アルマン伯爵と男装近侍

早瀬黒絵

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# The eleventh case:Banquet of the insectivore.―食虫植物の宴―

蔦、十四葉。

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 何故ディアドラさんもベンジャミンさんも、トリスタンさんをあそこまで気にかけるのだろう。

 トリスタンさんが二人を慕うというのは分かるけれど。

 あの二人からはトリスタンさんへの深い愛情のようなものを感じられるのだ。

 その辺りの話も聞けるだろうか?

 馬車が警察署へ着くと、ベンジャミンさんとトリスタンさんは別々にされ、既に逮捕されていたディアドラさんと近い取調室に入れられた。



「ああ、旦那、お疲れ様です。坊主達もな」



 廊下の向こうからやってきた刑事さんが片手を上げて挨拶をする。

 相変わらず皺のよった服を着ているが本人は欠片も気にしていないようだ。

 それに伯爵が頷きで、わたしとアルジャーノンさんは目礼で返した。



「どうします? 旦那が聴取していきますかい?」



 取調室を親指で示しながら刑事さんが首を傾げる。

 伯爵と互いに目配せをして頷いた。



「出来ればわたしが。全員とは面識がございますので」



 見知らぬ警官に聴取されるよりかは話しやすいだろう。



「それで坊主は大丈夫なのか?」

「坊主ではなく瀬那です。……顔見知りだからと言っていい加減な聴取は致しませんよ。御心配いただくとも大丈夫です」

「いや、そこは心配してねぇよ」



 おや、刑事さんにツッコミを入れられてしまった。

 では何だと見上げれば溜め息を一つ吐かれる。

 何故かそこで刑事さんは伯爵を見て、視線を向けられた伯爵も首を振って応えた。



「そうじゃなくて、知り合いだからこそってあるだろ? 顔を合わせ辛(づら)いとか、こいつのこういうところは知りたくなかったとか、気持ち的にこう色々」



 刑事さんが珍しく困った様子で眉を下げてわたしを見下ろす。

 ああ、そういう意味での『大丈夫』なのか。

 わたしは一度心の中で自問自答してみる。

 ………………うん。



「特にはありませんね」

「ないのかよ!?」

「縁を繋いだ相手がそうなるのは多少残念な気持ちもなくもないですが、法を犯した以上は犯罪者です。逮捕されるのは当然のことで、そこに私情を挟んであれこれ意見する気はございません。と言うか自業自得ですから」

「……伯爵、いいんですかい? これで?」



 こら、人を指差すんじゃない。

 私を指し示す指を右手で退けると意外にも素直に下ろされる。



「割り切りの良い所はこの仕事では美徳となる」

「それはそうかもしれませんがね……」

「悩んだ結果こうなったんだ。こう見えてこれも色々と考えているが、何分意固地なものでな、弱っている姿を人に見せたがらない困った癖がある」

「なるほど、そりゃあ伯爵も御苦労なことで」



 それを本人の目の前で言っちゃう?

 確かに人前で泣くとか弱音吐くとか、何だか負けたみたいで嫌だけどさあ。

 そんなことよりも今は三人の事情聴取をする時間である。



「旦那様も刑事さんもそれくらいになさってください。これからあの三人の事情聴取を行わせていただきますが、お二方も同席しますか? それとも別室に?」



 手を叩いて二人の話を終わらせつつ、問う。



「私は別室で聞いている」

「じゃあ俺が坊主についてますか」



 そういうことで伯爵は別室に、わたしは刑事さんと一緒に取り調べを行うことになった。

 ベンジャミンさんは伯爵――……というより貴族そのものがあまり好きではないようであったし、ディアドラさんにも冷たい対応をしたので話をしたがらないかもしれない。トリスタンさんに関してはちょっと分からないが。

 さて、まずは誰から話を聞こうか。

 ディアドラさんは恐らく最初に聞いたとしても話は変わらないだろう。

 となるとベンジャミンさんかトリスタンさんのどちらかが先だな。

 トリスタンさんだと恩人のベンジャミンさんや世話になったディアドラさんについて口を噤んでしまう可能性が高い。もしくはディアドラさんと同じく全ての罪を被ろうとするか。

 消去法でいけばベンジャミンさんとなる。



「ではベンジャミン=ムーアから始めましょう」

「おう」



 刑事さんが頷き、ベンジャミンさんのいる取調室の扉を叩き、開いた。

 取調室というのは中はどこも似たようなもので、四畳半あるかどうかの室内の真ん中に机と椅子が二つ、得矢の角に調書を取る警官が使用する小さな机と椅子が一つずつ、壁には指名手配犯や尋ね人の張り紙がそこかしこに貼られており、元から飾られていた絵画の幾つかはそれに埋もれている。逃げ道となる窓はない。

 ちなみに犯人が座っている席の真正面に飾られている絵画は人物画で、その絵は隣室の小部屋と繋がっている。そこから取り調べ中の会話を聞いたり、犯人の様子を気付かれずに観察することが出来るのだ。

 そんな部屋へ入ると椅子に座っていたベンジャミンさんが顔を上げる。

 どうしてお前がと言いたげに眉を寄せたけれど、構わず向かい側にある椅子へ腰掛けた。

 刑事さんはわたしの斜め後ろの壁に寄りかかって静観することにしたらしい。



「改めまして、アルマン伯爵家にて近侍を務めさせていただいております瀬那と申します」



 頬杖をついていたベンジャミンさんがまじまじとわたしの顔を見た。

 そしてすぐに得心のいった様子で椅子の背もたれに体を預ける。



「見学ってのは嘘で最初っから調べるためにうちに来たのか」

「いえ、あの時点ではどのような犯罪が起きているのか定かではありませんでした」

「どうだかな。信用出来ん」



 フン、と鼻を鳴らしてベンジャミンさんがそっぽを向く。



「もしかして、と思ったのは二度目の訪問の後ですよ。ディアドラさんの家で、トリスタンさんが庭の手入れを終えた時に、ふと腐敗臭を感じたのです。そこがきっかけでした」

「俺まで関わってると思った理由は?」

「当初はディアドラさんとトリスタンさんだけかと思ったのですが、ディアドラさんの家の近所で聞き込みをしたら関係ありそうな二人組がいたという目撃情報が出てきまして」



 そっぽを向きながらも視線だけはこちらを見るベンジャミンさんにニコリと微笑む。



「腐敗臭を漂わせていたトリスタンさんは確実に関わっている。では、もう一人は?」

「……さあな」

「あなたですよ。二人組の一人は随分と大柄だったそうです。トリスタンさんもそれなりに長身ですが、あなたはそれよりも背が高く、体格もかなりがっしりしていらっしゃる。粉挽屋の見学の時に他の方も見かけましたが、トリスタンさんと比べて大柄と言えるような人物がおりませんでした。……あなたを除いてね」



 腐敗臭を漂わせていたトリスタンさんは確実に関わっている。

 その彼が犯罪の共犯として選ぶ、もしくは犯罪に加担しても良いと思えるだろう相手は誰かと考えた際に出て来たのは心の底から信頼している恩人のベンジャミンさんだけだったというのも理由の一つだ。

 それに体格の良かったダニー=サムソンをトリスタンさんが一人で殺すか、ディアドラさんと共謀して殺すよりも、ベンジャミンさんも関わっていたと考えれば殺せたのも頷ける。

 どちらが主犯かは分からないが男二人がかりならば出来ただろう。

 部屋の扉が叩かれ、警官の一人が入って来ると刑事さんに耳打ちをした。

 そうして警官が出て行き、刑事さんが壁に寄りかかったまま口を開く。



「お前さんの働く粉挽屋の地下から、人間の骨が発見されたぞ。分かるだけでも恐らく三人分。あとは砕かれてるのと、粉になってるのとで、人数は不明らしい」



 ベンジャミンさんの視線がこちらから外れる。



「そういうことですか」



 殺した後、死体を一旦ディアドラさんのところに預ける。

 そうして土の下で白骨化するまで放っておき、骨だけになったら引き取って、今度は粉挽屋の地下で人目に触れないようにこっそり砕いて臼で挽いて粉にする。

 形のない粉にしてしまえば処理はどうとでもなる。

 川や下水に流しても、そこら辺に撒いても、それこそディアドラさんの庭に使ったってバレやしない。

 この世界の化学水準は元の世界ほどではないので粉になった骨が人骨なのか、それとも別の動物の骨なのか確実に判別する手段がないのだ。



「これで確実な証拠が出ましたね。建物の地下に人骨を持ち込み、こっそり処理することが出来る人間は粉挽屋の主であるあなた以外にはいないでしょう」



 首を傾げて聞いてみたが、今度はだんまりである。

 仕方ない。ちょっと方向性を変えて攻めるか。

 わたしは椅子を軽く引いて立ち上がる仕草をしてみせる。



「話してくださらないならそれでも結構ですよ。ただ、あなたが何も口にしないことでトリスタンさんやディアドラさんの罪が重くなるかもしれませんが」



 そのまま椅子から立ち上がろうとすれば「待て!」とベンジャミンさんが声を上げた。

 斜に構えるような体勢で首を向ける。



「何でしょう?」



 あ、地味にこの体勢キツい。



「罪が重くなるってどういうことだ?」



 ベンジャミンさんの瞳にはわたしを引き留めようと必死な色が見えた。

 それに気付かないふりをして少し肩を竦めた。



「当然では? 現状、誰が殺人の主犯か判明しておりません。つまり『三人共殺人を犯している』可能性があるとも言い換えることが出来ます。このまま誰も事実を口にしなければ全員殺人容疑で裁かれますよ。まあ、ディアドラさんは年齢と状況などから考えて共犯・共謀罪に遺体遺棄、犯人隠避罪となるかもしれませんが」



 暗にベンジャミンさんとトリスタンさんは同等の罪で裁かれるだろうと告げる。

 その可能性に今まで思い至らなかったのかベンジャミンさんはどこか呆然とした顔をしていた。

 黙っていれば、罪を認めなければ何とかなると考えていたのなら甘過ぎる。

 既に死体と複数の人骨が発見されたのだから言い逃れは許されない。

 時に、沈黙は肯定と受け取られる。

 もしもベンジャミンさんがトリスタンさんを庇いたいと思っているのであれば、黙秘を続けるのは良い手とは言えない。自分の罪に対しては否定していないがトリスタンさんについて一言も口にしていないのだ。

 ベンジャミンさんの目が苦し気に細められ、そして、彼は肩を落として呟いた。



「殺してたのは、俺だ」



 わたしは椅子に座り直してベンジャミンさんに問う。



「まずは動機をお聞きしたいのです。何故、殺したのですか?」

「……金さ。粉挽ってのはキツくて一日も休めないのに給金は安い。オマケに万年人手不足だ。仕事が捗らなけりゃあ手元に入る金も減る。そこから雇ってる奴の給金だの麦の買い付け金だの諸々引いたら殆ど残らねぇんだよ。でもどこも削れねぇ。納めるもんを納めなきゃ仕事は続けられんし、麦の買い付け金を減らしたら仕事が減って更に収入が減っちまう」

「だから雇い入れている人間を殺したと?」

「ああ、そうすれば給金の支払いもなくなるし、そいつの持ってる金も少ないが手に入る。荷物や服を売っぱらえば気休めでも幾らかにはなる」



 大柄な体に似つかわしくない呟くような口調でぼそぼそと話される。

 背中を丸め、机に視線を落として喋る様は酷く気落ちしている風だった。

 もしトリスタンさんを庇ってこう言っているのだとしても、後であちらも聴取をするから真偽はすぐに分かるだろう。そちらでトリスタンさんが「自分がやった」と言えばどちらかが嘘を吐いたことになるから。

 その場合は二人共が殺人罪で裁判にかけられるだけだ。



「最初に殺したのはいつ頃ですか?」



 ベンジャミンさんが記憶を探るように目を細めた。



「三……いや、多分、二年前だ。『小鳥の止まり木』で紹介されて来た奴だったと思う。それから何人も殺しちまったが人数は覚えてねぇ」

「その方のお名前は?」

「忘れちまった。けど殺した理由は覚えてる。給金の前借をしつこくせがまれて、その時から金銭的に苦しくてよ、こっちは必死に金を集めてんのにって腹が立って。……気付いたら殴り殺してた。それをトリスタンに見られてな」

「トリスタンさんも殺してしまおうとは思わなかったのですね」

「一瞬そう思ったさ。でもあいつは死体を片付ける手伝いをするって言い出したんだ。俺が金集めにどんだけ苦労してるか知ってたんだ。どうしようもない奴だよ。人殺しに恩を感じるなんて」



 調書を取るためにペンが紙の上を滑る音が室内に響く。

 だが、それとは別の音がベンジャミンさんから聞こえてきた。

 ポタポタと雫が布に当たる音だった。



「俺はいいんだ。いつかはこうなるって分かってた。でも、あいつは、トリスタンは人を殺してなんかいねぇ。死体をバラバラにすんのも俺がやった。あいつはそれを運んだだけだ。……なあ、あいつはどうなっちまうんだ?」



 机に肘をつき、両手で目元を覆うも、涙は止まらないらしい。

 今更になって後悔が押し寄せてきたのだろう。



「トリスタンさんが殺人を犯していないとしても死体の処理を手伝ったのであれば犯人隠避罪が適用されます。そしてその後の殺人でもそれを続けていたのであれば共犯・共謀罪も。死者から盗んだ金品を与えていたとしたらその罪も含まれるでしょう」

「いや、殺した奴の金は全部粉挽屋の運営に使っちまった……」

「ではその罪はないかと。それでも法に照らし合わせれば死体遺棄の罪で片目を潰し、破門の印を顔に焼き付けられ、金貨数百から数千枚の罰金と両手又は両足の切断という処罰になります」

「そんな……」

「それだけ、この国は殺人という罪を重く見ているのです」



 平民に、それも労働階級の中でも下位の粉挽に数千枚の金貨が支払えるはずがない。

 しかも両手、又は両足の切断ともなれば生きていても働くことなど不可能だ。粉挽の仕事ですら続けられず、己の生活すらまともには送れないことは簡単に想像がつく。

 処刑されないまでも、準ずるものか、それよりもつらい罰かもしれない。

 両手か両足が切断されていれば人々は重犯罪者だとすぐに見当が付く。

 それどころか顔の焼き印で教会から破門された人間だと分かってしまう。

 その状態で罰金を支払い続けなければならず、他人の手助けもなく、それどころか世間の厳しい目に曝されながら死ぬまで困窮する。あっという間に飢え死にする可能性もある。耐え切れずに自殺することも。

 ベンジャミンさんもその様を想像したのだろう。

 そのまま頭を抱えると獣の咆哮の如き叫び声を上げて大粒の涙を流した。


 
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