【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ

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ep30 進む道

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 サンドレア王国へ帰還後。
 執務室に顔を出したがヴィルゴはおらず、すでに休んでいるようだった。

 ゼクスはエルマーのいる離宮へと帰り、俺も自室へともどる。

 目が冴えて、眠れる気がしなかった。

 夜が明けるまで俺はずっと東の空、マルゴーン帝国の方角を眺めていた。



 朝日が差し込んできた頃、いつも通り身支度をして再び執務室へ赴くと、ヴィルゴはいつもと変わらず仕事をしていた。

 俺が執務室へ入ると必ず挨拶をくれるのだが、今日はそれがない。
 ……まだ、怒っておられる。

「おはようございます、ヴィルゴ宰相閣下」

 俺を無視してヴィルゴは調書を眺めている。

「昨日は申し訳ありませんでした。立場を弁えず、出過ぎた発言をしました。
 ……それにも関わらず、浅慮な私に機会をくださり、ありがとうございました」
 俺がヴァンのもとへ行くことを許可してくれたことも含め、ヴィルゴに深く頭を下げた。

「……それで?」
 ヴィルゴは調書から視線を逸らさず、ようやく口を開いた。

「マルゴーン帝国でヴァンに会いました」

「君の聞くべき話は聞けたのか?」

「はい。彼自身のことも、第七皇子についても話を聞きました……ふたりの関係も聞いています」


 ヴィルゴは少し間を置き、さらに尋ねてきた。
「納得はできたのか?」

 ヴィルゴに予知を諌められ、ヴァンに違う道を提示された。
 それに対する俺の心の在り方を尋ねられたのだ。

 俺がちらとヴィルゴを見上げると、ヴィルゴは不機嫌そうな顔でまっすぐにこちらを見ていた。

 ……優しい人だ。
 何度でも俺に手を差し伸べてくれる。

「はい。納得できたと、思います」
 俺もヴィルゴをまっすぐに見返して、そう答えた。


 ヴィルゴはそんな俺の顔を見て、さらに眉間に皺を寄せた。
「……彼にはあっさり諭されたのだな。本っ当に気に食わん」

 不愉快極まりないと言わんばかりに深い溜め息をついた。

 調書を机に乱雑に投げ置き、俺を指で呼び立てる。
 俺がそろりと隣に歩み寄ると、さらに指で顔を寄せるよう指示。
 俺は恐る恐る身を屈める。

 ヴィルゴは俺を睨み上げると、乱暴に襟首を掴み、思い切り俺の唇に噛みついた。

 あまりに痛かったので、思わず俺は「いっ……!!」と悲鳴をあげた。



 噛みつかれた唇がまだヒリヒリとする午後。

 座学の授業のためゼクスを探していたら、サンドレア王城の城門前で蒼白い炎の前にしゃがみこんでいた。

 この場所は王室主催の茶会が開催された時、煌びやかな馬車がたくさん行き交っていた場所だ。
 今は誰にも手入れされておらず、廃墟のようなみすぼらしい城門となっている。

 何をしているのかと近寄ると、襲撃者たちの遺体を燃やしていた。
 ……こんなとこでやるなよ。

 燃え上がる蒼白い不思議な色の炎はゼクスの異能力だろう。
 煙も立たず、蝋燭のように穏やかにユラユラ揺れているが、遺体は骨すら残さず塵になりかけていた。
 とんでもない高火力だ。


「昨日はヴァンのところに連れてってくれて、ありがとな」
 後ろからゼクスにそう話しかける。
 俺には気づいていたようで、いつものようにじとっと一瞥し、すぐに視線を逸らす。

「ヴィルゴの命令だったからな」
 ゼクスはぶっきらぼうに答えた。


 俺はゼクスの隣に、同じようにしゃがみこんだ。
 特に話題はないので、何となく日々ゼクスに対して思っていたことを口にする。

「ゼクス、お前ってさ。この世界だと誰にも負けないだろ。どんなことも圧倒的なその力で叶えることができる。
 なんでわざわざ、他人の言うこと聞いてるんだ?もっと楽な方法いくらでもあるだろ」

 あえて邪悪なことを尋ねてみた。
 ゼクスは怪訝な顔で俺を横目にみる。

「……お前かわいそうだな」
 マジで哀れみの目をむけられた。

「楽しくないだろ。そんなの」
 そう言うと、ゼクスは辺りを見回し、すぐ傍にある雑草を見つけて凝視する。

 今は新年を迎えて間もない冬。
 ゼクスが見ている雑草は今朝の霜で元気を失い、べちゃりと項垂れていた。

「あれ、いいよな」

「……独特な感性だな」
 俺の素直な感想。

「植物って言うんだろ。オレがいた世界にはなかった」

 ゼクスは雑草を凝視したまま、話を続ける。
「これは、ヴィルゴがサンドレアの国花だって言ってた。この世界には季節があって、春ってのが来ると、白い花をつけて草原一面に咲くらしい。
 オレはそれを見るのが、まぁまぁ楽しみだ」

 え、ヴィルゴのやつ。
 俺にはえっちなことしか教えないくせに、ゼクスにはこんなキラキラしたこと教えてるのか。

「そういうのでいいんだよ」
 俺を見て、ゼクスはそう言った。

「オレは前の世界でも、この世界でも。何もしたくないんだ」
 えっ新しいな。異世界でもニートするってこと?

「最低限息してて。たまに道端にお気に入りができる。
 人生の抑揚なんてその程度がいいんだ」

 ゼクスは徐ろに立ち上がる。
「だから、手伝えと言われて手伝うくらいがちょうどいい」

 そして、目元を少し緩めてこう続けた。

「……大したことしてないのに、隣のヤツが大喜びするってのは、案外気分は悪くないぞ」
 そう言って、ゼクスは何気なくすいと指をあげた。

「空間展開」

 その言葉と同時に、後ろで「きゃっ」と声があがった。
 振り返ると、エルマーがいた。

 以前、応接間で見たことのある宙に描かれた三角錐の中でプカプカ浮かんでいた。
 空中で大喜びして、バタバタ暴れている。

「エルマー、後ろから驚かそうとするなって言ってるだろ。俺は静かなのが好きなんだ。今度やったら捻じ切るからな」

 新王にむかって物騒なことを言っていたが、ゼクスは少し笑っているように見えた。



 ゲームクリアするための大陸統治。

 予知をもとに突き進んできた俺。

 『王国は敵だ。滅んでいい』
 『強者である帝国の手を取るべきだ』

 当然のようにそう信じていた俺。


 俺は自分の成し遂げたかったことやそう在りたかった気持ちを、一度心の奥にしまうことにした。


 ヴィルゴやヴァンが手繰り寄せたい未来の為に。
 自分にできることをひとつひとつでいい、やろうと思った。


 それが、正しいことに思えたから。
 そうすることで、彼との再会が果たせると思えたから。

 その先にメルロロッティ嬢の幸せがあると、そう思えたから。


 俺は立ち止まって足元を見つめ直し、進む道の方向を変えることにした。

 予知にはないその道の先は、どうなっているかわからない。

 だけど、きっと大丈夫だと思えた。
 大切な人達がまっすぐに見ている道だから。
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