【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ

文字の大きさ
上 下
38 / 84

ep22 正しさと悪02

しおりを挟む
 扉を開いたのは、抜剣したハーシュだった。
 ハーシュは応接間にいる者の顔を見るや否や叫ぶ。


「ご令嬢の安全確保を!」


 その言葉と同時に壁側に待機していた衛兵がメルロロッティ嬢を囲んだ。

 俺はハーシュに引き寄せられ、部屋へと乱入した竜騎士たちの後ろに庇われる。

 乱入してきたのはハーシュもだが、ダングリッド団長にクラウス副団長までいた。
 そして不可解なことに、メルロロッティ嬢ではなく、俺を囲うような布陣になっていた。


「こいつだグレイ」

 ハーシュがそう言って視線を逸らさないその相手。

「お前を狙っていたヤツだ」
 ヴィルゴ宰相の傍に佇む側近を睨みながら、ハーシュはそう言い放った。

 その言葉を聞き、ずっと微動だにしなかった側近がはじめて首を動かした。
 まっすぐに俺を見る。

 緊張の走る応接間に流れる沈黙を破ったのは、ヴィルゴ宰相だった。

「やれやれ。結局一番手のかかる方法となったな。……ゼクス。何か弁明は?」
 ヴィルゴ宰相は側近をジロリと見上げる。

「知ったことか」
 側近らしき者はぶっきらぼうに答えた。
 女…?いや、男か?
 声音がどちらとも取れない中性的なもので判断がつかない。

 くすんだ乳白色の髪に、暗闇でも光りそうなほど明るい眼孔の瞳。
 肌は黒々としていて何となくシカーテ諸島の出身だと思っていたのだが、よく見ると青がまじっているような異質な色に思えた。

「オレが連れ帰れと言われた男はソレじゃない」
 側近はつんとした顔で、俺から目を逸らす。

「アシュレイ・ノートリックという男だ」

 しんと静まりかえる応接間。
 側近以外、全員が俺のことを見ている。


 えぇ………俺が言うの?

「えっと……」
 俺はバツの悪い顔でそろりと手をあげた。

「……それは、間違いなく俺ですね」


 俺の本名はアシュレイ・ノートリック。
 グレイは愛称だ。

 メルロロッティ嬢やポレロ辺境伯をはじめ、スノーヴィア領の多くが俺をそう呼ぶ。
 異国の言葉で『灰』を差す言葉。俺の瞳と髪の色。

 あまり俺のことを知らない者は、俺の本名をグレイだと思っているだろう。
 ……コルトーあたりは絶対そう思ってそう。


 そう名乗り出た俺のことを、側近はもう一度凝視する。
 俺の顔、というより頭上の虚空を睨み、不愉快そうに眉間に皺を寄せて。

「……アシュレイ・ノートリックという男はどこにもいなかったと報告を受け、グレイは死んだのかと確認も兼ねてここへ来たのだが。まったく、そういうことか」
 ヴィルゴ宰相は呆れた顔で顎鬚を撫でながら呟く。

 ここへ来た時、ヴィルゴ宰相が俺をみて驚いた表情をしていた理由はそれか。

「いつも言っているが、ゼクス。情報は正しく伝えろ。本名ではなくその者が『自分自身と自覚している名』を辿ることができるのだろ」

 側近は黙ったままだ。図星だったらしい。

 ヴィルゴ宰相は大きなため息をついた後、こう言い放った。
「挽回の機会をやろう、ゼクス」

 俺はその言葉にぞわりと嫌な予感がした。
「この場を制するんだ」


 言われた側近はまず、彼の体に纏わりついていたエルマーを指さしながら言う。

「障壁展開」

 その言葉とともにエルマーの周囲に光の点と線が出現する。それらは三角錐のような図形を描き、取り囲んだエルマーを宙へと飛ばした。

 なんだ今の!?

 次に側近は自身を取り囲む竜騎士の中で、一番前に出ていたハーシュを指さす。

「捻じ切れ」

 ゾッとする響きの言葉。
 もう俺にはその動作と言葉の意味、この現象が何かを理解していた。

「あっ…がっ…?!」

 ハーシュは突然膝をつき首元を押さえて苦しみ出した。
 首の周囲には、先ほどとよく似た光の点と線が歪な円を描きながら収縮し、ハーシュの首をズブズブと捻り潰していっている。

 突然の出来事に竜騎士たちは驚愕し戸惑っている。

 そりゃそうだ。
 こんなの。こんな能力。
 本来、この世界には存在しないのだから。

 俺はゼクスと呼ばれた側近に言い放つ。
「能力を使うのをやめろ!」

 ゼクスは指を下ろさない。

「ヴィルゴやめさせてくれ!」
 無表情で静観するヴィルゴ。

 そして俺は一番まずい状況になっていることに気づく。

 メルロロッティ嬢が衛兵から剣を奪いとり、ゼクスに斬りかかろうとしていた。

 その瞳をすでに紅く緋く染めて。

 本能的に、今この場で最も脅威となる者を排除するために。

 駄目だ、駄目だ!メルロロッティ嬢!
 あいつは貴女の殺気に気づいている!

 ゼクスが振り向きざまに彼女を指さそうとする姿を目で追いながら、俺は反射的にこう叫んでいた。

「ヴィルゴ! 俺はあんたにつき従う! それでいいだろ!?」

 ヴィルゴはそれを聞くと、ゆらりと微笑んだ。
「ゼクス、やめるんだ」

 ゼクスは全ての動きを止め、顔色ひとつ変えずに指を下ろした。

 同時にハーシュは気を失いその場で崩れ落ちる。

 メルロロッティ嬢は凍りついたように動きを止め、まっすぐ俺を見つめていた。
 瞠目する彼女に俺は目をあわすことができないでいた。


 ヴィルゴはゆっくりとソファから腰をあげ、ゼクスに「よくやった」と労いの声をかける。

 ヴィルゴが王族やラヴィたちの処刑の後、圧倒的にも思える手段とスピードで事を運んでいた理由はこれだったのか。

 手に入れていたのだ。
 飛竜騎士団にも劣らぬ圧倒的『異世界の力』を。

「自ら私を選んでくれて嬉しいよ。グレイ」

 満足そうなヴィルゴは立ち尽くす俺のもとにくると、メルロロッティ嬢と竜騎士たちの方へと振り返った。


「では、用は済んだので招かれざる我々は退散しよう。ご機嫌よう、スノーヴィアの諸君」


 ヴィルゴが笑うのと同時に。
 ゼクスは静かに、しかしはっきり聞き取れる声でこう呟いた。

「転移」

ヴィルゴ一行と俺はその場から消え去った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

【完結】帝王様は、表でも裏でも有名な飼い猫を溺愛する

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
 離地暦201年――人類は地球を離れ、宇宙で新たな生活を始め200年近くが経過した。貧困の差が広がる地球を捨て、裕福な人々は宇宙へ進出していく。  狙撃手として裏で名を馳せたルーイは、地球での狙撃の帰りに公安に拘束された。逃走経路を疎かにした結果だ。表では一流モデルとして有名な青年が裏路地で保護される、滅多にない事態に公安は彼を疑うが……。  表も裏もひっくるめてルーイの『飼い主』である権力者リューアは公安からの問い合わせに対し、彼の保護と称した強制連行を指示する。  権力者一族の争いに巻き込まれるルーイと、ひたすらに彼に甘いリューアの愛の行方は? 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう 【注意】※印は性的表現有ります

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

【完結】泡の消えゆく、その先に。〜人魚の恋のはなし〜

N2O
BL
人間×人魚の、恋の話。 表紙絵 ⇨ 元素🪦 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定です ※◎は視点が変わります(俯瞰、攻め視点etc)

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

処理中です...