そして錬金術師へ、無限の先の到達点を。【改訂版:ルートα】

おとも1895

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Re:1st 《錬金術師》と狂気の異世界

第5話 唐突な《交戦》

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 結果からして、その判断は進という人間の寿命を縮めるような出来事へと発展することになった。

 進の背筋を悪寒が駆ける。
 違う、もっと明確な殺意に対する恐怖だ。

 咄嗟に進は横へ飛んだ。
 地面の上をゴロゴロと転がる。

 そのポテンシャルを活かしてすぐさま立ち上がった進は今まで自分の姿があったその場所を見て、絶句した。


(これは……っ!?)


 ガラス片というガラス片が、アスファルトの上で散乱していた。
 ツゥ、と進の腕から少量の血液が流れ出てきた。

 知覚して、ズキリという痛みが遅れてやってくる。


「再度問おう。星見琴 光をどこにやった」


「痛____。その光ってやつをテメェはどうしたいんだ?」

「貴様如きに話してやるようなことでもない」


 ヒュンヒュンヒュン、と風を切る音がさらに進の横を過ぎ去っていく。
 ご丁寧にも、肌に触れるか触れないかというギリギリのラインで。


「再度問お____」

「っるっせぇよ‼︎」


 進はその相手との間を一歩詰めた。
 ほぅ、と相手は面白そうに唸った。


「それでは貴様は死ぬことになるがそれでもいいのか?」

「……」


 進は、その問いには答えなかった。
 ただ、力強く握られた拳を相手に向かって振り下ろした。

 されど、高校生と大人。

 単純に力を比べればもちろん大人の方が優勢だった、はずだった。
 何かの異変を感じたように、進という少年からその男は距離を取るように飛び退いたのだった。


「チッ」


 と舌打ちしたのはいったいどちらだったか。
 あるいはどちらも、だったのか。

 進はファイティングポーズをとり、相手はそれをいつでも迎え入れることができるとでもいうかのように自然体で構えていた。


(《ウエポン》、か)


 なるほど、確かにそれは進の日常を見事にぶち壊してくれるものであった。
 ガラス片のようなそれが相手の能力ということは見て取ることができるだろう。


(《錬金術》……こんなことなら使えるよう努力しておけばよかったっ!)


 また、ガラス片。
 自分たち以外の人気の一つもない、乾き切った街の様子が進の焦燥感を掻き立てている。

 少なくとも目の前の敵は進のことを本当に帰す気はないようだ。


「ちっ、ちょこまかと逃げやがって」

「逃げるのはケンカの基本。そんな殺意全開の攻撃に正面切って戦えるほど今の俺にちからはねぇよ!」


 ツンと、溢れ出した血液の匂いが進の鼻を突いた。


(右腕……っ)


 そこまで深い傷ではない。
 確かに、普通に生活していればつくような傷の深さではないはずだ。

 だが、それ自体は集中力を乱すには十分なものだった。
 故に進は無理やり体を動かすことによって痛みという概念に触れないように気を逸らしている。


 が、しかしそれは。


「だが、無意味だ」
 

 そんな言葉が進の耳に入ってきて、自分でも知らぬ間にその場所から後ろへ回避行動をとっていた。


「質問をしよう。どうして貴様は自身の《ウエポン》を使わない?」

「っ____!」


「否、使えないのか。あるいは、使おうとしたことがなかった?」

「……だったらどうするって?」


 進は頬を引き攣らせる。
 まったく、どうしてあの店のおっさんといいこの殺人鬼といい、そのことを意図も容易く見破るんだ、と進は思いながら。


(使い方そのものはなんとなく理解しているんだ。あとは、体がその感覚をどこかで見つけるだけ……っ)


 第一のステップは、メモリーが無理やりどうにかしてくれた。
 だから進に必要になってくるのは第二のステップだ。

 他人が幼い頃から何年をかけて積み上げてきたそれを進は今すぐに会得しなければならない、なんてこと分かりきったことだ。


「なるほど、表側を生きる人間にしてはそれなりのフィジカルと反射神経を持っているな。これは苦労しそうだ」


(心にもないことを……)


 苦労しそう、なんてそんな言葉が敵から漏れたのを聞いて進は舌打ちした。
 なぜならば進はかろうじて敵の攻撃を避けることができているのではなかったのだから。

 敵の方が、進の反応速度のギリギリを狙っているのだ。


「否、楽しませろよ愚鈍」



 ゾワリ、ゾワリゾワリ、ゾワリゾワリゾワリ____!!


 面白そうに顔を歪ませるその敵と、反対に顔をこれ以上ないくらいに引き攣らせる進。
 相反するその両者はその瞬間に敵対心が別の感情へと変わった。

 一方は殺意へ、もう一方は恐怖へ。


「貴様が死ぬ前に問おう。貴様の名は何という」

「死に抗う前に聞いておこうか。テメェはいったい何者だ」


「本名などはとうの昔に捨てた。今はそうだな、β28とだけ。再度問おう。貴様の名は?」

「《錬金術師》とだけ」


 察した。
 これ以上の時間の引き伸ばしは不可能であると。

 故に進は相手を見据える。
 体のどこか一部ではなくて、その全体像を。


(死なない。死ねない。少なくともこんなところでこんな終わりだけは真っ平ごめんだ)


 頭の中に浮かんでくる、最悪の未来というものを振り払って。
 進は、頭をフル活用して解決策を考える。


(考えろ考えろ、考えろ____)


 そして。
 目の前の男の周囲からありもしなかったガラス片が生成されて、それが一斉に殺意を持って進へと襲いかかってきた。

 その間、一秒にも満たないわずかな時間である。
 その時間内で進がとった行動は少しだけ奇怪なものだった。


(後ろに回避しちゃダメだ。あれはそれを想定して攻撃してくる。だから____)


 前にでろ、と。
 もしかしたら、そちらの方が自身に影響を及ぼすかもしれなかったのに。

 がしかし、進の行動はほとんど正解に近かったのだから皮肉なものだろう。


「テメェの攻撃にはちょっとだけ面白いパターンがあったな」


 進はバクバクと音を立てている心臓、あるいは体全身を抑え込みながら拳を握る。
 至近距離まで近づいて、そこで相手の《ウエポン》が展開されることに怯みそうになったが、そのまま。


「まぁそんなことよりとりあえず、このクソ野郎がぁぁぁぁ!!」
 

 顔面に男子高校生の鍛冶場の馬鹿力が突き刺さった。
 もっといえば殴った方もそれなりのダメージを受けたのだが、こっちは悶絶するほどでもなかったと明記しておこう。


「がはっ、貴様!」


 それでもなお、意識を奪い去るまではいかなかったか。
 ぴくり、と相手の右手が動いた。

 その瞬間に進は鳩尾に蹴りを叩き込む。
 これもクリーンヒット。


 次も、次も、次も、次も、次も____。


(気絶するまでやり続けろ! こいつに、《ウエポン》を使う隙を与えるな!!)


 実際のところ、相手の方もただやられているだけで抵抗しようとしていなかった、なんて事実はどこにも存在しなかった。
 ただ、こと近接戦闘において言野原 進という少年が有利を取っていた、それだけの話である。


「グェゲァラガゲェ!?」


 もはや言葉ですらない、ただの汚れた雑音が相手の口から漏れるようになった頃。
 予期せずガラス片が進の周囲を取り囲むように出現した。


「嘘、だろ!?」


 おおよそ、相手の体が自身の危機を感じ取ったのと偶然が重なってそういう結果となったのだろう。

 拳を振り上げている最中だった進は、顔を歪ませた。


(この攻撃は、回避できない)


 そう判断するのに、一瞬の時間も必要がなかった。
 体が死という概念に震えた。

 死にたくない、と進の本能が端的に叫んでいた。
 そこにあるのはただ一つの本能で、理性というものではなかった。

 咆哮する。たった一人の人間が。


「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
 

 そして。
 そして、そして。

 そして____。


 変化が。
 言野原 進の周囲に変化が。

 周囲に展開された今にも放たれそうな、十数個のガラス片。

 それをまるで飲み込むかのように、瞬間、地面が隆起した。

 少年の本気、と言って仕舞えば茶化したように聞こえるかもしれないが、これこそが少年の秘めたる力の一端であった。


 本能のままに解放されたその《異能ウエポン》の名は《錬金術》。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 

 それはまるで進を守るかのようにその権能を現した。
 発動させたとうの本人は、何が起こったのか分からずにしばらくの間キョトンとしている。

 そんな彼を現実に引き戻したのは頭痛だった。


「痛……。これ、本当に俺が?」
 

 叫んでいただけなのに、と訳も分からずに混乱してしまって。
 一歩踏み出した瞬間、フラリと進の体が揺れる。血液が足りないのか、また別の状態なのかは分からないが、立っていることが辛いと感じるほどに。


「やべぇ、これ立ってられ____」
 

 フワリ。

 倒れ込む進の体は、誰かによって受け止められる。
 進の鼻孔に微かな香水の匂いが浸透してくる。

 そうしてその人間は進に向かってこう言った。


「まったく、上出来よ」
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