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# The eleventh case:Banquet of the insectivore.―食虫植物の宴―
蔦、十六葉。
しおりを挟む最後の取り調べはディアドラさんだ。
伯爵が取調室の隣室に入ったことを確認して、扉を叩く。
そうして扉を開ければ部屋の中には調書を取る警官とディアドラさんがいた。
目を伏せて静かに座るディアドラさんが顔を上げ、わたしを見とめると僅かに目を細めた。
警官の方は何度か見たことのある顔で、入って来た人間がわたしだと分かると「どうぞ」と椅子を手で示して自分の仕事へ戻る。
わたしはディアドラさんの向かい側にある椅子に腰掛けた。
「それではお話を聞かせていただけますか? ああ、トリスタンさんとベンジャミンさんは既に事の次第を話してくださいましたので、黙っていてもあまり意味はありませんよ」
前以ってそう告げればディアドラさんの肩が下がる。
「そう、あの子達は話してしまったのね……」
そこには落胆と少しの安堵が入り混じっていた。
小さく息を吐いた彼女は、真っ直ぐにわたしを見た。
「それなら、私も全てお話するわ」
そう言ったディアドラさんの瞳は穏やかなものだった。
今まで彼らに協力していたのは彼女にとって精神的な負担が大きかったのかもしれない。
それがなくなってホッとしているのだろうか。
「ではまず、あなたが彼らの犯罪に気付いたのはいつですか?」
「そうね、二年か一年半ほど前だったかしら。我が家に住んでいたトリスタンさんが夜になると時々こっそり家を抜け出すようになって、心配で後を追いかけたことがあったのよ。その時にベンジャミンさんと彼が死体を運ぼうとしているのを見てしまったの」
「その時に警察に行こうとはしなかった?」
「ええ、迷ったけれど、黙っていようと決めたわ。あの子は最初から素直で人懐っこくて、とても良い子でね、本当の孫みたいに可愛く思っていたから行けなかったのよ」
多少の記憶の差はあれど、前二人の供述と同じである。
「何故、加担したのですか?」
ディアドラさんが困ったように少しだけ眉を下げた。
「今言った通りの理由ね。私はトリスタンさんが可愛くて仕方なかったの。とても恐ろしいことをしている自覚はあったわ。でも、それでもあの子のためなら何だってしてあげたかったのよ」
「それが間違っているとしても?」
「私には正しいことだったわ」
ベンジャミンさんやトリスタンさんと違い、ディアドラさんは己の犯した罪をきちんと理解しているのか、椅子に座って真っ直ぐにこちらを見やる姿はどこか堂々としている風にも見える。
そして他二人のように罪を軽くしたいという気が感じられない。
落ち着いた様子でわたしの次の問いかけを待っている。
「あなたの役割はどのようなものでしたか?」
「死体を骨になるまで保管していたの。貴方が見つけたあの穴に入れて、骨になるまで待って、骨になったらベンジャミンさんに取りに来てもらう。時には粉にした骨をもらって庭の土に混ぜたりもしたわ」
「殺しには関わっていないんですね?」
ディアドラさんが一つ頷いた。
「ええ、そうよ。ベンジャミンさんも自分が殺してると言っていたの。あの子は殺人を犯してはいないのよ。そこは間違えないでちょうだいね」
「はい、それに関してはベンジャミンさんもトリスタンさんも素直に答えてくださいましたよ」
「そう、良かった……」と痩せて細い肩を下げて小さく息を吐く。
ベンジャミンさんも、ディアドラさんも、トリスタンさんのことばかり気にして自分のことにはあまり関心がない。それだけ彼はこの二人の心の支えだったのだろうか。
この三人の関係性は少しだけ興味深い。
ベンジャミンさんとディアドラさんを繋げていたのはトリスタンさんで、そのトリスタンさんは二人に懐き、二人も彼を大事に思っていて、三人の間には不思議な連帯感が窺える。
「殺す相手を決めるのは誰でしたか?」
「それはベンジャミンさんと私よ。お互い、預かっている人の中で問題がある人を選んだわ」
「今まで何人殺しましたか?」
「私が一緒になってからは五人は超えていると思うけれど……。ごめんなさいね、正確には分からないの」
申し訳なさそうに頬に手を当ててディアドラさんが首を傾げる。
部屋の隅にいる警官の微かな筆圧の音を聞きながら次の質問を考えた。
ディアドラさんへの質問はそう多くない。
元々、前二人の証言が合っているかの確認みたいなものだ。
ふとディアドラさんが何かを思い出した様子でわたしを見る。
「そうだわ、聞きたかったのだけれど、どうして今回の人はあんなに腐ってしまったのかしら? 今までも多少はあったのよ? だけど、今回はなかなか骨になってくれなくて困っていたのよ」
変な質問だが、純粋に疑問に感じているらしい。
わたしは少し考えてから聞き返す。
「他に殺した方々と、今回の方と、何か違いはありませんでしたか?」
「違い? そうねぇ……」
ディアドラさんは記憶を探るように視線を斜め上へ向けた。
「そういえば、他の人は痩せていたけれど、今回の人は太っていたかしら?」
「……脂肪や水分が多かったから腐敗も酷かったのでは?」
「そうね、確かに堆肥にするものはきちんと水切りしておかないと腐ってしまうもの。今までの人は大体痩せていて脂肪が少なかったから良かったのね」
疑問が解消されたのかディアドラさんが微笑を浮かべる。
この人は今まで見て来た犯罪者とはどこか違う。
「それで、私は今後どうなるの?」
まるで明日の天気でも聞くかの如く穏やかな口調だった。
「あなたは幾つかの罪で裁かれ、相応の刑に処されるます」
心得た様子で頷き返される。
「覚悟は出来ているわ」
三人の中で彼女だけが己の罪を全て認めている。
初めて会った時と変わらない微笑は覚悟の表れだろうか。
これ以上は聞くこともない。
わたしは「お聞きしたかったことは以上です」と話を切り上げて席を立つ。
三人と顔を合わせることは恐らくもう殆どないだろう。
あるとしたら、それは刑に処される時だ。
「セナさん」
ディアドラさんに名前を呼ばれ、ドアを開けようとしていたわたしは振り返った。
椅子に座ったまま、彼女はわたしを見る。
「ごめんなさいね」
それは何に対しての謝罪だったのか。
言葉が見つからず、わたしは黙って取調室を後にした。
廊下に出て扉を閉めると、隣室から伯爵とアルジャーノンさんが姿を現す。
誰もいない廊下で伯爵が傍に寄って来た。
わたしは何とも言えない気持ちを表現することも出来ず、傍に立った伯爵の袖を少しだけ掴む。
横にいたアルジャーノンさんに背中をぽんぽんと軽く叩かれる。
それだけで少しだけ気持ちが浮上するのだから存外わたしも単純である。
「後は任せて、私達は帰るとしよう」
「……はい」
袖を離せば伯爵が踵を返して歩き出す。
わたしとアルジャーノンさんもその長身を追いかけた。
「そのまま屋敷へ戻られますか?」
そう問うアルジャーノンさんに小声で伝える。
「先にシャベル回収しなきゃいけないんですよ」
わたしの呟きにアルジャーノンさんが「あ」と声を漏らす。
そうして伯爵の後ろで顔を見合わせて、声もなく小さく笑う。
その後、ディアドラさんの家を経由して屋敷へ戻ったのは言うまでもない。
* * * * *
ベンジャミン=ムーア、トリスタン=カーゾン、ディアドラ=オフリーの三名が逮捕されてから五日後。
もうすぐ七月も終わるという頃、伯爵邸に一台の馬車が訪れた。
漆黒のそれに家紋はないが質の良いものである。
屋敷の一階にある小さな客間にその客人は通されていた。
十畳ほどの広さで、華美さはないが質の良い革張りの三人掛けソファーが対面して一つずつとローテーブル、植物が彫られた大きな飾り棚と数枚の陶磁器の飾り皿、鳥と花をモチーフにした彫刻のある洒落た暖炉、暖炉の横の窓辺はちょっとしたベンチになっておりクッションが並ぶ。爽やかな寒色で纏められた室内は涼しげだ。飾り棚の近くに置かれた小さな丸テーブルの上には前回と違い白の花だけが活けてあった。
ソファーには二人の人間が座っていた。
一人はこの屋敷の主人たるクロード。
もう一人は今回の依頼をした青である。
その手には報告書の入った封筒が握られていた。
「殆どの者が殺されていたのは悲しいことでしたが、結果が分かったのは喜ばしいことです」
「御迷惑をおかけ致しました」と困ったように眦を下げた青をクロードは胡乱な眼差しで見る。
恐らくこの男は事実を最初から知っていたか、気付いていただろう。
それなのにわざわざクロードへ依頼という形で面倒を寄越して来たのだ。
自分達の領域の人間であれば秘密裏に消して人を挿げ替えることも可能だが、今回は『小鳥の止まり木』も関わっていたため、手を出し難かったのかもしれない。
それならば犯罪者にはさっさと捕まって消えてもらおうと考えたのか。
「回りくどいやり方をさせるな」
「申し訳ありません。我々が手を出せば、突然支援者が消えたと『小鳥の止まり木』が不審がるのでこうするのが一番だと判断したのです」
「そうだとしても犯人を特定しているならば、それを先に言え」
「はい、次からはそうさせていただきます」
その次は要らないのだが、とクロードは僅かに眉を顰めたが青は涼しい顔で紅茶を飲む。
悪びれのない態度に内心で小さく息を吐いてクロードは茶請けの菓子に手を伸ばした。
甘めの紅茶にジンジャークッキーがよく合う。
夏になると甘いものはあまり食べたくなくなるが、ジンジャークッキーは食べやすい。
一枚、二枚と食べ終えて紅茶を口にするとほど良い甘みに心が安らぐ。
「そうでした、今回の報酬をお持ちしました」
受け取ったものとは別の封筒を青がクロードへ差し出した。
それを側に控えていた執事のアランが受け取り、主人へ渡す。
受け取り、封を開け、中の書類に素早く目を通して内容を確認するとクロードは満足そうに頷いて封筒へ書類を戻した。
「確かに受け取った」
それをアランへ渡すクロードへ、青が問う。
「しかし、何故そのようなことを?」
書類の内容はとある人物のここ数年の行動についてだった。
その人物にクロードが関心を持つとはとても思えず、青は疑問に感じたのだ。
だが問われた方はティーカップをテーブルに戻して一言。
「必要なことだからだ」
とだけ、言った。
それ以上は何も聞き出せないと分かったのか青は軽く肩を竦めた。
「そうですか。……今日も彼はおりませんね?」
元々然程興味がなかったのか話題が変わる。
「ああ、あれは今日は休みだ」
「残念ですね、少しくらいは顔を見たかったのですが」
本当に残念そうな顔をする青には悪いが、クロードは出来うる限り三つ目鴉とセナが顔を合わせないようアランに言って休みを調整させていた。
どうせ顔を合わせてもロクなことがないだろう。
新しく注がれる紅茶を眺めながらクロードはそう結論付けた。
#The eleventh case:Banquet of the insectivore.―食虫植物の宴― Fin.
* * * * *
#The eleventh case:Banquet of the insectivore.―食虫植物の宴―
・題名について
今回は少々分かり難いお題となってしまい申し訳ありません。
慈善団体の支援者として協力していたベンジャミンとディアドラ、この二人は浮浪者の社会復帰という誘い文句で人を受け入れていましたが、実際はその何人かを殺して金品を奪う(これはベンジャミンのみですが)ということをしました。
ディアドラは遺体を堆肥にしたり骨を撒いたりして庭の植物を育てていました。
そして三つ目鴉の青も事件の匂いだけ漂わせて自分は動かずに結果だけを持って行く。
それらを食虫植物に例えて書かせていただきました。
原案ではディアドラが遺体を引き取る理由は、少額の金品欲しさと人間を堆肥にして植物を育てると綺麗に花が咲くからというものだったのですが話の流れ上今回はサイコパス要素は要らないかなと思いなしにしました。
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