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第3章

彼のために出来ること 3

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 その後、ローゼは食堂に移動する。そこで席に腰掛けていれば、しばらくしてイグナーツが顔を見せた。

 彼の格好はラフなものに変わっており、暑いのかシャツのボタンがほんの少し空いていた。……それが醸し出す色気に、ローゼはやられてしまいそうだった。

「では、食事をお運びしますね」

 執事のその言葉に合わせて、メイドたちが食事を持ってくる。

 いつも通りの豪華な料理。今日のメインディッシュはステーキらしかった。さらにはサラダにスープ。デザートにカットフルーツ。あとはローゼ専用の薬膳料理だ。

「本日のメニューは……」

 やってきた料理長が長々と説明する中、ローゼはイグナーツを見つめる。彼の首元が、ほんの少し見える。

(なんていうか、イグナーツ様って色気がすごいのよね……)

 そう思ったら、くらくらとしてしまいそうだ。ローゼだって女性なのだ。男性の色っぽい姿にはいろいろと思うことがある。

 彼の醸し出す色気に一人耐えていれば、料理長の説明が終わったらしい。普段は真面目に聞くのだが、今日に限ってはそれが出来なかった。心の中で、それを謝る。

「じゃあ、食べよう」

 イグナーツがそう言ったので、ローゼはいつも通り薬膳料理から口をつける。……相変わらず、薬草そのものの味がして苦い。

(何度も思うけれど、不味くはないのよね……)

 多分ではあるが、ある程度フルーツで味をマイルドにしてあるのだろう。ただ、薬草にフルーツが負けているだけ。甘さよりも苦みが勝っているだけなのだ。それを、最近ローゼは認識した。

 きれいな手つきでナイフとフォークを手に取り、ローゼは食事を口に運んでいく。ちらりとイグナーツに視線を向ければ、彼は淡々と食事を摂っていた。

 その様子は一見するといつも通りにも見えるが、ほんの少し指先が震えているだろうか。

 ……何か、思うことがあるのかもしれない。

(でも、何を思われるのかしら? 特別心配するようなこともないはずなのだけれど……)

 内心でそんなことを考え、ローゼは一旦カトラリーをテーブルの上に戻す。そして、水の入ったグラスを口に運んだ。

「……イグナーツ様」

 水を飲み終えて、ローゼがイグナーツに声をかける。すると、彼はハッとして顔を上げた。その目の奥は、何処となく揺れているようだ。

「どうした?」
「いえ、いくつか質問したいことがありまして……」

 イグナーツのその態度にいささか疑問を抱きつつ、ローゼは彼をまっすぐに見つめ、グラスをテーブルの上に戻す。

「構いませんでしょうか?」

 小首をかしげてそう問いかければ、彼は力強く頷いてくれた。なので、ローゼは疑問を口にする。

「えぇっと、まず一つ目。イグナーツ様は、女性がお嫌いですか?」
「……どうして、そうなる」

 ローゼの問いかけにイグナーツが眉を顰める。……その態度で、ローゼは直感した。

 ……多分、彼は女性が嫌いなのではない。

(やっぱり、女性が苦手っていうだけなのね……)

 嫌いだから素っ気ないわけじゃない。苦手だから深く関わろうとはしなかったのだ。

 それを知ったら、何となく今までの行いも納得がいくような気がした。

「俺は、女性が嫌いなわけじゃない」

 イグナーツがきょとんとしながらそう回答をくれた。

「確かに俺は女性には素っ気ない態度を取ってしまっていると思う。だが、それは……その」
「その?」
「かかわり方が、分からないんだ。女性というものは、どうすれば喜ぶか。どういう風にすれば怒るか。それが、これっぽっちも俺はわからない」

 ゆるゆると首を横に振りながら、イグナーツがそんなことを教えてくれた。

 どうやら、彼の女性への苦手意識は筋金入りらしかった。

「……それにしても、どうしてローゼは……」
「……いえ、騎士団では団長は女性嫌いじゃないかって、噂が出回っていたのです。鵜呑みにした私も、悪かったのですが」

 眉を下げてそう謝罪をすれば、イグナーツは納得したように頷いた。

「そうか。……まぁ、俺の態度を見ればそう思うのも仕方がないと思う。……ローゼたちの失態ではない」

 彼は淡々とそう言うと、ステーキを切り分けて口に運んだ。……その仕草は、やはりとてもきれいだ。

「では、次。……どうして、イグナーツ様は私のことを可愛い可愛いとおっしゃいますの?」

 とりあえず、彼の女性嫌いという誤解が解けたところで。ローゼは次の質問に移った。

「私はお世辞にも可愛くありません。どちらかと言えば、きれいと称される容姿です」

 淡々とそう告げてみれば、彼はまたきょとんとした表情を浮かべていた。

「ローゼは、とても可愛いじゃないか」
「い、いえ、ですから……」
「ローゼの可愛いところを、俺はたくさん言えるつもりだ。……ずっと、見つめてきたんだからな」

 彼がふっと口元を緩めて、そう言った。

 その表情はとても色っぽい。だけど、それ以上に――。

(い、今、聞き捨てならない言葉が聞こえたような――?)

 聞き間違いじゃなければ、今、イグナーツは――……。

「私のことずっと見てきたって、どういうことですか……?」

 ローゼのことをずっと見つめていた。そう、言っていたのだから。
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