棺桶姫 ~悪魔の子として生まれた姫は貧しい兵士に格闘技を教わり人へ戻っていく~

川獺右端

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4. そして棺桶姫は愛する漢と旅立つ

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 フェルナンドは別れた時と何も変わっていませんでした。
 やせ馬から下りて、フェルナンドは姫の近くに歩み寄ります。

「フェルナンド、私が戦って時間を稼ぐわ、王とわが息子を逃がす手伝いをしてください」
「棺桶姫よ、何を言われる? なぜそのような事をしなくてはいけない?」
「国が滅ぶのです、王と王子さえ生きていれば、国の再興もあるでしょう、そのために……」
「姫よ、俺が助けたいのは姫であって、伴侶でも息子でもない」
「でも、それでは」
「それに、なぜ逃げるのだ? 私と姫が揃っているのだ、兵隊共がなんの脅威になるというのか」
「ば、馬鹿な、フェルナンドとやら、相手は二万人もの軍勢だぞ」

 王がたまらず口を挟みます。
 フェルナンドは王の方を向いて、漢臭く笑います。
 その笑顔に、王は少し胸がどきどきしました。

「姫よ、あなたの武道は錆び付いているのか?」
「いえ、フェルナンドの教えてくれた武道は、私の中に変わらずあるわ」
「それでは、王子を産んで筋力が落ちたのか?」
「力は、呪いの残滓として、いまだにあるわ」

 姫は、フェルナンドの言わんとすることが解りました。
 あの頃のように、にやりと不敵な笑みが浮かびます。

「では、なんの問題も無い、二万の軍勢か、腕が鳴るではないか」
「ふふふ、貴方はそういう方でしたね、いきましょう」

 姫はドレスのスカートをビリビリと破き、はしたなくも太ももが出るぐらいに短くしてしまいます。
 そんな彼女の姿を見て、王は自分の妃が知らない人に変わったように感じて、新しい魅力を感じて、フルリと体が震えました。
 棺桶姫は、王と王子に向き合います。

「私は、ちょっと軍勢を退治してまいります。もう、お城に帰ることはないでしょう」
「余を捨てる、国を捨てると申すのか」
「お母様、いっちゃやだ」
「もう、人の世は十分堪能いたしました。王よ貴方のおだやかさを、とても愛しておりました、かわいい我が子よ、強くお育ちなさい。私はそろそろ、人の世をおいとまいたします」
「い、行ってはいけない、おまえよ」
「お母様~!」

「フェルナンド、行きますわよ」
「良いのか?」
「ええ、私は貴方と一緒に、二万の軍勢を平らげたあと、さらなる強敵を探して旅立ちます。ああ、しばらくぶりに、本当の私になったようだわ」
「人の世に暮らして、姫はさらに磨かれ、とても良い女になったようだ」
「まあ、嫌な人」

 そういって、二人は玉座の間を出て、謁見の間に入ります。
 そこは、阿鼻叫喚の地獄絵図のような闘いが繰り広げられています。

「王妃だっ! 王妃を殺せ~!」

 二人に向けて、連合軍の兵士たちが殺到します。
 手には剣、斧、槍を携えて、野獣のような勢いでした。

 この闘いに生き残った兵士は、のちにこう語りました。

「いや、なんというか、踊っているみたいで、綺麗な動きだったんですよね。でも、掛かっていった同僚は一撃で天井近くまで吹っ飛ばされて、爆発したようになって死んでしまいました。え、この腕ですか、これも棺桶姫の蹴りに当たって飛ばされちゃって、でも不思議ですよね、ちっとも痛くなかったんです、ただ、意識だけが暗くなって、俺死んじゃうなってだけ思ってたんですよ。その間も、あの二人はクルクルと踊るような動きで、兵隊をどんどん倒していくじゃないですか、ああ、これは、なにか、この世の物じゃ無い、なにかヤバイものに触れちまったんだなあ、と、ぼーっとしながら思ってましたね」

 謁見の間の連合軍の兵士が全滅するまで、そう時間は掛かりませんでした。
 味方の強大国の兵士もへなへなと崩れ落ちます。
 二人は無人の野を行くように、大階段を下りて行きます。

 大階段の踊り場に居るのは、敵重装兵士達でした、分厚い甲冑を着て、思い思いの武器をたずさえて、フェルナンドと棺桶姫を待ち受けています。
 二人はのんびりした足取りで、重装兵士に近づいていきます。
 ゴワンと大きく鈍い音がしたと思ったら、重装兵士が高々と宙を舞っています。そのまま階段をゴロゴロと転げ落ち、兵士達を巻き込み、動かなくなります。
 重装兵士の限られた視界では、高速で動く棺桶姫とフェルナンドの動きは捕らえられません。衝撃を受けるたびに兵士達は吹き飛び、転げ落ち、動かなくなります。
 クルクル舞うように二人は甲冑に打撃を加え、吹き飛ばして階段を下りて行きます。
 ほどなく、重装兵士で地に足をつけているものは一人もいなくなりました。

 階段を下りて、踊り場で待ち構えるのは、魔術師の群れでした。
 彼らはその高い知性で、二人の動きを捕らえるのは無理と判断し、設置系の重力魔法を張り巡らし、足を止めた後に範囲型投射魔法で息の根を止めようと待ち構えます。
 二人は恐れる色もなく、ただ、普通に重力魔法結界群の中に足を踏み入れ、そして普通に歩いて行きます。
 どよめいた魔法使いたちは、無数の火炎弾、氷結弾、風斬弾を撃ち込みますが、一発としてフェルナンドと棺桶姫には当たらず、武道の間合いに入られ、殴り飛ばされ、蹴り上げられていき、恐怖の叫びと共に戦闘不能に陥り、全滅させられました。

 王城前の庭園には、馬に乗った騎士たちが待ち構えていました。
 馬体をも銀に輝く甲冑で覆った騎士団は、惚れ惚れするような練度の高い編成を見せ、棺桶姫とフェルナンドに向けて、一群となって騎馬特攻をしかけます。
 二人は背中合わせとなり、くるりくるりと回りながら、隙の無い動きで、騎馬騎士を蹴り上げ、吹き飛ばし、時にタックルを仕掛け、馬の足に関節技を掛け、縦横無尽に騎士達を倒して行きます。
 それは、何の抵抗も無い、お花畑を行くような優雅な動きで、二人の鍛え上げられた武道の高さを物語るものでした。

 二人は城門を抜け、城下へと歩を進めて行きます。
 もはや連合軍の士気は崩れ、二人の姿を見るだけで逃げ出す兵士も出る始末でした。
 そんな二人を見て、城下の人々は喝采を送ります。
 まだまだ、強大国は負けていないとばかりに民衆は蜂起し、連合国の軍隊を押し返しはじめました。
 そんな、阿鼻叫喚の地獄絵図のような場所を、二人はゆっくりと歩んでいきます。

 城下街と外をつなぐ門まで二人は歩いていきました。
 そろそろ、連合軍の将軍にも、この異変は伝わり、兵士に焦燥の色が出てきます。
 王城を落とし、玉座陥落まで後一歩の所から、たった二人で押し返されたのです。
 将軍は、なにかの冗談ではないかと思いました。

 弓兵の軍団が空を覆わんばかりに矢を放っても、二人の体には届きません。
 動きが速いのと、近くまで飛んだ矢を虫を払うように落とす二人の武術の冴えに、弓兵もなすすべがありません。

 二人は、連合軍本陣までたどり着きます。
 髭の将軍は、恐ろしさのあまり、がくがくと震えます。

「て、撤退する、だ、だから、命だけは、お助けください」
「駄目」
「駄目だね」

 手刀一閃、棺桶姫とフェルナンドの手で、髭の将軍の首は、すぽーんと飛んで、陣幕に当たり、ころころと転がりました。
 生き残りの兵士たちは、恐怖の悲鳴を上げて潰走していきます。
 連合軍の誇りなど、そこにはなく、ただの落ち武者の惨めさだけが、兵士達の背中にぺったりと張り付いて、心臓が弾けるまで、国境に向けて逃げていきました。

 だれも居なくなった連合軍の本陣で、フェルナンドは口笛をピイと鳴らします。
 のっそりのっそり、やせ馬が城下門を越えてやってきました。
 フェルナンドは棺桶姫の腰を持って、やせ馬に乗せ、自分もまたがりました。

「さあ、どこにいく?」
「まずは、竜退治かしら、強い敵と戦いたいわ」
「わかった、行こう、棺桶姫」

 フェルナンドと棺桶姫は、やせ馬に乗り、地平線に向けて去って行きました。
 玉座に残された、王と王子は、遠く見えるその姿を、何時までも見つめているのでした。

 こうして、フェルナンドと棺桶姫は冒険の旅にでました。
 このお話は、彼らの百の冒険のはじめの物語にすぎません。

 また、機会がありましたら、別のお話をお聞かせいたしましょう。

 おしまい。
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