レンズ越しの愛に犯されて【訳あり鬼畜ヤンデレ攻め×強気ホスト受け】

咲 水蓮 -Saku SuiRen-

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第四章

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 「「いらっしゃいませっ」」

 流行りのBGMが流れるブラックライトで演出されたこの空間で、派手なホスト達がお客の来店を知らせる。

 金曜日のホストクラブは一際賑わう。TOP SECRETも他店に負けない程に賑わっていた。

 そんな中、突然の悠叶の来店。

 来ないと気になっていたのも束の間、悠叶が来店した日から丁度一週間経った今日、ひょっこり現れた。

 「また来ちゃいました。」

 へらっと、表情を崩して照れ臭そうに言う悠叶。

 姿を目にした瞬間はドキッとするものの、悠叶が放つ空気は柔らかくて、やはりあの男とは別人のように感じる。

 迅鵺は複雑な気持ちだった。

 あんなに苦しめながら自分を犯し、更には響弥の目の前であんな酷い事をした男にそっくりな悠叶は、むしろ好感を持てるくらい人柄が良い。

 「迅鵺さん、猫は好きですか?この前、実家に帰ったんですけど、うちのハナコ可愛いでしょお~?」

 人の気も知らないで、緩みきったデレッデレの笑顔でスマホ画面を見せてくる悠叶。
 目の前に出されたスマホの画面に映る可愛いらしいハナコちゃんの写メを目にすると、つい迅鵺も顔が綻ぶ。

 「めっちゃ可愛いっすね~」

 悠叶はフリーのカメラマンをやっているらしく、身近な物をカメラで撮ったり写メを撮ったりするのが癖になっているくらいの趣味だそうだ。

 悠叶は毎週金曜日に会いに来るようになった。

   ある時は、マナーの悪い迅鵺のお客に説教をしに行こうとしたり、悠叶の中では高価な方であるシャンパンを入れたり。
   ある時は、迅鵺の体調を気遣い大量にお酒を飲む迅鵺が休憩できるようにと、自分の席ではお酒ではなくノンアルコールを勧めた。

   とにかく悠叶は、器用とは言えないが真っ直ぐで優しかった。
   いつの間にか、時々不安を感じつつも普通の友達のように話せるようになっていて、ヘルプに入るホストからも評判が良い。
 ※ヘルプ=指名が複数被っていて席を離れているホストの代わりに席に着くホスト。

 その間、おかしな事は何も起こらず、響弥だけはいつまでも警戒していたが、一番近くで一番悠叶に関わってきた迅鵺は、もしかしたら悠叶は悪い奴ではないのかもしれないと思い始めていた。


*****


 パッタリとストーカー行為も無くなり、あの男も現れなくなって平和な日常もそろそろ十二月に入ろうとしていた。

 「ちょっと、悠叶さんっ!起きて下さいって!」

 金曜のTOP SECRETで、酔っ払ってテーブルに突っ伏してる悠叶を迅鵺は揺さぶって起こす。

 けれど、涎を垂らして眠ってる悠叶はビクともしない。

 「あ~もう!悠叶さんに酒飲ましたの誰だよっ!?」

 悠叶は、極度に酒に弱かったのだ。かなり薄い水割り一杯でも酔ってしまうくらいで、迅鵺はそれ以上飲ませた事は無かった。

 「ああ~・・すんません。こんなに弱いと思わなくて、つい酔ったらどうなるのかと・・」

 名乗り出たのは、うちのホストの中でも好奇心旺盛なワンコタイプで、お客から可愛いと評判な後輩ホストだった。

 「しょうてめぇ!面倒くせぇことしやがって!」

 申し訳なさそうにしてはいるものの、若干笑ってる翔の首に、迅鵺は腕を回して脇に挟むと締める仕草をする。

 「わああああっ!マジすんませんって!許してっ迅鵺さんっ!」

 悠叶以外のお客全員を見送った店内には、酔い潰れた悠叶とホスト達が居て、悠叶が居るテーブルの側で迅鵺と翔がじゃれている。

 そんな二人のやり取りにホスト達の笑い声が聞こえてくる。

 「────まあ、今回はこんくらいで許してやる。」

 最初から大して怒ってはいないが、この言葉には“もうするな”という、悠叶の担当ホストとしての意味を含ませている。

 翔もそれは分かっているようだった。

 今度は真面目な顔で返事をする翔を確認した迅鵺は、目の前の問題に頭を悩ます。迅鵺は悠叶の住処を知らないのだ。
    どんなに起こしても起きないので、仕方なく酔い潰れた悠叶をひとまず迅鵺のマンションへ連れて行く事にした。
    デカい図体の悠叶を背中に乗っけた姿は、なんだか迅鵺が小さく見えて滑稽だ。

 眠って完全に力が抜けている悠叶の身体は思っていた以上に重くて、悠叶の足は引き摺られながら移動される。
 呼んでおいたタクシーの前までなんとか移動した迅鵺は、後部座席に一緒になって寝転ぶ形で乗せた。

 身長175㎝、体重62㎏の迅鵺が、身長184㎝、体重76㎏の悠叶を運ぶのは骨が折れた。

 「あ"~マジ重いっ!しかも、全然起きねぇしっ!!」

 迅鵺は、悠叶を背に寝転んだ体制のまま首だけを後ろに動かし、悠叶の寝顔を見ながら文句を言うが、悠叶はというと、やはり涎は垂らしたまま幸せそうに眠っている。

 そんな悠叶の寝顔を見ていると、迅鵺は段々と馬鹿馬鹿しく思えてきて、悠叶の頬を軽くつねった。

 「気持ち良さそうに寝やがって・・」

 そんな迅鵺に響弥が近付いて来て、タクシーの上に手を乗せてタクシーの中を覗き込んでくる。

 「迅鵺、お前大丈夫なのか?」

 響弥は、完全に悠叶を信用している訳ではない。もしものことを考えて、迅鵺を心配しているのだろう。
 迅鵺は、心配してくれる響弥を安心させるように笑いながら答える。

 「大丈夫っすよ。見て下さいよ、コイツの腑抜けた寝顔。」

 涎を垂らして眠ってる悠叶の姿を見ると、響弥は諦めたように溜め息を吐き、迅鵺の肩をポンポンと二度叩いた。

 「まあ、何かあったら直ぐに呼べよ。」

 そう言って店内へと入っていって、迅鵺はしっかりとタクシーに乗り込むとマンションへ向かった。


*****


 「───はる、と・・さんっ、起きて、下さいってっ!」

 ドサッと音を立てて玄関に入った瞬間、床に倒れ込む迅鵺と雑に扱われてもビクともしない酔っ払いの悠叶。

 悠叶は目を覚まさず、迅鵺は溜め息を吐く余裕もないくらいゼエゼエと肩を大きく上下させている。

 「もおおおっ!悠叶さんっ・・」

 迅鵺は暫くそのままの体勢で荒くなった息を整えると、悠叶の靴を脱がし、再び悠叶の腕を自分の肩に回してズルズルと引き摺りながら寝室のベッドへやっとの思いで乗っけた。

 「悠叶さん覚えてて下さいよ。この借りはきっちり頂きますからねっ!」

 聞こえる筈もないのに、寝ている悠叶に悪態吐くと寝室から出て行きキッチンへと直行する。

 そのまま冷蔵庫にある500mlのミネラルウォーターを一気に飲み干して、今度はバスルームへと向かった。

 シャワーを浴びてスッキリした所でやっと一息ついてホッとした溜め息を吐く。風呂上がりの濡れた髪の毛をバスタオルで拭きながらリビングのソファーに座った迅鵺は、ふとバルコニーの窓に目線をやった。

 そこには、深く濃い藍色の夜空が広がっていて、リビングのカーテンは付いてはいるけれど、おかしな事が起きなくなって暫く経ってからは開けっ放しにされている。

 風呂上がりも元通りボクサーパンツ一枚で彷徨くようになっていて、今もその格好のままソファーで寛いでいた。

 暫くしてスマホに表示された時刻を見ると、そろそろ四時になる所で、常備してあるカップラーメンを食べてお腹も膨れた迅鵺は、眠気でうつらうつらとしている。

 「───もう、こんな時間か・・ふわぁあ・・ねむっ」

 迅鵺は目の前のテーブルからリモコンを取って電気を消し、欠伸のせいで滲んだ涙を手の甲で雑に拭きながら、服も着ないままソファーに倒れ込んで眠ってしまった。

 それから二時間くらい経った頃だろうか、寝室のドアが静かに開かれて、リビングに足を踏み入れた悠叶の姿が広々としたバルコニーの窓に映り込む。

 「───ここは・・迅鵺さんの部屋?」

 まるで、“見た事がある”といった様子で悠叶はポツリと一人言を溢す。

 すると、ソファーから足が見えて、悠叶は痛む頭を押さえながらソファーに近付くと、生唾を呑み込み眠る迅鵺の姿を凝視した。

 悠叶の目に映るのは、ボクサーパンツ一枚で片腕を枕に横向きで眠る無防備な迅鵺。

 眠っている迅鵺の顔は息を呑む程に綺麗で、布で覆われていない露出された白い肌、そこに浮かぶ両胸の形の整ったピンク色の突起。

 膝を曲げているので、ヒップラインが強調されていて、ボクサーパンツからは程好く筋肉が付いた綺麗な脚が伸びている。

 悠叶は暫く立ち尽くしたかと思うと、ゆっくりと床に両膝を付き迅鵺の顔を覗き込んだ。

 「─────迅鵺さん・・」

 まるでこの世に、迅鵺と悠叶しかいないような静かなこの空間の中で、迅鵺の寝顔を見詰める悠叶の表情は、とても哀しく苦しそうなものだった。

 悠叶は、そっと迅鵺の頬に指先だけで触れる。

 「────ごめんなさいっ・・ごめんなさい・・」

 今にも泣き出してしまいそうな程に悠叶の眉は震えていて、何故か同じ言葉を繰り返す悠叶の小さな掠れた声は、唇から溢れる度に、その想いがとても強く哀切なモノに思えた。

 悠叶は暫くそのままで居たが、迅鵺の頬が冷たかったことに気付いて寝室から毛布を持って来ると、それを迅鵺にかける。

 「迅鵺さん、いくら暖房つけてるからって、そんな格好じゃ風邪引きますよ。」

 悠叶は少しばつが悪そうに微笑んで、何も知らずにスヤスヤと眠る迅鵺の顔を見ながら呟いた。


*****


 ────なんだ?なんか、いい匂いがする・・

 迅鵺は鼻をくすぐる匂いに違和感を感じて、まだ重たい瞼を無理やり持ち上げた。

 陽は完全に昇っていて、今まで眠っていた迅鵺にとって明るい陽の光は目に刺激が強く、光を手で遮るように目元を覆う。

 「眩しっ・・つか、ねみぃし・・」

 迅鵺は、また瞼を綴じてしまいそうになったが、なんとも魅力的な匂いにつられて目を擦りながら匂いの元を探す。
 ソファーで寝ていた体を起こして、周りを見渡すとキッチンに立つ悠叶の姿を見つけた。

 「────悠叶さんっ!?」

 迅鵺は自分のマンションのキッチンに悠叶が居た事に驚いたけれど、すぐに昨晩、酔い潰れた悠叶を連れて帰ってきた事を思い出した。

 「あっ、迅鵺さん目が覚めたんですね。」

 迅鵺の声に気付いて、キッチンからひょっこりと顔を出す悠叶。

 「悠叶さん・・何してるんすか?」

 「えっと・・昨日は、迷惑掛けちゃったみたいだし、お礼になるかは分からないですけど何か作ろうと思って・・でも、冷蔵庫にはほぼ水しか無かったので近くのコンビニに行って来ました。」

 悠叶は、迅鵺が居るソファーの目の前にあるテーブルの上のカードキーを指差して“勝手に借りちゃってすみません”と付け足した。

 「悠叶さん、料理とか出来るんすねっ」

 迅鵺は、悠叶が居るキッチンに欠伸をしながら歩いて行くと、丁度お味噌汁をよそっているところで、側に置かれたお盆の上には焼き鮭と、刻みネギが乗ってる納豆に味付けのりが添えられている。

 よそわれたお味噌汁のお椀を覗き込むと、ワカメ、豆腐、ネギ、油揚げが入っていた。

 久しぶりの手料理に、久しぶりの和食。迅鵺は、まるっきり料理が出来ないので、大抵コンビニ弁当か外食だった。

 「コンビニで揃えた食材なので、大した物は作ってないです。鮭は温める程度に焼いただけだし、納豆なんかネギ刻んだだけですよ。」

 そう言って微笑む悠叶に、迅鵺はすかさず突っ込んだ。

 「いやいや!味噌汁作ってるじゃないっすかっ!」

 お味噌汁が入ったお椀を指差しながら、一歩、悠叶に近付く。
 そんな迅鵺の前に、悠叶は両手の平を向けてあたふためく。悠叶の視線は、あっちいったり、こっちいったりと焦点が合わない。

 「あっ、あのっ・・迅鵺さん、服着ません?風邪も引いちゃいますしっ」

 「そういえば、ちょっとさみぃなあ・・」

 迅鵺は、ボクサーパンツ一枚の姿で身震いすると、寝室にあるクローゼットへと向かう。

 悠叶に背を向けた迅鵺の背中を悠叶は見詰めていた。

 まるで、好きな人を遠目で見てる、恋する女の子のような熱の隠った視線だった───・・


   ────適当なスウェットに着替えてリビングに戻って来ると、テーブルの上には食事が綺麗に並べられている。

 「悠叶さん、マジ旨いっす・・」

 久々の和食に、しみじみとしながら言う迅鵺に悠叶はニッコリと笑みを浮かべる。

 「こんなのでも喜んで貰えて良かったです。ごはんのおかわり出来ますからね。」

 「じゃあ、おかわりっ」

 悠叶は、迅鵺の顔を見てクスッと笑ってお茶碗を受け取り、迅鵺の口元に付いているごはん粒を摘まんで取ると、ペロッと親指に付いたごはん粒を舐め取った。

 その仕草に迅鵺は戸惑う。いい年してごはん粒を付けていた事を恥ずかしく思い、少しだけ頬を赤くした。

 「───よ、よく男の口元に付いた飯粒なんて食えますね。」

 迅鵺は自分で言って、ふと脳裏に覚えのある言葉が浮かぶ。

 “なんで、男が男にこんな事ができるんだ!?”
 “コイツはイカれてる”

 数ヵ月前、あの男が現れた日に迅鵺が思った事だ。

 「迅鵺さんのは平気ですよ。それに俺は──・・いえ、なんでもないです。」

 何かを言いかけた悠叶に不思議に思ったけれど、目の前にごはんがよそわれた茶碗が置かれて、なんとなく言葉を呑んでしまう。

 “悠叶さんは、なんで男の俺なんかに会いに来るんですか?”

 ついに先程呑み込んでしまった言葉を伝えることはないまま、迅鵺は残りの食事を平らげた。
    ”ご馳走さまでした“という声を聞くと、悠叶は後片付けを始める。

 「なんだか片付けまでさせちゃってすいません。」

 「いいえ。元はと言えば俺が酔っ払ったのが悪いので・・迅鵺さんに迷惑掛けちゃって、俺の方こそすいませんでした。」

 事の元凶は好奇心から無理に飲ませた翔なのだが、悠叶は律儀に言う。
 そんな悠叶に“もうこんな事が起こらないように伝えてあるんで”と伝えた。

 片付けも終わり落ち着いた頃、悠叶は仕事があると言うので、マンションの下まで見送る事となった。

 「じゃあ、今日は泊めてもらっちゃって、ありがとうございました。」

 マンションのエントランスを出た所で、迅鵺に向き合って言った悠叶のその表情は、少し名残惜しそうだ。

 「いえ、俺も飯作ってもらったし大丈夫です。何かあればLINEでも送って下さい。」

 悠叶の人柄が分かってきた頃に連絡先を交換していた。とは言っても連絡の内容は、悠叶が来店する金曜日に遅れるだとかそんなやり取りしかした事はない。

 「わかりました。じゃあ、もう行きますね。また金曜日にお店に行きます。」

 軽く頭を下げて歩いて行く悠叶の背中を見ながら、迅鵺は思っていた。

 いい人だとは思うんだけどな・・

 響弥がやけに警戒するし、迅鵺も最初は警戒していたから、迅鵺なりに注意深く見てきたつもりだが、悪い人には思えなかった。

 それでも、毎週お店に通ってくれる理由だけは分からなかった。
 いや、そこには触れないようにしてきただけかもしれない。

 “もしかしたら、悠叶はゲイなんじゃ・・”

 ゲイだとしたら、悠叶はそういう目で迅鵺を見ているという想像が容易に出来てしまう。
 偏見かもしれないが、今の迅鵺ではゲイと聞くとどうしてもあの男と重なって見えた。

 あの男の事を考えるとやはり怖いものだが、迅鵺はあの男に与えられた快楽を忘れられないでいた。今でも思い出すだけで身体の芯が熱くなる感覚に気付かないフリをしているだけ。

 迅鵺は、ただ漠然と怖かったのかもしれない。何かの拍子に身体が求めてしまったら──・・

 そうなってしまったら、今度こそあの行為が気持ちいい事なんだと認めざるを得ない。

 平和な日常の中で、無意識に迅鵺は抵抗していたのだ。


*****


 「────鮎沢さん、ちょっといいですかね?」

 急に現れた響也に、悠叶は思わず驚いたが足を止める。
    どうやら、迅鵺のマンション近くのコンビニから出てきたようだ。

 「────響也さん?・・・なんでしょう?」

 響弥から感じる雰囲気が刺々しくて、悠叶は訝しげに答えた。
 そんな悠叶にお構い無く場所を変えると提案し、誰も居ないTOP SECRETの店内へ二人は移動した。

 「あの・・夕方から仕事があるので、あまり長くは・・」

 「ああ、別にいいですよ。すぐに終わるんで。」

 響弥は、悠叶が言い終えるのも待たずに言って退ける。煙草に火を点けて悠叶に詰め寄った。

 「あんた、何を企んでる。」

 響弥の低い声が、悠叶の顔に煙草の煙と共に纏わり付く。
 悠叶の表情からは、いつものような柔らかさが欠片の程も無くなっていて、変わりに響弥を刺すような冷たい目で見下した。

 「────企む?一体何をですか?」

 ゾクリと何かが背中を這うような嫌な感覚に、響弥は確信を持った。
 やっぱりコイツは“迅鵺を狙ってる”と。

 次の瞬間、響弥は悠叶の鎖骨の辺りに右腕を押し当てて壁に追い詰めた。

 「てめぇ、あんまふざけたこと言ってっとシバくぞっ!」

 「ああ・・あなたは、迅鵺さんが好きなんですね?」

 凄い剣幕で詰め寄られているというのに、悠叶は少しも臆する事なく言った。

 悠叶の言葉に、一気に頭に血が上ったせいで顔を真っ赤にさせると、響弥は怒りに耐えられなくなり力任せに悠叶の右の頬を目掛けて拳を振るった。

 ゴッと鈍い音が鳴り、悠叶は口の中が切れたのか、口から血を垂れ流して床に点々とした血痕ができる。

 「俺が、迅鵺を好きな訳ねえだろっ!?」

 響弥は酷く興奮していて、肩で息をしながら怒鳴り散らす。
 そんな響弥を虫でも見るかのような目で見る悠叶。

 「やっぱりあなたは嫌いだ。いつも迅鵺さんの側に居て目障りだったんです。しかも、自分の気持ちに否定するなんて・・」

 何かを抑え込むような震える声で言って、言葉を切ったかと思うと、悠叶は急に声を荒げた。

 「だったら、迅鵺さんに近付くなっ!良い顔をして腹ん中じゃ迅鵺さんを自分のモノにしたい癖に認めようともしないっ!!俺はっ、俺はっ・・あなたと違って自分の気持ちをちゃんと認めてるっ!それでも、迅鵺さんに触れてはいけないと分かってるからっ・・傍に居るだけで堪えてるんじゃないかっ!!」

 店内には悠叶の悲痛なまでの声がビリビリと響き渡り、悠叶の荒い呼吸音だけが聞こえている。

 悠叶の迫力に響弥は言葉を失っていたが、我に返ると笑いが込み上げてくる。

 「はっ、ははっ・・その口がよく言う・・」

 “迅鵺を犯したじゃないか”

 そう言いそうになったけれど、今の悠叶は響弥にも見える姿だし、なんて言ったらいいのか分からなくて、悔しそうにグッと堪えた。

 “迅鵺さんが好きなんですね?”

 悠叶の言葉が響弥の頭の中で何度も繰り返される。悠叶に言われたことで、今まで否定してきた迅鵺への気持ちが溢れ出ていた。

 響弥は迅鵺の淫らな姿を見てしまってから、気付かないフリをしていただけで、確実に響也の中で何かが変わってしまっていた。


*****


    ────あの日、迅鵺を部屋に置いて頭を冷やす為に部屋を出たというのに、いつまでも治まらない身体の昂りを持て余していた。

 『────ハアッ、ハアッ』

 ついに我慢出来なくなった響弥は、近くの公園にある公衆トイレで熱く脈打つ自分の硬くなった肉棒をズボンから取り出し、しっかりと握って上下に動かす。

 無我夢中だった。

 頭の中では、厭らしく乱れた迅鵺の姿が鮮明にこびりついていて、どんなに色っぽい女を抱いた時よりも興奮していたのだ。

 『ふうっ、ふうっ、ううっっ───・・』

 肉棒の先から勢い良く飛び出した白い液体を手のひらで押さえるように握り、全て出し切ったのを感じてから手を開く。

 手のひらを見詰める響弥は、激しく後悔した。

 “可愛がってきた後輩で、自慰をしてしまうなんて”

 それからというもの響弥の怒りの矛先は、迅鵺が言う”あの男“に向いたのだ。そいつさえ居なければ、俺はこんな特別な感情を持たずに済んだのに・・全てはそいつが悪いのだと。

 だから迅鵺よりも悠叶を警戒し、同時にどんどん悠叶に懐いていくのに嫉妬にも似た感情があったのかもしれない。

 けれど、その悠叶が今はっきりと迅鵺への気持ちを認めていると言った。

 「────とにかく、俺から迅鵺さんを捕らないで下さい。もし、今の細やかな迅鵺さんとの関係まで奪うつもりなら許しませんから・・」

 そう言って店内を出ていった悠叶の背中を見ながら響弥は決心した。

 “迅鵺は俺が守る”と。

 響弥はこの時、迅鵺への気持ちをようやく認めたのだった。


*****


 やっぱり、あの人は迅鵺さんの事が好きなんだっ!

 悠叶は気が立っている。響弥のポジションに自分が居れたらどんなにいいかと何度も思った。
 悠叶から見て、いま一番迅鵺に近い人物が響弥だからだ。

 響弥にだけは迅鵺を渡したくない。
 迅鵺を好きだという気持ちに嘘を吐いて、認めない人になんか絶対に奪われたくないと激しく気持ちが昂ぶっている。

 悠叶がここまで響弥に強い敵意を持つのも、自分とは正反対な境遇だからだ。

 他の誰よりも迅鵺の事が好きなのに・・悠叶には“触れたくても触れられない”そう思ってしまう事情がある。

 悠叶の過去には、大きな傷があった。


 『僕、悠叶にだったら傷付けられてもいいよ。ずっと、悠叶のことが好きだったんだ・・だから悠叶・・僕のことを好きにしてよ・・』

 『───かなたっ・・でも、怖いんだ・・奏太を壊してしまいそうで・・』

 『悠叶、それは違うよ。だって僕達こんなに好き合ってるじゃない。だから何も怖い事なんてない。それよりも、僕は悠叶と繋がりたいよ・・』


 ─────迅鵺さん・・俺、怖いんです。何よりも、あなたを傷付けて嫌われてしまうことが・・

 悠叶は、幼馴染の奏太との事を思い出して、急に気分が悪くなる。顔色は真っ青になっていって、気持ちが悪くなったのか口元を手で覆うと、道端にしゃがみ込んでしまった。


 『こんなの、あんまりじゃないかっ!酷いよ、悠叶っ!!』

 『ごめんっ・・本当にごめんなさい・・でも、奏太が良いって言ってくれたんじゃないか・・抱いて欲しいって・・』

 『こんなに辛いだなんて思わなかったんだっ!なんで手加減してくれなかったんだっ!!見てよっ!この痣っ!!』

 奏太は泣きじゃくりながら悠叶を責め立てた。奏太の首には、くっきりとした赤紫色の痣があって、体の至るところに噛み痕がある。

 悠叶は、そういう性癖だったのだ。

 悠叶は元々ゲイだった訳ではない。ただ、悠叶の性癖が女性にはあまりに酷だったから自然とそうなっただけ。

 小さい頃からずっと一緒だった奏太。

 奏太の方がゲイだった。
 最初に好きになったのは奏太の方で、二人が高校卒業を間近に迎えた時、奏太は悠叶に抱いて欲しいと求めた。

 けれど、悠叶はそれまで自分の性癖で誰かを傷付けてしまうを事をずっと怖れてきた。

 “自分は普通ではない”
 ”頭がおかしいんだ”
 “触れたら壊してしまう”

 自分の性癖を認めたくなくて必死に隠してきた。
 ただ一人、幼馴染の奏太を除いて。


 ───悠叶が、自分の性癖に気付いたのは小学六年生の時。
 親が観ていたテレビドラマの首を締めて殺害するというシーンを見た時、苦しそうに顔を歪める被害者に酷く惹かれて興奮したのだ。

 その直後、自室で精通させた。
 悠叶は子供ながらも、そんな自分が怖くて誰にも言えなかった。

 そして、悠叶が中学校に上がって暫く経った時、奏太がゲイだった事を知った。
 奏太は自分がゲイである事に悩んでいて、それを幼なじみの悠叶にだけ明かしたのだ。

 ずっと悩んでいた事を話してくれた奏太なら、自分の悩みも聞いてくれるんじゃないか?
 そう思ったのは、悠叶が子供だったからなのかもしれない。

 二人はお互いの秘密を分かち合った筈だったのに、現実はそんなに甘くはなかった。

 受け入れてくれてたと思っていたのに、実際に目の当たりにすると奏太は受け入れる事が出来ず、高校卒業と共に悠叶から離れていってしまった。

 悠叶は酷く傷付いて、同時に自分を責めた。

 “なんであの時、我慢が出来なかったんだ”

 けれど、泣きじゃくる顔も苦しそうな悲鳴や声も、どれもが悠叶を興奮させた。
   奏太がどんなに嫌がっても、それは悠叶を誘惑する甘い蜜となるばかりだった。

 悠叶も未知の甘い誘惑には勝てなかったのだ。

 この時、もう二度とこの手で誰かに触れたりはしないと、そう強く決めた。

 悠叶は、今でも奏太との出来事がトラウマになっている。
 いつ誰かを傷付けてしまうかも分からない・・そんな思いを十年間ずっと、たったの一人で抱えて来た。

 そんな悠叶だからこそ、半端な気持ちでいた響弥が許せなかったのだ。

 自分だって、こんな性癖じゃなかったら・・

 そう妬まずにはいられなかった。

 迅鵺に触れたい。でも、触れてはいけない。
 きっと奏太みたいにボロボロに傷付けてしまうから。

 ただ好きなだけなのにっ──・・

 迅鵺を好きになればなる程に悠叶は怯えていた。

 「迅鵺さん──・・好きになってしまって、ごめんなさいっ・・」

 悠叶は人通りのある道端にしゃがんだまま、震える声で小さく言葉を溢した。

 “でも、決して触れたりはしないから・・”

 悠叶は心の中でそう自分に言い聞かせて立ち上がると、住んでるアパートへと向かったのだった。






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