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第1章
結婚の申し込み 1
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それからローゼはいつも通りの仕事に当たった。とはいっても、この日のローゼのスケジュールは訓練ばかりだったので、一人で模擬剣をふるっていたのだが。
時折ほかの騎士たちと会話をしつつ、ローゼはその日も寄宿舎に戻ろうとした。
騎士団の女性用の寄宿舎の造りは割と豪奢だ。それぞれ一部屋が与えられ、個室にはバスルームも完備されている。そのためか、平民で女騎士を目指す人は少なくはない。もちろん、貴族の中でも働きたいという人や、家の稼ぎの足しにしたいという人もいるが。
(今日は暑かったし、帰って汗を流そうっと)
そう思いつつ、ローゼは寄宿舎の方に足を進める。現在騎士団に所属している女騎士は合計十二名。男性の十分の一にも満たない。
ローゼはもちろんその中で最年長だ。
(師匠にはああ言われたけれど、やっぱり……ねぇ)
ここのところ騎士としての伸びしろにも限界を感じている。いっそ老人貴族の後妻に収まるか。はたまた、娼婦になるか。そんな考えはいつまで経っても消えてくれない。
「あぁ、ローゼ。ここにいたのか!」
そんなことを考えていると、ふと後ろから声をかけられた。なので、ローゼがそちらに視線を向ける。
そこには、人のよさそうな笑みを浮かべた一人の男性がいる。
「……ヴィムじゃない」
ローゼは彼の名前を呼んで、そちらに近づいていく。
彼、ヴィム・アドルフはローゼにとって一番気の許せる同僚である。元々は親友的な存在の同性の騎士がいたのだが、彼女は結婚を機に騎士団を辞めてしまった。いわゆる、寿退職という奴だ。
「どうしたの? 今日はもう終業時間よ?」
ヴィムは時間にきっちりとしている。始業時間よりも前に仕事はしないし、終業時間を過ぎると仕事はしない。
まぁ、言い方を変えれば少し不真面目なのだ。
とはいっても、仕事の時間はきちんとしているので誰かが文句を言ったことはない。そこがせめてもの救いだろうか。
「いや、ローゼに個人的な話があってさ」
彼が眉を下げながらそう言ってくる。だからこそ、ローゼはヴィムの方にまた一歩足を進めた。
「……改まって、どうしたの?」
もしかして、彼も騎士を辞めるとか言うのだろうか――とまで思って、ヴィムはその人のよさそうな顔を緩めた。
「イグナーツが呼んでるんだよ」
「……え」
しかし、それは予想外もいいところの言葉だった。
その所為でローゼがその金色の目をぱちぱちと瞬かせれば、ヴィムはローゼの肩を抱き寄せてくる。そこに、恋愛感情などない。所詮、騎士同士の戯れだ。
「なんでも、ローゼに一つの提案があるんだってさ」
彼がローゼの耳元で、そう囁く。
……提案。その単語を脳内で復唱し、ローゼはぼんやりとした。
(まさか、ね)
アントンがイグナーツに相談したのだろうか? もしもそうだとして、イグナーツにローゼを助ける義理などない。二人は所詮同じ騎士団に所属している上司と部下という関係性であり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
「じゃ、俺は伝えたからな! また明日!」
「あ、ちょっと!」
ヴィムは用件だけさっさと伝えると、寄宿舎のほうに戻っていく。大方、今からはプライベートな時間に入るのだろう。……それくらい、容易に想像がつく。
「……っていうか、団長が私を呼び出す?」
仕事の話……もとい、女騎士の寄宿舎内での話ならば、ローゼを呼び出すのは当然だ。だって、ローゼが女騎士の寄宿舎を管理しているのだから。
けれど、ヴィムの口ぶりからして、それはなさそうだ。彼は『いい提案』とも言っていたし、聞く限り仕事の話とは思えない。
(というか、今の時間、団長は執務室にいらっしゃるわよね……?)
基本的にこの時間のイグナーツは執務室に一人こもっている。……裏を返せば、ローゼがそこに行くと二人きりということだ。
(いいえ、そんなこと気にしていても仕方がないわ。そもそも、団長よ? あの女嫌いと有名な団長なのだから、私に不埒なことはされないわ!)
ゆるゆると首を横に振って、ローゼが自分にそう言い聞かせる。
そうだ。今までだって、イグナーツと二人きりの場面は多々あった。が、彼はローゼのほうを見ようともせず、一人仕事に励んでいた。……まるで、ローゼなど眼中にないかのようだった。
「……まぁ、いつまでも不要な心配をしていても仕方がないわね。さっさと行って、さっさと帰って湯あみをしようっと」
ローゼはそれだけを呟き、騎士団の本部へともう一度足を向けた。
騎士団の本部への道を歩いていると、ふとアントンのことが脳裏によぎる。……彼は、ローゼに「イグナーツならば、なんとかしてくれるかも」的なことを言っていた。
……もしかして、やはりアントンが話した?
(ううん、一応口止めは……)
そう思ったが、アントンはそれに関して返事をくれていない。
(いいえ、師匠を信じましょう。弟子たるもの、師匠を信じなくてどうするの!)
必死に自分にそう言い聞かせる。
だけど、イグナーツの元を訪れると……その信頼は、あっけなく崩れ去ってしまった。
時折ほかの騎士たちと会話をしつつ、ローゼはその日も寄宿舎に戻ろうとした。
騎士団の女性用の寄宿舎の造りは割と豪奢だ。それぞれ一部屋が与えられ、個室にはバスルームも完備されている。そのためか、平民で女騎士を目指す人は少なくはない。もちろん、貴族の中でも働きたいという人や、家の稼ぎの足しにしたいという人もいるが。
(今日は暑かったし、帰って汗を流そうっと)
そう思いつつ、ローゼは寄宿舎の方に足を進める。現在騎士団に所属している女騎士は合計十二名。男性の十分の一にも満たない。
ローゼはもちろんその中で最年長だ。
(師匠にはああ言われたけれど、やっぱり……ねぇ)
ここのところ騎士としての伸びしろにも限界を感じている。いっそ老人貴族の後妻に収まるか。はたまた、娼婦になるか。そんな考えはいつまで経っても消えてくれない。
「あぁ、ローゼ。ここにいたのか!」
そんなことを考えていると、ふと後ろから声をかけられた。なので、ローゼがそちらに視線を向ける。
そこには、人のよさそうな笑みを浮かべた一人の男性がいる。
「……ヴィムじゃない」
ローゼは彼の名前を呼んで、そちらに近づいていく。
彼、ヴィム・アドルフはローゼにとって一番気の許せる同僚である。元々は親友的な存在の同性の騎士がいたのだが、彼女は結婚を機に騎士団を辞めてしまった。いわゆる、寿退職という奴だ。
「どうしたの? 今日はもう終業時間よ?」
ヴィムは時間にきっちりとしている。始業時間よりも前に仕事はしないし、終業時間を過ぎると仕事はしない。
まぁ、言い方を変えれば少し不真面目なのだ。
とはいっても、仕事の時間はきちんとしているので誰かが文句を言ったことはない。そこがせめてもの救いだろうか。
「いや、ローゼに個人的な話があってさ」
彼が眉を下げながらそう言ってくる。だからこそ、ローゼはヴィムの方にまた一歩足を進めた。
「……改まって、どうしたの?」
もしかして、彼も騎士を辞めるとか言うのだろうか――とまで思って、ヴィムはその人のよさそうな顔を緩めた。
「イグナーツが呼んでるんだよ」
「……え」
しかし、それは予想外もいいところの言葉だった。
その所為でローゼがその金色の目をぱちぱちと瞬かせれば、ヴィムはローゼの肩を抱き寄せてくる。そこに、恋愛感情などない。所詮、騎士同士の戯れだ。
「なんでも、ローゼに一つの提案があるんだってさ」
彼がローゼの耳元で、そう囁く。
……提案。その単語を脳内で復唱し、ローゼはぼんやりとした。
(まさか、ね)
アントンがイグナーツに相談したのだろうか? もしもそうだとして、イグナーツにローゼを助ける義理などない。二人は所詮同じ騎士団に所属している上司と部下という関係性であり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
「じゃ、俺は伝えたからな! また明日!」
「あ、ちょっと!」
ヴィムは用件だけさっさと伝えると、寄宿舎のほうに戻っていく。大方、今からはプライベートな時間に入るのだろう。……それくらい、容易に想像がつく。
「……っていうか、団長が私を呼び出す?」
仕事の話……もとい、女騎士の寄宿舎内での話ならば、ローゼを呼び出すのは当然だ。だって、ローゼが女騎士の寄宿舎を管理しているのだから。
けれど、ヴィムの口ぶりからして、それはなさそうだ。彼は『いい提案』とも言っていたし、聞く限り仕事の話とは思えない。
(というか、今の時間、団長は執務室にいらっしゃるわよね……?)
基本的にこの時間のイグナーツは執務室に一人こもっている。……裏を返せば、ローゼがそこに行くと二人きりということだ。
(いいえ、そんなこと気にしていても仕方がないわ。そもそも、団長よ? あの女嫌いと有名な団長なのだから、私に不埒なことはされないわ!)
ゆるゆると首を横に振って、ローゼが自分にそう言い聞かせる。
そうだ。今までだって、イグナーツと二人きりの場面は多々あった。が、彼はローゼのほうを見ようともせず、一人仕事に励んでいた。……まるで、ローゼなど眼中にないかのようだった。
「……まぁ、いつまでも不要な心配をしていても仕方がないわね。さっさと行って、さっさと帰って湯あみをしようっと」
ローゼはそれだけを呟き、騎士団の本部へともう一度足を向けた。
騎士団の本部への道を歩いていると、ふとアントンのことが脳裏によぎる。……彼は、ローゼに「イグナーツならば、なんとかしてくれるかも」的なことを言っていた。
……もしかして、やはりアントンが話した?
(ううん、一応口止めは……)
そう思ったが、アントンはそれに関して返事をくれていない。
(いいえ、師匠を信じましょう。弟子たるもの、師匠を信じなくてどうするの!)
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