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第十章

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 「明日から年末年始で来年の五日まで休業。六日から丸一週間、正月イベントやるから詳細は後日知らせる。」

 二十七日、今日の営業前のミーティングで代表からの報告に連休だと喜ぶホスト達。けれど、次の代表の言葉でそのテンションも一気に下がる。

 「三十、三十一は店の大掃除をするから、全員強制参加だ。」

 “え~~~”等と、明らかに不満の声が上がるが、代表の言葉には力がある。

 「今年最後の営業、気を引き締めていけっ。」

“今年最後”という言葉に反応した全ホストは、各々で気合いを入れた。

 今年最後と聞いたお客達も続々と来店する。
 イベントの時以上の盛り上がりをみせる、Club TOP SECRET。

 迅鵺も、いつも以上にお客を呼び、今年最後のラストスパートをかける。次々とシャンパンコールが入り、今夜の目玉であるシャンパンタワーも用意されている。

 迅鵺のバースデーイベントの時にもシャンパンタワーで注目された、あのお客だ。

 そしてこの日、今年最後に相応しい盛り上がりと売上を上げる事となった。

 「恭子さん、いつもありがとう。お陰で、今年一杯NO.1張ることが出来ました。来年もまた、宜しくお願いしますっ」

 悠叶の中でも一番の太客、恭子に深々と頭を下げる迅鵺。

 「迅鵺くん、そんな風にあなたは頭を下げないで?私が好きでやってることなんだから。その代わり、来年も素敵な迅鵺くんが見れることを楽しみにしてるわね。」

 恭子は、控え目な品のある物腰で言うと、ニッコリと笑って帰っていった。

 迅鵺は、恭子の後ろ姿を見ながら考えていた。

 “これが本来の俺だ”

 なのに、素直にそう思えないのは何故なのだろう・・・

 迅鵺はあのクリスマス以来、怪我をしている悠叶が気になりながらも、たったの二日間ではあるが会ってはいなかった。

 「─────はあっ・・」

 翌日、連休初日。
 迅鵺は、お昼過ぎに目が覚めて昼ごはんも食べずに、ベッドでゴロゴロしながらスマホ画面とにらめっこしていた。

 「悠叶さん大丈夫かな・・」

 怪我をしている悠叶の事が気になるのに、また悠叶に触れられるかもしれないと思うと行動出来ずにいる。
 悠叶からは、毎日LINEが送られてきていて、内容は迅鵺を気遣うものばかり。

 “迅鵺さん、ゆっくり眠れましたか?”
 “いつも体張って頑張ってるから、年末年始くらい休めるといいんですけど・・・”
 “ちゃんと、ごはん食べてますか?迅鵺さん料理しないから・・・”

 この通りどれもこれも、迅鵺の事ばかりだ。

 「──────はあっ・・」

 迅鵺は、起きてから何度目かも分からない溜め息を吐き、スマホを持ったまま右腕を瞼の上に乗せる。

 何もやる事がない休日。

 迅鵺の頭には悠叶の事ばかりが浮かんできて、何度考えても“男に抱かれる自分”というものを受け入れる覚悟が出来ない・・・

 悠叶の気持ちに応えるという事はそういう事だ。

 受け入れると決めてしまったら、もう後戻りは出来ないし、何より自分そのものが塗り替えられてしまうような恐怖があった。

 悠叶の気持ちを、はっきり知ってしまった上に孤独にはさせないと言ってしまった以上、中途半端になんて出来ない。

 迅鵺は、元々根が真面目で仕事も中途半端になんてした事がなかった。だからこそ、今の地位があるのだろう。

 結局、この日は同じ事をぐるぐると考えてばかりで、悠叶に返事をする事が出来なかった。


*****


 「隅々まで綺麗にしろよお~っ!」

 TOP SECRET店内に、代表の声が響き渡る。
 今日は大掃除初日。最初は、なかなかやる気が起きなくてダラダラしていたホスト達も、段々と火がついてくる。

 「うわっ!ヤベぇきたねぇっ!」

 普段キレイに見えてる場所でも濡れ雑巾を滑らせれば、ごっそりと汚れが取れる。

 そこかしこから、ホスト達の声が聞こえてくる中、迅鵺は仕切り窓やドアのガラス等を担当していて、念入りに綺麗に仕上げていく。
 作業をしている最中でも悠叶の事が脳裏にチラつく自分に、いい加減イライラしていてた。

 “いつまでも男らしくねぇっ!”

 その鬱憤をキュッキュッと忙しなく音を鳴らしながら、ゴシゴシと力任せにガラスを磨き上げる事で発散させる。

 「迅鵺、お前イライラしてんな。」

 「────響弥さん・・すいません。鬱陶しいっすよね。」

 そう言って苦笑いする迅鵺のケツをひっぱたく響弥。

 「────ま、大体は察しがついてるけどな。とりあえず今日の分、掃除しちまうぞ。夜、空けとけ。」

 叩かれたケツを摩る迅鵺が返事をする間もなく、響弥は自分の持ち場に戻っていった。


*****


 「────で、あれだろ?鮎沢がどうかしたか?」

 大掃除を終えて、近くのファミリーレストランにやって来た響弥と迅鵺。
 席に着き、煙草に火を点けたところで、響弥は当たり前のように迅鵺に訊ねた。

 迅鵺は、どう話せばいいのか分からないといった様子で、少し困っているようだ。

 それもそうだろう。響弥は迅鵺の事が好きで、その気持ちを迅鵺は知っているのだから。

 響弥も、その気持ちを察したようだ。

 「おい迅鵺、俺に気を遣うな。まあ、多分ムカつくとは思うけどよ。とりあえず話せ。」

 響弥らしい物言いに、迅鵺は少し気が楽になったようで肩の力を緩めて、意を決したように真っ直ぐに響弥の目を見詰めた。

 「あ、あのっ!もしも、俺が響弥さんを抱きたいと言ったら、俺にケツを差し出しますか?」

 流石の響弥も予想だにしない唐突過ぎる言葉に、咥えていた煙草は口元が緩んだせいでズレ下がり、その振動でテーブルに置いていた手の甲に灰が落っこちる。

 「────あ"っちっ!!」

 響弥は、手の甲に感じた熱さに驚きの声を上げると、氷が入ったグラスを当てた。

 「おっ、お前なあ──・・いきなりなんだよ!」

 乱暴に煙草を灰皿に押し付けながら聞き返す響弥だが、頬を赤らめた迅鵺らしからぬ姿を見ると、諦めたように溜め息をを吐く。

 「あ~・・まあ、そうだな。俺はお前を抱きたい方だからな。」

 響弥の言葉に、迅鵺は言葉が見つからないといったように黙り込んでしまった。
 迅鵺から見ても、響弥が誰かに抱かれる姿なんてイメージすらも出来ない事から、妙に納得してしまう。

 けれど、迅鵺が聞きたいのはそういう事ではなく、好きな人の為なら“女側”をしてもいいと思えるくらいの覚悟が出来るかどうかという事だ。

 響弥も迅鵺が本当に聞きたい事がなんなのかくらい分かっている。

 「────あのなあ迅鵺。真面目な話し、俺はお前がどうしても無理だって言うなら、抱かれる側をやってやれるとは思うぜ。けど、肉体的な事聞かれると流石に俺的にも堪える訳よ。まあ、俺が言わせたんだけどよ・・」

 響弥の言う事は最もで、迅鵺が話しづらかった理由の一つでもあった。

 「────すいません・・やっぱ、マズかったっすよね・・・」

 明らかに肩を落とす迅鵺の姿に、響弥は深い溜め息を吐く。

 「─────ったくよ・・これが惚れた弱味ってヤツか?・・・まあ、もう今更だけどな。後でお詫びに何かして貰うって事で、ちゃんと話聞いてやるよ。」

 そう言うと、響弥は迅鵺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 響弥が抱かれる側をやってやれると思うと言ってくれた事で、迅鵺は肩の荷が下りたような気持ちだった。
 自分が散々悩んできた事を響弥はサラッと言ったのだ。
 迅鵺は、自分が器の小さな男だったと思わせられる。

 「────響弥さん、マジいい男っす・・・なんか俺、もう大丈夫そうです。でも、お詫びはしますんで。随分と響弥さんには辛い思いさせたっていうか・・迷惑掛けたんで、何がいいか考えておいて下さい。流石に車とかデカイの言われると困りますけど。」

 迅鵺は、少し照れ臭そうに冗談混じりに言ったのに対し、響弥は少し寂しそうな表情を浮かべる。

 「そっかよ──・・お前、アイツの事が好きなんだろ?」

 この前も響弥に同じ事を聞かれたなと思い出しながら、この前とは打って変わって落ち着いた様子で答えた。

 「─────正直、この気持ちが悠叶さんと同じ気持ちなのか色々あり過ぎてイマイチ分からないんです。でも、放っておけないのは確かで・・時々、ドキドキしちまうのが好きって事なら、そういう事なんじゃねぇかとは思います・・・」

 迅鵺は一度言葉を切ると、一呼吸置いて言葉を繋げた。

 「────ただ悠叶さんには、もう独りで悩んで欲しくないし、傷付いて欲しくないって事だけは、はっきり言えるんです。そんな悠叶さんを支えてやれるのは、たぶん俺だけです・・・」

 迅鵺の言った事に、悔しさや寂しさの色を見せながらも響弥は納得したように溜め息ひとつ吐いて、二本目の煙草に火を点ける。

 「────鮎沢が今までしんどい思いして生きてきたんだって事は認めてやるよ。嫌いだけどな。────まあ、お前しか居ねえってんならしょうがねえだろ。」

 響弥は、火を点けたばかりの煙草を灰皿に押し付けると、向かい側に座る迅鵺に近付くように手招きする。

 迅鵺は“なんすか?”と言いながら腰を浮かし、前のめりになって顔を響弥に近付けた。

 耳元で何かを囁かれた迅鵺は、思わず咄嗟に耳を抑えて顔を真っ赤にさせた。
 そんな様子の迅鵺を、ニヤニヤと愉しそうに表情を緩める響弥。

 「そろそろ、出るか。」

 少しテンパっている迅鵺を横目に、支払い伝票を手に持つと、さっさとレジへと向かってしまう。

 “お前、トイレでやらしいコトしてただろ?”

 迅鵺は暫くボケーっとしていたが、既にレジを済ませている響弥に気付き、あたふたしながらもスマホと財布を確認してから響弥の後を着いていく。

 「────すっ、すいませんっ、いくらっすか?」

 ファミリーレストランから出た迅鵺は、財布を手にしながら響弥に自分の分を払おうとするが、響弥に断られてしまう。

 「そんな事よりよ、お前その真っ赤っかなエロ可愛い顔、晒してていいのか?」

 こういう時の響弥は、かなり意地悪な顔をする。片方の口角をニヤリと上げて、人の反応を弄ぶ目付き。

 「かっ、からかわないで下さいよっ!」

 冷める気配のない迅鵺の赤くなった顔を見ながら、喉をクックッと鳴らして笑っている響弥。

 ふと、何かに気付いたような目線を送る響弥だが、なんでもなかったかのように直ぐに目線を迅鵺に戻した。

 「なあ迅鵺、お詫びなら今ここで貰うわ。」

 「────はっ・・?」

 迅鵺をからかっていたかと思うと、急に真剣な目付きになった響弥に迅鵺は切り替われないようで、気付くと響弥に抱き寄せらていた。

 「ちょっ──・・響弥さんっ?」

 次の瞬間、迅鵺の右頬に響弥の唇の感触がして、耳元で何か囁くと、迅鵺の肩をポンと叩き“じゃあな”と言って帰っていった。

 “ちゃんと大事にしてもらえよ”

 その場に取り残された迅鵺は、響弥の言葉でからかわれた事なんてどうでも良くなったように、笑顔を綻ばせると感謝の気持ちで一杯になっていた。

 この日はこのままマンションに帰ると、やっと悠叶にLINEを送る事が出来た。

 “明日、店の大掃除が終わった後アパートに行きます。”

 短い文だけれど、迅鵺は少し緊張している様子。
 ちゃんと気持ちを伝えて、悠叶と恋人として向き合うと決めたからだ。

 甘い言葉は、腐る程に囁いてきた。
 どんなに極上な価値のある囁きも、迅鵺にとっては、それがセオリー。
 緊張するだなんて、そんな風になった事なんてなかった。

 迅鵺は、そんな自分の気持ちに、なんだか可笑しくなってきて、ハハッと短い笑い声が出る。

 「────本当、なんなんすか、あんた・・・」

 悠叶の“好きです”という言葉が、悠叶の姿と共に脳裏に浮かんだ迅鵺は、誰も居ない自分のマンションのリビングで、心臓の鼓動を少し速まらせて頬を赤らめた。

 そんな自分の姿が、バルコニーの窓に映っているのに気付いて慌ててカーテンを締める。

 「────俺、キモいだろっ・・・」

 この日の迅鵺は、ドキドキしてなかなか眠れない夜を過ごす事となった。


*****


 ─────翌日、時刻は夕方六時前。

 TOP SECRETの店内は、ホスト達の手によってピカピカに掃除されていて、みんな満足そうに達成感を味わってるところだ。

 「みんな、お疲れっ!お陰でオープン当初みたいに綺麗になった。後は来年の正月イベントだが、三日に詳細をLINEで知らせるから、何かやりたいのあったら、いつでも意見くれ。」

 代表が、みんな疲れてヘトヘトになっているところに、張りのある声をあげたが次の代表の言葉で、みんな一気に元気になる。

 「ちょっと早いが、俺からみんなにお年玉を用意した。一人ずつ名前呼ぶから受け取ったら、そのまま帰っていいぞ。」

 次々と呼ばれたホスト達は、代表からポチ袋を受け取っていって、その度に代表は“お疲れ”と“良いお年を”という言葉を伝えている。

 ついに迅鵺の名前が呼ばれて、代表の元へ行くとポチ袋を受け取った。

 「迅鵺、お前はみんなが認めるうちのNO.1だ。胸張れよ。一年間お疲れ。来年も期待してるぞっ!」

 代表の言葉で、この一年間の事が脳裏に浮かぶ。NO.1であることを改めて噛みしめながら、迅鵺は頭を下げた。

 「あざっす!一年間、世話になりました。来年も頑張りますっ!良いお年を」

 そう言って、足を進めた迅鵺を代表は呼び止める。

 「迅鵺、お前には話があるから残ってくれ。」

 代表の言葉に、なんの話があるのか検討がつかない迅鵺は首を傾げるも、直ぐに終わる話だろうと思い、店内のソファーに腰掛けて代表が来るのを待った。

 「────待たせたな。」

 お年玉を全員に渡し終えた代表は、響弥を連れて迅鵺の元へ来ると、直ぐにお店を出ると言われて代表に着いていく。

 どうやら、響弥もよく分かっていないらしい。

 行き先も言われないまま着いていくと、代表の車が停めてある駐車場に入り、車に乗るよう促された迅鵺と響弥は、後部座席に座った。

 「あの、どこに行くんすか?」

 悠叶との約束が気になった迅鵺は、運転席に乗った代表に訊ねると、どうやら時間が掛かる用事なようだ。

 「ああ、ちょっと大事な話しがあるからよ、落ち着ける料理屋に予約入れてあるんだ。」

 大事な話しと聞いた迅鵺と響弥は目を合わせて、どんな話しなのか様々な予想をしてみるけれど、やはり何も思い付かない。
    迅鵺は、一先ず悠叶にLINEを送った。

 “大掃除は終わったんすけど、急用が入ったんで終わったらまた連絡します。”

 シンプルな短い文を作成すると、送信する。

 昨日送ったLINEには、既読は付いているけれど悠叶からの返事は無かった。

 数日、迅鵺が悠叶のLINEに返事をしなかったせいで拗ねているのかもしれないと、迅鵺はあまり深くは考えてはいなかったけれど、今送ったLINEにも、直ぐに既読は付いたのに返事は無くて、迅鵺は少しイラッとする。

 無視すんなよな・・まあ、俺が返事しなかったんだけどよ・・・

 揺れる後部座席で窓の外をぼんやりと眺めながら、迅鵺はそんな事を考えていた。

 「ようこそ、お越し下さいました。取ってありますお部屋は此方になります。」

 代表に連れて来られた料理屋は、品のある日本料理亭。
 白い石が敷き詰められている中央に、高級感のある大理石で造られた通路を歩いて玄関へ入る。

 その玄関で迎えてくれた女将の後を着いていくと、個室へ案内され、代表と向き合う形で迅鵺と響弥は隣に座った。

 「とりあえず好きなもん頼め。そんな、堅苦しい話しでもねぇからそんなに畏まんなよ。」

 代表の言葉に、迅鵺と響弥はフッと肩の力を抜く。

 「こんな高級な料理屋に連れて来られたら緊張もしますよ。」

 響弥は“なあ?”と迅鵺に同意を求めた。
 迅鵺は“そうっすね”と苦笑いで返して、代表に言われた通り好きな料理を注文すると、代表が口を開いた事で本題へと入った。

「実は、姉妹店を出す事になった。」

 既に、いくつも店舗を持っているSECRETグループだが、新たに姉妹店を出すと聞いて迅鵺と響弥は、少し興奮気味だ。

 「マジっすか!?もしかして、新店に行けってことっすか?」

 響弥は、今までにも姉妹店を出すという経験があったようで、姉妹店を出すと言われて、なんとなく何を言われるのか予想出来たようだ。

 迅鵺は、初めての事でピンと来ないようだった。

 「いや、新店には俺が行く。」

 代表の返答に、響弥は“えっ?”と溢すと、更に質問を投げ掛ける。

 「じゃあ、うちはどうするんすか?」

 代表が新店に行くという事は、TOP SECRETに代表が居なくなるという事。
 それは、店を束ねる者が居なくなるという事で、重要な事だ。

 代表は、よくぞ聞いてくれたというように口角を上げた。

「響弥、お前が代表になれ。もうそろそろいいだろ。社長と話して俺が勧めた。」

 代表の言う事に、全く予想していなかった響弥は驚きの表情を見せると、少し躊躇ってる様子だ。

 「いっ、いや、でも・・・俺に務まりますかね?ちょっと、不安っす。」

 「姉妹店がオープンするまで、まだ一ヶ月ある。その間、お前は俺に付け。仕事を教える。」

 まだ戸惑う響弥だが、代表を引き受ける事を承諾した。
 そして、迅鵺は自分がなんの為に呼ばれたのか状況が分かっていない様子で、響弥との話しに区切りがついた時、遠慮がちに代表に訊ねる。

 「あ、あのっ、自分がなんで呼ばれたのか分かんないんすけど・・」

 そんな様子の迅鵺に、代表はニヤリと笑う。

 「迅鵺、お前はうちに来てからよくやってくれてる。お前、響弥の後を継がねぇか?」

 「えっ───・・俺がっすか?主任をやるってことっすよね?」

 主任の仕事は、代表の支えとなりホスト達の育成や引っ張っていく能力が問われる。
 入りたての頃、迅鵺の面倒を見てくれたのが響弥だった。

 主任にも色んなタイプが居るが、響弥は親身になって面倒を見てくれる人で、そんな響弥の後を継ぐという事は、迅鵺にとってはプレッシャーだ。

 「お前なら出来る。俺をずっと見てきただろ?」

 隣に居る響弥が、迅鵺の肩を抱く形で肩をポンポンと二度叩いて、励ましてくれる。
 それに続くように、代表も“お前なら出来ると思ったから声を掛けた”と言ってくれて、迅鵺は心強く思い少し悩んだが主任の仕事を引き受ける事になった。

 そうして、響弥と同じように一ヶ月間、響弥に付いて主任の仕事を覚えるという事で話は纏まり、目の前の料理を平らげる頃には、夜十一時を回っていた。

 「とりあえず、この話は年明けて正月イベントが終わった後、ミーティングで知らせる予定だから、みんなには何も話すなよ。」

 迅鵺と響弥が返事をしたのを確認して、代表は会計を済ます。
   その後、車で真っ直ぐTOP SECRETまで送って貰い解散となった。

 “今終わったんで、直ぐにアパート向かいますね。”

 迅鵺は、悠叶にLINEを送るとアパートに向かう。
 予定ではもっと早くに行って、ちゃんと気持ちを伝えて蕎麦でも食べながら一緒に年越す予定だったのが、既に深夜二十四時を回っていて、残念ながら年を跨いでしまっていた。

 悠叶のアパートに着いた迅鵺は、溜め息を吐くとインターホンを鳴らす。

 けれど、なかなか悠叶は出て来なくて、ついに迅鵺もブチッと何かが切れたようだ。

 「────あんのっやろぉ・・」

 迅鵺は、深夜だというのにインターホンを連打する。
 かなりの近所迷惑で、もしかしたらお隣さんからクレームが来るかもしれない。
 それでも、迅鵺は連打しまくった。

 すると、流石に慌てたのか中からドタバタと騒々しい物音がすると渋々といった様子で、そろ~とドアが開いた。

 「お隣さんからクレームが来たらどうするんすか!?」

 何故か、迅鵺が文句を言う。

 きっと、それは俺のセリフだと言いたいだろう悠叶は、鼻も目も真っ赤に腫らしていてかなり泣いたという事が分かる顔で“えぇ~?”とでも言いたそうな表情だ。

 「────な、なんの用でしょうか?」

 わざとらしい、悠叶のよそよそしさに迅鵺は更に腹を立てると、無理やり悠叶を押し退けて部屋へと上がり込んだ。

 「────で、なんで泣いてるんすか?」

 迅鵺と悠叶は、キッチンのちゃぶ台に向き合う形で座ると、迅鵺は、ちゃぶ台に肘を付き頬に手を当てがって、顔はそっぽを向いていて不機嫌そうだ。

 そんな迅鵺の前で、悠叶は未だにグズグズと鼻をすすっていて、正座をして下を向いている。

 なかなか、話そうとしない悠叶を見兼ねて、迅鵺は溜め息を吐くと、ちゃんと悠叶の方を向き直した。

 「────無視したから、怒ってるんすか?返事をしなかった事は謝ります・・」

 迅鵺は、自分が先に返事をしなかった事を謝ると、そのまま話を続けた。

 「俺、男と体の関係持ったのも、男の事でこんなに悩んだのも初めてなんです・・・正直、悠叶さんの気持ちを知って、その後であんな風に触られて、俺すっげぇ動揺しちゃって・・・返事しなかったのは、ちゃんと考えてたんです。悠叶さんのこと。」

 今まで下を向いていた悠叶だが、迅鵺から悠叶の事を考えてたと聞いて、体をビクッと反応させると不安そうな表情を見せた。

 「それで俺、ちゃんと気持ちに整理がついたんで──」

 「い、嫌ですっ!!聞きたくないっ!!」

 まだ話し途中だというのに、悠叶は迅鵺の話しを中断させ、目をギュッと瞑って、殆ど意味を成さないが怪我をしていない右手だけで片耳だけを塞ぐ。

 「と、迅鵺さんがなんて言おうと、絶対に離れませんからっ!!迅鵺さんが言ってくれたんですよ!?もう独りにしないって!きょ、響弥さんの事が好きになっちゃったんだとしても、俺は気にしませんからっ!だから、俺を見捨てないでっ───・・」

 悠叶は、ぐしゃぐしゃに顔を歪ませて泣きながら一気に捲し立てた。
 言い終えて、更にボロボロと涙を溢す悠叶は、ちゃぶ台の上に置いてあるティッシュ箱から数枚を雑に取ると、鼻に当てて思いっきり鼻をかむ。

 そのせいで悠叶の眼鏡は雲ってしまい、なんとも滑稽だ。
 そんな様子の悠叶に、迅鵺は驚いてあんぐりと口を開けている。

 「────俺、ひっぐ・・たまたま撮影してたら・・み、見ちゃったんです・・ひっぐ・・響弥さんが迅鵺さんにキスしてるとこ・・ 」

 悠叶は、泣きじゃくりながら途絶え途絶えに言うけれど、迅鵺は“は?”といった様子で、なんの事を言っているのか分かっていない。

 響弥にキスをされたといえば、悠叶が事故に遭っていた事を、まだ知らなかった時だ。
 悠叶に見られる訳がない。

 だけど、キスをされている事には変わりはなく、なんとなく後ろめたい気持ちになる迅鵺。
 そんな迅鵺の表情を見て、悠叶は更に涙を流した。

 「や、やっぱり響弥さんと付き合うんだっ!この前ファミレスの前でキスしてたし、LINEも無視されてたし、そんな気がしてたんですっ!」

 “ファミレスの前”

 迅鵺は、ハッと思い出した。昨日、響弥とファミリーレストランで食事をした後、頬にキスをされた事を。

 あ~・・あれを見てたのか・・・

 迅鵺は、事実を話そうと思わず溜め息を吐く。

 「────悠叶さん、それ誤解です。」

 そう言って、ちゃぶ台に手を着くと悠叶の首に手を回して自分に引き寄せた。

 次の瞬間、悠叶の唇と迅鵺の唇が触れる。

 「────俺、悠叶さんに絆されちゃいました。」

 「────へっ?だ、だってあの時、凄い仲良さそうだったし・・・響弥さん俺に見せ付けるように迅鵺さんにキスしたんですよ?」

 悠叶は、ぽかーんと気の入ってないような物言いで、昨日の響弥の様子を話す。

 迅鵺は、あの意地悪な響弥の顔を鮮明に脳裏に浮かばせると“ああ~・・”と力無く声を漏らし、響弥ならやりかねないと納得したようだ。

 「────すいません。多分それ、ただの嫌がらせです。俺、昨日は悠叶さんのことを相談してたんすよ?それで、響弥さんもちゃんと認めてくれましたから。」

 迅鵺の言葉に悠叶は暫く固まっていたが、次第にワナワナと怒りが湧いてきたようだ。

 「アイツ、絶対に許さないっ!!」

 悠叶は、キッと目に力を入れて言って、直ぐにホッとしたように力を抜くと、今度は期待に満ちた表情で涙のせいか、キラキラと輝いて見える。

 「じゃ、じゃあ、響弥さんとは何もないんですねっ!?」

 だけど、迅鵺は“うっ・・それは・・”と、歯切れの悪い言葉を溢して、ばつの悪そうに顔を背けた。

 以前に、響弥に襲われているからだ。

 そんな様子の迅鵺に、悠叶は再びウルッと涙を瞳に滲ませた。

 「や、やっぱり何かあるんですね!?」

 ビービーと泣く悠叶に、迅鵺は諦めて洗いざらい話した上で、響弥が手を出してくる事はないと説得する。

 「────だから、安心して下さい。なんだかんだ響弥さんは、悠叶さんのことも分かってくれてますから。」

 「あ、安心なんて出来ませんっ!あ、あの人は無理やり迅鵺さんを襲うような人なんでしょ!?」

 以前にも似たようなやり取りをしたような気がするが、悠叶の正論ぽい言葉に“悠叶さんもあまり人のこと言えない”と内心で思いながら、迅鵺はその場に立ち上がった。
 いきなり立ち上がった迅鵺に、悠叶は点になったような目を迅鵺に向ける。

 そんな悠叶の背後に回ると、迅鵺は後ろから悠叶を抱き締めた。

 「悠叶さん、安心して下さい。────俺が好きになったのは悠叶さんなんですから。」

 迅鵺の言動に、悠叶は頬を赤らめて胸をトキめかせた。
 胸の前まで回された迅鵺の腕に左手で触れると、悠叶は心底幸せそうに“はいっ・・”とだけ言った。

 胸がいっぱいになり過ぎてしまって、その短い一言を口にするのが精一杯な様子だ。

 今まで悠叶を苦しめてきた過去。
 ずっと孤独だった、苦しかった。

 好きになった人と通じ会える、こんな日が来るだなんて、悠叶にとっては夢のような出来事。
 今までの様々な辛かった事が、迅鵺によって溶かされるように温まってく心に、悠叶は涙が止まらなかった。

 「俺、生きてて良かった──・・迅鵺さんに会えて良かったですっ──・・」

 感無量とは、こういう事なのかと悠叶は思った。

 悠叶にとって迅鵺の存在は、それくらい大きなモノで、何度も迅鵺から幸せだと思う瞬間を貰ってきたけれど、この日はそのどれにも勝る幸せを、心から噛みしめた。

 「迅鵺さんっ・・好きです、愛してますっ・・・」

 「─────はい、俺もですよ。」

 悠叶が泣き止むまで迅鵺はずっと、悠叶を抱き締めていた。


*****


 「それ、なんですか?」

 一頻り泣いて落ち着いた悠叶は、パンパンに腫らした顔で迅鵺の手元を覗き込む。

 「代表に、お年玉貰ったんです。」

 代表に貰ったお年玉を開くと、中には一万円札と一枚の紙が入っていて、迅鵺は筆で書かれた文字を読み上げる。

 「天辺は、まだまだ先!下を向くな、常に上を向いていけ!!」

 ずっと、NO.1を張ってきた迅鵺へ代表からの言葉。

 「ここで、満足すんなってことっすね。」

 迅鵺は、ハハッと笑って言うと、悠叶も一緒になって笑ってくれる。

 「やっぱり迅鵺さんは凄いですね。代表さんに、こんなカッコいいこと言って貰えるなんて。今年も迅鵺さんを応援しに行きますからね。」

 悠叶のあどけない言葉に迅鵺はムッとすると、悠叶の鼻を摘まんだ。

 「何言ってんすかっ!悠叶さんに、もうお金使わせらんないですよっ。」

 “いひゃいっ!”なんて情けない声を上げるも、悠叶は反論する。

 「えぇ~~~っ!でも俺、お店の迅鵺さんにも会いたいですっ!」

 「────やっぱり悠叶さんは、なんだかんだ言って俺の言うこと訊かないっすよね・・・」

 迅鵺は、駄々を捏ねる悠叶に諦めたように溜め息を吐くと、妥協した提案をする。

 「じゃあ、こういうのはどうっすか?お金は、交互に払うってことで。」

 「それって俺が払ったら次お店に行った時、迅鵺さんが払うってことですか?」

 迅鵺は頷くと“それならフェアでしょ?”と言う。
 悠叶は、そんな迅鵺を心から愛しく思って“そうですね”と言った。

 「それより悠叶さん、初詣行きましょう。」

 迅鵺の唐突な誘いに、悠叶は時計に視線を滑らせると始発はもう出ている時間で、胸を踊らせた。

 「はいっ!誰かと初詣に行くの初めてです。」

 悠叶の言葉に、迅鵺は優しく微笑んだ。

 「正式に付き合えた日に初詣なんて、悠叶さんツイてますね。これで一生俺から離れらんないっすよ?」

 迅鵺は悪戯っぽく言うと“それはプロポーズですか?”と言う悠叶の言葉に、迅鵺は自分が言った事がどういう意味なのか気付かされて、頬を赤らめると、照れ隠しをするようにブー垂れた顔をする。

 「い、いちいち揚げ足とらないで下さいよっ」

 「迅鵺さん、可愛いです。」

 「可愛いって言うなっ!」

 そんなやり取りをしながら準備をすると、二人は最寄り駅を目指してアパートを出た。

 「────さ、さむい"・・」

 悠叶は寒さに弱いようで、デカイ図体をこれでもかと縮こませると、ぶるりと身震いさせる。
 そんな悠叶が可笑しくて、迅鵺はクスッと笑った。

 「悠叶さん、そんなデカイ癖に寒いの駄目なんすね。」

 迅鵺は寒さには割と強くて、逆に暑さには弱いと話す。
 そんな他愛もないお互いの事を話しながら、有名な神社を目的地に電車に乗り込んだ。

 こんな普通な光景が迅鵺にとっても新鮮で、男同士だという事に悩んでいた事が不思議に思えてくるくらい、悠叶の隣に居る事が心地好かった。

 「うわあ~・・すっごい混んでますね。」

 「まあ・・予想はしてたけどな・・・」

 目的地に着いた二人は、ズラリと並ぶ人混みに悠叶は好奇心で一杯というように目を輝かせて言うのに対し、明らかにテンションが下がったように言う迅鵺。

 「悠叶さん、寒くてテンション下がってたんじゃなかったっけ?」

 「え?そんな事ないですよ?それより早く行きましょうよっ!」

 さっきまで寒さで縮こまってたとは思えないようなはしゃぎように、迅鵺も微笑ましく思ったのか笑みを浮かべると、大人しく悠叶に手を引かれていく。

 「お兄さんデカイねっ!はい、一つ三百五十円ね。」

 並んでる時間、寒さを凌ぐ為に屋台で豚汁を買った二人は、ある事に気付く。

 「と、迅鵺さあ~ん、食べれないです・・」

 利き腕を怪我している悠叶は、購入したものの箸を使えない事に気付いて迅鵺に泣き付く。
 そんな悠叶に、迅鵺も困ったように溜め息を吐いた。

 「────しょ、しょうがねぇな・・ほらっ・・・」

 迅鵺は、自分の割りばしで悠叶の豚汁の具を掴むと恥ずかしそうに悠叶の口元へと運ぶ。
 それを悠叶は、フーフーと念入りに冷ましてから口の中に入れて、念入りに冷ました癖にハフハフさせながら食べる。

 「────しかも、猫舌かよ・・スープは自分で飲めますよねっ?具だけですからね!」

 「すみません・・熱いの駄目で・・・はいっ!ありがとうございます。」

 “寒がりの癖に猫舌とか、我儘っすね!”というよく分からない迅鵺の文句にも、悠叶は幸せだと言わんばかりの笑顔で、迅鵺も悠叶の笑顔には弱いのか、いつの間にか微笑ましく思いながら自分も豚汁を口へ運んだ。

 豚汁を食べながら二時間以上並んで、やっと先頭までたどり着いた二人は、五円玉をお賽銭箱に放り投げると鈴を鳴らす。
 二人共同じタイミングで手を二度叩くと各々、願い事をする為に目を瞑った。

 “これからは悠叶さんが、幸せに過ごせますように”

 迅鵺は、それだけ願うと顔を上げた。
 隣に居る悠叶を伺うと、悠叶も終わったようでニコリと迅鵺に笑い掛ける。

 「────絵馬でも買います?」

 悠叶が、あまりに優しく笑うものだから、つい迅鵺はドキドキしてしまい、誤魔化すように絵馬やおみくじなど売られている場所を指さした。

 悠叶は、絵馬を書くのも初めてだと言ってとても楽しそうだ。二人は絵馬を購入すると、用意されているペンで願い事を書いた。

 悠叶は、迅鵺の願い事が気になるようで何をお願いしたのか聞いてくるが、悠叶の事を祈願しただなんて恥ずかしくて言えないようで“教えないです”と言うと、迅鵺も悠叶に聞く。

 けれど、悠叶も仕返しというように“迅鵺さんが教えてくれないなら俺も教えません”と言い返す。

 そんなくだらないやり取りをしながら、奉納場所に絵馬を掛けると、二人は手を繋いで神社を出て行った。


 悠叶の絵馬には“迅鵺さんに貰った幸せを、今度は俺が返してあげられますように”と書かれていた。



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