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第1章
結婚の申し込み 2
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「団長、ローゼです」
イグナーツの執務室の扉をノックして、ローゼがそう声をかける。すると、中から「入れ」という低い声が返ってきた。
そのため、ローゼは執務室の扉を開ける。
中ではイグナーツが執務用の椅子に腰かけていた。その目の前には多数の書類があり、大方彼は先ほどまで仕事をしていたのだろう。
団長といっても、実力だけで選ばれるわけではない。人望や事務処理能力なども判断され、前任の団長の指名で決まる。
「……来てくれたか」
ローゼの顔を見て、イグナーツがほっと胸をなでおろした。
彼は珍しくまっすぐにローゼの顔を見つめている。……何となく、胸中がざわついた。
「とりあえず、そこに座ってくれ」
イグナーツが応接用のソファーに視線を向け、そう告げてくる。しかし、ローゼはためらった。
(そもそも、そんなに長居するつもりじゃないのだけれど……)
そう思ったが、イグナーツの話が長いのかも……と思い直して、ローゼはゆっくりとソファーに腰を下ろす。
すると、イグナーツもローゼから見て対面のソファーに移動してきた。
(っていうか、このお方まじまじとお顔を見ると、とっても美形だわ……)
イグナーツの顔を見つめつつ、ローゼはそう思う。
彼の黒色の髪は乱雑に切られているように見えて、しっかりとセットされているようだ。その鋭い青色の目はにらまれればひとたまりもないだろうが、普段はそこまで怖くない。……まぁ、これに関してはローゼが騎士として従事し、ある程度の殺気には慣れているというのもあるかもしれないが。
「……ローゼ嬢」
はっきりと、イグナーツがローゼのことを呼ぶ。なので、ローゼは無意識のうちに背筋を正した。
そうだ。先ほどまでのんびりと考えていたが、今は上司の前なのだ。しっかりとしなければ……。
「団長。本日はどんなご用件で……」
震える声でそう問いかければ、彼が不意に立ち上がる。先ほど移動してきたばかりだというのに、何とも慌ただしい。
ローゼがそう思っていると、イグナーツがローゼの隣に移動する。……肩と肩が触れ合いそうなほどに近い距離。ローゼの心臓が、どくんと大きく音を鳴らす。
「今日は、ローゼ嬢に一つの提案が……いや、頼みがあって個人的に呼び出した」
彼がまっすぐにローゼの目を見つめて、そう言ってくる。……なんだろうか。少し、様子がおかしいような気がする。
(そうよ。団長は、普段はこんな風に私のことをまっすぐに見つめてはこないのに……)
彼はいつもローゼからそっと視線を逸らしていた。だから、こんな風にまっすぐに見つめられることさえ意外で、初めての経験で。……その所為で、心臓がやたらと大きな音を鳴らしているような気がした。
「……頼み、ですか」
それを誤魔化すようにイグナーツの言葉を反復する。すると、彼は力強く頷いてくれた。
彼のその青色の目が、ローゼ一人だけを映している。……心臓が、やっぱり高鳴ってしまう。
「ローゼ嬢。俺と結婚するつもりはないだろうか?」
「……へ?」
けれど、彼のその言葉の意味はこれっぽっちも理解できない。
目をぱちぱちと数回瞬かせ、ローゼはイグナーツをぽかんと見つめる。彼の視線が何処か温かくなったような気がした。
「今日のことだ。師匠に、ローゼ嬢の事情を聞いた。……大金が、必要なんだろう?」
「……え、えぇ、まぁ」
やはりアントンはイグナーツにこのことを話してしまったのか。
そう思うと、心の奥底でアントンを恨む気持ちがむくむくと膨れ上がってくる。……誰にも話さないでと、言ったのに。
「だから、俺と結婚してくれ」
「い、いや、どうしてそうなるのですか……?」
しかしまぁ、言葉のつながりがわからない。ローゼに大金が必要なのと、イグナーツがローゼにプロポーズするのはうまくかみ合わない。
ローゼがそう思っていれば、イグナーツがそっとローゼから視線を逸らした。その姿は、いつも通りの彼だ。
「その、だな」
「……はい」
「正式な結婚というよりも、契約結婚、というべきか……」
彼がしどろもどろになりながらそう言ってくる。
……契約、結婚。
「なにか目的があって、私を一時的に娶るということでしょうか?」
きょとんとしながらそう問いかければ、彼はためらいがちに頷いた。
「……こんなことをローゼ嬢に言うのも、何なんだが」
「はい」
「……俺の父が、だな。そろそろ妻を迎えて、跡継ぎを設けてくれとうるさいんだ」
……何となく、大体の予想が出来てしまう。悲しいことに。
「だから、その……父を納得させるために、ローゼ嬢には俺の妻役を演じてほしい」
「……はぁ」
「あと、跡継ぎを生んでほしい。そうすれば、父も納得してくれるだろうから」
彼が肩をすくめてそう言ってきた。
(契約上の妻とおっしゃるから、お飾りの妻かと思ったけれど……)
どうやら、お飾りの妻ではなくて、子供を産んでほしいということのようだ。
「もちろん、嫌だったら無理強いはしない。だが、もしも引き受けてくれるのならば、妹さんの持参金は俺が全て用意しよう」
イグナーツの執務室の扉をノックして、ローゼがそう声をかける。すると、中から「入れ」という低い声が返ってきた。
そのため、ローゼは執務室の扉を開ける。
中ではイグナーツが執務用の椅子に腰かけていた。その目の前には多数の書類があり、大方彼は先ほどまで仕事をしていたのだろう。
団長といっても、実力だけで選ばれるわけではない。人望や事務処理能力なども判断され、前任の団長の指名で決まる。
「……来てくれたか」
ローゼの顔を見て、イグナーツがほっと胸をなでおろした。
彼は珍しくまっすぐにローゼの顔を見つめている。……何となく、胸中がざわついた。
「とりあえず、そこに座ってくれ」
イグナーツが応接用のソファーに視線を向け、そう告げてくる。しかし、ローゼはためらった。
(そもそも、そんなに長居するつもりじゃないのだけれど……)
そう思ったが、イグナーツの話が長いのかも……と思い直して、ローゼはゆっくりとソファーに腰を下ろす。
すると、イグナーツもローゼから見て対面のソファーに移動してきた。
(っていうか、このお方まじまじとお顔を見ると、とっても美形だわ……)
イグナーツの顔を見つめつつ、ローゼはそう思う。
彼の黒色の髪は乱雑に切られているように見えて、しっかりとセットされているようだ。その鋭い青色の目はにらまれればひとたまりもないだろうが、普段はそこまで怖くない。……まぁ、これに関してはローゼが騎士として従事し、ある程度の殺気には慣れているというのもあるかもしれないが。
「……ローゼ嬢」
はっきりと、イグナーツがローゼのことを呼ぶ。なので、ローゼは無意識のうちに背筋を正した。
そうだ。先ほどまでのんびりと考えていたが、今は上司の前なのだ。しっかりとしなければ……。
「団長。本日はどんなご用件で……」
震える声でそう問いかければ、彼が不意に立ち上がる。先ほど移動してきたばかりだというのに、何とも慌ただしい。
ローゼがそう思っていると、イグナーツがローゼの隣に移動する。……肩と肩が触れ合いそうなほどに近い距離。ローゼの心臓が、どくんと大きく音を鳴らす。
「今日は、ローゼ嬢に一つの提案が……いや、頼みがあって個人的に呼び出した」
彼がまっすぐにローゼの目を見つめて、そう言ってくる。……なんだろうか。少し、様子がおかしいような気がする。
(そうよ。団長は、普段はこんな風に私のことをまっすぐに見つめてはこないのに……)
彼はいつもローゼからそっと視線を逸らしていた。だから、こんな風にまっすぐに見つめられることさえ意外で、初めての経験で。……その所為で、心臓がやたらと大きな音を鳴らしているような気がした。
「……頼み、ですか」
それを誤魔化すようにイグナーツの言葉を反復する。すると、彼は力強く頷いてくれた。
彼のその青色の目が、ローゼ一人だけを映している。……心臓が、やっぱり高鳴ってしまう。
「ローゼ嬢。俺と結婚するつもりはないだろうか?」
「……へ?」
けれど、彼のその言葉の意味はこれっぽっちも理解できない。
目をぱちぱちと数回瞬かせ、ローゼはイグナーツをぽかんと見つめる。彼の視線が何処か温かくなったような気がした。
「今日のことだ。師匠に、ローゼ嬢の事情を聞いた。……大金が、必要なんだろう?」
「……え、えぇ、まぁ」
やはりアントンはイグナーツにこのことを話してしまったのか。
そう思うと、心の奥底でアントンを恨む気持ちがむくむくと膨れ上がってくる。……誰にも話さないでと、言ったのに。
「だから、俺と結婚してくれ」
「い、いや、どうしてそうなるのですか……?」
しかしまぁ、言葉のつながりがわからない。ローゼに大金が必要なのと、イグナーツがローゼにプロポーズするのはうまくかみ合わない。
ローゼがそう思っていれば、イグナーツがそっとローゼから視線を逸らした。その姿は、いつも通りの彼だ。
「その、だな」
「……はい」
「正式な結婚というよりも、契約結婚、というべきか……」
彼がしどろもどろになりながらそう言ってくる。
……契約、結婚。
「なにか目的があって、私を一時的に娶るということでしょうか?」
きょとんとしながらそう問いかければ、彼はためらいがちに頷いた。
「……こんなことをローゼ嬢に言うのも、何なんだが」
「はい」
「……俺の父が、だな。そろそろ妻を迎えて、跡継ぎを設けてくれとうるさいんだ」
……何となく、大体の予想が出来てしまう。悲しいことに。
「だから、その……父を納得させるために、ローゼ嬢には俺の妻役を演じてほしい」
「……はぁ」
「あと、跡継ぎを生んでほしい。そうすれば、父も納得してくれるだろうから」
彼が肩をすくめてそう言ってきた。
(契約上の妻とおっしゃるから、お飾りの妻かと思ったけれど……)
どうやら、お飾りの妻ではなくて、子供を産んでほしいということのようだ。
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