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第3章

彼のために出来ること 1

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 そして、ローゼとイグナーツが結婚して、早くも一ヶ月の月日が流れた。

 結婚してからのローゼは女騎士としてではなく、マッテス伯爵家の夫人として生活している。

 妊娠するためには心身ともに健康であることが必要だ。それに、女騎士として従事していれば、いつ怪我を負ってしまうかもわからない。そう言われれば、ローゼとて従うほかない。なんといっても、お金を工面してもらうのだから。

「奥様。こちら、お手紙ですわ」

 そんなことをぼうっと考えていると、ふとローゼ付きの専属侍女ハイケがそう声をかけてくる。なので、ローゼはハッとして彼女の差し出した封筒を受け取る。

 ひっくり返せば、差出人は『エリー・レーヴェン』と書いてある。

 だからこそ、ローゼは引き出しからペーパーナイフを取り出し、封を開ける。それから、中身の便せんを手に取った。

「何か重要なことでも書かれていますか?」

 ハイケがそう問いかけてくる。なので、ローゼは苦笑を浮かべてゆるゆると首を横に振った。

「いえ、ただの近況報告よ」
「さようでございますか」
「エリーったら、相変わらずエクムント様にぞっこんみたいね。今度デートをするのだって、すごく喜んでいるもの」

 エリーの綴った丸文字を撫でながら、ローゼはそう呟く。

 すると、ハイケは「へぇ」と声を上げていた。

「そういえば、奥様は旦那様とはデートなさいませんの?」

 しかし、続けられたその言葉にローゼは目を見開く。そんなローゼの様子を気にした風もなく、ハイケは言葉を続けた。

「いえ、結婚後共に出掛けられているところを見たことがありませんので……」
「……まぁ、そう、ね」

 実際そうだ。イグナーツと毎晩のように身体を重ね、共に食事を摂っている。が、それだけ。デートなどをしたことはないし、共に社交の場に出かけたこともない。

(まぁ、私たちの場合は特殊な結婚だし、それでいいのだけれど……)

 ただ、多少なりとも不可解なことがある。

 それは、つい先日のこと。イグナーツが地方に泊りがけで仕事に出たときだ。彼は一泊二日で屋敷を空けた。そこまではよかった。ただ、帰って来たときが――。

(イグナーツ様ったら、なんだか大量にお土産を買ってこられたのよね……)

 女性が好きそうな小物や装飾品など。そんなものを、イグナーツは大量に買い込んできたのだ。そして、告げた言葉は「ローゼにぴったりだと思う」というもの。……ちなみに、装飾品や小物はみな可愛らしいデザインであり、ローゼ自身は買わないものばかりだ。

「……イグナーツ様に、私はどう見えているのかしら?」

 思わずボソッとそう呟いてしまう。

 彼は身体を重ねる際、熱に浮かされたようにローゼのことを「可愛い」という。快楽に惚けた顔も、彼に縋りつく姿も。彼からすれば、可愛くて仕方がないそうだ。

「そういえば、奥様。この間、旦那様からお土産をもらっていらっしゃいませんでした?」

 タイミングがいいのか悪いのか。エリーがそう問いかけてくる。隠す意味もないので、ローゼはこくんと首を縦に振る。

「愛されていますね」

 ハイケがにっこりと笑ってそう言う。でも、それには同意しかねる。だって、イグナーツはローゼのことを契約上の妻として雇ったのだ。それ以外の感情など――持ち合わせていないだろうに。

(なのに、彼は私のことを『可愛い』とおっしゃる。『好き』だともおっしゃる)

 それは一体、どうしてなのだろうか?

「けれど、共に出掛けたことがないのだし……愛されているというのは、少々違うのではないかしら?」
「いえいえ、私、今思ったのですが、旦那様はきっと奥様を独占したいのですわ」
「……独占?」
「えぇ、きっとほかの男性に見せたくない。そう思われているから、基本的には連れ歩かないのだと思います」

 ローゼとて、確かにそういう男性がいることは知っている。だけど、自分たちに限ってそれはない。ないに決まっている。

(だって、そもそもイグナーツ様は女性嫌いだし……)

 そこまで思ったときだった。ふと、ローゼの中でいくつかの疑問が芽生える。

(でも、イグナーツ様の口から女性が嫌いって、聞いたことあったかしら?)

 それは所詮騎士団で噂されていただけの話だ。彼自身が女性を嫌いといったわけではない。

 ただ、いつもいつも女騎士に素っ気ない態度を取り、異性に対して口数が少なくなるだけで――。

「……それって、ただ女性が苦手なだけでは?」

 今更ながらに、その可能性に気が付いてしまう。

「奥様?」

 急に黙り込んだローゼを怪訝に思ったのだろう。ハイケが顔を覗き込んでくる。そのため、ローゼは「何でもない」という意味を込めて首を横にゆるゆると振った。

「何でもないわ。……ただ、この間のお土産のお礼を、しなくちゃって思っただけ」
「さようでございますか」

 先日のお土産は、可愛らしいものが多かった。ローゼには可愛いものは似合わない。

 かといって、嫌いというわけではない。女性らしく、可愛いものは普通に好きなのだ。

(ただ、似合わないから身に着けていなかっただけ)

 そう思いつつ、ローゼはハイケに笑いかけた。
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