【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ

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ep17 真夜中の密会02

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「あ、あの…。だ、大丈夫です、本当に。大丈夫ですので。
 グレイ殿が…そ、そんなこと、なさらなくて…」

 イージスは相変わらず目が合う度に赤面しながら、俺と貴賓室の天井を交互に見ては狼狽えている。

 イージスはソファに座った状態、俺は彼の足の間で膝立ちした状態。
 身体が触れそうで触れない、ギリギリの距離だ。

「傷が開くので、今は黙っててください」
 俺はそう言って、イージスの首の傷を止血していた。

 俺がナイフで切りつけたそこは、傷は浅いが鮮やかな血が垂れていた。
 俺は応急箱を持ち込み、イージスの首の手当てをしているのだ。

 ようやく流血が止まったので、軟膏を指にとり首の傷口に塗る。

「…っ」
 軟膏が染みたのか、俺の指に反応したのか。
 イージスは耳まで真っ赤にして艶っぽい呻き声を漏らした。

 …誘ってるのか、おい。

 しばらく、イージスの何かを我慢する呻き声だけが響き、静かな傷の処置が続く。


 処置が終わり俺がイージスから離れると、小さな声で「ありがとうございます…」と顔を赤らめたままイージスは礼を言った。


 俺が応急箱を片付け終わるのを無言で見届け、終わると同時にイージスは本題を切り出した。

「グレイ殿は、その…中庭、で。…ご覧になりましたか?」

 俺はその問いに淡々と答える。
「お嬢様と一緒にいたのは、あなたの護衛騎士でしたね」


 そう。
 イージスに目を塞がれる寸前、俺にも見えていた。

 メルロロッティ嬢の視線の先。
 銀の兜をとっていたので一瞬誰なのかわからなかったが。
 あれは間違いなく、イージスの傍にいた護衛の女天馬騎士だった。

 確証はなかったが、今は確信している。
 本来この場にいるべき、その護衛騎士はここにはいない。


 そして。
 イージスがああまでして、俺をあの場から遠ざけようとした理由も、もうわかっている。

「…あの護衛騎士は」
 俺がそう続けると、イージスは立ちあがろうとした俺の肩を強く掴んだ。

「どうかご内密に…!先程のことは他言無用でお願いしたいのです」
 イージスは懇願するように憂いた瞳を俺に向けてきた。

 その必死な姿で、さらに憶測は確信に変わる。

「…やはり。あの方がエルメスタ女王陛下なのですね」

 イージスは俺の肩を掴んだまま、静かに頷いた。

「…女王陛下はバルツ聖国内においても、人前に出ることはないのです。
 故に特使として編成された天馬騎士団でさえ、そのお顔を知りません」

 静かにイージスは言葉を続けるが、その顔には動揺が滲み出ている。

「だというのに。…正体を知られたことはおろか、あのお姿さえ見られてしまうとは。メルロロッティ様のみならず、グレイ殿にまで…
 あぁっ私がいながら何という失態を…!」
 イージスはひとりで悶絶しはじめた。


 あのお姿。


 確かに『アレ』は人前に軽率に出すべきものではなかった。
 それは俺にもわかる。


「…イージス様。私が見た『アレ』はバルツ聖国の女王陛下が皆持っているものなのですか?」

「これまでの歴代女王も幾人かはおられました」

「彼女が女王陛下に選ばれた理由ということですか?」

「…そうなります。女王陛下は神獣様と同様に神格化されるべき御人なので」

 なるほどね。

 確かに他国の俺などからしたら『アレ』は物珍しさでしかないが、バルツ聖国の人々からすれば、圧倒的信仰対象になるのだろう。


「わかりました。他言無用としましょう。そもそも、私はしがない従者の身。
 どのようなことも固く口を閉ざし、然るべき役目を果たすのが使命ですから」

 俺がそう言うと、ぱぁっと明るい表情で顔をあげるイージス。

 安堵したのか、ようやく気づいたようだ。
 ずっと俺の肩を掴んで至近距離で対話をしていたことに。


 ハッとしたイージスは、再び首まで真っ赤にして「うわぁっ!」と叫んで、両の手を大袈裟に放す。

 ソファへと後退りして、イージスは再び俺から視線を逸らし俯いた。

 そして流れる絶妙な沈黙。

 …うん。もういいでしょ、コレは。


「…ただ、口止め料といっては難ですが。イージス様に教えて頂きたいことがあります」

 俺は平坦な口調でソファに座るイージスに近づき、見下ろす。

「…な、なんでしょうか?」
 それでも俺と視線を交わさないイージス。


 俺はずいとソファへ片足をつき、身を乗り出す。
イージスは慌ててさらに後方へ仰け反るが、俺は膝を進めぐいぐいとイージスを攻め立てる。

 そして、長いソファに俺がイージスを押し倒したような体制となった。

 もう視線を外せないほどの至近距離だ。
 イージスは目を丸くしたまま、目の前の俺に釘付けになっている。

「イージス様が私を見る目に、何か特別な想いを感じるのは…私の思い違いですか?」

 少し熱っぽい口調で俺は囁くように尋ねた。

 イージスは赤面したまま動揺に視線を泳がせ、何とか言葉を搾りだす。
「そ、そそそれは。その、理由があって…」

「どのような理由ですか?」

「グ…グレイ殿の、その瞳と髪が…いや。な、ななな何でもない、です…」

「私の瞳と髪が…何なのですか?教えてください」

 なんだろうか。
 昔の恋人に似てる、的な?

 ここまできたら、気になるじゃん。


 …ただでは口を割らないのであれば。
 いいだろう、イージス。

 俺は最終手段に出ることにした。


「…イージス様。私だってあなたのその戸惑いを孕んだ視線にいつも心乱されているのですよ」
 そう言って、指先でつぅと触れた。
 先程からずっと昂り続けている、イージスの腰の一物に。

「…イージス様のここ、すごく苦しそうですね」

「…!!?グレイ殿…!?
 こ、こここれは、その…、あの…っ!」

 イージスは自分の昂りを知られていたこと、俺に指先で撫でられたことに、完全に気が動転していた。

 気づいていないとでも思っていたのか?
 甘いなイージス。
 俺は普段から、人の顔色より先にこちらをチェックするようにしてるんだ。


 てか。
 …………でっか。

 俺は気が動転して思考停止しているイージスを眺めながら、何となくそれの形をゆるゆると指でなぞっているのだが、めちゃくちゃご立派。


 え、からかうつもりだけだったけど。
 これは、ちょーっと。

 …いただいちゃっていいですかね。


 イージスは完全に固まってしまったようなので、俺は問答無用でことをはじめようかとイージスの服に手をかけた、その時。

「その問いには私が答えよう」

 貴賓室の扉が開かれ、入ってきた者がそう告げた。

 振り返ると、イージスの護衛騎士…姿のエルメスタ女王が佇んでいた。
 その後ろには、メルロロッティ嬢。


「やぁ、改めてはじめまして。ご令嬢の従者殿。
 とても良い瞳と髪の色をしているな」

 エルメスタ女王はイージスを押し倒したままの俺に気軽に挨拶した。


「…エルメスタ様!?
 なんてことを…兜をお被りにならずにお姿を見せるなど…!」

 イージスはエルメスタ女王の姿を見て我に帰ったのか、今度は顔を真っ青にして震えながら言った。
 …赤になったり青になったり、イージスは大変そうだな。

「すでに一度見られたんだ。もう構わんだろう」

 そうエルメスタ女王が言うと、ピョコンと跳ねた。

 何が、ピョコンと跳ねたかって?
 もちろん『アレ』だ。


 頭から生えている2本の大きな耳。


 エルメスタ女王には天馬とよく似た白く輝く耳、そして中庭で見た時には気づかなかったが、見事な毛並みの尻尾まで生えていた。

 それらは今、上機嫌に揺れている。


 「………グレイ、以前も言ったはずよ。賓客を夜這うなと」

 メルロロッティ嬢の突き刺すような視線と冷ややかな言葉に、一瞬で萎えゆく俺。
 イージスの上からそそくさと降りる。

 エルメスタ女王は終始、楽しそうに笑っていた。
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