【完結】【R18】跡継ぎが生まれたら即・離縁! なのに訳あり女嫌い伯爵さまが甘すぎます!

すめらぎかなめ(夏琳トウ)

文字の大きさ
上 下
34 / 56
第4章

訪問者 1

しおりを挟む
「奥様。来客でございます」

 執事がローゼにそう声をかけてきたのは、舞踏会から一週間が経った日のことだった。

(お客様? イグナーツ様からは、何も聞いていないけれど……)

 イグナーツは律儀だ。だから、来客の予定があればローゼに教えてくれると思うのだけれど……。

 そう思いローゼが眉をひそめていれば、執事は少し眉を下げた。……もしかしたら、好ましくない来客なのかもしれない。

(最近押し売りが多いというし、その類なのかしら?)

 もしもそうだとすれば、迷惑だとはっきりと言わなければ。

 中途半端な断りだと、彼らはまた来るだろう。それは、ローゼとて容易に想像が出来た。

「応接間にお通しして頂戴。すぐに行くわ」

 ローゼがそう答えると、執事は深々と頭を下げて部屋を出て行った。だからこそ、ローゼは少しだけ身支度を整える。

 ラフなワンピースから応接用のワンピースに着替え、結んだ髪の毛を解き、櫛で梳く。

「ところで、お客様ってどちら様なのでしょうね?」

 ローゼの身支度を手伝っていたハイケが、そう声をかけてくる。なので、ローゼは少し肩をすくめた。

「でも、彼のあの態度からすると、好ましくはなさそうね」
「そうですねぇ」

 ハイケが淡々とローゼの身支度を手伝う。

 正直なところ、好ましくない来客ならばラフな格好のまま応対してもいいだろう。

 が、ローゼは仮にもマッテス伯爵家の夫人なのだ。ローゼが下手なことをすれば、それすなわちイグナーツの風評被害へとつながる。

(あそこの家の妻は、来客にラフな格好で応対したなんてたたかれたら、ろくなことにならないものね)

 貴族とは足の引っ張り合いで蹴落とし合い。特に伯爵以上の爵位を持つ貴族ともなれば、虎視眈々と相手の足を引っ張る隙を狙っている。それを、ローゼは学んだ。

 子爵令嬢だった頃は、そこまで考えなくてもよかったというのに。

「はい。出来ましたよ」

 そんなことをローゼが思っていれば、ハイケがローゼの肩を軽くたたく。鏡に映るローゼは、何処からどう見ても美しい若奥様だ。

「万が一イグナーツ様のお知り合いだったときのことを考えて、あなたにもついてきてほしいのだけれど」

 控えめにハイケにそう打診をすれば、彼女は頷く。

 ローゼはイグナーツの知り合いを全員把握しているわけではない。それに、未だに貴族の名前と顔が一致しないのだ。

 もちろん、努力はしている。出来ることはしている。ただ、元々記憶力はあまりよくないローゼである。好きでもない人間の顔を覚えるのは、確かな苦痛だった。

 そのままマッテス伯爵邸をゆっくりと歩き、応接間へと向かう。すると、応接間から甲高い女性の声が聞こえてきた。

 ……それに、ローゼは目を見開く。

(押し売りでは、なさそうね……)

 声からしてまだ年若い女性のようだ。もちろん、年若い女性の商人だっている。でも、何となく。声の感覚からして、貴族っぽい。

(もしかして、イグナーツ様絡みかしら?)

 イグナーツは大層モテる。名門伯爵家の当主でもあるし、何よりも騎士団長だ。その精悍な顔立ちも、女性受けが大層いい。

 それは、ローゼが騎士団に従事していたころから変わっていない……と、思う。

「……このお声、は」

 ハイケがハッとしたようにそう呟く。なので、ローゼは彼女に視線を向けた。

 でも、このまま甲高い声の主を放置することは出来そうにない。……使用人たちだって、迷惑だろう。

 そう思ったローゼは、ハイケの言葉を聞くことなく応接間の扉をノックする。そうすれば、中の声が止んだ。

「お待たせいたしました」

 ゆっくりと扉を開けて、ローゼがそう言う。出来る限りにっこりと笑って応接間の中にあるソファーを見つめる。

 ……そこには、一人の女性がいた。

「……あんたが、ローゼ?」

 お世辞にも好意的とは言えない態度だった。

 それに眉間がぴくりと動くものの、ローゼはその動揺を覆い隠す。

「えぇ、そうでございます。マッテス伯爵夫人のローゼ・マッテスと申します」

 澄み切った声でローゼが自己紹介をすると――女性は、おもむろにカップに手を伸ばした。

「この、尻軽女!」

 不意に女性がそう叫んで――カップをローゼのほうに投げつけてくる。

(……なに!?)

 ローゼは咄嗟にカップを避ける。カップの中に入った紅茶が、ふかふかの絨毯に染み渡っていく。

 ……何とも虚しい光景だ。

「あーあ、あんたが避けるから、絨毯が台無しじゃない」

 女性は勝ち誇ったように笑っていた。

 ……多分だが、彼女はローゼが避けても避けなくても、どっちでもよかったのだろう。

 避けなければのろまと罵り、避ければ絨毯が汚れたと罵る。

 何とも姑息な手だと思った。

(なによ、この人……!)

 何となく、この女性とはなれ合えないような気がする。

 心の奥底がそう叫んで、ローゼは鋭い目で女性を睨みつけた。

 そうすれば、彼女はやれやれとばかりに肩をすくめる。

「本当に野蛮な貧乏女ですこと」
「……なんですって?」
「え、もう一度言ってあげましょうか? 女なのに騎士として従事する野蛮な貧乏女って、言ったのよ」

 挑発的に笑って、女性がそう言う。……さすがにその言葉には、怒りの沸点が低いローゼでも、カチンときてしまった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

処理中です...