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第4章
社交の場、違和感 3
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それからローゼはイグナーツに手を引かれで、公爵邸の庭へと足を踏み入れた。
庭には休憩用のベンチが設置されており、そこに並んで腰かける。
(ようやく、座れた)
そう思って、ローゼが「ふぅ」と息を吐く。踊っていたときは必死で気が付かなかったが、ローゼの脚はかなり疲れていたらしい。
普段はヒールの高い靴など履かないので、余計にだろう。
「ローゼ。大丈夫か?」
不意にイグナーツがローゼの顔を覗き込んでくる。
その目は不安そうに揺れており、ローゼはこくこくと首を縦に振る。
「ダンスは、その、苦手、だなぁって」
苦笑を浮かべて、肩をすくめて。ローゼがそう言えば、イグナーツは「そうか」と言葉をくれた。
「私、リズムに合わせてステップを踏むセンスが、ないみたいなのです」
「……そうか?」
「えぇ、ダンスの教師に何度も言われましたから」
舞踏会に参加するとなったため、イグナーツにダンスの教師をつけてもらった。
今までダンスなど踊ったことがないこともあり、初歩的なステップから始めたのだが……。
「なんていうか、本当にリズム音痴なんだなぁって……」
初歩的なステップで、躓いた。しかし、そこは厳しい訓練にも耐えてきた女騎士というべきか。
努力に努力を重ね、なんとか人前で踊れるレベルに到達したのだ。……思い出すだけで、厳しい日々だったと思う。
「そうか? 俺はローゼのステップは素敵だと思ったが」
さも当然のように、イグナーツがそう言ってくる。その所為で、ローゼは俯いてしまった。
「なんていうか、初心者感が否めなかったが、そこがまた可愛らしくて……」
「……それ、褒めてます?」
けれど、彼の言葉は絶対に褒めていない。そういう意味を込めて彼の顔を見つめれば、彼は真面目な表情をしていた。
だから、ローゼは察する。……彼は、心の底からそう思っているのだと。
「それに、足を踏むことはなかったじゃないか」
「そりゃあ、そこに関しては頑張りましたから」
パートナーの足を踏むのは、一番やってはいけないことだ。教師がそう言っていたので、ローゼはそこに関しては常に意識していた。
「俺は、ローゼにならば足を踏まれてもいいと思っていたんだがな」
「……本当に、なんていうか」
もう何とも言えなくて、ローゼが額を押さえる。
(このお方、本当に私のことが好きなのね……)
そして、そんなことを再認識した。男性にとって、ダンス中に足を踏まれるというのは嫌なことのはずなのに。なのに、彼はそれでもいいという。心が広いを通り越しているような気がした。
「……ところで、イグナーツ様。なにか、お話ししたいことがあるのでは?」
でも、今はそれよりも。そう思ってローゼが真面目な口調で彼に問いかければ、彼はふっと口元を緩めた。
「そんなもの、あるわけがない」
「……え」
「俺は単に、ローゼと二人きりになりたかったから、庭に来ただけだ」
彼は至極当然のようにそう言う。……なんというか、肩を落としてしまいそうだった。
(ヨルン様のおっしゃっていたことに関してのお話かと、思っていたのに……)
ローゼがそう思っていれば、イグナーツの腕がローゼの肩に回され――そのまま、引き寄せられる。
「……イグナーツ、さま?」
驚いて彼の顔を見上げれば、彼がローゼの唇にちゅっと口づけてきた。
「ローゼ、可愛い」
「っつ」
なんてことない風に、そう言われた。その言葉の節々には慈しみがこもっていて、ローゼの心臓が高鳴る。
「今日の正装も、すごく可愛い。いつもの格好も捨てがたいが、こういう格好も本当によく似合っている」
「……イグナーツ、さまっ!」
なんていうか、そんなことを真面目な表情で言われると、心臓の鼓動が早くなる。
さらに顔に熱が溜まって、おかしくなってしまいそうだ。
「ローゼ。……もっと、触れていいか?」
彼の手が、ローゼの肩をいやらしく撫でる。その瞬間、ローゼの下腹部がじぃんと主張をしたような気がした。
(って、ダメよ、ダメ。ここは外。しかも、他所の邸宅なのだから……!)
しかし、その考えを必死に振り払う。せめて、屋敷に戻ってからじゃないと――。
ローゼがそんなことを思っていると、不意に数人の足音が聞こえてきた。……徐々に、こちらに近づいてきている。
(歩幅からして、全員男性みたいね)
耳を澄ませて、素早くそう判断する。
「それにしても、さすがは公爵家の舞踏会。本当に素晴らしくて感動したよ」
男性の一人が、そう声を上げていた。彼らはローゼたちには気が付いていないらしく、大声で話している。
「あぁ、そうだな。財力も権力も素晴らしい。……こういう家の女性と結婚出来たら、いいんだがな」
「なんだよ、お前逆玉狙いか?」
けらけらと笑いながら、男性たちが会話をしている。話していることはあまり好ましいことではないが、貴族などそういう生き物である。なので、特別不快感は持たない。
「というか、エクムント。次の賭けは、どうなっているんだ?」
けれど、聞こえてきた名前に――ローゼは、ハッとしてしまった。
庭には休憩用のベンチが設置されており、そこに並んで腰かける。
(ようやく、座れた)
そう思って、ローゼが「ふぅ」と息を吐く。踊っていたときは必死で気が付かなかったが、ローゼの脚はかなり疲れていたらしい。
普段はヒールの高い靴など履かないので、余計にだろう。
「ローゼ。大丈夫か?」
不意にイグナーツがローゼの顔を覗き込んでくる。
その目は不安そうに揺れており、ローゼはこくこくと首を縦に振る。
「ダンスは、その、苦手、だなぁって」
苦笑を浮かべて、肩をすくめて。ローゼがそう言えば、イグナーツは「そうか」と言葉をくれた。
「私、リズムに合わせてステップを踏むセンスが、ないみたいなのです」
「……そうか?」
「えぇ、ダンスの教師に何度も言われましたから」
舞踏会に参加するとなったため、イグナーツにダンスの教師をつけてもらった。
今までダンスなど踊ったことがないこともあり、初歩的なステップから始めたのだが……。
「なんていうか、本当にリズム音痴なんだなぁって……」
初歩的なステップで、躓いた。しかし、そこは厳しい訓練にも耐えてきた女騎士というべきか。
努力に努力を重ね、なんとか人前で踊れるレベルに到達したのだ。……思い出すだけで、厳しい日々だったと思う。
「そうか? 俺はローゼのステップは素敵だと思ったが」
さも当然のように、イグナーツがそう言ってくる。その所為で、ローゼは俯いてしまった。
「なんていうか、初心者感が否めなかったが、そこがまた可愛らしくて……」
「……それ、褒めてます?」
けれど、彼の言葉は絶対に褒めていない。そういう意味を込めて彼の顔を見つめれば、彼は真面目な表情をしていた。
だから、ローゼは察する。……彼は、心の底からそう思っているのだと。
「それに、足を踏むことはなかったじゃないか」
「そりゃあ、そこに関しては頑張りましたから」
パートナーの足を踏むのは、一番やってはいけないことだ。教師がそう言っていたので、ローゼはそこに関しては常に意識していた。
「俺は、ローゼにならば足を踏まれてもいいと思っていたんだがな」
「……本当に、なんていうか」
もう何とも言えなくて、ローゼが額を押さえる。
(このお方、本当に私のことが好きなのね……)
そして、そんなことを再認識した。男性にとって、ダンス中に足を踏まれるというのは嫌なことのはずなのに。なのに、彼はそれでもいいという。心が広いを通り越しているような気がした。
「……ところで、イグナーツ様。なにか、お話ししたいことがあるのでは?」
でも、今はそれよりも。そう思ってローゼが真面目な口調で彼に問いかければ、彼はふっと口元を緩めた。
「そんなもの、あるわけがない」
「……え」
「俺は単に、ローゼと二人きりになりたかったから、庭に来ただけだ」
彼は至極当然のようにそう言う。……なんというか、肩を落としてしまいそうだった。
(ヨルン様のおっしゃっていたことに関してのお話かと、思っていたのに……)
ローゼがそう思っていれば、イグナーツの腕がローゼの肩に回され――そのまま、引き寄せられる。
「……イグナーツ、さま?」
驚いて彼の顔を見上げれば、彼がローゼの唇にちゅっと口づけてきた。
「ローゼ、可愛い」
「っつ」
なんてことない風に、そう言われた。その言葉の節々には慈しみがこもっていて、ローゼの心臓が高鳴る。
「今日の正装も、すごく可愛い。いつもの格好も捨てがたいが、こういう格好も本当によく似合っている」
「……イグナーツ、さまっ!」
なんていうか、そんなことを真面目な表情で言われると、心臓の鼓動が早くなる。
さらに顔に熱が溜まって、おかしくなってしまいそうだ。
「ローゼ。……もっと、触れていいか?」
彼の手が、ローゼの肩をいやらしく撫でる。その瞬間、ローゼの下腹部がじぃんと主張をしたような気がした。
(って、ダメよ、ダメ。ここは外。しかも、他所の邸宅なのだから……!)
しかし、その考えを必死に振り払う。せめて、屋敷に戻ってからじゃないと――。
ローゼがそんなことを思っていると、不意に数人の足音が聞こえてきた。……徐々に、こちらに近づいてきている。
(歩幅からして、全員男性みたいね)
耳を澄ませて、素早くそう判断する。
「それにしても、さすがは公爵家の舞踏会。本当に素晴らしくて感動したよ」
男性の一人が、そう声を上げていた。彼らはローゼたちには気が付いていないらしく、大声で話している。
「あぁ、そうだな。財力も権力も素晴らしい。……こういう家の女性と結婚出来たら、いいんだがな」
「なんだよ、お前逆玉狙いか?」
けらけらと笑いながら、男性たちが会話をしている。話していることはあまり好ましいことではないが、貴族などそういう生き物である。なので、特別不快感は持たない。
「というか、エクムント。次の賭けは、どうなっているんだ?」
けれど、聞こえてきた名前に――ローゼは、ハッとしてしまった。
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