【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ

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ep38 新たな皇帝02

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 ヴァン改め、マルゴーン帝国皇帝アルヴァンドにヴィルゴからの書簡を手渡すと、アルヴァンドは静かにそれを読み、まずはエルマーのもとへと赴いた。


 離宮の前庭でエルマーは楽しそうに駆け回っていた。
 少し離れた場所にゼクスもいる。

 ヴィルゴは余命が短いことを悟っていたのか、エルマーとの接触を極力避け、互いに愛情を持たないようにしていたようだ。
 だから、エルマーにもヴィルゴのことは伝えていない。その必要はないと手紙に記載があった。


 アルヴァンドはエルマーの傍へひとりで行くと、膝をつきエルマーと同じ目線の高さとなり、優しく微笑んだ。

「あなたはこれよりマルゴーン帝国皇帝である私の庇護下に入る。未来のサンドレア王国を担う責を全うするため、健やかに育ち、励まれるとよい」
 そう言うと、とびきりの笑顔でエルマーを高く高く抱き上げた。
 きゃっきゃと大喜びするエルマー。


 アルヴァンドはそのままエルマーを抱きかかえ、しばらく一緒に遊んでいた。

 しばらくの後。
 エルマーを傍にいた侍女に預け、アルヴァンドは人払いをして俺を呼んだ。

「グ……アシュレイ殿。ヴィルゴ宰相閣下にお会いすることは叶うだろうか?私だけでいい。配下たちにも彼のことを知らせるつもりはない」

 ヴィルゴから俺への指示の中には、計画を遂行する6年間ヴィルゴの死を知る者はそれを口外しないこと、と記載されていた。
 ヴァンにもそう伝えられているのだろう。

 俺は静かに頷いた。



 アルヴァンドだけを伴い、俺はヴィルゴの寝室へとむかった。
 むかっている間に、アルヴァンドからふたりの間で結ばれた約束について教えてもらった。


 ヴィルゴは第七皇子を下しアルヴァンドが即位するための協力を惜しまず、王国や帝国すべての情報をアルヴァンドに渡す。

 アルヴァンドが即位した暁には、エルマーが成人するまで庇護する。
 帝国は王国を侵略せず同盟国として援助する。

 それは、ヴィルゴが何よりも望んでいたこの大陸の形だった。
 最も血が流れず、王国と帝国が互いに手を取り合う平和な世界。

 ヴィルゴ亡き後も、アルヴァンドはきっとこの約束を違えないだろう。


 寝室へ赴くと、静かに眠るヴィルゴの手をとり、アルヴァンドは弔いの言葉を送った。


 寝室から執務室へと移動し、アルヴァンドはふぅと小さく一息ついた。
 アルヴァンドは散らかったままの執務室を静かに見回している。

 調書に埋もれた机にはまだインクに羽根ペンが刺さったまま、書き損じた書類や走り書かれたメモが散乱していた。
 いつもヴィルゴは座っていた椅子も無造作に引いたまま、すぐにでもこの部屋の主人が戻ってきて座りそうな、そんな気配を遺していた。

 俺は思わずそんな机と椅子から目を逸らす。


「ありがとうグレイ。ヴィルゴ殿の埋葬は私に任せてくれ。君は休んでていい」

 グレイと呼んだ。
 皇帝としての言葉ではない、そういう意味なのだろう。

 アルヴァンドは俺を見上げ、そっと頬をなでた。
「…大丈夫か?疲れた顔をしてる」

 アルヴァンドの温かな指が心地よい。
 俺は微笑み返し、彼の気遣いを受けとる。

「ありがとうヴァン。でも、俺は大丈夫だ」

 そう言った瞬間、不意に。
 アルヴァンドが俺を抱き寄せた。

「……ひどいじゃないかグレイ。あの夜から一度たりとも私は君のことを忘れたことなどないのに」

 そして優しく背中を撫でる。
 俺は反射的にビクリと肩を強張らせた。

「私の特技を忘れたのか?相手の嘘がわかるんだよ」


 やめてくれヴァン。
 今は。
 今は駄目なんだ。


「君は大丈夫じゃない」
 アルヴァンドはゆっくりと優しい声音で続ける。

「大切な人だったのだろ。哀しくて仕方がないのだろ。大丈夫だ。ここには君と私しかいない。
 ……泣いていいよ」

 そう言って俺の背中をぽんぽんと軽く叩いた。


 強張らせた肩の力が抜けると同時に。
 俺の目からは、大粒の涙が一気にこぼれ落ちた。

 自分でも驚いた。

 だが、もう。一度溢れ出した涙も感情も、自分自身で押し留めることができなくなっていた。


「……の、俺の、せいなんだ。俺がもっと、ちゃんと……間違わなければ。ヴィルゴを最初から、予知で助けていれば。……王国も、ヴィルゴも……こんなことに、ならなくて」
 嗚咽とともに哀しみと後悔が溢れ出た。

「優しい人だったのに、大好きな……人だったのに。っ……何度も、俺を……助けてくれたのに。俺は、何ひとつ返せなくて……」
 俺の消え入りそうな声を、ヴァンは抱きしめたまま聞いている。

「俺のせいで……こんなに、早く……いなくなってしまったんだ……っ」


 誰よりも強くて、誰よりも優しい人だった。

 心から尊敬してた。
 本気で恋してたこともあった。

 でも、あの人は誰のものにもならなくて。
 身体は求められても、心を求められたことはなくて。

 それでも、よかった。
 それでも、嬉しかった。

 傍にいて、幸せをくれる人だった。


「せっかく……手繰り寄せた未来なのに。どうして、ヴィルゴは……ここにいないんだよ……っ」


 俺はいつの間にか、子供のように声をあげて泣いていた。

 ヴィルゴがいなくなった哀しみで、自分のどうにもならない後悔で、心が押しつぶされそうだった。


「大丈夫だ。何ひとつ、君のせいじゃない。ヴィルゴ殿はきっと君を愛していたよ。だから最期に君を傍においたんだ」

 そう言って、ヴァンはずっと俺の背中を撫で続けた。
 俺が泣いている間、俺のめちゃくちゃになった感情を全部抱き留めてくれていた。


「……こんなにも君に想われて。妬ましい男だなまったく」
 そんなことを言いながら。
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