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第八話 天使と悪魔と夜道を歩く

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 天使と悪魔に挟まれて、初夏の夜の道を歩く。
 柔らかい感じの夜の匂いがする。

「私、夜の匂いすきなんだ~」
「そうですか」
「しかし、中学生は夜遊びしちゃだめなの? いったい日本の中学生の男女はどうやって仲良くなるんだ?」
「学校とかで」
「ねえねえ、吉田くん、土曜日の放課後、どこか遊びにつれていって~~」
「お断りだ」
「日曜日にボクとデートしないか? サッカーとか見に行こうよ」
「やなこった」

 なんだか、僕の誕生史上、最強のモテモテ状態なのだが、結局の話、こいつらはクラスを自分の支配下に置きたいだけなので、油断は大禁物である。

「もー、吉田くん、堅物だよ」
「よしだはもっと、女の子に対して心を開くべきだ」
「ほっといてくれ」

 油断は禁物だが、可愛い女の子の形をした存在二つに挟まれて歩くのは、そう悪い気分ではなかった。
 気をぬくと、なんか、にやけてしまいそうなので、僕は無表情を装って、歩く。

「吉田くんて、どんな女の子が好きなの」
「うん、ボクも聞きたいよ」
「そうだなあ……」

 実を言えば、レビアタンが、ど真ん中ストライクだったりする。
 女の子っぽくて、ほっとけなくて、好みではある。

 で、ガルガリンみたいなタイプが嫌いかというと、そうではなくて、大好物である。
 明るくて率直で、気軽に話ができそうだし、一緒にいると楽しそうだ。

 だが、そんなことを正直に言うわけにはいくまい。

「ボクの好きなのは、背が高くて、髪が長くて、町中でコスプレをして、パラソルを振り回し、ぼそぼそとぶっきらぼうにしゃべるお姉さんだ」
「なんだそれはっ。そんな女は、あり得ないよっ!!」
「いたとしても、それは凄く変な人だよう~~。そんなの駄目ー」

 おやおや、天使と悪魔にも大不評ですよ、魔女さん。
 ちらっと振り返ると、真っ黒なバンが遠くに停まってるのが見えた。

「吉田くんは、趣味がすごく変だよ~」
「もっと、金髪が好きだとか、元気でかわいいのが好みとかじゃないと、駄目だよっ!」
「ほっといていただきたい」

 右翼さんのお屋敷に着いた。
 レビアタンが門に近づくと、いかつい背広のおじさんがにこやかに門を開けた。

「じゃあ、おやすみー、また明日ねー」
「ああ、お休み」
「また明日なっ」

 ガルガリンがぶんぶんと手を振った。

 教会に向けて、ガルガリンと歩く。
 夜の街に、わんわんと犬の声が響く。
 ふと、気がつくと、ガルガリンが僕の手をとり、体をすりよせてきた。

「な、なにをする!」
「えへへ、誘惑~。あんまりやらないから照れくさい」

 頬を赤く染めて、恥ずかしそうに、はにかむガルガリンの顔が凄く可愛くて。
 おもわず、僕は奴の額にチョップを入れた。

「いたっ! 天使を叩くやつがあるかっ! 神を恐れぬ不心得者めっ!」
「おまえこそ、天使らしく無いことはやめれっ」
「レビアタンは誘惑にかけては凄腕だから、こちらも手段を選んでいられないんだよ」
「戒律を破ると天国に入れないぞ」
「馬鹿め、私は天界から来たんだ、普通に帰省すれば天国行きだよ」

 そりゃまあ、そうだが。

「妙な事をすると、堕天使になって魔界行きじゃないのか?」
「え? ああ、そう思われているのか。あー、まあ、別に、そうでもない」

 ? なんか歯切れの悪い答えだな。

「き、企業秘密だ、気にするなよ」

 天界は企業じゃないだろう。

 教会が見えてきた。
 夜に見ると、十字架をライトアップして、白くて綺麗な建物だなあ。
 教会の門で、シスターが立っていた。

「ただいまー!」

 といって、ガルガリンがシスターに駆け寄り抱きついた。

「まあまあ、お早かったのですね」
「こいつは、クラスメートのよしだ」
「ガルガリン様がいつもお世話になっています」

 シスターは上品そうで、いい人っぽかった。

「いえいえ」
「さあ、お部屋にまいりましょう、ガルガリン様」
「うんっ!」
「あのー、シスターさま」
「はい?」
「コレに対しては、普通の女子中学生として扱った方が良いと思うのですが」

 これと言って僕はガルガの頭に手を置いた。
 シスターは目を丸くしていた。

「な、なんでだよう」
「おまえは、人間統治の研究の為に中学校へ編入したんだろ」
「そ、そうだよ、神の栄光をこの地にくまなく与えるため、座天使ガルガリンは浜崎第四中学校に編入したんだよ」
「じゃあ、天使様としてではなくて、女子中学生として扱って貰った方が、この土地の子供の気持ちが解ると思うぞ」

 ガルガリンはぶるぶる震えていた。
 怒ってるのかと思ったが、感動しているようだ。

「よしだは凄いな、天使にむかってよくそこまで理不尽な要求ができるものだ、さすがは異教徒だ。不愉快を通り越して、なんだか愚鈍の極みの聖人を見た時のように、ボクは感動した」

 それは誉めてるのか貶してるのかどっちだ。

「たしかに、左様ではありますが、ガルガリン様はそれでよろしいのですか?」
「かまわないよ、シスター。ボクは現世の汚泥のなかでうごめきまわろう。ボクの鈍色の羽が汚れ、天輪がくすもうとも恐れはしないよ、それが神の栄光をこの世界に伝えるためなのだから」
「まあ、なんとご立派なご覚悟でしょう」

 シスターはハンカチをだして、目尻を押さえた。

「ボクをシスターの娘として、女子中学生としてあつかって下さい」

 ひしと、シスターとガルガリンは抱き合った。
 あれだな、天使は劇的な状況を作りすぎだと思うな。

「それでは、おやすみなさい」

 僕はシスターとガルガリンに手を振った。

「おやすみ、よしだ、また明日ね」
「おやすみなさい、よしださん」

 シスターがふんわりと頭をさげていた。
 よーし、これでガルガリンの夜間外出を止めたぞ。
 僕は月にむかってガッツポーズを取った。

 意気揚々と夜の道を歩いていると、黒いバンが僕を追い越して止まり、ドアをあけた。
 チャイナドレスの魔女さんが居て、こちらを見ていた。

「乗っていくか、少年?」
「はい」

 バンの助手席に乗せて貰った。
 大きなバンなので、前の席に三人座れるようだ。

「君の理想の女性が私だとは思わなかったぞ」
「あれは嘘です」
「なんだ、乗せるのでは無かった」

 バンの中で小さく笑い声が響いた。
 運転手さんは黒服の人。
 後ろでメイドさんとハンサムなお兄さんが、電子機器をいじっていた。

「レビアタン、就眠しました」
「ガルガリン、寝室に入ります」

 沢山のディスプレイに色々な場所の映像が映っていた。
 うわ、プライバシーとか無いんだな。

 黒いバンは闇を切り裂いて走って行く。

「どうして魔女なんですか、悪魔側のシンパなんですか?」
「ふむ、良い質問だ、結論を言うと人類側だ」

 魔女さんは、中国剣を抱えて前を向いていた。

「でも魔女って」
「ふふ、あの魔女ではないのだ」
「では、どの魔女なんですか?」
「私は昔、フェアリーガルドから来た魔法少女だったのだ」
「はあ?」

 また、凄い設定を出してきたな、この人。
 大昔やっていたアニメのプリティ魔法少女、ニャンキーミミだな。
 再放送で見たことがある。

「ウルメポッポと名付けた自転車にのり、ステッキを振りかざし、私は町中を愛と幸せと夢で一杯にあふれさせ大活躍をしたのだ」
「はあ、あのお供のフレッキー君は?」

 フレッキー君とは、ニャンキーミミのお供の長ほそいイタチだ。

「老衰で死んだ」
「ご、ご愁傷様です」

 夢も希望もないな。

「時の流れは残酷だ、私は気が付いたら魔法少女と名乗れない歳になっていた」
「いつごろまで、魔法少女だったのですか?」
「高校三年までだ。大学にはいったらさすがに困った。魔法少女とは名乗れぬ、だが、魔法女ではなにやらサイコさんみたいではないか」
「それで、魔女なんですか」
「そう、悪魔と契約を結んだ魔女ではないのだ、愛と幸せと夢を運ぶ魔法少女のなれのはての魔女なのだ」
「そうっすか」

 この人は力強く法螺話するなよなあ。

「で、どうしてチャイナ服ですか?」
「私の魔法は、色々な大人になって問題を解決する物だった。歳をとったのでな、姿は変わらないが服装が替わる、今は中国拳法の達人という職業だ」

 なにゆえ、このお姉さんは馬鹿な事を真面目な顔をしてぼそぼそと言うのであろうか。

 バンが吉田家の前に止まった。

「私が魔法少女あがりの魔女というのは絶対の秘密だ、誰にも言ってはいけないぞ」
「いや、誰にも言えませんですよ」

 馬鹿すぎて。

「うむ、ではサラバだ、吉田少年」

 政府関係者でも、魔女さんの下の人は色々と激務なんだろうなあ。
 僕は同情しながら家に入った。
 そして、小一時間、お母さんとお父さんに説教されたのであった。
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