【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ

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ep10 そこに至るまでの経緯02

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 しばらくの間、互いに話しかけることはせず穏やかで静かな時間が流れた。

 ふと、ヴァンは焚き火に薪をくべながら炎へと視線を落としたまま、独り言のように呟いた。
「私は人の嘘を見抜くことが得意なんだ。おかげで今の地位にあると言ってもいい」

 声音でわかった。
 普段人には言わないことなのだろう。

 その言葉に、俺は妙に納得した。
 ヴァンは「嘘を見抜くのが得意」といったが、得意なんてレベルじゃない。

 ほぼ完璧に見抜いている。
 そして真意を見抜くのにも長け、頭の回転も異様に早い。

 加えて他国の情勢に精通しており、密談にも赴く。
 いかにも上級貴族といった立ち居振る舞い。

 それなりの地位にいると言っていたが、もしかしたら。
 外交特使のような交渉の場に出る立場ではないだろうか?

 外交というのは、はったりや偽りの中から情報を引き出し、いかに自身の国や領地を優位に持っていくかだ。
 こんな男が交渉の場にいれば、マルゴーン帝国は独り勝ちのようなものだろう。

 ヴァンの独り言のようなその言葉に、俺は何も言わずにいた。

 ヴァンは第七皇子とは関係ないのかもしれない。
 だが、俺には彼との繋がりを保っておくことが得策に思えた。

 だから。

「慎重になりすぎて嘘で身を守ったことは赦してくれ」
 そう言って俺は立ち上がり、ヴァンのそばに膝を立てて腰をおろした。

「見ていればわかる。君は帝国でも立場ある人間だろう。
 俺の身分を弁えない振る舞いを許してくれた寛大さにも、敬意を」
 恭しく頭をさげた。
 従者が忠誠を誓った主人にかしずくように。

 ふだんはメルロロッティ嬢以外にはしない行為だが、相手は間違いなく帝国の立場ある上級貴族。
 媚びておいて損はない。

 ヴァンはゆったり構えたまま、その琥珀色の瞳で俺を見下ろしている。
 態度を変えた俺の真意など伝わっている。

 立場ある貴方に媚び諂っておきたいのだ、と。

「グレイ、君は綺麗だな」
 そう言うと、不意にヴァンが手を伸ばして俺の顎を軽くつかんだ。
 そして、俺の顔を自分の方へと見上げさせる。

 俺は驚いて、目を見開く。

 ヴァンの手の熱さに、熱の籠った視線に、口説き文句のような言葉に。
 思わず、動揺して体を強張らせる。

「容姿も振る舞いも実に美しい。自分のためではなく、傍にいる主人のために研鑽をつみ、己を磨いている。そういう美しさだ」
 そう言うと今度は手を俺の目前に差し出す。

 俺は反射的に、ヴァンの手に自分の手を下から添えた。
 え?何??
 敬愛のキスでもしろってこと?

「ははっ素直だな。今のもそうだ。目の前の相手に対する扱いや所作が、一流のそれだ」

 あ、なるほど。そういう意味ね。
 従者としての立ち居振る舞いを褒められているのか。

 そんなことを冷静に分析するも、俺はどうにも動揺が抜けない。

 ヴァンは視線を逸らさない。
 俺も視線を逸らせない。

 なんだ、この空気。
 マルゴーン帝国の謎多き男に、友好の意を示し感謝を述べて媚び諂っただけのつもりが。


 何かが、はじまっている気がする。


「君といると心地よい」
 そしてヴァンはトドメの一撃を放つ。

「……欲しくなる」
 扇情的な視線を俺にむけたまま、引き寄せた俺の手のひらに唇を寄せた。



 ——そう、誘われていた。
 完全に、誘われていたのだ。

 これが濃密な時間に至るまでの経緯、というワケだ。

 これは、回避不可能な状況だったと思う。

 マルゴーン帝国の高貴な身分相手に、しがない小貴族の俺は誘われたのだ。
 断れば不敬だろ。マナー違反だろ。
 外交に影響を及ぼすかもしれないだろ。
 知らんけど。

 しかも互いに詮索は手打ちとなり、このまま明日を迎えれば運命のイタズラとも呼べる出会いと別れができる状況。
 もし再会することはあっても、その時は互いの立場や状況が邪魔をするだろう。
 こんな風に接することができるのは、きっと今だけ。
 実に情熱的な展開だ。

 そして何より。

 華奢で見惚れるほどの美貌の男が、個人的に好みど真ん中を射抜いている男が、俺を口説いてきているのだ。

 正直、理性など吹っ飛ぶ。

 己の立場を顧み、将来的な諸々を考慮したのはたぶん0.3秒くらい。
 俺は欲望のままにヴァンの肩を押し倒し、ヴァンが何かを言うより早く唇を奪っていた。
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