【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ

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番外譚

ep19.5 【番外譚】とある書物02

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「………………え?」
 予想していなかった質問をされたルーフェウスは一瞬固まる。
「1日目の夜は……」
 自らの記憶を辿りながら言葉にしようとして、思い至ったその記憶にルーフェウスはドッと顔に汗をかき首の後ろまで真っ赤になった。

 思い出すのは、いまだ身体中に染みつき全身が疼く記憶。
 真夜中に訪問してきた仇敵とも呼べる男。
 酒が入っていたせいか会話は弾み、学友時代にその男に羨望と恋慕を抱いていたことを吐露してしまった。
 気づけばベッドの上であられもない姿で拘束されていた。
 粟立つ快楽と羞恥を溢れる寸前まで乱暴に煽られては、優しく鎮められる。それを幾度も繰り返され、果てることを許されない。
 最後は自ら懇願して、喉と胎の最奥にねじ込まれた彼を咥え込み、隅々まで侵され満たされた。
 微笑みながら足で踏みしだかれ、嬌声とともに吐精した瞬間は至福だった。

 思い起こされた記憶の数々にルーフェウスは口元を手で覆い、俯いてしまった。
 神聖な謁見の間で、女王陛下の前で、到底言えるわけがない。

「ルーフェウス様、何故黙されてしまうのですか!? それではまるで……っ」
 後ろ昏いことがあるみたいではないか。

 先ほどまでの発言から一転、黙してしまったルーフェウスにリドリーは困惑して声を荒げた。

 エルメスタ女王はそんなリドリーに標的を移す。

「次にそこの若輩天馬従騎士、お前だ。
 スノーヴィアでお前は特定の誰かに固執していたのではないか?それは誰で、2日目の夜に、どんな関係を持った?」

 一瞬、リドリーは何のことだという顔をしたが『2日目の夜』という言葉が出た瞬間、ルーフェウス同様にドッと汗が吹き出し顔を林檎のように真っ赤にさせた。

 天馬の扱いで揉めていた時射抜かれた、侮蔑に潜んだ支配的な強者の視線。
 彼の強く鋭い瞳が忘れられなくて、ことあるごとに近づいては憎まれ口を叩いていた。
 模擬演習の際、彼の飛竜に無闇に近づき噛まれそうになったところを、その逞しい腕に抱き寄せられ守られた。
 強く叱責されたが、自分の身を案じるように落とされた視線と言葉に、乙女のように一瞬で心を奪われた。
 その時「今夜、俺の部屋に来い」と耳元で囁かれた。その蒼天の瞳に情欲を滲ませて。
 どうなるかなど、わかっていたのに。
 いとも簡単にその男に身体を委ね、純潔を散らした。
 あの逞しく美しい腕の中で、幾度も知らない快楽を教えられた。

 リドリーもまたそんな一夜を思い出し、両手で顔を覆い、真っ赤になったまま微動だにしなくなる。

 黙秘してしまったふたりに謁見の間のどよめきが増した。


「……エルメスタ女王陛下。どうかお戯れはそこまでにしてください」

 その不穏な空気を優しく低い声音で制したのはイージスだ。

 女王は俯く彼らの顔から、自分が最も信頼を置き近くに据えている神官に視線を移した。

「恐れながら。私と彼らの記載内容に不足があると感じられるものがあったとしても、それは報告書として必要な箇所を明確にし、不要な疑念を抱かせない必要な処置でございます。女王陛下ご自身もと思われる報告箇所はございますでしょう?
 本件は誰一人、糾弾されることなどないはずです」

 報告書に、隠蔽された項目があるのは確かだった。

 エルメスタ女王の訪問だ。

 立場を秘匿し赴いたエルメスタ女王の記載はない。そして、存在しない架空の護衛天馬騎士がイージスに同伴したことになっている。
 エルメスタ女王がメルロロッティ嬢とグレイに耳と尻尾を見られてしまった失態の記載だって、勿論ない。


 女王陛下自身も隠蔽している報告がありますよね?
 詮索はもう、互いにやめませんか?

 そんな本意を言葉に乗せて、イージスは御簾のむこうのエルメスタに訴えかけたのだ。

「…….イージス。お前が取り計らってくれていることはよくわかる報告書だったよ。
 だがなぁ。お前があの夜与えられた『試練の克服』について報告を欠いたことが、私は心から哀しかったんだ…あ。と、仔馬は嘆いているんだ。
 報告書に配慮がなされるのは好ましい。だがそれが『誰のため』であるかは明確に分類せねばなるまい」

 イージスはその言葉に苦虫を噛み潰したような顔をした。
 エルメスタが言っているのは「女王の極秘訪問の秘匿はOK」だがイージスたちの「己の羞恥心で熱い一夜を秘匿することは許さない」ということだ。

 横暴である。

 エルメスタは滞在中、特使派遣した者達の動向を護衛騎士に扮して観察していた。
 そして。
 イージスに加えバルツの男達が、軒並みスノーヴィアの獰猛な竜騎士達にペロリと食べられてしまっていたことに気づいていた。

 帰路ではイージスも散々質問攻めにあった。
 グレイとはどんな言葉や行為を交わしたのか、身体の相性はよかったのか、どんな体位で何回したのか……
 不躾にもほどがある仔細をひたすら尋ねられていた。

 イージスは自分とグレイの尊厳のため黙秘を続け、他の天馬騎士にも迂闊に妙な質問をしないよう、何度も釘を刺し続けていたのだ。


 結果。
 それに不満を抱き続けたエルメスタの策略により、公の場で報復を受ける羽目になっている。


「我々が崇め奉る神獣たる仔馬に嘘偽りや隠し立ては許さない。
 ……だが神獣と私は慈悲深い。お前たちに一度だけチャンスをやろう」

 そして、エルメスタは完璧な麗しい微笑みで命令した。

「それぞれ、いつ、誰と、どのような繋がりを持ったのか。余す事なく詳細に報告書に記載し、再提出するように!」



『蒼穹を駆ける飛竜と天馬の邂逅録』


 『スノーヴィア領特使派遣に関する報告書』はそんな名に姿を変え、物語形式に編纂された後、女天馬騎士たちの間で密かに回し読みされ、増刷された。
 男たちの愛憎渦巻く関係性、生々しいまで綴られた官能的な情事、そして互いの立場から決別することとなる切ない物語の顛末。
 気高く清らかであることを美徳とし、その相貌を銀細工を施された兜で覆う勇ましい彼女達は、その物語に心を蕩けさせ、想いを馳せ、夢中になった。

 編纂者の配慮により実名は伏せられていたが、それが誰であるかは皆の知るところとなっており、イージスとルーフェウス、リドリーの名はバルツ聖国の淑女たちに知れ渡り、本人たちの望まぬ形で一躍人気者となった。

 ちなみに編纂者は匿名となっており『白き長耳の麗人』などと名乗っていたようだ。
 イージスははじめてそれを見た時、呆れて言葉を失った。

 この物語で一番人気は『灰色の君』と呼ばれる登場人物だった。
 かけられた呪いから神官を解き放つためにその身を捧げた、麗しい灰の髪色を持つ男。
 この国では灰色は格別で神聖視される色だ。
 彼の献身と、その彼に純潔を捧げ呪いを克服した神官の物語は、それはそれは天馬騎士たちから絶大な支持を得た。


 その書物が人気を博して間もなく、イージスは正式にエルメスタ女王の近衛神官を拝命した。

 拝命が今日まで遅れた理由として、女性天馬騎士が歴任してきたこの地位を男性が担うことに対する反発が大きな理由のひとつだった。
 しかし、イージス自身がこれまで築き上げた神官としての功績や信頼に加え、『灰色』に祝福されたという噂も相まり、天馬騎士達の圧倒的支持を得たことが、結果を奏したことに間違いなかった。

 ……実際はイージスが自身の性癖で公務に支障をきたすことがなくなったことも大きな理由のひとつではあったのだが。
 

 エルメスタがどこまで計画したことかは定かではない。

 だが、彼女が歴代女王とは違う思想を持っており、バルツ聖国の古き慣例に変革をもたらす女王であることに間違いなかった。
 そのはじまりのひとつとして、今回の一件はバルツの歴史に確かな功績を刻むこととなった。



 イージスは今日も女天馬騎士からのなんとも言えない熱視線に愛想笑いを返し、女王の近衛神官としてすべき膨大な仕事を抱えながら宮殿を急足で進む。

 そして、ふと。
 遠くスノーヴィアのある南東の空を仰いだ。


 ……グレイ殿、健在でしょうか。
 叶うのなら、貴方にまた会いたいです。
 触れられなくてもいい、ただ貴方を傍に感じたい。
 その灰色の髪と瞳が、揺れる姿が恋しい。


 イージスは心の中で呟く。


 ……でも、ほとぼりが冷めるまではどうか。
 バルツ聖国には来ないでください。


 そんなことを憂い願いながら、美しい造形を讃えたその唇から溜め息を漏らした。



 遠くない将来、そんなイージスの願いは儚くも叶わず、グレイはバルツ聖国に訪れることになる。

 例の書物の人気は衰えることなくその最盛期。
 砂漠の若き王に娶られた灰色の君は国交のために訪問し、バルツ聖国の淑女たちを震撼させることになるのだ。

 そして、女天馬騎士たちの間で悲喜交々に織りなす二次創作が捗ることとなったのは、言うまでもない。
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