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第2章 引っ越し、アドネの秘密

形式上だけの妻、アドネの秘密②

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 エルーシアの声に気が付いてか、アドネがこちらを見つめる。その目には驚愕の色が宿っているようだった。

 しかし、すぐに彼は表情を整える。

「なんだ、俺は忙しいんだ。用件なら後にしろ」

 冷たく吐き捨てられた言葉に、エルーシアの胸がチクっと痛む。

 その痛みの意味なんて、エルーシアにはわからない。でも、今はそんなことを思っている場合ではない。

「アドネさま、何処か、体調でも悪いのですか……?」

 彼のすぐそばに寄って、エルーシアはそう問いかける。

 正直、エルーシアにだけは心配されたくないだろう。だって、エルーシアには持病があるのだから。

 けれど、今のアドネについては誰であろうと心配するはずだ。

 先ほどはわからなかったが、顔色が悪い。息も何処か荒そうで……。

「放っておけ」

 アドネがエルーシアから顔を逸らして、そう告げる。

 その声には普段のような覇気がない。やっぱり、体調が悪いんだ。エルーシアはそれを理解して、アドネのほうに手を伸ばす。

「せめて、お医者さまのところに行きましょう。……アドネさまが倒れてしまったら、私……」
「――私、なんだ?」

 エルーシアの言葉を最後まで聞くことはなく、アドネがそう問いかけてくる。

 その声の鋭さと冷たさに、エルーシアはぴくんと身体を跳ねさせた。それに、彼の目は今までよりもずっと冷たい。

 彼の地雷を踏んだのだと、否応なしにわからせられる。

「軽々しく心にもないことを言うな。……そういうの、迷惑だ」
 
 はっきりとした拒絶だ。エルーシアの心も冷え切っていくのがわかる。
 
(けれど、本当にここで引いてしまっていいの……?)
 
 そんなわけがない。彼にいくら冷たく接されても。彼を支えることが出来なくても。妻としての仕事を渡されなくても。
 
 ……彼の体調くらい、心配したいのだ。
 
「わかったなら、さっさと戻れ。……俺は今から仕事があるんだ」
 
 彼がさも当然のようにそう言う。その言葉を聞いて、エルーシアはハッとして彼の背中に抱き着いた。
 
 完全に無意識の行動で、エルーシア自身も驚いてしまう。
 
「だ、ダメです。せめて、少しくらいお休みになってください。……そうじゃないと、倒れてしまいます!」
 
 今までこんなにも強い言葉で意見を述べたことがあっただろうか?
 
 頭の中でそんなことを思ってしまうほどに、これはエルーシアにとって未知のことだった。
 
 ぎゅっと彼の背中に抱き着いて、彼の行動を阻もうとする。
 
「俺は倒れたりしない。そんなへまはしない」
「そんなの、分からないじゃないですか!」
 
 そうだ。自分を過信するのは絶対にしてはいけないことだ。
 
 そういう意味を込めて、エルーシアは強い言葉をぶつけていく。
 
「倒れたら、きっとみなさま心配されます! だから、どうか……」
「――俺の代わりなんて、何処にでもいる」
 
 エルーシアの耳に届いたのは、凍てついたような声。しかし、これは冷たいわけじゃない。声には隠し切れない寂しさが宿っている……ような、気がしてしまう。
 
「俺が倒れたところで、代わりなんていくらでもいる。だから、気にするな」
「か、代わりなんて……」
 
 少しの間騎士団で過ごしていて、エルーシアは気が付いていた。騎士たちが、隊長であるアドネを心の底から慕っているということを。カタリーネだって、「少し困った人」と称しつつも、アドネを上司として慕っているのだから。
 
(かといって、このまま言い続けたところで、彼は納得してくださらない。……だったら)
 
 ここは、少し意味を変えてみるしかない。
 
 そう思って、エルーシアは目をぎゅっと瞑って、口を開いた。
 
「そもそも、あなたさまは私の夫となるお人です! 誰にも、代わりなんて務まりません!」
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