上 下
4 / 30
Re:1st 《錬金術師》と狂気の異世界

第4話 異世界の《風景》を

しおりを挟む
 どこへ行っても結局、人間は自分と他人を区別しなければ生きていけない。
 この世界に存在する世間一般的に《ランク》と呼ばれる概念はそれが顕著に現れている。

 D級からS級まで自他との力の差を一般に公開する。
 故に進はこの世界をこう呼んだ。


(異能至上主義の新世界、か)

 

 ***



 ずっとあとから思い出してみて、やはりこの出会いは特別なものであったと進は思った。

 カランカランと店のドアに付いた鈴がきれいな音を立てるのを聞きながら進は少女を見つめた。 
 少女はそんな進を一瞥してから颯爽と店の奥へ入っていってしまう……前に。


「君、は?」
 

 進は思わずそう声をかけていた。
 少女が振り向いて、それでやっと自分が少女を呼び止めたのだと気がついた進はハッと息を呑む。


「____星見琴 光」


 ぶっきらぼうにその少女は進に答えた。
 ぶっきらぼうなその口調と帳尻を合わせるように、何か拒絶的な視線を向けられた進は、居た堪れなくなって目を逸らす。

 それがどうやら対話の終わりと見做されたようで、フイと光は体を背けた。


「おっさん、あの光ってやつはどういう?」

「あぁ心配すんな。あいつは同年代の男を拒絶するんだよ。あの容姿だからな、昔いざこざがあったらしいぞ?」


「____初対面で嫌われたんじゃなければまぁいいか。いい、かなぁ?」

「兄ちゃんは下心とかはあんまり抱きそうにないしなぁ……。だから光の姉ちゃんも表立っては拒絶できなかったんだろうよ」


 まぁ確かにそうだな、と進は思って頷いた。
 確かに目線で関わらないでくれ、という情報を汲み取った進だが、しかし実際に関わるなとは言われていない。


「下心、ねぇ」


 つぶやいて、びっくりするほど底冷えする声が漏れたことに進自身驚いた。
 おっさんなんて、口を窄めて目を見開いている。

 対して進は自分の言葉がどうしてそんなだったのかなどわからずに久保を傾げていた。


「兄ちゃん、もしかしてそういうもんを感じたことがないのか?」

「いやいや、めっちゃありますけど? なんなら可愛いなと思った少女を見るたびに自分のハーレムを思い浮かべますけど?」

「そこまで暴露しろとはいってねぇんだがな……。いや、そうか。兄ちゃんが違和感を感じたのは光の姉ちゃんに対して、か」


 はぁ、と進は首をかしげる。
 このおっさんはいったい何をいっているのだと少なからず感じた。


「彼女に対して何か疑問を感じた」


「____それは、あんたの目がそういって?」


 肯定は返ってこずに、沈黙が流れた。
 それを進は他でもない肯定の意だと汲み取った。


「確かに、あいつを見た時に綺麗だとは思ったよ。つか可愛くない? 顔面レベル高すぎない!? ……あと彼女といかがわしい関係じゃないよね?」

「よぅしわかった。兄ちゃんちょっと裏にこいやごらぁ!」

「ごめんなさい、男の人とは付き合えないんです」

「そういう意味じゃねぇよ!」


 一通りのボケとツッコミをすませて、おっさんはガハハと笑った。
 つられて進もハハハと腹を抱えて笑いながら、緊張の糸が解けたように表情を緩ませていった。

 他の人には悟られないくらいのものだったが、どうしても今までと違う環境で緊張してしまっていた節があったのかもしれない。
 それと歳の差があれど、男同士の会話というのはそこまで変わりのないものなのなんだな、と進はよくわからないところで人間味を実感するのだった。


(……このおっさんの精神年齢が低いだけ説は一旦置いておくかぁ)


 なんて、進はバカなことを考える。


「安心してくれよおっさん。少なくとも彼女を取るようなことはしないって」

「だからそんな関係じゃねえっての……」
「あぁなるほど。おっさんはNTRがお趣味……」

「んなわけねぇよ。なんなら今から兄ちゃんを襲ってやろうか!?」
「ふむ、おっさんと男子高校生禁断のBLか……。新しいな。ベット行きます?」

「いかんわ!」


 本当にこのおっさんはユーモアに性格を全振りしたような性格をしていることを進は理解する。
 誰かを元気付ける、そんなことが得意そうだなと密やかにその性格の有用性を考えてみた。

 落ち込んでしまった時は、ここでこのおっさんと馬鹿話をしてさっぱりするのもいいのかもしれない。
 
 ひゅうと、また風が靡いた気がした。
 今度は室内なのだから、エアコンでもつけていない限りそんな気流は生まれないはずなのだが。


(気のせい、か?)


 すでにそれは感じなくなっていたので、若干の心残りがありながらも進は詮索を諦めた。
 客がゾロゾロと入っている店と違って、繁盛しているとは言いにくいこの店の商品達がひっそりと佇んでいるだけだった。


「ん、そろそろ俺は他の場所に行きますわ」
「了解。兄ちゃんの顔はしっかりと覚えたから、またきてくれよ?」

「顔は覚えたけど、お互い名前も知らないんだけど?」
「____そういう関係も悪くはないんじゃねぇか?」


 言われて、進はプッと吹き出す。
 おっさんがキメ顔でそう言ったのが今までにないくらい面白くて、腹筋が鍛えられるんじゃないかと思うくらいにはくらいには声をあげて笑った。


「やっぱり、あの光とかいうくらいの美少女じゃなきゃ名前も知らない特別な関係なんて持ちたくないなぁ」

「おいおい、俺に美少女になれってか?」
「それはそれでキモいからやめてネ?」


 ドアを開けると、チャリンと小さな音がした。
 
 静かなこの店と、人気に溢れるその仕切りになっているそれを跨いで、進はユーモアあるおっさんに耳の横まで手をあげてお別れの挨拶をした。


(また気が向いたらここに来るか。その時はとびきり壮大で耳を疑うようなお話を持ってきてやろう)


 見上げると太陽は少しだけ南中時よりも傾いていて、時計の持ち合わせのない進でも今が何時なのか多少は推測することができた。

 となると、意外と長い時間あのおっさんの店に進は入っていたようだった。
 ドンッと、通行人の方と進の肩が少しぶつかったがそんなことは都会の人間にとってはなんでもない日常の一つにしか過ぎない。


(でも、そうそうこれこれってなるよな)


 都会慣れしている進としては、人口密度が高いというのは意外と落ち着くものだった。
 それでも疲れることには変わりがないが。

 あるいは、その疲れさえも青春の一つとして思い出の中に綺麗に入れ込んでしまえる、そんな年齢なのだから。

 
 さらにしばらく異世界での一日目を楽しんで、進は自分の家____おそらくあそこに住めということだろう____に戻ろうと歩き出す。


(なんだ、暖かいじゃん異世界。面白いじゃん、この地球)


 確かにメモリーの言っていた通りに退屈しなさそうだな、と進は苦笑した。
 彼女はどこまで進の未来を見据えているのだろうか。

 進としては大変気になることだったが、それは今度メモリーに呼び出されるまで保留ということにしておこうと心に誓った。
 少しだけ生き残っている自然の緑に住み着く虫の音がやけに鮮明に、そして奇怪に耳に届く。
 
 そして。




 ____あれ?


 

 疑問符が彼の頭の中を支配したのはその瞬間だった。

 一瞬、進の思考の中に空白の時間が生まれる。
 さながらそれは、確証という名の事実に等しかった。

 いいや、ありえないだろう。
 ありえないはずだ、と進は自分の目にした事実を否定しようとその証拠を探した。

 あたりを見渡してみて、そこにあったのは街であった。


(おかしい。さっきまではそんなこと)


 そもそもこの都会で、道路を歩いていてほぼすべての場所が見渡せるというのがおかしい。


「ここにいた大勢の人間は、どこへ消えた?」


 同時。


 ヒュン、と進の髪の毛を数本切り裂くような形で何かが通り抜けていった。
 バリン、と後ろでガラスが割れるような音がした。

 少なくとも友好的とは言い難い、むしろ敵対しているといってもいいようなそれが飛んできた方を進は無意識に見やる。


「……」


 そこに見えたのは、フードを被った男だった。
 いかにも怪しさを全開にさせているその男に、進は端的に聞く。


「誰だテメェ」

「貴様などに教えるような名はないさ。それよりも、星見琴 光・・・ ・をどこにやった?」

「はぁ?」


 星見琴 光といえばさっきのあの少女のことか、と進は思い出す。
 しかし、どこへやったとはいったいなんなのかと怪訝そうな顔をするのは仕方がないことだった。

 そんな進を見てか、相手は腹立たしげに言葉を紡ぐ。


「もう一度聞く。星見琴 光をどこへやった。やつは必ずここを通る・・・・・・・はずだった。答えろ、回答によっては見逃してやる」


「ノー、と答えたら?」

殺す・・


 しばし進は沈黙を返す。
 安易に返してしていい答えではないと、そんなことはわかっていた。

 クソッと心の中で叫んで、進は拳を強く握りしめる。


(はっきりいって、知り合いともいえないような関係だけど)


 むしろ、進は彼女に嫌われている方なはずなのに。


「それでも俺は、あんたに彼女の居場所を教えない!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)

朽縄咲良
ファンタジー
【HJ小説大賞2020後期1次選考通過作品(ノベルアッププラスにて)】 バルサ王国首都チュプリの夜の街を闊歩する、自称「天下無敵の色事師」ジャスミンが、自分の下半身の不始末から招いたピンチ。その危地を救ってくれたラバッテリア教の大教主に誘われ、神殿の下働きとして身を隠す。 それと同じ頃、バルサ王国東端のダリア山では、最近メキメキと発展し、王国の平和を脅かすダリア傭兵団と、王国最強のワイマーレ騎士団が激突する。 ワイマーレ騎士団の圧勝かと思われたその時、ダリア傭兵団団長シュダと、謎の老女が戦場に現れ――。 ジャスミンは、口先とハッタリと機転で、一筋縄ではいかない状況を飄々と渡り歩いていく――! 天下無敵の色事師ジャスミン。 新米神官パーム。 傭兵ヒース。 ダリア傭兵団団長シュダ。 銀の死神ゼラ。 復讐者アザレア。 ………… 様々な人物が、徐々に絡まり、収束する…… 壮大(?)なハイファンタジー! *表紙イラストは、澄石アラン様から頂きました! ありがとうございます! ・小説家になろう、ノベルアッププラスにも掲載しております(一部加筆・補筆あり)。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...