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ep32 強制力02
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俺が一歩後退り、距離を離すより早く。
懐から護身用のナイフを引き抜くより速く。
俺は壁に叩きつけられ、腕を背中に掴み回され、動きを封じられた。
叩きつけられた衝撃で眼鏡が外れてコトと床へ落ち、レンズがひび割れた。
腕の関節が悲鳴をあげる角度ギリギリまでねじ上げられ、あまりの痛さに俺は呻き声をあげる。
俺を壁に押さえつけているのはサシャだった。
どこから現れてどう動いたのか、全く分からないほど、完璧に死角をつかれていた。
「……油断しすぎだろ、ジェスカ」
サシャがぼそりとそう告げる。
「悪くない動きだねサシャ。馬車に残った連中は?」
状況の変化に何ひとつ驚くことなく、ジェスカが尋ねる。
「全員馬車の中で殺した。馬車は敷地内に動かした。血は外には漏れてない」
「うん、上出来」
緩やかにジェスカは微笑むと、サシャの頭を撫でた。
サシャが褒められて満足げに笑みを浮かべた瞬間、俺は体を捻り体当たりをしようとする。
が、そう動こうとしたのと同時に、ジェスカに容赦なく再度頭を壁に叩きつけられた。
先程までのニコニコ顔が嘘のように、ジェスカは冷徹な無表情で俺を一瞥する。
二度も頭を叩きつけられて、意識が混濁する。歯を食い縛って何とか自立するのが精一杯だった。
まるで歯が立たない。
このふたり、ただの傭兵じゃない。
気配の殺し方といい、手際の良さといい、おそらくは暗殺稼業を生業としている者達だ。しかも相当の手練れだろう。
俺も竜騎士見習い時代から武術の心得はあるが、その程度じゃ足元にも及ばない。
俺を拘束する役割はサシャからジェスカへと交代。
ジェスカの方が俺の腕のねじり上げ方がキツい。
こんのオレンジ野郎……
ジェスカは俺を拘束したまま、扉の開いている部屋へと足を踏み入れた。
「レリウス殿下。お望みのモノ、連れて来ましたよ」
…………は?
レリウス、殿下……?
その名を聞いて、俺は目を見開いてソファに腰掛けていた男を見た。
ジェスカに呼ばれた男はゆらりと立ち上がった。
気づけばマルセイは床に力なく倒れていた。うつ伏せた身体から緩やかに血溜まりが広がっている。
この男を最初に見た印象。
似てる、と思ってしまった。
そう思ったことが自分でも嫌だったし、ヴァンにも申し訳なかった。
長く美しい絹のような白金の髪。褐色の美しくきめ細かな肌。
着ている服はマルゴーン絹織物の上等な貴族服だろう。
彼のために作られたかのように、その均整のとれた美しい体躯を引き立てている。
唯一まったく違うと感じたのは瞳の色だった。
ヴァンと同じく切長で凛とした目元だが、この男の瞳の色はまるで膿んだ血のように赤黒く、澱んでみえた。
マルゴーン帝国第七皇子、皇位継承順位5位。
レリウス・ドレア・マルゴーン。
「なんで……アンタが、こんなところにいるんだ」
俺はレリウスを凝視したまま、そう呟くしかなかった。
「やぁ、グレイ。会いたかったよ。なるほど、お前が歴史を予知する者か」
レリウスはそう言い、まじまじと俺を眺めながらふっと笑いかけた。
——その瞬間。
俺に信じられないことが起こった。
そのことに俺自身が何よりも驚き、そして戦慄した。
鼓動が一気に早まるのを感じる。全身に熱が昂るのを抑えられない。
理性以外の全てが。本能が身体が。
この男に惹かれていた。
レリウスは俺の表情が変わったことに気づき、少し驚いたような顔をする。
やがて満足げにゆったり微笑みを浮かべ、指先で俺の頬に触れた。
それだけで頬から電撃が走るような甘い痺れを感じた。
「……へえ、面白い。予知を持つが故の反応か?随分と情熱的な顔をしてくれるじゃないか、グレイ」
レリウスのその言葉に、ようやく自分自身に起こっていることの正体が理解できた。
俺の予知が、本来あるべき歴史の流れの中心はこの男なのだと、そう告げていたのだ。
この世界の歴史を誰も歪曲しなければ、この男が世界に君臨し、すべてがこの男に帰着することを、俺の中の予知は知っていた。
この男が俺にとって必然の運命かのように、心惹かれ、導かれる強制力。
それを俺は全身に感じていた。
冗談だろ。やめろ、ふざけんな。
自分の予知をこれほど疎ましく思ったのは、多分生まれてはじめてだった。
レリウスを前に、自分がこの上なく惚けた顔をしているのが嫌というほどわかった。
それでも。
今この世界で最も近寄ってはならない男を、歯を食いしばり俺はまっすぐに睨みつけた。
懐から護身用のナイフを引き抜くより速く。
俺は壁に叩きつけられ、腕を背中に掴み回され、動きを封じられた。
叩きつけられた衝撃で眼鏡が外れてコトと床へ落ち、レンズがひび割れた。
腕の関節が悲鳴をあげる角度ギリギリまでねじ上げられ、あまりの痛さに俺は呻き声をあげる。
俺を壁に押さえつけているのはサシャだった。
どこから現れてどう動いたのか、全く分からないほど、完璧に死角をつかれていた。
「……油断しすぎだろ、ジェスカ」
サシャがぼそりとそう告げる。
「悪くない動きだねサシャ。馬車に残った連中は?」
状況の変化に何ひとつ驚くことなく、ジェスカが尋ねる。
「全員馬車の中で殺した。馬車は敷地内に動かした。血は外には漏れてない」
「うん、上出来」
緩やかにジェスカは微笑むと、サシャの頭を撫でた。
サシャが褒められて満足げに笑みを浮かべた瞬間、俺は体を捻り体当たりをしようとする。
が、そう動こうとしたのと同時に、ジェスカに容赦なく再度頭を壁に叩きつけられた。
先程までのニコニコ顔が嘘のように、ジェスカは冷徹な無表情で俺を一瞥する。
二度も頭を叩きつけられて、意識が混濁する。歯を食い縛って何とか自立するのが精一杯だった。
まるで歯が立たない。
このふたり、ただの傭兵じゃない。
気配の殺し方といい、手際の良さといい、おそらくは暗殺稼業を生業としている者達だ。しかも相当の手練れだろう。
俺も竜騎士見習い時代から武術の心得はあるが、その程度じゃ足元にも及ばない。
俺を拘束する役割はサシャからジェスカへと交代。
ジェスカの方が俺の腕のねじり上げ方がキツい。
こんのオレンジ野郎……
ジェスカは俺を拘束したまま、扉の開いている部屋へと足を踏み入れた。
「レリウス殿下。お望みのモノ、連れて来ましたよ」
…………は?
レリウス、殿下……?
その名を聞いて、俺は目を見開いてソファに腰掛けていた男を見た。
ジェスカに呼ばれた男はゆらりと立ち上がった。
気づけばマルセイは床に力なく倒れていた。うつ伏せた身体から緩やかに血溜まりが広がっている。
この男を最初に見た印象。
似てる、と思ってしまった。
そう思ったことが自分でも嫌だったし、ヴァンにも申し訳なかった。
長く美しい絹のような白金の髪。褐色の美しくきめ細かな肌。
着ている服はマルゴーン絹織物の上等な貴族服だろう。
彼のために作られたかのように、その均整のとれた美しい体躯を引き立てている。
唯一まったく違うと感じたのは瞳の色だった。
ヴァンと同じく切長で凛とした目元だが、この男の瞳の色はまるで膿んだ血のように赤黒く、澱んでみえた。
マルゴーン帝国第七皇子、皇位継承順位5位。
レリウス・ドレア・マルゴーン。
「なんで……アンタが、こんなところにいるんだ」
俺はレリウスを凝視したまま、そう呟くしかなかった。
「やぁ、グレイ。会いたかったよ。なるほど、お前が歴史を予知する者か」
レリウスはそう言い、まじまじと俺を眺めながらふっと笑いかけた。
——その瞬間。
俺に信じられないことが起こった。
そのことに俺自身が何よりも驚き、そして戦慄した。
鼓動が一気に早まるのを感じる。全身に熱が昂るのを抑えられない。
理性以外の全てが。本能が身体が。
この男に惹かれていた。
レリウスは俺の表情が変わったことに気づき、少し驚いたような顔をする。
やがて満足げにゆったり微笑みを浮かべ、指先で俺の頬に触れた。
それだけで頬から電撃が走るような甘い痺れを感じた。
「……へえ、面白い。予知を持つが故の反応か?随分と情熱的な顔をしてくれるじゃないか、グレイ」
レリウスのその言葉に、ようやく自分自身に起こっていることの正体が理解できた。
俺の予知が、本来あるべき歴史の流れの中心はこの男なのだと、そう告げていたのだ。
この世界の歴史を誰も歪曲しなければ、この男が世界に君臨し、すべてがこの男に帰着することを、俺の中の予知は知っていた。
この男が俺にとって必然の運命かのように、心惹かれ、導かれる強制力。
それを俺は全身に感じていた。
冗談だろ。やめろ、ふざけんな。
自分の予知をこれほど疎ましく思ったのは、多分生まれてはじめてだった。
レリウスを前に、自分がこの上なく惚けた顔をしているのが嫌というほどわかった。
それでも。
今この世界で最も近寄ってはならない男を、歯を食いしばり俺はまっすぐに睨みつけた。
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