血だるま教室

川獺右端

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第9話 月寄正子(ジョンソン視点)

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Side:ジョンソン

 私は暗い廊下をカーンカーンと音を立てて歩いた。
 大変に上手くいった。
 二年三組の餓鬼どもは互いに共食いをして数を減らしていった。
 あともう少し。

 カーンカーン。
 誰もいない廊下に軍靴の音だけが響く。
 12時ちょっと前。
 満月が天空の頂点に達する真夜中に、私の復讐は成就する。

 三人解放するだって?

 ククク。

 二年三組の餓鬼共は一人残らず死ね。

 屋上に向かう階段の踊り場で高田と遠藤が死んでいた。
 ライトで良く見てみると、どちらも自分の武器で死んでいた。
 自殺? こいつらが?
 軍靴で蹴り飛ばして道を空ける。

 何故だ?

 残るは月寄鏡子だけか……。
 あの子がこいつらを? そんな馬鹿な。
 まあ、いい、ゴミを消す手間が省けた。私は仮面の裏で笑った。
 あと一人で私の復讐は終わる。
 私はゆっくりと階段を上った。

 月寄鏡子。

 おとなしくて、可愛い少女だ。あんな可愛い子でさえ、吐き気のするような行為に加担していた。死ぬのは当然だ。
 私は屋上へのドアをくぐった。
 屋上は月に照らし出されていた。
 鏡子はどこだ?
 私は屋上を見まわす。

 鏡子はフェンスの向こう側にいた。葉子がくぐった破れ目から出たようだ。
 そうだな、発端となった場所で全ての復讐を終わらせる。それが良い。
 私はフェンスに向かってゆっくり歩いた。

 鏡子はこちらを見た。

 何も言わない、逃げようともしない。観念したのか?
 私はハンマーを振り上げ金網の切り口に打ち当てた。
 大きな音を立てて切れ目が拡がる。
 鏡子は動かない。悲鳴も上げない。ただ、凛然りんぜんと立ち、こちらをただ見ている。

 私は金網をくぐった。屋上の縁まで一メートルもない。帯状の場所。
 葉子が最後に見た場所だ。
 鏡子はこちらを真っ直ぐ見つめていた。
 いつもの気弱そうな表情ではなかった。目に力がある。
 どうしたんだ、精神が崩壊したのか? それにしては強い目つきだ。

 天頂に登った満月の白い光に染められて、鏡子は怖いぐらい綺麗だった。
 関係ない。このハンマーをあの小さな頭に打ち下ろせば、それで全て終わりだ。葉子はきっと喜んでくれる。
 私は鏡子に近づき、砕石ハンマーを振り上げた。

「あなたは平川先生ですよね」

 私は凍り付いたように動きを止めた。
 鏡子じゃない、鏡子はこんなしゃべり方はしない。
 目の前の少女は私をじっと見つめていた。

「あなたは米兵にしては日本の学校設備に詳しすぎです」

 全てを見通すような鋭利な目だ。
 私は息が詰まった。

「土曜日が終わってから、あの膨大な地雷とか鉄条網を運ぶ時間を考えると、学校関係者か生徒でないと仕事量的に無理です」

 そうだ、土曜の夜と、日曜日の朝から昼まで私は設置に大忙しだった。

「そしてジョンソン曹長は実在の人物では無いんです。あの米軍基地は弾薬貯蔵施設です。歩兵が駐屯した事は一度もありません」

 鏡子は手を広げると暗闇にうずくまる米軍基地を指した。
 そうだったのか。
 知らなかった。
 貯蔵施設以前に兵舎だったのかと思っていた。
 ジョンソンは居なかったのか。
 なぜだか背骨の辺りから力がすうと抜けていくような気がした。

「平川先生のバラバラ死体ですけど、首を下に捨てた時点で、替え玉だってバレバレですよ。背格好からすると、あれは英語の佐藤先生ですか? 鏡子はあの先生の授業好きだったのに」

 背格好が似ていた。そう、それだけの理由で私は佐藤先生を殺した。バラバラにして隣の教室にばらまいた。首さえなければ、男性の胴体はそう見分けがつくものではない。

「数式の罠は良くできてましたね、ああしておけば高田君とかの心の弱い子はキレてしまいます。デスゲーム物も流行っていますしね」

 数式を思いついたのは確かにその手の小説を読んだからだ。不良の高田の仲間が三人だから、三人助かるかも知れないと思わせれば必ず殺し合いになると思った。

「先生の計画の緻密さとか、準備の大変さに敬意を表して、私も殺されてあげましょうと思ったのですが……。一つだけどうしても解らない事がありましてね」

 こいつは誰だ、こいつは誰だ。鏡子ではない。鏡子とは全く異質な別人だ。

「お、おまえは誰だ」

 声を出した瞬間に、微かに残っていた私の中のジョンソンが蒸発して消えた。
 私は中学教師、平川学に戻ってしまった。
 体の節々が痛み始めた。あれだけ長い時間地雷を設置したり、鉄条網を運んだりしても全く疲れなかった肉体が、今はくたびれはて、砕石ハンマーさえもずっしりと重い。

「正子と言います、はじめまして、平川先生。鏡子の脳の中におります。満月の光の下でだけ出てこられる、生きてるとは言えない半端者ですよ」

 凄い目だった、引き込まれそうな黒。何でも見透かしたような強い視線だった。
 なんだ、これは、二重人格という物なのか。

「うっとうしいですから、お面をとってはいかが?」

 私はなぜか素直にフェイスマスクを脱いだ。夜風が頬をなでていった。全裸になったような気がして、正子の強い視線をふと外した。

「先生、私は生きてませんので、ここで死んでも別に構わないのです。ここまできたら生徒は全滅しないと殺人事件としての完成度も低くなりますし」

 私は気圧されていた。目の前の正子と名乗る少女に。
 月の光を浴びて、微笑みながら立つ正子はこの世の者とも思えないぐらい綺麗だった。
 そして、信じられないほど禍々しい気配を持っていた。

「ですが、私は鏡子よりは明晰な頭脳をしていましてね。色々考えるのが好きで、すっきりとしない事が大嫌いなのですよ」

 朗々ろうろうとした声に心が引き込まれそうだ。

「だから教えてください。降参ですよ。なぜ担任の二年三組全員を殺そうなどと思ったのですか? それさえ解れば私は良い気分で死ねますので」

 私の胸の中に憎悪が渦巻いた、この期に及んでしらを切ろうというのかっ!!
 葉子がどんな思いで死んでいったか、お前には解らないとでも言うのか。

「お前達が私の愛する葉子をイジメ殺したからじゃないかっ!!」
「はい?」

 正子は首をひねった。

「ふざけるなっ! 貴様達が苛めたから葉子はここから身を投げたんだ、それを黙ってみていた他の奴らも同罪だっ! 死んで当たり前の人間達だ、お前達はっ! 恥を知れっ!!」

 クラスメートがイジメられていたのに気がつかない訳がないだろう。なんという言いぐさだ。

「鏡子の記憶の中には葉子がイジメられてた気配すらないですが」
「そうやって、私を騙して命乞いをするつもりだなっ!! あ、頭がちょっと良いからと言って先生を馬鹿にするなっ!!」

 私は砕石ハンマーを振り上げた。ずっしりと重い。少し後ろにバランスを崩した。

「あ、あぶないですよ先生。落ちますよ」

 正子が慌てた。私は何とか姿勢を戻した。

「あのですね、先生。考えてみてください。二年三組には洋平君となるみちゃんという、とても正しい事が好きな子が居るわけでしょう。実際、鏡子となるみちゃんが仲良くなったのも、志村さんに鏡子がイジメられかけたのがきっかけですし。葉子ちゃんが虐められてたらあの子たちは黙っちゃいませんよ」

 私は砕石ハンマーを下ろした。たしかにそのことは気に掛かっていた。あの二人がそんな事を聞いたら黙っている訳がない。
 正義感が強かったからなあ、洋平君となるみさんは。

「少し待ってください、直接クラスメートに聞いてみます」

 馬鹿な、生徒は君一人除いてみんな死んでるじゃないか。

 正子は不思議な旋律の言葉を唱えた。
 ふわりふわりと青い光が沢山、床を突き抜けて、正子の回りに集まり漂っていた。

「高田くん、あなた葉子虐めましたか? ……言い訳は良いですから、虐めたかって。うんうん、そうですか、志村さんはどう? え、聞いてない。ですよね、葉子そんなに弱くないし、鏡子なら解らなくないのですけど」
「そ、その光はいったい……」
「生徒達の魂ですよ。私、口寄せが出来る家系に生まれてましてね、遺伝です、遺伝」

 ふわふわと青い光が正子を取り巻き、正子はその光と会話していた。

「クラスの人達、誰もやってないと言ってますよ」

 正子は顔を上げてそう言った。

「嘘だ、そんな訳があるかっ! じゃあ、どうして葉子は死んだんだっ!」
「……まさか、先生、証拠もないのに生徒を殺したんじゃないでしょうね」
「ちがうっ! そうじゃない、絶対お前達がやったんだ!! そうだ、そうじゃなきゃおかしいじゃないかっ! あんなに幸せそうだった葉子がどうして突然自殺するんだ、絶対誰か嘘をついて居るんだっ!!」

 私は不安になった、もしも、もしもだ、生徒達が葉子をイジメて居なかったら。この私のやったことは。
 目を落とすと、砕石ハンマーが目に映った。
 ひょうきん者の猿渡君の顔を思いだした。好きな子となかなか仲良くなれなくて悩んでいた蒲田君の顔を思い出した。いつもニコニコ元気だった並河さん。世話好きでお姉さん気取りの蜷川さん。私の生徒達の顔がつぎつぎに浮かんだ。胸の内側が切り裂かれるようだった。
 私は生徒達が大好きだったのに。どうしてどうして。
 まさか、そんな、嘘だ。嘘だ。

「まだ四十九日が済んでないですから、本人呼び出して聞いてみましょうか」
「そ、そんな事ができるのか」
「霊媒ですからね。実は鏡子が幽霊怖がりましてね、この能力を封印したりするから、私みたいな半端者が生まれるんですよ」
「聞いてみてくれ、本当に別のかたきが居るなら、必ずそいつを殺す。私が復讐する」
「別のかたきが居たら、先生はこの惨状をどうなさるおつもりですか?」
「くっ……。も、もしも他にかたきが居たら、私は何としてもそいつを殺す。それが暴走族でも、政治家でも、ヤクザでも、葉子の親でも。必ず討ち果たす。その上で、償いのため私も死のう」

 私は葉子の髪の柔らかさを思いだした。葉子の綺麗な声を思いだした。愛していたんだ。もし、二年三組の生徒が葉子をイジメてなかったら、責任を取って死のう。いや、イジメが事実でも死ぬつもりだったのだ。

「では、呼びますよ」

 正子が笛を吹くような声をだして、不思議な旋律を唱えた。先ほどより少し長い。
 校舎の下の方から、白い光が昇ってきて、正子の隣りに止まった。

「寝てるところ起こしちゃってごめんなさいね。お詫びに地縛を解いてあげますからね。はい、はい、え?」

 正子が手を叩いて笑い出した。

「な、なにがおかしいんだ」
「そうじゃないかと思ってたんですがね。まあ本人から言ってもらいましょう」

 そう言うと正子は白い光を口の中に放り込んだ。
 正子の雰囲気が変わった。あの目は、あの目は葉子の目だ。ああ、愛する葉子が蘇ったんだ。
 私の胸は葉子への気持ちで一杯になった。葉子、葉子。

 ……。

 葉子の目に浮かぶ色は、憎悪の表情だった。

「なんてことするのよっ!! あたしが自殺したのはあんたのせいじゃないのっ!!」

 俺の足下が崩れ落ちるような気がした。
 なんで、どうしてだ?

「どうしてクラスの人たちを殺すのっ!! 遺書読んでないのっ!!」

 私の手がブルブル震えた。なぜだ、なぜだ。

「い、遺書は、な、なかったんだ」
「風飛んじゃったのかなあ、上履きにのせといたのにぃっ!!」
「ど、どうしてなんだ、葉子、葉子」
「あんたが嫌らしいことばっかりするからじゃないっ!!」
「あんなに先生が好きって、気持ちいいよって言ってたじゃないかっ」
「言わなきゃぶったじゃない!! このゲスっ!! 口も聞きたくないっ!! 死ねっ!!」

 正子の口から白い光が飛び出した。

 目のまえが真っ暗になった。
 俺のせいなのか、俺が悪いのか。
 葉子が口答えすると確かに私はぶった、だけど、それは愛するがゆえで。
 好きですという言葉も、私が無理強いしていただけなのか。
 愛の行為も、葉子にとっては嫌らしい苦痛な事だったのか。

「いやいや、お気の毒ですこと。まあ、先生に強く言われたら葉子みたいな良い子は逆らえませんね」

 私が自分で葉子を追いつめて、自殺させたのに、生徒がイジメをしたと思いこんで、それで、それで。
 私は頭を抱えた。なぜ、なぜだ、なぜ確証もないのにあんな事を、米軍基地に乗り込んで爆弾を盗み、生徒を殺したんだ。
 携帯電話の基地局を爆破し。
 警察を牽制する為にデパートを爆破し。

「人の心は怖いですから、きっと先生はなぜ葉子が死んだか、心の底では知ってたんですよ、だからそれを認めたくなくて、クラスの人に責任を被せたかったんでしょうね、ああ、こわいこわい」

 俺は屋上の床に膝をついた。

「復讐する仇も解った事だし、どうぞ、ご存分に復讐してくださいませ」

 正子は、ほがらかに笑った。

「俺は……、自首する。罪を償う……」
「さっさと死ねだそうです。クラス全員の意見です」

 俺は正子を見た。口元は笑っていたが目が笑っていなかった。
 彼女のまわりの青い光がフルフル震えていた。

「償える罪と償えない罪があるのが解らないのかっ!! 死ねロリコン野郎っ!! ……となるみちゃんが申しております」

 正子は笑って言った。

「こ、殺してくれ」
「飛び降りて死ね、屑! と洋平君が申しております」

 私は悲鳴を上げた。心が砕け散った気がした。

「早く仇打ちをしろよ、誰であろうとゆるさないんだろっ! と私が申します」

 正子はにっこりと笑った。

 私は絶叫しながら立ち上がった。
 思い切り走った。
 屋上の端のコンクリートを踏み台にして空中へジャンプした。
 月に届くように。
 轟々と耳元で風の音がした。

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。

 大きな大きな月を見ていた。赤い月、赤い月。
 俺は葉子と同じ場所で死を選ぶ。
 あの世で葉子と一緒になれるかなああ。

「なれないです」

 小馬鹿にしたような正子の声が聞こえた。
 それが、俺の耳に届いた最後の言葉だった。
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