上 下
30 / 30
Re:1st 《錬金術師》と狂気の異世界

第30話 プロローグ、あるいはエピローグ

しおりを挟む
 これは進が転移する日の、何処かでのお話。

 黒く、黒くただ黒く塗りつぶされた空間に一人の少女がポツンと佇んでいる。
 黒髪に黒の双眸。

 周囲の色に吸い込まれてしまうかのようなその美貌はしかし、彼女が一際異質な存在であることを強調していた。


「ここ……は? 私はどうしてこんなところに」


 冷静に周囲を見渡して、彼女は怪訝そうな顔をした。
 本当に自分がどうしてその場所にいるのかがわからない、とでもいうような。

 記憶喪失、なんてちゃちな物ではないとそれは少女にもわかっている。

 彼女に限っては“記憶を失う“、などありえないことなのだから。


「そっか、私は彼を探して……。それでこんなところにまで」


 アハハ、とその空間で少女は苦笑した。
 それから少女は、ふと真面目な顔へと戻り何かを思考する。



(人間でいうところの一年単位で観測されたのは《乱す者》の力の一端……。一瞬だったけどあれの力が発動していたのは間違いない。《全知する者》の私。それに残滓だけなら《始まりと終わり》も……か。あれは流起友野りゅうきともやの方に?)

 
 
 とりあえず、と言ったふうにぼぅと少女の手の平から淡い光が生成された。
 不思議なもので、それは自律的にふわふわと浮遊し、少女の視界の先を照らそうとする。


(それとも、《禁忌目録》の方に何か書かれでもしているのかな?)


 一般人にはまるで現実だとは思えないような単語をすらすらと。


(《生み出す者》はこの世界にも残香さえ残していない、と。……まぁアレの方はこっちにはいないからね)
 

 この少女の目的はいったいなんなのか。
 はっきりさせよう。


 “力の収束“だ。


「世界が良からぬ方向へとシフトした、というのは私にとっては分かりきったこと。はるか昔から、そんなことはわかっていた」


 語られない神話のお話。
 語り継ぐことができないくらいに悲惨であった、英雄もヒーローも登場しない神々の物語。


(また、最悪のレールが近づいてきている)


 少女は口の端を歪めた。
 まるで思い出したくないことを不意に思い出してしまって胸糞悪くなっていると言ったふうな。


「だから、だから今度こそ本当にそのレールを壊さなきゃ」

『そのために、《原初の四神》の力が必要、か? 貴様も面白いことを考えたものだな』
「っ!?」


 突然、その周囲にまた別の声が響き渡った。
 
 しかし、しかしだ。
 ゾクリ、と少女は背筋を何かが走り抜けるような感覚を味わう。


 ____だめだ、この声と今関わってはいけない、と。


『誰、か。しばらくみていなかった神の気配があったから見に来たんだが……。そうだな、今の名を語るよりもあなたたちには真名の方を名乗っておいた方がわかりやすいかしら。


 ____《定める者》、と』

「……」


『まぁ、あなたなら薄々は気が付いていたのでしょうけど』


「今回どんな姿をしているのかは知らないけれど、前回あなたが行ったことを含めて私は許そうとは思わないよ。今回の行動次第で私はあなたを____」

『殺す、か? ハハハ、それは無理な話だよ。少なくともそんな場所に閉じ込められているような状況じゃねぇ』


 割り込んできたその声は、まるで高笑いを抑えるかのような声で笑う。
 嘲笑、なんかではなかった。

 そもそも黒髪の少女のことなど、まったく脅威としてみられてはいなかった。
 例えるなら一匹のありと、カマキリ。
 もっというならば、繁殖しかない生産者とそれを喰らう捕食者の構図のような。


『あぁ、それと勘違いしないでね? これは宣戦布告』


 そして、その異質な声から告げられる。
 あくまでも遊びの一環とでもいうかのようなその声に何か恋焦がれるような感情が混ざっていることに黒髪の少女は気が付かない。


『それに、だよ』

「……?」


『“物語“の始まりにはちょうどいいとは思わない?』


「物、語?」

『そう、物語』


 肯定の言葉がたった一つ。


『あなたはずっと《錬金術師》を探している』


 それはさながら、黒髪の少女の心の内と策略を全て見通しているようで。
 心の上部と事実だけを、その異質な声はスラスラとまるで作り込まれた定型文かのように語る。


『そして、私は《錬金術師》を殺したい。これが誰にも語られず、物語として成立しないなんておかしいことだとは思わない?』

「そうやって、あの時も……」


 黒髪の少女は割り込んできた方の声に確かな歯噛みをしたが、対して一方は何の感情も抱いていないような素振りだった。

 もしも、そこに感情というものが存在したらそれはそれで不自然なんだけど、と黒髪の少女は思う。


『まぁ、目標を私は見つけたから一歩リード、かな?』


 見下すようなその声に対抗するかのように、しかし静かに黒髪の少女は言葉を返す。


「舐めないで。それくらいなら私だってもう見つけてる。こんな過去に一回だけだなんて、思ってもいなかったけれど」


 心外だ、とでもいうように。


「とりあえず……ここだけは譲れない」

『ハハハ、それでいい。あぁ、そういうことか』


 何かに納得したようだったが、もちろん黒髪の少女がそれに肯定するようなことはしなかった。
 する必要がないのだと、その少女は知っている。


『確かに、今日はこれ以上ないくらいに絶好の日だ。私たちの世界に彼を案内するには。たかが人間には勿体無いくらいに_____』


 ジジッ、とその会話ににつかわぬ時代遅れな雑音が混じる。


『ここへの干渉もどうやらここまでみたいだね。せいぜい失敗しないように頑張るんだよ? この世界の人間はみんな脆いからね』


 最後に上から目線なコメントを残して、その声は残響でさえも消えてしまった。
 逃げられた、と黒髪の少女は理解してはぁとため息を吐く。


(わかってる。わかってるんだよ。今日が一番の機会ってことくらいは。この機会を逃すほど、堕ちた覚えはない)



 一人の少年に大きな運命という名のものがのしかかったのはこの時なのだろう。
 初めまして錬金術師。

 ここは、あなたが物語を作り出す世界だよ。

 誰かがつぶやいたその声は、その少年の耳には届かなかった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

傭兵アルバの放浪記

有馬円
ファンタジー
変わり者の傭兵アルバ、誰も詳しくはこの人間のことを知りません。 アルバはずーっと傭兵で生きてきました。 あんまり考えたこともありません。 でも何をしても何をされても生き残ることが人生の目標です。 ただそれだけですがアルバはそれなりに必死に生きています。 そんな人生の一幕

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

人生5周目!!5度目の人生はマッタリ冒険者になります。

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 1度目の人生では賢者。  2度目は、勇者となり、世界を救った。  3度目は、錬金術師となり、世の中に便利なアイテムを生み出した。  4度目は、聖女となり、世の中を癒してきた。  これで5度目の人生だ。  賢者時代に編み出した秘術により、知識や経験を持ったまま転移しているのだ。  5度目の人生こそは、何者にも縛られず、旨い酒を飲み、自由気ままに生きる冒険者になろうと決意していた。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

処理中です...