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第4章
惚れた理由 2
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「あの頃のローゼは、なんていうかあどけなかったな」
イグナーツが懐かしむようにそう声に出す。
「思い出さないでください。あの頃は……その、失敗ばかりで」
対するローゼの表情は、苦々しいものとなった。
誰だってそうだが、初めの頃は失敗ばかりだ。特にローゼは剣などを扱ったことはなく、模擬剣を上手く扱うことが出来なかった。
それでも採用されたのは――ひとえに、貴族出身の女騎士がいろいろな意味で重宝されるからだ。
「でも、あの頃のローゼは、必死だったじゃないか。……もちろん今もだが、頑張っている姿は誰よりも輝いていると思う」
「そんなの……」
素直に褒められて、ローゼの頬に微かに熱が溜まる。イグナーツはそれに気が付いていないらしく、そっと馬車の天井を見つめた。
「それに、あの頃は女騎士が今よりもずっと不足していた」
「そうでしたね。その所為で、私は新人なのにいろいろな現場に駆り出されて……」
女騎士の仕事は主に被害者のケアや事情聴取である。被害者が女性だった場合、同性のほうが話しやすい。
そういう理由から、女騎士は重宝される。特に貴族出身の女性は一定の話術を持っている。被害者に安心感を与えつつ、情報を引き出すのは得意という人物が多いのだ。
「あるときだったかな。……性被害に遭った、商家の娘がいたじゃないか」
「……えぇ、いましたね」
ローゼが新人の頃で、性被害の事件。ともなれば、かなり数が絞られる。さらには被害者が商家の娘ともなれば、頭の中に浮かぶのはたった一つの事件だった。
「ローゼは、必死に被害者のケアをしていた。……それに、彼女の親にも突っかかっていたじゃないか」
「……あの頃は、若かったんです」
娘が性被害に遭ったことを、彼女の両親は責め立てていた。曰く、嫁入り先がなくなるだとか、家の評判が落ちるとか。
そんな言葉で責め立てられ、彼女は身体を震わせていた。……ただでさえ怖かっただろうに。
そう思った瞬間、ローゼは彼女の両親に詰め寄ったのだ。
「なんて言ったかは、覚えているか?」
「……いえ」
「そうか。……ローゼはな、『彼女の気持ちも考えてください』って言ったんだ」
イグナーツが目を伏せて、そう言った。
「正直、貴族の女性がそういうことを言えるなんて思わなかった。貴族の女性は、傲慢だからな。それは、女騎士でも同じだった」
「……えぇっと」
「俺は、ローゼの素直に人を思いやれる優しさに、惚れたんだ。しかも、十代前半であんなことを言える。……すごいと思った」
彼がなんてことない風に、そう言う。
「それからは、もう目で追っていた。ローゼはどんな風に笑うんだろうか。どんな女性に成長するんだろうか。そう思ったら、気持ちが止められなくて……」
「……私を、見ていたということですか?」
そう問いかければ、彼はこくんと首を縦に振った。
まぁ、惚れた理由はこの際いいとしよう。まだ、まともなものだし、性格を好きになってもらえたのは、素直にうれしい。
でも。
(私、これっぽっちも気が付かなかったわ……)
イグナーツによれば、彼はローゼのことをとても長く見つめていたらしい。けれど、ローゼはそんなことこれっぽっちも気が付かなかった。それどころか、あまり好かれていないんだろうなぁなんて思っていたのだ。……鈍すぎる。
「師匠には、すぐに気が付かれた。……『お前、ローゼが好きなんだろ?』って、問い詰められたこともある」
「……えぇっ」
「まぁ、隠す必要もなかったので認めたんだが」
どうやら、他者のほうがイグナーツの気持ちに先に気が付いてしまったらしい。……というか、ローゼはつい先日までイグナーツの気持ちを知らなかった。やはり鈍感にもほどがある。
「たくさん、急かされたな。きっとローゼはすぐに嫁に行く。行動しなきゃ、後悔するぞ。そんな言葉を、たくさんかけられた」
「……私、完全に嫁き遅れになっていますけれど」
「それは、俺にとって幸運だった」
人の嫁き遅れを幸運と言うな。幸運と。
心の中でローゼはそんな風に思ったものの、頬を引きつらせるだけにとどめておく。さすがに、今彼を罵倒するわけにはいくまい。
「それに、こんな風にローゼと結婚できるなんて……本当に、幸せなんだ」
彼がローゼと絡めた指に力を入れる。……結婚の前に『契約』という文字がつくものの、そこは黙っておいたほうがいいだろう。
ローゼは、そう判断する。
「だからな、ローゼ。……俺から、離れて行かないでほしい」
「そ、れは……」
「もちろん、妹さんの持参金は用意する。ほかにも、何でも欲しいものがあれば言ってくれ。……俺は、ローゼを手に入れるためならば財だろうが爵位だろうが、立場だろうが。……命だって、投げ出す覚悟だ」
「……せめて、命は大切にしましょう?」
財も爵位も、立場も。なくなるときはあっさりだろう。でも、せめて。
――生きておいてほしい。
「イグナーツ様」
「……あぁ」
「命がないと、何もできませんよ」
彼と絡めた指に力を込めて、ローゼはそう言ってイグナーツに笑いかけた。
イグナーツが懐かしむようにそう声に出す。
「思い出さないでください。あの頃は……その、失敗ばかりで」
対するローゼの表情は、苦々しいものとなった。
誰だってそうだが、初めの頃は失敗ばかりだ。特にローゼは剣などを扱ったことはなく、模擬剣を上手く扱うことが出来なかった。
それでも採用されたのは――ひとえに、貴族出身の女騎士がいろいろな意味で重宝されるからだ。
「でも、あの頃のローゼは、必死だったじゃないか。……もちろん今もだが、頑張っている姿は誰よりも輝いていると思う」
「そんなの……」
素直に褒められて、ローゼの頬に微かに熱が溜まる。イグナーツはそれに気が付いていないらしく、そっと馬車の天井を見つめた。
「それに、あの頃は女騎士が今よりもずっと不足していた」
「そうでしたね。その所為で、私は新人なのにいろいろな現場に駆り出されて……」
女騎士の仕事は主に被害者のケアや事情聴取である。被害者が女性だった場合、同性のほうが話しやすい。
そういう理由から、女騎士は重宝される。特に貴族出身の女性は一定の話術を持っている。被害者に安心感を与えつつ、情報を引き出すのは得意という人物が多いのだ。
「あるときだったかな。……性被害に遭った、商家の娘がいたじゃないか」
「……えぇ、いましたね」
ローゼが新人の頃で、性被害の事件。ともなれば、かなり数が絞られる。さらには被害者が商家の娘ともなれば、頭の中に浮かぶのはたった一つの事件だった。
「ローゼは、必死に被害者のケアをしていた。……それに、彼女の親にも突っかかっていたじゃないか」
「……あの頃は、若かったんです」
娘が性被害に遭ったことを、彼女の両親は責め立てていた。曰く、嫁入り先がなくなるだとか、家の評判が落ちるとか。
そんな言葉で責め立てられ、彼女は身体を震わせていた。……ただでさえ怖かっただろうに。
そう思った瞬間、ローゼは彼女の両親に詰め寄ったのだ。
「なんて言ったかは、覚えているか?」
「……いえ」
「そうか。……ローゼはな、『彼女の気持ちも考えてください』って言ったんだ」
イグナーツが目を伏せて、そう言った。
「正直、貴族の女性がそういうことを言えるなんて思わなかった。貴族の女性は、傲慢だからな。それは、女騎士でも同じだった」
「……えぇっと」
「俺は、ローゼの素直に人を思いやれる優しさに、惚れたんだ。しかも、十代前半であんなことを言える。……すごいと思った」
彼がなんてことない風に、そう言う。
「それからは、もう目で追っていた。ローゼはどんな風に笑うんだろうか。どんな女性に成長するんだろうか。そう思ったら、気持ちが止められなくて……」
「……私を、見ていたということですか?」
そう問いかければ、彼はこくんと首を縦に振った。
まぁ、惚れた理由はこの際いいとしよう。まだ、まともなものだし、性格を好きになってもらえたのは、素直にうれしい。
でも。
(私、これっぽっちも気が付かなかったわ……)
イグナーツによれば、彼はローゼのことをとても長く見つめていたらしい。けれど、ローゼはそんなことこれっぽっちも気が付かなかった。それどころか、あまり好かれていないんだろうなぁなんて思っていたのだ。……鈍すぎる。
「師匠には、すぐに気が付かれた。……『お前、ローゼが好きなんだろ?』って、問い詰められたこともある」
「……えぇっ」
「まぁ、隠す必要もなかったので認めたんだが」
どうやら、他者のほうがイグナーツの気持ちに先に気が付いてしまったらしい。……というか、ローゼはつい先日までイグナーツの気持ちを知らなかった。やはり鈍感にもほどがある。
「たくさん、急かされたな。きっとローゼはすぐに嫁に行く。行動しなきゃ、後悔するぞ。そんな言葉を、たくさんかけられた」
「……私、完全に嫁き遅れになっていますけれど」
「それは、俺にとって幸運だった」
人の嫁き遅れを幸運と言うな。幸運と。
心の中でローゼはそんな風に思ったものの、頬を引きつらせるだけにとどめておく。さすがに、今彼を罵倒するわけにはいくまい。
「それに、こんな風にローゼと結婚できるなんて……本当に、幸せなんだ」
彼がローゼと絡めた指に力を入れる。……結婚の前に『契約』という文字がつくものの、そこは黙っておいたほうがいいだろう。
ローゼは、そう判断する。
「だからな、ローゼ。……俺から、離れて行かないでほしい」
「そ、れは……」
「もちろん、妹さんの持参金は用意する。ほかにも、何でも欲しいものがあれば言ってくれ。……俺は、ローゼを手に入れるためならば財だろうが爵位だろうが、立場だろうが。……命だって、投げ出す覚悟だ」
「……せめて、命は大切にしましょう?」
財も爵位も、立場も。なくなるときはあっさりだろう。でも、せめて。
――生きておいてほしい。
「イグナーツ様」
「……あぁ」
「命がないと、何もできませんよ」
彼と絡めた指に力を込めて、ローゼはそう言ってイグナーツに笑いかけた。
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