に戻した。
「だから、私は今、とても幸せよ。……この家に嫁げて、幸運だと思っている」
勘違いなんて、されたくなかった。たとえ妹だったとしても。……ローゼの気持ちを勝手に決めつけるのは、許せそうにない。
それに、なによりも。……イグナーツと一緒にいる自分が幸せだと、わかってほしかったのかもしれない。
(イグナーツ様のことが恋愛感情で好きなのかは、まだまだわかりそうにない。でも、勘違いしてほしくない)
それだけが、ローゼの気持ちなのだ。
「……そっか」
エリーは、それしか言わなかった。
その後、彼女は手元に視線を落とし、フォークを手に取る。目の前にあったチーズケーキを、口に運んだ。
「……あのね、姉さん」
「……うん」
「私、ずっと姉さんが妬ましかった」
「……え」
エリーのその言葉に、ローゼが目を見開く。
「……ねた、ましい?」
予想だにしていなかった言葉だと、ローゼは思う。
「だって、姉さんは何でもできたもの。……私とは、違った」
エリーのその声は、露骨に震えていた。
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