【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ

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ep1 流行りの婚約破棄は好きですか?02

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 悲劇に見舞われた夜会後。

 俺とその主人であるメルロロッティ嬢の帰宅先は、実家であるスノーヴィア辺境伯領ではなく、王都の貴族地区にある別宅として建てられた屋敷となる。
 屋敷はさほど大きくはないが、その荘厳さは貴族地区の中でも随一だ。

 サンドレア王国の軍事力の要となる飛竜騎士団率いるスノーヴィア家。

 精巧な石造りを基盤とした、重厚かつ堅牢な屋敷がそれを物語っている。
 他の屋敷より群を抜いて高さがあるのは、屋敷の屋上に飛竜の厩舎がある構造のためだ。
 屋上には飛竜を繋ぐための逞しい柱が聳り立っている。



 馬車の中でメルロロッティ嬢の怒りは鎮まったのか、降車の際に再び俺が手を差し伸べると、ようやくこちらを一瞥した。

 真冬のスノーヴィア領並の凍てつく視線だ。
 たまらん♡

 馬車を降り玄関を抜け、侍女たちにコートを預けるメルロロッティ嬢の足取りは、静かで穏やかなものになっていた。
 ……たぶん声をかけても大丈夫だろう。

「お嬢様、今宵はお迎えが遅れ申し訳ございませんでした。夜会では軽食をとられなかったでしょう。お夜食を準備しても?」

 夜会中メルロロッティ嬢は誰とも話さないし、踊らない。
 夜会に参加するのは「社会経験をつんでおきなよ~」という辺境伯からの緩いお達しを律儀に守っているのと、断り続けるのもまた億劫だからだ。

 本当は食べることが大好きで、夜会スイーツなど目が輝くほどの大好物なのだが、いつも毅然と我慢している。
 いじらしい限りだ。

「……サンドイッチが食べたい」

 案の定お腹を空かせていたようで一言だけそう言うと、メルロロッティ嬢は侍女たちと浴室へ行ってしまった。

 さて。
 空腹の麗しきご令嬢のため、俺は厨房でサンドイッチと温かい紅茶の準備をしなくては。



「グレイ、これから彼女はどうなるの?」

 メルロロッティ嬢の入浴後。
 さっぱりした様子で一息つきつつ、メルロロッティ嬢は俺に尋ねてきた。

 『彼女』とは今夜の夜会で婚約破棄されたご令嬢のことだ。

 俺は果肉を浮かべた果実水をメルロロッティ嬢に手渡す。彼女はそれを静かに飲みながら、俺の話を待っている。

「おそらくは穏健派閥の男爵家からアプローチがあるでしょう。彼女の家は中立派閥ですからね」
 メルロロッティ嬢は果実水を半分ほど飲み干し、静かに机に置いた。
 俺は再度果実水を注ぐ。

「男爵家のご令息はすでに婚約しておりますが、彼もまたどこぞの夜会で婚約破棄を宣言するのではないかと」

 メルロロッティ嬢はおかわりの果実水を飲みながら、黙って聞いている。

「今夜男爵家に仕える従者と……まぁ、その。話す機会があったのですが。ご令息の婚約も婚約破棄も父君である男爵の意向で決められているのだとか」

「……運命の相手と謳っていても、婚約もその破棄も最初から仕組まれているのね」
 メルロロッティ嬢は果実水に視線を落としながら、そう呟いた。

 彼女は喉が潤えばサンドイッチに手をつけはじめる。
 小皿にとりわけ手渡すと、少し顔を緩めた。

「サンドレア王国は派閥対立が悪化の一途を辿っています。戦局を変えたくば『婚約破棄』という流行は都合がよく、御し易いのでしょう」
 俺はそう言いながら、今度は紅茶の準備をはじめる。

「とはいえ流行など一時の熱。まもなく終わりを迎えますよ」

「私もそう思うわ」
 メルロロッティ嬢がサンドイッチをひとつ頬ばり終えたので、紅茶を手渡す。
 彼女は美しい所作で受け取り、音を立てず紅茶を飲んだ。
 完璧な淑女の所作だ。

「……流行に終止符を打つのは、王太子が行う婚約破棄なのでしょうね」
 そう続けたメルロロッティ嬢に、俺は何も言わずに次のサンドイッチを手渡した。

 いつもならすぐ手にとるが、彼女は受け取らない。
 もう一度紅茶を一口飲み、その温かさと香りを堪能すると、メルロロッティ嬢は静かにこちらを見上げ、こう続けた。

「グレイ。王太子と私の婚約破棄は明日の茶会で間違いないの?」

 俺は受け取られなかったサンドイッチを皿にもどし、正直に答える。

「間違いありません」
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