48 / 84
ep29 予感を残して01
しおりを挟む
「ヴァン……今日はすまなかった。
したくもない話をさせて。俺の話を聞いてくれて」
俺は気持ちが落ち着いた頃、ようやく顔をあげてヴァンにそう言い、突然の訪問と自分の不甲斐なさを詫びた。
「謝る必要はない」
ずっと隣にいてくれたヴァンは微笑んでそう返す。
目の前に広がる砂漠はまだ夜の静寂に包まれているが、東の空がわずかに白じんできていた。
夜明けが近い。
ヴァンが静かに立ち上がった。
「……そろそろゼクスが目を覚ますだろう。気をつけて帰るんだ」
「え、ああ。そっか、そうだな」
ヴァンと別れることを唐突に思い出し、俺はそう呟く。
俺のその言葉にヴァンが静かに笑う。
「……グレイ、言葉にも顔にも出過ぎだ」
離れがたいという心の声がダダ漏れだったようだ。
ヴァンはそんな俺を静かに見やり、そのまま背を向けてしまった。
俺は少し寂しい気持ちになってその背中を目で追う。
「待ってくれ、ヴァン。あの……」
書斎に戻ろうとするヴァンに慌てて俺は声をかけた。
もう少しだけ、傍にいたい。
だが、ヴァンは歩みを止めない。
俺は咄嗟に立ち上がり、ヴァンの手を掴んだ。
掴んだヴァンの指先は温かく、心地よい熱を帯びていた。
そういえば今日はじめて彼に触れたのだと思い至り、俺は少し緊張する。
ヴァンも突然手を掴んだからか、ビクリと身体を強張らせた。
「どうしたんだ、グレイ」
俺の方へは振り返らず、顔だけこちらに向けてヴァンが尋ねる。
「えっと、その……」
何て言うべきだろうか。
色々考えを巡らせてみるも、ヴァンは結局俺の真意など一瞬で見抜く。
言葉を飾る必要なんてない、という結論に至った。
だから、俺は直球で行くことにした。
「ヴァンに触れたい。もちろん、やらしー意味で」
あまりに直球な俺のその言葉に、ヴァンは一瞬眉を顰めて固まった。
そして呆れたように俺を見上げる。
「……グレイ、君というやつは。もう少し言い方があっただろう。情緒とか自制心というのはないのか?」
「悪い。でも正直に言うべきかなと思って」
ヴァンは悪びれもしない俺に呆れるように笑ったが、すぐにその瞳を伏せて首を横に振った。
「……今日は触れて欲しくない」
そう言って、ヴァンは俺の手を振り解こうとする。
だが俺は手放すことをせず、むしろ強く掴み直した。
「なんで触れちゃダメなんだ」
食い下がる俺。
「わかるだろう。私が汚いからだ」
ヴァンは顔を曇らせて、小さく言い捨てた。
「ヴァンは綺麗だ。汚くなんかない」
「グレイ……さっきまで私が何をしていたか知っているだろう。君は情事の直後に別の男と平然とまた触れ合えるほど、節操がないのか」
「いや。ちょっ…………とは気にするけど」
正直気にならんと思いながら、そう言う。
「……君に節操がないのはよくわかった」
そうだった。
ヴァンは嘘を見抜くんだった。
「グレイ。私は今の居場所を得るために、自分自身を守るために。君には到底言えないような、感情や行為を持って、あらゆる人間に擦り寄り、寄生し、ここまで来たんだ」
ヴァンは俯いたまま、自らを蔑める言葉を並べていく。
「汚くて醜くて。どうしようもなく愚かなんだ。
……君にそんな感情をむけられるに値する人間じゃない」
頑なに俺の申し出を拒むヴァン。
俺はちょっと腹が立ってきた。
汚いわけないだろ。
ヴァンはいつだって綺麗だ。
俺はどんな時も触れたいと思う。
それなのに当の本人がそれを否定するのか。
「わかった。ヴァンが嫌ならこれ以上はもう触れない」
俺はヴァンを憮然と見つめたままそう言った。
「もう二度と触れない。もし未来で再会することがあっても絶対触れない。俺はヴァンが好きだけれど、君に欲望をぶつけることは今後一切しない。もし君を想って我慢できなくなったら、別の男を抱いて君を想うことにする」
「……そこまで拒んではないだろう」
ヴァンは呆れ顔で俺を咎める。
「だいたい汚いってなんだよ。意味がわからない。納得できる説明をしてくれ」
「君は私が何を言っても納得しないだろう。無意味な問答だ」
相手の気持ちを汲まない俺に、頑なに拒否を続けるヴァン。
俺たちの気持ちは完全なる平行線となり、手を繋いだまま口論がはじまってしまった。
側から見れば、滑稽な痴話喧嘩にみえたことだろう。
したくもない話をさせて。俺の話を聞いてくれて」
俺は気持ちが落ち着いた頃、ようやく顔をあげてヴァンにそう言い、突然の訪問と自分の不甲斐なさを詫びた。
「謝る必要はない」
ずっと隣にいてくれたヴァンは微笑んでそう返す。
目の前に広がる砂漠はまだ夜の静寂に包まれているが、東の空がわずかに白じんできていた。
夜明けが近い。
ヴァンが静かに立ち上がった。
「……そろそろゼクスが目を覚ますだろう。気をつけて帰るんだ」
「え、ああ。そっか、そうだな」
ヴァンと別れることを唐突に思い出し、俺はそう呟く。
俺のその言葉にヴァンが静かに笑う。
「……グレイ、言葉にも顔にも出過ぎだ」
離れがたいという心の声がダダ漏れだったようだ。
ヴァンはそんな俺を静かに見やり、そのまま背を向けてしまった。
俺は少し寂しい気持ちになってその背中を目で追う。
「待ってくれ、ヴァン。あの……」
書斎に戻ろうとするヴァンに慌てて俺は声をかけた。
もう少しだけ、傍にいたい。
だが、ヴァンは歩みを止めない。
俺は咄嗟に立ち上がり、ヴァンの手を掴んだ。
掴んだヴァンの指先は温かく、心地よい熱を帯びていた。
そういえば今日はじめて彼に触れたのだと思い至り、俺は少し緊張する。
ヴァンも突然手を掴んだからか、ビクリと身体を強張らせた。
「どうしたんだ、グレイ」
俺の方へは振り返らず、顔だけこちらに向けてヴァンが尋ねる。
「えっと、その……」
何て言うべきだろうか。
色々考えを巡らせてみるも、ヴァンは結局俺の真意など一瞬で見抜く。
言葉を飾る必要なんてない、という結論に至った。
だから、俺は直球で行くことにした。
「ヴァンに触れたい。もちろん、やらしー意味で」
あまりに直球な俺のその言葉に、ヴァンは一瞬眉を顰めて固まった。
そして呆れたように俺を見上げる。
「……グレイ、君というやつは。もう少し言い方があっただろう。情緒とか自制心というのはないのか?」
「悪い。でも正直に言うべきかなと思って」
ヴァンは悪びれもしない俺に呆れるように笑ったが、すぐにその瞳を伏せて首を横に振った。
「……今日は触れて欲しくない」
そう言って、ヴァンは俺の手を振り解こうとする。
だが俺は手放すことをせず、むしろ強く掴み直した。
「なんで触れちゃダメなんだ」
食い下がる俺。
「わかるだろう。私が汚いからだ」
ヴァンは顔を曇らせて、小さく言い捨てた。
「ヴァンは綺麗だ。汚くなんかない」
「グレイ……さっきまで私が何をしていたか知っているだろう。君は情事の直後に別の男と平然とまた触れ合えるほど、節操がないのか」
「いや。ちょっ…………とは気にするけど」
正直気にならんと思いながら、そう言う。
「……君に節操がないのはよくわかった」
そうだった。
ヴァンは嘘を見抜くんだった。
「グレイ。私は今の居場所を得るために、自分自身を守るために。君には到底言えないような、感情や行為を持って、あらゆる人間に擦り寄り、寄生し、ここまで来たんだ」
ヴァンは俯いたまま、自らを蔑める言葉を並べていく。
「汚くて醜くて。どうしようもなく愚かなんだ。
……君にそんな感情をむけられるに値する人間じゃない」
頑なに俺の申し出を拒むヴァン。
俺はちょっと腹が立ってきた。
汚いわけないだろ。
ヴァンはいつだって綺麗だ。
俺はどんな時も触れたいと思う。
それなのに当の本人がそれを否定するのか。
「わかった。ヴァンが嫌ならこれ以上はもう触れない」
俺はヴァンを憮然と見つめたままそう言った。
「もう二度と触れない。もし未来で再会することがあっても絶対触れない。俺はヴァンが好きだけれど、君に欲望をぶつけることは今後一切しない。もし君を想って我慢できなくなったら、別の男を抱いて君を想うことにする」
「……そこまで拒んではないだろう」
ヴァンは呆れ顔で俺を咎める。
「だいたい汚いってなんだよ。意味がわからない。納得できる説明をしてくれ」
「君は私が何を言っても納得しないだろう。無意味な問答だ」
相手の気持ちを汲まない俺に、頑なに拒否を続けるヴァン。
俺たちの気持ちは完全なる平行線となり、手を繋いだまま口論がはじまってしまった。
側から見れば、滑稽な痴話喧嘩にみえたことだろう。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~
乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。
【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】
エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。
転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。
エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。
死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。
「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」
「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
【完結】帝王様は、表でも裏でも有名な飼い猫を溺愛する
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
離地暦201年――人類は地球を離れ、宇宙で新たな生活を始め200年近くが経過した。貧困の差が広がる地球を捨て、裕福な人々は宇宙へ進出していく。
狙撃手として裏で名を馳せたルーイは、地球での狙撃の帰りに公安に拘束された。逃走経路を疎かにした結果だ。表では一流モデルとして有名な青年が裏路地で保護される、滅多にない事態に公安は彼を疑うが……。
表も裏もひっくるめてルーイの『飼い主』である権力者リューアは公安からの問い合わせに対し、彼の保護と称した強制連行を指示する。
権力者一族の争いに巻き込まれるルーイと、ひたすらに彼に甘いリューアの愛の行方は?
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう
【注意】※印は性的表現有ります
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
【完結】泡の消えゆく、その先に。〜人魚の恋のはなし〜
N2O
BL
人間×人魚の、恋の話。
表紙絵
⇨ 元素🪦 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定です
※◎は視点が変わります(俯瞰、攻め視点etc)
婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました
ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。
※小説家になろう様でも公開中です。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる