【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ

文字の大きさ
上 下
8 / 84

ep5 令嬢との出会い

しおりを挟む
 俺がメルロロッティ嬢とはじめて出会ったのは、今から8年前まで遡る。
 彼女が10歳。俺が14歳。

 スノーヴィア家に仕える竜騎士見習いとして、はじめて辺境伯の居城を訪れた時だ。

 メルロロッティ嬢は父君であるポレロ・スノーヴィア辺境伯とともに現れた。
 可愛らしくたどたどしい挨拶をしてみせた令嬢の姿を見た瞬間、俺の脳裏にはゲームの婚約破棄イベントスチルが甦り、明確にこの世界のことを思い出すこととなった。

 そして、この時俺が言い放った言葉。

「スノーヴィア家の末女ってあの悪役令嬢!?」

 その言葉は誰もが意味不明だったろうに、それが失言であったことを本能的に察したのがメルロロッティ嬢だった。

 迷いなく放たれた、幼き令嬢右ストレート。

 それは、俺の頬と敬愛の心にクリーンヒットしたのだった。



 この日から、わりと適当に生きてきた俺の人生は一変した。

 大陸統治をメルロロッティ嬢の幸せとともに。

 崇高な目的ができ、そのために並々ならぬ努力をするようになった。

 知識を身につけ、マナーを身につけ、従者としての立ち居振る舞いを完璧にこなし、竜騎士見習いとして武術はもちろん、飛竜の操縦術も叩き込んだ。

 すべては、彼女の横に並ぶに相応しい従者となるために。

 前世でゲームをしていた当時から、メルロロッティ嬢は俺にとって特別な存在だったが(軍事ステータス的な意味で)転生して改めて出会い、彼女の気高さやカリスマ性に完全に惚れ込んでしまったのだ。

 右ストレートをかました相手だったものの、メルロロッティ嬢は俺を毛嫌いすることはなく、俺の専属従者としての申し出をすんなり受けてくれた。

 当時から俺のメルロロッティ嬢への敬愛と忠誠は、気持ち悪いの域を超えていることで有名だったし、彼女が同時期に飼い始めたマルテという赤飛竜のペットと並び可愛がられている姿を、辺境伯家の面々は何とも言えない顔で見守ってくれた。

 加えて、俺の男好きと股の緩さは飛竜騎士団を中心に知れ渡っており、節操のなさに改善の余地はあれど、年頃の令嬢の傍に置くには丁度良い、と太鼓判を押されていた。

 そんなこんなで、俺とメルロロッティ嬢の主従関係と絆は完璧だった。



 唯一、彼女に関して俺が全く知らない情報としてあったのは、竜との関係だ。

 スノーヴィア家はもとを辿れば飛竜と共存する部族が王国との友好関係を築き、爵位と不可侵の領土を与えられた対価に、王国の守護者となる盟約をしたことがはじまりらしい。

 人間と竜、互いの長が血の契約を交わすことで、人は飛竜に跨ることを許された。
 そして人間の長は竜の天啓によって選ばれる。
 その多くはスノーヴィア家の血をひく者なのだが、数百年に及ぶ歴史を遡っても天啓が一際はやく、特別視されているのがメルロロッティ嬢だ。

 次期当主として天啓がくだされた時、彼女はわずか5歳。歴代随一の速さ。
 ドラゴン見る目ありすぎる説。

 そして、彼女にはこれまでの当主にない特別な能力があった。
 王室主催の茶会会場を木っ端微塵にしたアレ。

 メルロロッティ嬢の感情が大きく動いた時、彼女の瞳は紅く緋く輝き、守り手となる竜が彼女のもとにやってくるのだ。

 俺はこれまでに一度だけ、守り手の竜をみたことがある。
 ペットのマルテがいなくなった時だ。
 慰めるように2匹の竜が泣きじゃくる彼女に寄り添っていた。
 言わずもがな、神々しい光景だった。

 メルロロッティ嬢は「マルテじゃなきゃヤダあああ」とその2匹を拒否っていたので、まぁまぁ気の毒な守り手だったが……
 数日後、マルテが冬の食糧貯蔵庫で発見された時、いつのまにかその2匹はいなくなっていた。

 メルロロッティ嬢が幼い頃は、わりと守り手の竜は現れていたらしい。
 そして彼女の成長に伴い、現れる竜のサイズは大きくなっているのだそうで。

 いつぞやに、ポレロ辺境伯が「しばらく見てないけど、次現れた時はとんでもなく巨大かもねぇ~」と、のほほんと語っていた。

 めっちゃデカかったです、と報告しておこう。


+++++


 茶会での婚約破棄騒動後。

 俺はサンドレア王城からの帰りの馬車に揺られていた。
 馬車の中にメルロロッティ嬢は不在。俺ひとりだ。

 メルロロッティ嬢は守り手の黒竜とともに飛び去ってしまった。
 問題があるように感じるかもしれないが、最も安全な状況だ。
 彼女を守るのが竜たちの使命。メルロロッティ嬢が竜とともにあることほど安全なことはないのだ。

 飛び去った方角的に、おそらくはスノーヴィア領にもどっている。竜の渓谷か、実家である辺境伯城に送り届けられているだろう。

 メルロロッティ嬢の婚約破棄とサンドレア王国との永きに渡った盟約の解消。
 同時に起こった出来事に俺は正直驚いていた。

 ゲームでの婚約破棄イベントでは、盟約の解消もなければ黒竜の出現も当然なく、王太子がメルロロッティ嬢の右ストレートを喰らうようなことも勿論なかった。

 あまりに壮絶な顛末を迎えている。

 サンドレア王国は今、王族と穏健派閥の癒着で衰退の一途を辿っているが、王太子とスノーヴィア領のご令嬢の婚約が革新派閥の武力行使を抑えていたようなものだった。

 今回の件で、おそらくは革新派閥の燻り続けていた不満に火がついただろう。



 貴族地区のスノーヴィア家の屋敷へもどると、あたりはものものしい雰囲気で騒然としていた。
 屋敷をずらりと取り囲む王国の衛兵たち。おそらくヴィルゴ宰相の指示によるものだ。

 閣下、やりすぎでは……

 ふと。俺は屋敷の屋上に蠢く塊に気づく。
 飛竜が3騎。
 帰領のためにスノーヴィア領へ要請を出していた飛竜隊だ。

 屋敷に入ると、外の喧騒は遠い雑音となり、しんと静まりかえっていた。
 玄関ホールにはいくつかの衣装ケースにメルロロッティ嬢が学園で愛用していた品々を詰め込んだ荷箱、この屋敷を後にするための様々な荷物が完璧にまとめられていた。

 茶会へ行く前、侍女たちに俺が頼んでいたことだ。
 彼女たちは外の喧騒に動じることもなく静かに佇んでいた。

 アグナとソネア。

 彼女たちはメルロロッティ嬢の専属侍女姉妹で、俺より仕えている年月は長い。
 姉のアグナは俺よりも短く髪を切り揃え、妹のソネアは肩までまっすぐな黒髪を伸ばしている。
 髪の長さ以外、ふたりは背丈も顔も瓜二つの双子。

 帰って来たのが俺ひとりだと知るも、動じることはない。

 メルロロッティ嬢は守り手の竜と帰ったと伝えると「さようでございますか」とだけ答えた。
 ……なんと洗練された侍女たちであろうか!


「グレイ様、すべての荷造り完了しております。明日には出発できる状態です」
 姉のアグナが淡々と報告する。

「また、屋上にスノーヴィア領から第五飛竜隊より2名、竜騎士様が来ております」
 妹のソネアが続く。

 第五……今は誰が隊長なんだっけ。

「第五飛竜隊隊長ハーシュ様と隊員のコルトー様です」
 俺の心を読んだかのように、ソネアが教えてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

【完結】帝王様は、表でも裏でも有名な飼い猫を溺愛する

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
 離地暦201年――人類は地球を離れ、宇宙で新たな生活を始め200年近くが経過した。貧困の差が広がる地球を捨て、裕福な人々は宇宙へ進出していく。  狙撃手として裏で名を馳せたルーイは、地球での狙撃の帰りに公安に拘束された。逃走経路を疎かにした結果だ。表では一流モデルとして有名な青年が裏路地で保護される、滅多にない事態に公安は彼を疑うが……。  表も裏もひっくるめてルーイの『飼い主』である権力者リューアは公安からの問い合わせに対し、彼の保護と称した強制連行を指示する。  権力者一族の争いに巻き込まれるルーイと、ひたすらに彼に甘いリューアの愛の行方は? 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう 【注意】※印は性的表現有ります

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

【完結】泡の消えゆく、その先に。〜人魚の恋のはなし〜

N2O
BL
人間×人魚の、恋の話。 表紙絵 ⇨ 元素🪦 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定です ※◎は視点が変わります(俯瞰、攻め視点etc)

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

処理中です...