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ep3 王城の茶会01
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俺たちがサンドレア王城に到着すると、メルロロッティ嬢はすぐさま王室侍女たちに囲われ、身支度のため貴賓室へと案内された。
今日の王室茶会のメインイベントは王太子とメルロロッティ嬢の正式な婚約披露なのだ。
そのようにメルロロッティ嬢も内々に話を受けていた。
しかし現状をみる限り。
残念ながら王太子がメルロロッティ嬢の手をとり茶会に登場し、婚約がお披露目されることはない。
むしろ逆の悲劇が起こる。
侍女たちはにこやかにメルロロッティ嬢を招き入れてはいるが、完全に笑顔が強張っていた。
たまに衛兵が小走りして王城内を回っているのは、取り巻き令息どもと共謀し雲隠れした王太子を探しているからだろう。
おそらくは、婚約披露の承諾を得たはずの王太子が当日それを反故にしているのだ。
予想通りの王城内の気配に気づかぬふりをしつつ、俺はメルロロッティ嬢の支度が終わるまで貴賓室前の廊下で待機することにした。
サンドレア王城の貴賓室が並ぶ豪奢な廊下。
地位や用途にあわせ様々な設えの貴賓室が用意されており、それらが迷路のように入り組んでいる。
今日は王室主催の茶会ということもあって、それなりに人の気配を感じた。
この場所へはメルロロッティ嬢と幾度となく訪れていた。
彼女は王立学園で勉学に励みながら、ここで未来の王妃として妃教育を受けていたのだ。
メルロロッティ嬢は口数は少なく愛想はないが、根は素直で相手が誰であっても礼を尽くす。
王城で関わりを持つ者達は皆、メルロロッティ嬢が素養も教養も十分に持ち合わせた、次期王妃に相応しいレディだと賞賛した。
俺はそう言われるたびに、顔を曇らせ心に陰を落としていた。
すべてが徒労に終わることを知っていたから。
メルロロッティ嬢自身もそれを知っていたから。
王太子の婚約の申し出があった時、俺は自分が知る婚約破棄の未来を、メルロロッティ嬢にだけ話していた。
それを静かに聞いていた彼女は「それでも婚約するし、来るべき日には茶会に赴く」と迷わず言ったのだ。
まっすぐに澄んだ翠の瞳で俺を見据え「それがスノーヴィア辺境伯令嬢である自分の責務だから」と。
だから今日まで、俺は彼女の傍で従者に徹した。
そして婚約破棄が言い渡される今日から、メルロロッティ嬢の幸せのためにできることを何でもしていく。
そう、決めていたのだ。
そんなことに想いを馳せながら、自分の決意を再確認していた俺は、ふと。
どこからか漂う、嗅ぎ慣れない香りに気づいた。
乾いた砂と香辛料のような独特な香りに、上品な芳しい花の香り。
王国にはない、異国を思わせる香りだ。
気配に誘われて俺が顔をあげるのと同時に。
すぐ側の廊下の曲がり角から、衛兵を伴った者が静かに現れた。
その者から漂っていた香りだとわかり、俺は壁側に退き頭をさげる。
フードを目深に被った羽織りでその姿は窺い知れない。小柄な背丈のようだが、歩き方から男だとわかった。
すれ違う瞬間。
俺は会釈しながら、興味本位で男の顔をちらと覗きみる。
う、わ。
思わず声が漏れそうになった。
吸い込まれそうなほどに深く澄んだ、美しい琥珀色。
男な宝石のような瞳で、俺を見ていた。
羽織りのフードの奥から垣間見える、くっきりとした造形の端正な顔立ち。異国の血を感じさせる美貌の持ち主だった。
その美貌を際立たせる琥珀の瞳は、鮮やかな濃淡に彩られ、小さな光を幾つも宿してとろりと瞬く。
俺は不躾であることなど忘れ、視線を逸らせずそのまま呆けてしまっていた。
男の方は俺を一瞥すると、すぐに視線を逸らした。
羽織りを翻し、足早に通り過ぎていく。
覗き見がバレていたからか。
あんなにも美しい瞳をはじめて見たからか。
俺の鼓動はうるさいほどに高鳴っていた。
街ですれ違おうものならば。
酒場で出会おうものならば。
何が何でも口説いていただろうに。
異国の気配を纏った男が去った廊下の先を眺めながら、俺が一瞬の出会いを名残惜しんでいると、貴賓室から王室侍女たちが出てきた。
メルロロッティ嬢の茶会への支度が終わったようだ。
今日の王室茶会のメインイベントは王太子とメルロロッティ嬢の正式な婚約披露なのだ。
そのようにメルロロッティ嬢も内々に話を受けていた。
しかし現状をみる限り。
残念ながら王太子がメルロロッティ嬢の手をとり茶会に登場し、婚約がお披露目されることはない。
むしろ逆の悲劇が起こる。
侍女たちはにこやかにメルロロッティ嬢を招き入れてはいるが、完全に笑顔が強張っていた。
たまに衛兵が小走りして王城内を回っているのは、取り巻き令息どもと共謀し雲隠れした王太子を探しているからだろう。
おそらくは、婚約披露の承諾を得たはずの王太子が当日それを反故にしているのだ。
予想通りの王城内の気配に気づかぬふりをしつつ、俺はメルロロッティ嬢の支度が終わるまで貴賓室前の廊下で待機することにした。
サンドレア王城の貴賓室が並ぶ豪奢な廊下。
地位や用途にあわせ様々な設えの貴賓室が用意されており、それらが迷路のように入り組んでいる。
今日は王室主催の茶会ということもあって、それなりに人の気配を感じた。
この場所へはメルロロッティ嬢と幾度となく訪れていた。
彼女は王立学園で勉学に励みながら、ここで未来の王妃として妃教育を受けていたのだ。
メルロロッティ嬢は口数は少なく愛想はないが、根は素直で相手が誰であっても礼を尽くす。
王城で関わりを持つ者達は皆、メルロロッティ嬢が素養も教養も十分に持ち合わせた、次期王妃に相応しいレディだと賞賛した。
俺はそう言われるたびに、顔を曇らせ心に陰を落としていた。
すべてが徒労に終わることを知っていたから。
メルロロッティ嬢自身もそれを知っていたから。
王太子の婚約の申し出があった時、俺は自分が知る婚約破棄の未来を、メルロロッティ嬢にだけ話していた。
それを静かに聞いていた彼女は「それでも婚約するし、来るべき日には茶会に赴く」と迷わず言ったのだ。
まっすぐに澄んだ翠の瞳で俺を見据え「それがスノーヴィア辺境伯令嬢である自分の責務だから」と。
だから今日まで、俺は彼女の傍で従者に徹した。
そして婚約破棄が言い渡される今日から、メルロロッティ嬢の幸せのためにできることを何でもしていく。
そう、決めていたのだ。
そんなことに想いを馳せながら、自分の決意を再確認していた俺は、ふと。
どこからか漂う、嗅ぎ慣れない香りに気づいた。
乾いた砂と香辛料のような独特な香りに、上品な芳しい花の香り。
王国にはない、異国を思わせる香りだ。
気配に誘われて俺が顔をあげるのと同時に。
すぐ側の廊下の曲がり角から、衛兵を伴った者が静かに現れた。
その者から漂っていた香りだとわかり、俺は壁側に退き頭をさげる。
フードを目深に被った羽織りでその姿は窺い知れない。小柄な背丈のようだが、歩き方から男だとわかった。
すれ違う瞬間。
俺は会釈しながら、興味本位で男の顔をちらと覗きみる。
う、わ。
思わず声が漏れそうになった。
吸い込まれそうなほどに深く澄んだ、美しい琥珀色。
男な宝石のような瞳で、俺を見ていた。
羽織りのフードの奥から垣間見える、くっきりとした造形の端正な顔立ち。異国の血を感じさせる美貌の持ち主だった。
その美貌を際立たせる琥珀の瞳は、鮮やかな濃淡に彩られ、小さな光を幾つも宿してとろりと瞬く。
俺は不躾であることなど忘れ、視線を逸らせずそのまま呆けてしまっていた。
男の方は俺を一瞥すると、すぐに視線を逸らした。
羽織りを翻し、足早に通り過ぎていく。
覗き見がバレていたからか。
あんなにも美しい瞳をはじめて見たからか。
俺の鼓動はうるさいほどに高鳴っていた。
街ですれ違おうものならば。
酒場で出会おうものならば。
何が何でも口説いていただろうに。
異国の気配を纏った男が去った廊下の先を眺めながら、俺が一瞬の出会いを名残惜しんでいると、貴賓室から王室侍女たちが出てきた。
メルロロッティ嬢の茶会への支度が終わったようだ。
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