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第十三話 イジメという魔物

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 午後の授業はつつがなく終了した。
 さあ、下校下校。

「ごめんねえ、今日は吉田くんと一緒に帰ってあげられないの」
「ボクもだよ、ごめんね」
「かまわないさ! 派閥の把握は重要だよ、いっておいでよ!」
「……なんか、嬉しそうね吉田くん」
「悲しそうな顔をしなきゃ駄目だ」
「やだなあ、僕が開放感あふれ、せいせいしてるだなんて、誤解だよ。うわっはっはっは」
「ちえ、おぼえていろよ」
「月夜の晩ばかりじゃないのよう」

 捨てゼリフを残して天使と悪魔は派閥の生徒と共に、ぞろぞろと行ってしまった。
 一気に教室が無人になった。
 さあ、僕も帰ろう帰ろう。

 昇降口を出て、校門に向かう。
 風が爽やかで、天には綿のような雲が薄くかかっている。
 やあ、せいせいするなあ。

 急勾配の坂から下をのぞくと、レビアタングループが斎藤を先頭に駅の方に歩いていくのが見えた。そのうしろをゆっくりと黒いバンが走っている。

 ガルガリングループは教会についたようで、最後の胡桃が教会に入っていくのが見えた。
 僕は一人で坂を下りる。

 と、坂の途中で、石川と仲間が立っていた。

「おい、吉田」

 なんだかきな臭い匂いのする声の高さで、石川は僕を呼んだ。

「な、なんだよ」

 石川が、ずいと歩み寄ってきて、僕を見下ろし睨みつけた。

「おめえよ、天使の方のグループに行けよ」
「なんだよ、そんなの僕の勝手だろ」

 ぐいっと、石川は僕の胸ぐらを掴むと引き上げるように力を入れた。

「そうやって、天使とレビィちゃんを天秤に掛けて、ごね得ねらってんだろ、やることが汚ねえよなっ」
「ごね得なんか狙ってないよ。レビィもガルガも間違ってると思うだけだ」

 石川は僕を振り回して、民家の塀にぶち当てた。
 どん、という衝撃が背中に走って、痛かった。

「なんでも良いから、お前は邪魔なんだよ、いいな、明日にはあの天使の方に行け、行かなかったら痛い目に合わせるからな」
「うるせえよ、嫌だって言ってるだろ」
「毎日、昼休みとか放課後に殴るぞ」

 僕の顔から血が引いて、なんだか貧血になったような気がした。
 恐怖が暗雲のようにむくむくと湧いてきた。
 手が震えていた。

 だが、恐怖と同時に、胸の奥に真っ赤なおき火のような怒りが湧いてきた。
 歯を噛みしめて、僕は石川を睨みつけた。
 こんな事は不当だ!

「おい、吉田がキレるぞ。こいつキレるとうるせえ」
「ちっ、警告したからな、あとでどうなろうとお前のせいだぞ」

 石川たちは行ってしまった。
 僕はぶるぶると肩を震わせて、怒りを噛みしめていた。
 ふざけるな、僕だって好きであいつらにまとわりつかれているわけじゃないんだ。
 ごね得とかいいやがってっ!
 悔し涙で視界が潤んでいた。
 僕は空を見上げて我慢した。

 大きく深呼吸をして気持ちを元に戻そうとした。
 まあまあ成功した。

 坂を下りて、ヤマザキデイリーストアまで降りて来ると、今度は讃岐広美が自動販売機の前に立っていた。
 なんだかガラス玉みたいな色の無い目で、讃岐は僕を見ていた。

「吉田君、おねがいがあるの」
「なんだよ……?」
「悪魔派閥に行ってくれない、私たちからガルガ様を取らないでほしいの」
「ガルガリンに言え、僕はしらない」
「ガルガ様と悪魔を手玉にとって、色々かまって貰って、さぞ楽しいでしょうね」

 お前も石川と同じ事を言うのかよっ!

「傍で見るほど楽しくはないよ。レビィもガルガも可愛いからドキドキすることもあるけど、僕はあまりそういうの好きじゃない」
「欲張りで嘘つきで卑劣だわ、あなたは、悪魔がお似合いよ、地獄にいけばいいんだわ」

 なんだか、讃岐の顔が仮面のように強ばってるような気がした。
 狂信者の仮面なのかな。

「ガルガ様はあなたばかり気にして私たちを放っておかれるわ、放置される九十九匹の羊の気持ちなんか解らないでしょうね、あなたみたいな人には」
「嫉妬は大罪の一つじゃないのか?」
「嫉妬じゃないわよっ!! ふざけないでっ!!」

 ひい、金切り声で怒鳴られたよ。

「ガルガ様は素晴らしいお方なのよっ!! あんたみたいな人間の屑に関わってはいけないのっ!!」
 讃岐は顔を真っ赤にして怒鳴ると、はあはあと荒い息をついた。

「これ以上わたしたちの邪魔をするなら、神の御名の元に行動を起こしますからね。はやく悪魔派閥に行きなさい」

 吐き捨てるように言うと、讃岐は教会に向けて坂を駆け下りて行った。

 僕は溜息をついた。
 天使も悪魔も、人間を過激に駆り立てるものなのだなあ。
 石川の直接的な暴力も怖いけど、讃岐の狂信はもっと怖い感じだな。
 上履きを隠されたり、机にゴミを入れられたりする、陰湿なイジメ行動が始まりそうな予感がする。
 僕はぷはあと溜息を吐き出した。

 イジメが無くならない本当の訳を僕は知っている。
 イジメというのは、実は魔物の一種で一度生命が吹き込まれると、絶対に死なないからなんだ。
 どこかで、イジメの種が生まれる。
 それは大抵はほんの小さな事、笑っちゃうほど些細な事だったりする。
 ちょっと目立ちたがる奴とか、なんだか集団から浮く奴の背中にその種は取り付く。
 でも、それだけでは発芽はしない。
 誰かのちょっとした悪意で転がされて、それは発芽し、育っていく。
 でも誰がやっているという訳ではない。
 だから、誰にも止められない。

 親や先生が出てきて、色々言ったりすると、一時的には停まることがあるけど、大抵イジメは死んでいない。だって、僕らがやっているわけじゃなくて、それはコミュニケーションの輪の中に潜んでいる根毒のような物だから、僕らには責任が少ししか無く、ただ、純粋に悪意と無慈悲さと残酷さだけが脹らんでいき、育つ。
 死人が出ると一緒にイジメが死ぬ時もあるし、死人が出たら、一番イジメで目立っていた奴に取り付く事もある。

 イジメは魔物だから、どうにもならない。
 ボランティアも、人の身になって見なさいと言う説教も、神への愛も、実はまったく効き目が無い。
 イジメの中心には、核となる子が居るのだけど、彼らがイジメかというとそうではない。彼らはイジメシステムの一部であって、本体は、僕たちみんなの中に分散されて少しずつある。
 それはきっと恐怖心とか、事なかれ主義とかの根っこの方にある、ほんの少しの猛毒を集めてできていて、知恵も意識もなく、目も耳もない気味の悪い魔物なんだ。
 奴は匂いを嗅いで、弱いと思った奴に噛みついて、死ぬまでその魂に絡みつく。
 みんなイジメに噛みつかれ絡みつかれる事を死ぬほど怖れている。

 石川か讃岐が悪意を転がすだけで、うちのクラスにイジメが生まれる。そして僕に噛みつき、からみつき、追いつめるだろう。
 それが嫌ならば、どちらかの派閥に入り、石川か讃岐にへつらうしかない。
 だが、僕はそれが出来ない。
 絶対にそんな事はしなくない。
 だから、僕は怯えながら孤独に一人で歩いていくしかない。
 胡桃の言うとおり、強情っぱりは大損で馬鹿な行為なのだ。

 駅の近くをぶらぶらした。
 ヨドバシカメラの四階で、新作ゲームのデモを見たり、有隣堂でライトノベルの新刊をチェックしたりする。

 ゲーセンに行って、ゲライロッツをプレイする。
 もう型遅れなだけど、僕はこのゲームが大好きで、全国大会にも出たことがある。
 しばらくパワードスーツに乗って3Dで出来た空中を飛んだ。
 腕は落ちてないようで、ワンコインで五面クリアして僕は筐体から降りた。
 僕が満足に出来るのはゲライロッツと強情を張る事ぐらいだ。

 陸橋に立つ僕の足元の下を、轟音を立てて電車が通り過ぎていく。
 ああ、あれに乗って関西とかに行きたいなあ。
 この街は僕の住むべき街ではないという直感が働き、そして即座に、そんなことは無いのだ、たぶん大人になってもこの街にいて、幾つになっても、陸橋の上で、この街は僕の住むところではないと溜息をつくのだと、確定のように予感した。

 斎藤がHなのだが哲学的な事を、この前言った。
 奴はHな漫画を、なんとかして入手する事に命を掛けているんだが、H漫画は買って帰る時が一番楽しいのだそうだ。
 どんなに素晴らしいH漫画でも、読み始めると期待ほどは凄くなくて、最後には、ああ、お金を無駄にしたと、ちょっと悲しくなるんだそうだ。
 世界の全ての物は、みんなそうで、きっと石川も讃岐も、天使と悪魔と深く知り合う前だから、あんなに逆上したように期待してるのであって、たぶん、だんだんと幻滅していくのだろうなあと思う。
 どんな物でも買って開封する前が楽しいんだよ。 

 だから、きっと、僕にとっての夢の街なんか無いんだと思う。
 街を移動して、最初は素晴らしいと思った街も、きっとそのうち、日常となり、平凡が浸食し、そのうち、また、どこか夢の場所に行きたいなと思うのだろう。

 逃げ道なんかどこにも無くて、世界のどこにでもイジメは居て、弱い物の匂いをくんくんと嗅いでいるんだろう。
 そんな事を、陸橋の上で、線路の行く遠くを見ながら、夕暮れの光で真っ赤に染まりながら、ぼんやりと思っていた。

 東の方から紺色の夜がどんどんと渡ってきて、辺りが薄暗くなる。
 僕は家路につく。
 児童公園に差し掛かった時、公園の中に、石川とレビアタンの姿を見た。
 石川が熱心にレビアタンに何か言っていた。
 レビアタンが恥ずかしそうにセーラーの裾をめくっておっぱいを出した。

「いしかわああっ!!」

 僕は絶叫して児童公園に入り、石川目がけて全速力で駆け寄った。
 僕は憤怒の塊になり、拳を固く結んで前のめりになって駆けた。
 レビアタンが、ひゃっという声を出して、セーラーの裾を下ろした。
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