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第5章
知りたいんです 2
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ローゼのその言葉を聞いたイグナーツは、片方の眉を上げた。……どうやら、正解だったらしい。
「ですが、詐欺だったとしても。詐欺に引っ掛かるようなお金は、ないと思うのです……」
レーヴェン子爵家と同等の財力だったとするならば。詐欺師に差し出すようなお金はない。
さらにいえば、慎ましやかに生きてきた家なのだ。借金をしてまで投資するとは思えない。
「……あぁ、普通の詐欺だったら、そうだろうな」
「え……」
「単刀直入に言っておく。……男爵家子爵家が引っかかったのは『結婚詐欺』だ」
……結婚詐欺。
その言葉に、ローゼは眉を顰める。何処となく縁遠いような単語に、ローゼがぼうっとしてしまう。
「言い方を変えると、持参金詐欺ともいうかもしれない」
「……持参金、詐欺」
「その家の令嬢にプロポーズをして、結婚を約束させる。だが、持参金がないと結婚できないと言い、借金をさせてまで持参金を用意させて、それをだまし取るという手口だな」
「……ひどい」
そんなの、娘の幸せを願う家のほうが引っかかりやすい詐欺じゃないか。
……でも、何となくローゼの胸中にもやもやとしたものが生まれた。……この詐欺と似た手口を、何処かで――。
(……エクムント、さま)
ハッとして、イグナーツの目を見つめる。そうすれば、彼はローゼの言いたいことの意味を察したらしく、こくんと首を縦に振った。
「今ターゲットとなっているのが、エリー・レーヴェン嬢だという話だ。……犯人はエクムント・シーレンベックと、その取り巻きたちだな」
元々、なんだかおかしいと思っていたのだ。
だけど、幸せそうなエリーにそんなことを言うことは出来なくて。……ローゼは、エリーのためにお金を用意することを決めた。
「エクムントは、取り巻きたちのなかで令嬢を落とせるか賭けもしていたらしい」
「……そん、な」
「男爵子爵の家の娘を狙ったのは、高位貴族とのつながりがないからだ。……社交界にもあまり出ていない貴族ならば、現在の貴族情勢を知る術は限られる」
イグナーツのその言葉を聞けば、その結婚詐欺……いや、持参金詐欺はかなり練られたもののようだった。
……が、許せるかと言えば、答えは否である。
「それに、最終的に一家離散させるんだ。下手な金持ちを狙うよりは、よほど簡単だろうな。……一家離散させないと、訴えられる可能性がある」
「つまり、後始末までしっかりと考えていたのですか……?」
「そういうことになるだろうな」
思わずローゼは口元に手を当てた。
(ということは、あのとき私が師匠に相談しなければ……)
このことを知ることも出来ず、詐欺に引っ掛かりレーヴェン子爵家は没落していたということなのだろう。
……偶然が重なり、このことを知れたのだが。
「多分だが、エリー嬢は相当エクムントの奴に入れ込んでいるようだな」
「……その、ようです」
週に一度届く手紙には、エクムント様が素敵だとか、かっこいいだとか。そういうことがたくさん綴られていた。
彼女は相当彼を好いている。
「俺が社交界に疎いばかりに、気が付くのに遅れてしまった。……悪かった」
「い、いえ……イグナーツ様は、悪くありません」
そうだ。これは全部エクムントが悪い。
(そもそも、結婚詐欺だなんてひどいわ。……人の気持ちを利用するなんて、許せない)
そう思って、ローゼは唇をかみしめる。
正直なところ、今すぐにでもエリーに別れなさいと言いたい。でも……。
「わ、私……」
「あぁ」
「エリーに別れなさいって言いたいです。……ですが、ここまで入れ込んでいるエリーを、止められる確証がないのです」
ゆるゆると首を横に振ってそう言えば、イグナーツは深く頷いてくれた。
「恋は人を盲目にさせるからな。たとえ信頼しているローゼが言ったところで、信じない可能性のほうが高い」
「ですよね……」
ローゼはイグナーツの言葉に全面同意だ。エリーはローゼを信頼してくれているが、これに関してはローゼに従うとは思えない。
「とりあえず、もう少し詳しく調べてみよう。あと、俺が用意する予定だった持参金を手渡すのを、遅らせてもらう。そうすれば、少しでも時間稼ぎ出来るだろう」
「……ありがとう、ございます」
もう、それしか言えなかった。
本当に、イグナーツには感謝してもしきれないと思う。……彼がローゼに契約的な結婚を申し込まなければ、間違いなくレーヴェン子爵家は詐欺に引っ掛かり、エクムントの餌食になっていただろうから。
(……そういえば、これって契約結婚なのよね?)
最近イグナーツがローゼのことを本当の妻のように扱うから。忘れてしまいそうだが……まだ、契約は続行のはずだ。
ローゼが、跡継ぎを産めばそれで終わりの関係。そのままのはずだ。
「ローゼは、レーヴェン子爵家に連絡を入れてくれ。……俺が少し忙しくて、持参金の用意が遅れると」
「あっ、は、はい」
「頼むぞ」
それだけを言ったイグナーツは、立ち上がり素早く移動していく。
ローゼは、そんな彼をただぼんやりと見つめることしか出来なかった。
「ですが、詐欺だったとしても。詐欺に引っ掛かるようなお金は、ないと思うのです……」
レーヴェン子爵家と同等の財力だったとするならば。詐欺師に差し出すようなお金はない。
さらにいえば、慎ましやかに生きてきた家なのだ。借金をしてまで投資するとは思えない。
「……あぁ、普通の詐欺だったら、そうだろうな」
「え……」
「単刀直入に言っておく。……男爵家子爵家が引っかかったのは『結婚詐欺』だ」
……結婚詐欺。
その言葉に、ローゼは眉を顰める。何処となく縁遠いような単語に、ローゼがぼうっとしてしまう。
「言い方を変えると、持参金詐欺ともいうかもしれない」
「……持参金、詐欺」
「その家の令嬢にプロポーズをして、結婚を約束させる。だが、持参金がないと結婚できないと言い、借金をさせてまで持参金を用意させて、それをだまし取るという手口だな」
「……ひどい」
そんなの、娘の幸せを願う家のほうが引っかかりやすい詐欺じゃないか。
……でも、何となくローゼの胸中にもやもやとしたものが生まれた。……この詐欺と似た手口を、何処かで――。
(……エクムント、さま)
ハッとして、イグナーツの目を見つめる。そうすれば、彼はローゼの言いたいことの意味を察したらしく、こくんと首を縦に振った。
「今ターゲットとなっているのが、エリー・レーヴェン嬢だという話だ。……犯人はエクムント・シーレンベックと、その取り巻きたちだな」
元々、なんだかおかしいと思っていたのだ。
だけど、幸せそうなエリーにそんなことを言うことは出来なくて。……ローゼは、エリーのためにお金を用意することを決めた。
「エクムントは、取り巻きたちのなかで令嬢を落とせるか賭けもしていたらしい」
「……そん、な」
「男爵子爵の家の娘を狙ったのは、高位貴族とのつながりがないからだ。……社交界にもあまり出ていない貴族ならば、現在の貴族情勢を知る術は限られる」
イグナーツのその言葉を聞けば、その結婚詐欺……いや、持参金詐欺はかなり練られたもののようだった。
……が、許せるかと言えば、答えは否である。
「それに、最終的に一家離散させるんだ。下手な金持ちを狙うよりは、よほど簡単だろうな。……一家離散させないと、訴えられる可能性がある」
「つまり、後始末までしっかりと考えていたのですか……?」
「そういうことになるだろうな」
思わずローゼは口元に手を当てた。
(ということは、あのとき私が師匠に相談しなければ……)
このことを知ることも出来ず、詐欺に引っ掛かりレーヴェン子爵家は没落していたということなのだろう。
……偶然が重なり、このことを知れたのだが。
「多分だが、エリー嬢は相当エクムントの奴に入れ込んでいるようだな」
「……その、ようです」
週に一度届く手紙には、エクムント様が素敵だとか、かっこいいだとか。そういうことがたくさん綴られていた。
彼女は相当彼を好いている。
「俺が社交界に疎いばかりに、気が付くのに遅れてしまった。……悪かった」
「い、いえ……イグナーツ様は、悪くありません」
そうだ。これは全部エクムントが悪い。
(そもそも、結婚詐欺だなんてひどいわ。……人の気持ちを利用するなんて、許せない)
そう思って、ローゼは唇をかみしめる。
正直なところ、今すぐにでもエリーに別れなさいと言いたい。でも……。
「わ、私……」
「あぁ」
「エリーに別れなさいって言いたいです。……ですが、ここまで入れ込んでいるエリーを、止められる確証がないのです」
ゆるゆると首を横に振ってそう言えば、イグナーツは深く頷いてくれた。
「恋は人を盲目にさせるからな。たとえ信頼しているローゼが言ったところで、信じない可能性のほうが高い」
「ですよね……」
ローゼはイグナーツの言葉に全面同意だ。エリーはローゼを信頼してくれているが、これに関してはローゼに従うとは思えない。
「とりあえず、もう少し詳しく調べてみよう。あと、俺が用意する予定だった持参金を手渡すのを、遅らせてもらう。そうすれば、少しでも時間稼ぎ出来るだろう」
「……ありがとう、ございます」
もう、それしか言えなかった。
本当に、イグナーツには感謝してもしきれないと思う。……彼がローゼに契約的な結婚を申し込まなければ、間違いなくレーヴェン子爵家は詐欺に引っ掛かり、エクムントの餌食になっていただろうから。
(……そういえば、これって契約結婚なのよね?)
最近イグナーツがローゼのことを本当の妻のように扱うから。忘れてしまいそうだが……まだ、契約は続行のはずだ。
ローゼが、跡継ぎを産めばそれで終わりの関係。そのままのはずだ。
「ローゼは、レーヴェン子爵家に連絡を入れてくれ。……俺が少し忙しくて、持参金の用意が遅れると」
「あっ、は、はい」
「頼むぞ」
それだけを言ったイグナーツは、立ち上がり素早く移動していく。
ローゼは、そんな彼をただぼんやりと見つめることしか出来なかった。
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